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玲と美沙希を失った家は暗い。
「……いない……」
真っ暗な部屋の中、ベッドに寝る莉乃はスマートフォンの画面を見つめていた。
無機質な光に照らされる顔は虚ろ。無感情に指を動かす莉乃は、しかし不意に涙声になって。
「どこにいるの……?」
急に涙が止まらなくなって、枕に顔を押し付けて泣きだしてしまう。
ショッピングモールで玲と美沙希が行方不明になってから数日、莉乃はずっと二人の情報を探していた。
暇さえあればSNSを漁っているのだが、今のところ手がかりはない。無力感に打ちひしがれてすすり泣く莉乃が顔を上げる頃には枕には涙の跡がついていて、指を置いたままだったスマートフォンの画面には見覚えのないアカウントが映っていた。
「……? なに、これ……?」
泣いている間も手元にあったせいで、画面の妙なところを操作してしまったらしい。
ページの遷移を重ねた結果、今は素人ものアダルトビデオを紹介するアカウントが表示されていた。
泣き腫らした目元が痛い。水が飲みたいのに、水分が抜けたせいで身体がだるくて起き上がることも難しい――惰性でそのアカウントの投稿を見始めた莉乃だが、数時間前の投稿に目を止める。
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投稿には画像が添えられている。
「――お姉ちゃんっ!!」
女性の口元には強いぼかしが入っているが、莉乃が玲を見間違えるわけがない。
投稿のURLをクリックすれば確信は強まる。ごく短いサンプル動画の中、玲らしき女性は艶めく黒髪をさざめかせて苦悶の喘ぎを上げている。さらに画面内にはうずくまって叫ぶ女の姿もあり、そちらは背格好からいっても美沙希に間違いなかった。
「いた……!!」
とうとう見つけた玲と美沙希の手がかりを前に、莉乃は調べを進める。
とはいえ、探偵でもない莉乃の調査はすぐに手詰まりとなった。いくら調べようとしても玲と美沙希の居場所も投稿者の情報も手がかりすらなく、いたずらに時間だけが過ぎてゆく。
「どうしたら……」
アダルトサイトのページを開いたまま歯噛みする莉乃。
玲と美沙希が個人撮影のアダルトビデオに出演させられているのだ、こんなことを相談できる相手は一人しか思いつかない。
「……でも……ううん、でも……」
しばらく唸ってから、莉乃は意を決したように立ち上がる。
その一人に会いに行くべく、莉乃は家を飛び出すのだった。
●
「それで、私の元に?」
莉乃から事のあらましを聞いて、雨夜(あまや)は冷ややかに問いかける。
莉乃が向かった先は、かつて自分と玲が性奴隷として囚われていた屋敷。この場所に良い思い出がない莉乃は、初めて訪れた応接室の豪奢さに戸惑いながらも小さく頷いた。
「は……はい。……頼れるの、雨夜さんしか思いつかなくて……」
玲のようにしっかりした態度を取りたいのに、語尾は揺れ、身体を縮めるしかない。
莉乃はかつて、人身売買グループの元を点々とした末にこの屋敷に性奴隷として買い取られたのだ。雨夜や配下の使用人たちからもたらされた様々な苦しみは今もふとした時に莉乃を苛むせいで、莉乃は雨夜と向き合うとどうにも落ち着かない。
しかも、雨夜と脇に控える使用人はにこりともしない。それがますます莉乃を萎縮させ、目の前に置かれたいかにも美味しそうなクッキーに手を伸ばす気すら失せてしまう。
(……それに……)
思い出すのは、玲が雨夜の性奴隷となった経緯。
玲は、先に性奴隷となっていた莉乃を買い戻すために性奴隷に堕ちたという。裏社会の人間である雨夜に何か求めるということは、相応の対価を支払うということ――果たして、雨夜は冷たい表情のまま莉乃に問いかける。
「それで、貴女が支払う対価は?」
「……。――何でもします」
それだけ告げて、莉乃は口を引き結ぶ。
言葉に嘘はない。再び性奴隷に堕ちても、あるいはそれ以上のことがあったとしても、玲と美沙希に幸せを取り戻せるならそれで構わない。
雨夜の前でおどおどと揺れ続けた瞳が凪ぐ。莉乃の覚悟が伝わったと見えて雨夜はしばし黙ってから、ふっと息を吐いた。
「仕方のない子ね」
莉乃の前で冷たかった表情がわずかに綻ぶ。
「貴女に辛く当たりすぎると玲に嫌われるし……今回だけは貸し借りなしにしてあげる」
「!」
予想もしていなかった言葉に、莉乃は息を呑む。
傍らの使用人にとっても意外な言葉だったのだろう。彼女はピクッと眉を動かし、雨夜に物言いたげな視線を向ける。しかし雨夜は吐いた言葉を訂正もせずに莉乃へ尋ねる。
「それで? 手がかりはその動画だけ?」
「あ……」
「……。訊いているのだけれど?」
「――! ……は、はい……この動画、しか……」
遠慮がちに頷く莉乃。
雨夜の前にはタブレットが置かれ、玲と美沙希と思しきアダルトビデオのサンプル画像が表示されている。
身体には大きくぼかしが入った画面を見て、雨夜は何かブツブツと呟く。石像のように動かなくなってしまった雨夜を前に莉乃は戸惑いながら座っていることしか出来ず、しばらく経っても雨夜が動く気配はない。
代わりに動いたのは使用人。彼女は物音も立てずに莉乃に目配せすると、莉乃を玄関まで送りに行く。
「後のことは、雨夜様にお任せください」
「……よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げ、屋敷を後にする。
――家に戻れば、玲も美沙希もいない室内は静まり返っている。
頭がどうにかなりそうな静けさの中、莉乃は広すぎるソファの真ん中に座ってみる。玲や美沙希と映画を観た日のことを愛しく思いながら、莉乃は静かに目を閉じる。
(無事に帰ってきて……)
今はただ、祈ることしか出来なかった。