異世界で、好き勝手して、生きていく 作:瑜伽
「特定のパートナーがいる従業員は、しばらくの間メニュー表からの注文では性奉仕をしない!」
俺の宣言にリディアは目を丸くしている。
俺が前言を翻すようなことを言ったからだろう、安心してくれ。
しばらくの間、だ。
「どういう事ですか?」
リディアが不思議そうに問いかける。
「ああ、特定のパートナーがいる従業員は、浮気だと勘違いされないように、まずはパートナーである相手の知り合いを招待するんだ。ここでいう知り合いとは、リディアとルシオ君の関係を知っている人たちだね。招待状みたいな形が解りやすいかな?この喫茶店の住所と、店を閉めた後の時間を書いておこう」
俺の説明にリディアは首を傾げる。
要点が見えてこないのだろう。
「招待、ですか?」
リディアは俺の言葉を反芻している。
「ああ、例えばリディアの場合は、ルシオ君やその知り合いに勘違いされるのが困るんだろう?だったら、誤解されないように招いちゃえばいいのさ」
リディアは目をパチクリとさせ、未だによくわかっていない表情だ。
「ルシオ君の知り合いなんだから、リディアも少しは感謝の気持ちがあるだろう?いつもルシオをありがとうございますって」
俺が問いかけるとリディアはゆっくりと頷いた。
「だからそういう相手を少しずつ招待して2階の個室に呼ぶんだよ。そこで感謝の気持ちを込めたリディアの性奉仕を受けとってもらう。これはあくまで招待だから、無料でね」
俺のぶっ飛んだ説明に徐々に理解の表情を浮かべるリディア。
「そうやってルシオ君の知り合いの大多数に性奉仕をしておけば、喫茶店でリディアの性奉仕を提供して、たまたま誰かにそれを見られたとしても、リディアの性奉仕を受けた人たちが庇ってくれるわけだ。リディアはただ性奉仕をしているだけで浮気をしているわけではない、と」
リディアは納得したようで頷き始めた。
せっかくだし、ここでもう少し彼女が乗り気になるようなアイデアを披露するか。
「ところで、リディアは思わなかったか?いくら浮気を疑われたときに庇ってもらうためとはいえ、少なくない人数に、ルシオ君の知り合いだから、という理由だけで無料で性奉仕をする、というのは割に合わないな、と」
ルシオ君の知り合いの大多数だ、リディアとの関係を知っている相手限定とはいえ、中々の数になるだろう。
「そう、ですね……もちろん、ルシオが大きくお世話になっている相手もいるでしょうが、ほとんどはそこまでではないと思います。メニューから注文していただければ、どれぐらいのお代をいただけのかな、と考えてしまいます……」
リディアは俯きながら語った。
自分でもあまり上品な考えではない事は理解しているのだろう。
その証拠に綺麗なスカイブルーの瞳は細められている。
そんなリディアに俺は声をかける。
「安心してくれ、特定のパートナーがいる従業員は、喫茶店の裏メニューとして提供しよう」
俺はリディアを勇気付けるように明るく言った。
内心は完全にふざけているが。
聞き馴染みがなかったのだろう、リディアは俺の言葉を反芻した。
「裏メニュー、ですか?」
リディアが表情に疑問符を浮かべている。
俺はそれに対し、簡単に説明した。
「ああ、裏メニューと言っても別に隠しているわけじゃ無く、あくまで正規のメニューとは別、という事だ」
俺の言葉にリディアは興味を惹かれたのか、こちらをじっと見つめている。
「招待状やら個室での性奉仕やら手間暇をかけるんだ。一般のメニューとは少し差をつけるのさ」
得心がいったのだろう、リディアは頷いた。
それを見て俺は説明を続けた。
「裏メニューを提供する従業員は、メニュー表に堂々とこの女性にはパートナーがいます、と書く。リディアの場合はルシオ君だな。そこからパートナーの名前やパートナーとの関係。さらにはパートナーとの出会い、パートナー自身の情報。最後にはパートナーとこれまでしたエッチな事なんかも書いておけばいいだろう。そして提供する性奉仕だが、これの代金を通常の数倍に跳ね上げる。そして高額なオプション料金を取るんだ」
自分の中にある黒い欲望に身を任せたままの説明だったが、リディアの瞳は真剣だった。
「オプションと言うのはお客さんの要望によって、従業員が対応してあげるサービスだな。例えば名前を特定の呼び方にして欲しいとか、パートナーの悪口を言って欲しいとか、浮気をしている体裁で性奉仕して欲しいとか。もちろんお互い演技だと言う事は解っているから、本気にとられる心配はしなくていい。その場限りのごっこ遊びみたいなモノさ」
俺の説明にリディアは難しそうな顔をしていたが、稼げるチャンスと見たのだろう、提案自体には前向きだった。
