「しほさんの影をもっと濃くします」
俺はノートの余白に、黒いインクで大きな×印を書いた。みほの背後に立つ母親、西住しほの存在だ。
「前のプロットだと、しほさんは『過去の幻影』でしかなかった。でも、彼女はみほの中で生きている。『勝利こそ全て』という言葉が、幻聴のように彼女を縛り付けている。その呪縛を、地下室の暗闇で解き放つ展開にします」
「幻聴、ですか」
羽良嶋さんが指を組んだ手を解き、テーブルに置いた。
「はい。地下室で主人公と二人きりの時、みほの耳に母さんの声が響く。『何をしているの、みほ』『勝負を捨てて、そこで何をしているの』って。彼女は怯える。ただの恐怖じゃない。見つかることへの興奮です」
「…続けてください」
羽良嶋さんの瞳が、微かに揺れた気がした。
「ある夜、みほが主人公の袖を掴む直前、彼女は壁の配管をしほさんの顔に見立てて、『母さんに見つかる…』と呟く。その声は震えている。でも、その震えの中には、恐怖だけじゃない、どうしようもない期待が混じっている。『母さんの目を盗んで、禁じられた場所にいる』という背徳感。それが、抑圧された彼女の libido(欲望)を刺激しているんです」
俺はノートに描いたみほのラフの、袖を掴む指先を太く塗りつぶした。
「主人公は、そんな彼女の耳元で囁く。『ここには母さんは来ない』って。それは、物理的な事実であると同時に、魔術の言葉だ。『あなたはここでは誰のものでもない、ただの女の子だ』という許可証。その言葉を聞いた瞬間、みほの抑圧が解け、彼女は自分から袖を掴む。それは、母親への反逆であり、主人公への全ての委ねなんです」
「…なるほど」
羽良嶋さんは、深く息を吸い込んだ。
「『母さんに見つかる』という恐怖を背徳のスパイスにする。母親の支配下にあるからこそ、その支配を侵食する行為に倒錯した喜びを見出す。それなら、ただの清純な恋愛には終わりません。問題は、その『倒錯』をどこまで描き切るかです」
「袖を掴む指先の震え、そこから始まる微かな汗の湿り気。そして、『ここには来ない』と囁かれた時の、彼女の目から光が消え、ただの欲求を孕んだ瞳に変わる瞬間。そこを、克明に描きます。指先が触れ合うだけなのに、二人が一つになっている以上の密度を持つように」
「いいでしょう」
羽良嶋さんが、初めて満足げに頷いた。
「母親の幻影を欺く背徳感。それがこの純愛のエンジンになる。その解釈なら、BLACKの読者も納得するはずです。学校という監獄と、地下室という庇護所。そのコントラストの中で、二人の秘密を描き切ってください」
「やります。この読み切りで、一位を取ります」
俺はノートを握りしめた。脳内に、配管の影に怯えるみほと、彼女に囁く主人公の姿が鮮明に浮かんでいた。
ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?
-
HUNTER×HUNTER
-
NARUTO
-
ONE PIECE
-
鬼滅の刃
-
ダイの大冒険
-
チェンソーマン
-
ドラゴンボール
-
魔都精兵のスレイブ
-
僕のヒーローアカデミア