「プロット、まとまりました!」
俺は数枚のルーズリーフをテーブルに広げた。そこには、東風舞希という聖母に潛む影を暴くための構成が書き込まれている。
「聞かせてください」
羽良嶋さんが身を乗り出す。その前髪の隙間から覗く瞳が、試すように光った。
「主人公の設定から変えました。彼は幼い頃に家族を亡くし、東夫妻に拾われた孤児です。東家で使用人として仕えながら、日万凛や八千穂たちと家族同然に育てられました。舞希さんにとっては、息子のような存在。彼にとっても、舞希さんは絶対的な母親代わりです」
「前回の『ただ受け入れる男』からの脱却、というわけですね。続けて」
「はい。ある晩、彼が廊下を歩いていると、舞希さんの寝室から抑えた声が聞こえるんです。普通なら立ち去る。でも、彼は気になって、無意識に襖の隙間から覗いてしまう」
俺はルーズリーフの二枚目を指差した。そこには、赤ペンで「S」と「M」の文字が丸で囲まれている。
「部屋の中では、浴衣をはだけさせた舞希さんが、一人で身体を弄っていたんです。大きな胸を揉みしだき、秘所に指を沈めて。夫を亡くして以降、当主としての責務に打ち込みすぎて、女としての悦びを完全に抑え込んでいた。だからこその、苦悶するような自慰だった」
「……なるほど」
羽良嶋さんの指先が、テーブルの上でリズムを刻むのを止めた。
「夜な夜な自室で欲望を処理する舞希様。その姿を、使用人であり息子同然の少年が目撃する。背徳感の骨組みはできていますね。で、彼はどうするんです?」
「覗き見たまま、手を出せずに見入る。そして、舞希さんが絶頂に達した瞬間、彼は音を立ててしまう。気づかれて、逃げる。翌日、気まずくなる二人、という流れです」
「逃げる、か」
羽良嶋さんはオウム返しに言った。その声には、明らかな不満が滲んでいた。
「先生。それでは前回と同じですよ。彼はまたしても『覗き見るだけの受動的な男』に戻ってしまった。ただの共犯者になり搋ねているだけだ」
「で、でも、手を出したら倫理的に…!」
「倫理? BLACKで何を言ってるんですか」
彼女は冷ややかに一蹴した。
「問題は倫理じゃない。『説得力』です。彼は家族同然に育った恩人であり、主君である女性の、その秘められた欲望を覗き見た。その瞬間、彼の中にある『舞希様』という聖母の像が崩壊し、同時に『女』としての彼女への渇望が生まれるはずでしょう? なのに、なぜ逃げる? なぜ手を出さない?」
俺は言葉に詰まった。ペンを握る手に力が入り、指の腹が白くなる。
「……手を出すと、東家を壊してしまうからです。彼は使用人で、彼女は当主。線を越えたら、これまでの関係が全部壊れる。彼はそれを恐れている」
「なら、その恐怖を描き切ってください。線を越える寸前のギリギリの攻防。『壊したい』という破壊衝動と、『守りたい』という責任感のせめぎ合い。ただのハプニングに終わらせず、彼自身の『選択』としての行為にしてほしいんです」
羽良嶋さんの指摘が、俺の胸に突き刺さる。
またしても俺は、エロティックな状況設定に逃げていたのだ。舞希さんが1人で悶える姿は魅力的だが、それを見ているだけの主人公では、物語が動かない。
「……分かりました。プロット、修正します」
俺はルーズリーフに×印をつけた。
「彼は逃げない。覗き見ている最中に、自分の身体が熱くなるのに気づく。母親だと思っていた人への、汚らわしい欲望。それを自覚した上で、彼は襖に手をかける。介入するんです。自分から」
羽良嶋さんが微かに微笑んだ。
「ええ。彼が部屋に入った時、舞希様はどう反応するか。拒絶か、誘惑か、それとも命令か。その先を描いてこそ、二人の主従関係が見えてくるはずです」
俺は深く頷いた。脳内に、舞希さんの潤んだ瞳と、襖を開ける主人公の手が浮かぶ。
これは、単なる不倫ではない。
聖母を泥沼に引きずり下ろし、共に喘ぐための儀式だ。
「明日の夕方までに、修正版を持ってきます!」
俺はルーズリーフを掴み、席を立った。羽良嶋さんの視線が背中に突き刺さる。
逃げない。描き切る。
俺のペン先が、次に血を吸うのは、東家の当主だ。
ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?
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