「うーん……演技ですか。性奉仕に必要ならがんばりますが、私に上手くできるでしょうか?それにそんな事を頼むお客さんがいるとは思えません」
リディアは自信がないらしい。
少しフォローしてやるか。
「リディア、大丈夫だ。相手も完璧な演技を求めてるわけじゃ無い。言っただろう、ごっこ遊びだと。その場の雰囲気を楽しみたいんだ。それに世の中には色んな趣味の人間がいる」
俺が安心させるように言うと、リディアはひとまず納得したのだろう、軽く頷き、口を開いた。
「では、私の場合はルシオと言うパートナーがいて、彼は恋人であり婚約者、実家が近くだったので物心ついた頃からの幼馴染。鍛冶屋の長男で、一緒にいると落ち着ける人、結婚後は喫茶店で共に働く予定。彼としたエッチな事は……キス……。こんな風にメニューに載せるんですよね?……あの、最後の情報って本当に必要ですか?」
裏メニューについて気になったらしく、リディアは確認するように問いかけてきたが、その頬は赤い。
キスという行為自体の照れと、それをお客さんに知られる事による羞恥だろう。
「ああ、あったほうがいいな。リディアの事をお客さんに知ってもらえるし、裏メニューを頼む人なら、悦ぶ場合が多いだろうさ」
俺が断言するように言うが、心の底から納得したわけでは無いのだろう。
彼女は不満げな表情を見せたまま頷いた。
「他に気になる事はあるか?」
リディアに水を向けると、彼女は気を取りなおすように口を開く。
「ところで、女性のお客さんの場合はどうしますか?先ほどまでのお話は全て男性のお客さん向けでしたよね?」
リディアが新たな疑問を投じて来た。
確かにこの店は立地上、男性客の方が多いのだが、女性客も時々来るらしい。
「女性客か……少し難しいな。男性の従業員を雇ったとしても、男性の場合は射精できる回数に限りがある。そもそも女性客が男性客と同じように性奉仕を注文するのかも解らない」
俺の言葉にリディアは考え込んでいる。
男性客が性奉仕を注文する事がそもそもの前提になっているのだが、これまで得た情報から、男性の性欲は俺が元いた世界とそう変わらないと判断した。
俺の力を使って、提供されるメニューに違和感を持たれないようにすれば、飛ぶように売れるはずだ。
しかし、女性側についてはまともな情報源が性に疎いリディアだけなので、正直自信がないのだ。
「……解りました。とりあえずは女性のお客さんには今まで通りと言う事で、提供する飲み物の美味しさを出来る限り上げて、客足を増やしましょう」
リディアの中で結論が出たようだ。
「そうだな。できることを一歩ずつやっていこう。まずは従業員集めかな」
俺はリディアの決意に満ちた綺麗な横顔を見ながら、締めくくった。
*
「クルスさんってこんなに色々考えついて、本当にすごいですよね……」
今後の見通しがたったところで、ふいにリディアが呟いた。
先程と変わらぬ位置で一定の距離を保ったまま、上目遣いにリディアがこちらを見やる。
「あの、職を探してるって言ってましたよね。もしよろしければ、この喫茶店のアドバイザーをしていただけませんか?給料は稼げるようになってからになっちゃいますけど、食事と住むところは提供できるので」
意外なことを言われた。
リディアにとってはどう考えても悪手だが、俺としては楽しそうだから問題ない。
「リディアの役に立てるなら、喜んでやらせてもらうよ」
リディアは俺の返事を聞いて嬉しそうにしていた。
「ありがとうございます!とっても心強いです!」
そこでリディアは不思議に思ったのだろう。
俺に問いかけてきた。
「あの、クルスさんって、どうしてここまで私に親身になってくださるんですか?」
俺にとっては楽しくなるような事をしているだけだが、リディアからすれば疑問に思うか。
「今日の夕方に初めて会ったときから、ずっと助けていただいています……」
チンピラから助けた時の事か。
あれは確かに助けたかもしれないが、その後どう考えても俺の方が助けてもらっている。
ただそれを素直に伝えるのもつまらない。
俺は少し考えてから、別の理由を話した。
「うーん、リディアが可愛いから」
これは実際理由の一部に入る。
俺が今まで見た中で最高の容姿を誇るリディア。
それは気にもなってしまう。
「ふぇっ!?」
リディアは想定外の言葉を聞いたとばかりに、一瞬で顔を赤く染めあげた。
腰かけていたベッドから勢いよく立ち上がり、こちらに向き直る。
「あの……!何度も伝えたように、私にはルシオっていう恋人兼婚約者が居るんです!ですから、クルスさんがどれだけ私に優しくしてくださっても、その想いには応えられないんです」
ルシオ君に一途なんだろう、心苦しそうな顔をしているが、きっぱりと他の男からの好意を断る姿勢には好感が持てる。
そして安心してくれリディア。
