「その『倒錯』を、具体的な行為に落とし込みます」
俺はノートの新しいページを開いた。ペン先が白紙の上を走り、地下室の暗がりに佇む二人のシルエットが形作られていく。冷たいコンクリートの壁。錆びた配管。その前に座り込むみほと、彼女の隣にいる主人公。二人の間の距離は、肩が触れるか触れないかの微妙な空白だ。
「制服を着たままにします。あえてです」
ペンを止め、俺は羽良嶋さんの目を見た。
「ブレザーもリボンもスカートも全部そのまま。それが『母さんの目を盗んでいる』という背徳感を最大限に引き出す装飾になります。制服はみほにとって母親の秩序の象徴です。それを着たまま禁じられた行為に及ぶ。その矛盾こそが、彼女の中の抑圧と欲望の境界線を溶かすんです」
「制服を着たまま。それは日常の境界線を引いたままということですね」
羽良嶋さんが腕を組み、眼鏡の奥の瞳を細めた。テーブルの上のコーヒーの湯気が揺れる。彼女の視線が、俺の描いたラフのシルエットに落ちる。
「はい。ある夜、みほが震える手で主人公のズボンの上から手を伸ばすんです」
俺はペン先で、ラフのみほの手元をなぞった。細い指。爪の先が微かに白くなるほど握りしめられた手。
「金属のバックルに指がかかるその重みが、彼女には鉄の扉を開けるくらいの勇気を要する。カチャリという小さな音が地下室に響いて、彼女の肩がビクリと跳ねる。自分が出した音に自分で怯える。でも指は離さない。彼女の指先は冷たい。緊張で血の気が引いているのに、触れられた場所から熱が滲み出すような感覚。主人公はその温度差を肌で感じ取る。彼女は母親に見つかるかもしれないという恐怖を、その指の動きに変換している。速くなる鼓動と共に手の動きも加速していく。最初はためらいながら触れた指が、次第に確信を持って動き始める。恐怖が欲望に変わる瞬間です」
羽良嶋さんの指が、テーブルの縁をトントンと叩くリズムが止まった。
「主人公も、彼女のスカートの中に手を差し入れます」
俺はノートの余白に、主人公の手がみほの膝に近づく動作を三コマで描いた。第一コマは手が伸びかけて止まる。第二コマはみほの膝が微かに開く。第三コマは手が布地の上に落ちる。
「でも直接触れない。濡れてしまった布地の上から、指でゆっくりとなぞるだけ。布一枚隔てた熱。指先が動くたびに布地の湿り気が掌に伝わり、その下の体温が薄い綿を通して滲み出してくる。それが、二人だけの秘密の温度なんです」
俺はペンを置いた。言葉の合間に沈黙が挟まる。地下の空気の冷たさと、二人の手元だけが持つ熱の対比が、脳裏に浮かぶ。
「『見つかるかもしれない』というスリルが、その薄い布一枚の隔たりを、何よりも厚い壁に感じさせる。指先が動くたびに、みほの吐息が震えて、制服のリボンが小さく揺れる。布擦れの微かな音と、二人の呼吸が交じり合う。その音だけが、地下室に響く。誰にも聞かれるはずのない、二人だけの共犯の音です」
「…布一枚の隔たりが、背徳の質量を生む。なるほど」
羽良嶋さんが顎に手を当てた。その指先が一瞬止まり、彼女の視線が俺の目に戻る。
「物理的な結合がないからこそ、精神が侵食し合うような感覚を描けるわけですね。母親の支配下にある制服を、そのまま快楽の道具にする倒錯。それなら、単なる思春期の性衝動とは違う、黒く粘着質な空気が生まれる」
「ええ。みほが、自分から主人公を握りしめる瞬間、彼女の瞳には、母親への恐怖と、主人公への懇願が同居しています。『見つかる』と呟きながら、その手を決して離さない。その矛盾こそが、この作品の核です」
俺はノートを伏せ、羽良嶋さんを見据えた。彼女の表情からは読み取れない。だがその指先が、テーブルの上で微かに震えたのを俺は見逃さなかった。
「これなら直接肌を重ねる以上の密度で二人の秘密を描けるはずです。この『制服のままの相互愛撫』こそが『ソーア』のクライマックスになります」
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