「妖怪×エロ×ハッピーエンド……」
俺はボールペンを指の間で回しながら、呪文のように繰り返した。
目の前には、羽良嶋さんが持ってきた妖怪の資料が TTC (大辛)カレーなみの山を築いている。雪女、河童、狐、絡新婦……。どれも艶かしい伝承を持っているが、いかんせん「使い古された感」が拭えない。
「少し、ラフを描いてみました」
俺はスケッチブックを羽良嶋さんの方へスライドさせた。そこには三つのキャラクター原案が描かれている。
「一つ目、雪女。設定は棺桶漁りの男に拾われる未亡人。身体が冷たくて、温もりを求めて肌を重ねるんですが、最後は溶けて消える……切ないエロです」
羽良嶋さんはスケッチブックを覗き込み、首を横に振った。
「叙情的ですが、ハッピーエンドから遠ざかっています。溶けて消えるのは自己犠牲であって、救いではありません」
「ですよね。じゃあ二つ目、狐の嫁入り。田舎に出張したサラリーマンを、小悪魔な狐娘が誘惑するコメディ路線で――」
「少し軽すぎます。先生の描く湿った空気感が出ない。それに『小悪魔』は少年誌の武器ですが、BLACKでは物足りない。もっと母性を伴った、抗えない魔力が欲しい」
(厳しい……! でも、的確だ)
俺はボールペンを握り直し、三つ目を指差した。
「三つ目。土蜘蛛の女。ネットカフェの暗がりで出会う引きこもり女子。糸で男性を縛り上げる……ちょっと SM 編みですが」
「特殊すぎますね。一般層への訴求力が落ちる」
三連続のボツ。俺はガクリと肩を落とした。どれも「妖怪」という記号に寄りかかっていて、キャラクターの核となる欲望が浅い。
「羽良嶋さん。『もっと生々しい欲望を持った妖怪』って、具体的にどういう……」
俺は言葉を途切れさせ、資料の山の一番下にあった一冊の本に目を留めた。背表紙に『酒呑童子異聞』と印字されている。
「鬼……」
俺の脳内に、バチッと火花が散った。
鬼。人間を喰らい、酒を飲み、財宝を奪う。欲望の塊のような存在。だが、彼らはなぜ大江山に籠もったのか? なぜ酒を飲むのか?
(答えは簡単だ。人間と一緒にいたかったけど、大きすぎて、強すぎて、一緒にいられなかったからだ。だから酒で誤魔化して、気を紛らわせて……)
俺は震える手で、スケッチブックの新しいページを開いた。ペン先が紙の上を走る。
大柄。ずんぐりむっくりじゃなくて、肉感的な長身。
桃色の長い髪。額には小さな角。
眼鏡。これは知性の隠蔽。
着崩したセーターから覗く、ほろ酔いの肌。
そして、手には一升瓶。
「……先生?」
羽良嶋さんが怪訝そうな声を上げたが、俺の筆は止まらない。
こいつだ。こいつならいける。
恐怖と親愛が同居した、圧倒的な「姉」の存在。
酒を飲めば飲むほど強くなる、あるいは素が出る。
男をからかい、誘惑し、でもいざという時はその巨体で守ってくれる。
「名前は……荒覇吐呑子」
俺はラフ画を書き上げ、ペンを置いた。荒い息が漏れる。
「酒呑童子の末裔です。普段はだらしない少女漫画家とか、ネトゲ廃人とか、そういうのでもいい。とにかく、底抜けに明るくて、酒豪で、性へのタブーがない。でも、心の底には『誰かと繋がりたい』っていう強烈な寂しさを持ってる」
俺はスケッチブックを羽良嶋さんに押し出した。
「この呑子ならいける! 妖怪の持つ『異質さ』と、人間の『欲望』を同時に満たせる。主人公の男が彼女に惹かれるのは、エロいからだけじゃない。彼女のその『抱き心地のよさそうな寂しさ』に、甘えたくなるからだ!」
羽良嶋さんはスケッチブックを受け取り、じっとラフ画を見つめた。長い前髪の下で、彼女の表情は読めない。
(どうだ? 外したか? でも、これ以外に「ハッピーエンドに向かえる妖怪」が思いつかない)
沈黙が流れる。秒針の音がやけにうるさい。
やがて、羽良嶋さんは顔を上げた。その頬は、先ほどの妖怪オタク全開の時よりも、さらに赤みを帯びていた。
「……抱き心地のよさそうな、寂しさ」
彼女は独り言のように呟いた。
「いいですね」
「え?」
「その設定、最高です。酒を飲むという行為自体が、すでに『欲望の肯定』です。そして彼女が酒を飲む理由が『寂しさ』の紛らわしであれば、それはもう立派なドラマの芯になります」
羽良嶋さんの瞳が、キラリと光った。
「荒覇吐呑子。彼女をヒロインにしましょう。彼女がなぜ主人公を選んだのか、彼女が何を恐れているのか。それを描ければ、間違いなく読者の胸に刺さります」
俺はガッツポーズをしたくなるのを必死に堪えた。
「ありがとうございます! でも、安心しました。これならハッピーエンドに持っていけそうです。彼女が主人公と酒を酌み交わして、『あんたといると酒が美味いね』って笑って終われる。そんな結末が描けそうです」
「ええ。その結末に至るまでの、酔いと熱と、一線を超える迷いを丁寧に描いてください。それが先生の仕事です」
羽良嶋さんは手元のノートパソコンを開き、タイピングを始めた。
「では、企画書のフォーマットを送ります。明日の夕方までに、『荒覇吐呑子』を主人公にした読み切りのプロットを提出してください。ページ数は四十ページを想定しています」
「四十ページ! けっこうボリュームありますね」
「そこで『欲望』をどこまで深掘りできるかが勝負ですから。――ああ、それと」
羽良嶋さんはタイピングの手を止め、俺をチラリと見た。
「資料として、呑子先生の生活感のある写真も何枚か添付しておきます。着崩した姿とか、酔っ払った寝顔とか。参考にしてください」
「えっ、そんな写真あるんですか? プライバシーとか……」
「私の担当ですから、全て把握しています。……完成した原稿が届くまでは、私が彼女の全てを管理していますので」
ニコリとも笑わず、さらりと恐ろしいことを言う。この人の「管理」、相当にヤバい匂いがする。でも、それが呑子というキャラクターのリアリティを担保しているようにも思えた。
「わ、分かりました。参考にします」
ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?
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HUNTER×HUNTER
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鬼滅の刃
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ダイの大冒険
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チェンソーマン
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ドラゴンボール
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魔都精兵のスレイブ
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僕のヒーローアカデミア