俺は別に君たちの仲を引き裂きたいわけじゃない。
ほんの少し、幸せをおすそ分けしてもらえればそれでいいんだ。
「そっか、やっぱりリディアは立派だね。他の男には目もくれず、ルシオ君に操立ててるってことだ」
うんうん、リディアにはその貞淑な姿勢を守り抜いてほしいものだ。
「ありがとうございます……。すみません、こんなにお世話になっているのに」
心苦しそうにしているリディア、とても可愛い。
ちょっとからかってあげるか。
「いやいや、俺はリディアとルシオ君の仲を応援してるよ。そのためにアドバイザーになったんだからね」
俺が明るく返すとリディアは安心したのだろう、ホッとしたような顔をした。
さて、ここからだな。
「これは冗談で聞くんだけど、もし俺がリディアにちょっとだけで良いからエッチなことをしてほしいって言ったら、どうする?」
それを聞いたリディアは一瞬きょとんとすると、烈火のごとく怒りだした。
「何言ってるんですか、クルスさん!出来るわけないでしょう!?私にはルシオがいるって言いましたよね!?」
気色ばみ、こちらを睨みつけるリディアだったが、それに対し、俺は申し訳無さそうな顔を作った。
「ごめん、軽率だった」
あらかじめ冗談と言っておいたおかげか、ほどなくクールダウンしたようだ。
「私、そういう冗談は嫌いです」
冷めた視線で俺を見るリディア。
その顔も可愛いが、本題はここからだ。
「反省するよ……あっ、そうだ。アドバイザーになったからには、俺はリディアを好きな時に性奉仕させるけど別にいいよね?給料もまだもらってないし」
今日はもう抱く気は無いが、これからの事を考えると、こういう事は早めに言っておいた方が都合が良さそうだ。
リディアは一瞬呆けたが、理解が及んだのだろう、すぐに返答してきた。
「当然構いませんよ? 感謝の気持ちをこめてするのが性奉仕なんですから、アドバイザーになってくれたクルスさんには、いつでも好きなだけしてあげちゃいます」
リディアはなんだ、そんな事かといったような表情で俺を眺めた。
「ありがとう、また今度頼むと思うけど、念のため、サインを決めておいてもいい?」
エッチな事にアレだけ拒否反応を示すくせに、性奉仕だと言うと受け入れてくれるらしいリディアに、俺は興奮を覚えながら問いかけた。
「サイン……ですか?」
リディアは俺のサインと言う言葉に不思議そうにしている。
「ああ、もし俺がここでズボンとパンツを脱いだりしたら、リディアは悲鳴をあげて俺を心底軽蔑すると思うんだ。そんな事をする人間だとは思わなかった、と。今まで築き上げた信頼も失ってしまうだろうし、アドバイザーの話も当然流れる。そして二度と顔を合わせる事もなくなってしまうだろう」
俺の言葉にリディアは眉根を寄せていたが、しばらくして結論が出たのだろう。
俺の瞳を覗き込んで言った。
「実際にそんな事をされたらどうなるかは解りませんが、そうなる可能性もゼロではありません……。もちろん、クルスさんがそんな事をする人だとは、全く思っていませんが」
少し言いにくそうにしながらも、リディアは自分の意思を伝えてきた。
彼女ならそう言う反応をしてくれると思っていた。
だからこそからかいがいがあるのだ。
「そうだろう?ただ、俺が性奉仕をして欲しい時には、どうしてもパンツやズボンが邪魔になる場合がある。それはリディアにも解るだろう?」
俺の言葉にリディアは素直に頷いた。
綺麗な白金の髪が揺れる。
その髪を見ながら俺はリディアに言った。
「だからこそのサインなんだ。つまり性奉仕をして欲しい時のサイン。このサインさえあれば、俺が変な事を考えてズボンとパンツを下ろしたわけじゃないと、リディアにもすぐに解るだろう。ただの誤解でリディアに嫌われたくはないんだよ」
俺の言葉に得心がいったのだろう。
腑に落ちたと言うようにリディアは大きく頷いた。
「そう言う事だったんですね!そのためのサインですか。なるほど……確かに、あった方がいいかもしれません」
リディアの納得を得られた所で、俺は彼女に軽く笑いかけながら言った。
「そんなに難しい事じゃないさ、リディアなら簡単に覚えられるよ」
俺はリディアに性奉仕のサインを仕込んでいった。
*
「それでは、私は明日の仕込みがあるので失礼します。朝食ができたら声をかけますので、ごゆっくりどうぞ」
そう言ってリディアは俺の部屋から退出していった。
あれからリディアにサインを教え込み、寝るにはいい時間になったと言う事で、今日は解散する事にした。
「色んな事があったな……」
彼女を見送ってからベッドに倒れ込むと、やはり疲れていたのだろう、瞼が重くなってきた。
今までの人生を振り返っても、最も激動の一日だったのではないだろうか。
今日の出来事を思い返しながら、俺はゆっくりと目を閉じた。