※この作品はR-18です。

アスナ編   作:タフスレ民

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7話

七ヶ月目の朝

アスナが目覚めると、テーブルに一枚のメモが置かれていた

『初めてのおつかいリストや。頼んだで、団員一号殿』

アスナを誘拐した“あなた”には犯罪者の表示が付いており

自身が街に行けば一発で捕まる為、アスナに買い物を頼んでいたのだった

リストには小麦粉や香辛料など、食事関連の細かな品が羅列されている

紙の端に思い出したように付け足しの一文が添えられていた

『PS. ちゃんとわい好みの惣菜パンをいっぱい買ってきてや』

思わず苦笑がこぼれるアスナ

まるで新妻のような扱いだ

けれど、不思議と悪い気はしなかった

 

「行こう……」

装備を整え、久しぶりに街へと向かう

教えてもらった地下通路を抜けると街からやや離れた小さな廃墟に出た

何もない廃墟は誰の興味も引かず、わざわざ近づく者はいなかった

一応警戒しながら出たが、自分以外の人影は見当たらない

床の残骸にカモフラージュされた鍵の付いた出入口は

教えられなければ触っても分からないだろう

(わたしを捕まえる為にこんなものまで作ってたんだ…)

“あなた”の妙なマメさに少し呆れていた

 

市場は、いつもと変わらない賑わいを見せていた

行き交う冒険者たちの話し声、店先から漂う料理の香り

すべてが懐かしく、そして眩しかった

(この辺りをミトと歩いたこともあったっけ……)

ふと昔を思い出すアスナ

けれど、その記憶は霞がかかったように遠く感じられた

「いらっしゃい!おすすめのハーブだよ」

八百屋の店主の声に我に返る

そうだ、買い物だった

あの人に頼まれた食材を集めなければ

「これと……これを下さい」

買い物袋を片手に持つアスナの姿は、どこから見ても平凡な冒険者の一人だった

しかし、その首に付けられた赤いチョーカーだけが、彼女の異質さを表していた

(誰も私のことなんて知らない……よね)

不安と安堵が入り混じる気持ちで、アスナは市場を歩き続けた

 

 

買い出しも終わりに近づいた頃

頭にかかっていた霧が晴れたように

急に思考がクリアになり、ひとつの考えが浮かんだ

「これって、このまま逃げれば……」

地下室と“あなた”という異常な空間から離れ

街という“普通の日常”に戻ってきたことで調教の呪縛が解けかかっていた

今なら、あの人から逃れられるかもしれない

ギルドに助けを求め、ミトと再会して……

そこまで考えた瞬間、チョーカーが急に重くなったような気がした

「私……何を考えているんだろう」

慌てて周囲を見回すが、幸い誰も彼女の独り言に気づいていない

(でも……今なら……)

再びその考えが湧き上がった時

ちょうど角から衛兵隊が巡回してくるのが見えた

「すみません」

衛兵を呼び止めたアスナ

しかし——

『団長の命令は絶対。逆らえば破滅が訪れる』

脳裏に浮かぶ警告

それに続いて、“あなた”と過ごした日々の記憶が走馬灯のように蘇る

守られて戦ったあの日、優しく抱かれた夜、団員として認められた喜び

恐ろしい警告などよりも、よほどこちらの方が彼女の心を強く惹きつけた

親友と過ごしたかつての日常と“あなた”に捕らえられてからの日々

二つの方向に心を引っ張られ、動きが止まる

長い逡巡の後

「ダメ……やっぱり……」

頭を振ると衛兵に背を向けた

声を掛けられた衛兵は怪訝な顔でアスナを見ていたが、また街の巡回を再開した

 

 

 

最後の店を出ると、西の空が茜色に染まり始めていた

思ったより時間がかかってしまった

買った荷物は重いのに、足取りは何故か軽い

(帰ろう……)

この選択が正しいかどうかは分からなかった

ただ、今はあの人のもとに帰りたいと思った

誰よりも自分を求めてくれる人が居る場所へ

 

地下通路を抜け、見慣れた地下室の扉を開けると——

「お、おう、お帰り!」

かなり強張った表情の“あなた”が笑顔で出迎えてくれた

アスナは気付く

この人は自分が逃げてしまわないか今まで不安だったのだ

(こんなひどい人なのにわたしなんかで不安になるんだ…)

自分が彼を振り回したのはこれが初めてかもしれない

クスリと笑うと同時に胸が暖かくなる

「遅くなってすみません」

「ええんや。ちゃんと帰ってきてくれたからな」

何気ない言葉なのに、泣きそうになった

この人は自分の帰りをずっと待っていてくれたのだ

「はい……」

荷物を下ろすと、アスナは自然と“あなた”の胸に顔を埋めた

「どうしたんや?」

「いえ……なんだか無性に寂しくなっちゃって」

それは嘘ではなかった

地上での自由な時間を過ごせば過ごすほど、“あなた”の存在が恋しくなった

「わいもや」

頭を撫でてくれる大きな手

(どうせ現実じゃないし、ここに居る間だけなら、もういいよね…)

 

 

この日を境に、アスナの心は完全に“あなた”に絡めとられた

逃げようと思えばいつでも逃げられたはずだ

それなのに、彼女は自らの意志で戻ってきた

アスナを完全に手に入れる為にあえて危険な賭けに出た“あなた”は勝利したのだ

「団長、今夜は何をご希望ですか?」

花が咲いたような笑顔で問いかけるアスナ

他人から見れば、監禁され壊されて奴隷に堕ちた悲惨な末路

だが、心から幸せそうに笑う彼女の姿は、とてもそうは見えなかった

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