※この作品はR-18です。

読み切り漫画家・綴木想真は連載したい   作:ボルメテウスさん

30 / 35
辿り着いた結果

待つ時間というのは、人の感覚を歪める。

 

編集部の廊下に置かれたベンチに座り、天井の蛍光灯を数えていた。三本。そのうち一本が微かに点滅している。ジジジという電流音が、俺の心拍数と同期しているように感じられた。

 

手元にはスマホだけ。画面は黒い。通知は来ない。来ないけれど、握りしめた掌の内側で熱を持っている。

 

隣の部屋では編集長を含めた会議が続いている。最終集計。アンケート、電子版、読了率、編秀部評価。全ての数値が一つの順位に収束していく。その作業が今行われている。

 

羽良嶋さんは会議室の中だ。俺は外。

 

(あとどれくらいだ)

 

時間が溶ける感覚。五分が一時間に感じられ、一秒が永遠に伸びる。足が勝手に床をタタタと叩いている。止めようとしたが、身体が言うことを聞かなかった。

 

スッと息を吸った。肺の底まで空気を入れる。肋骨が広がる感覚。その膨らんだ胸をゆっくりと縮めながら、細く長く吐き出す。

 

吸って、吐く。吸って、吐く。

 

その呼吸のリズムだけが、俺と現実を繋ぐ唯一の糸だった。

 

スマホが震えた。

 

ディスプレイに映った名前は羽良嶋さんだ。指が震える。スライドする動作が一回で決まらなかった。

 

「…もしもし」

 

声が低い。自分でも驚くほど掠れていた。

 

『綴木先生』

 

羽良嶋さんの声は、いつもの冷徹なトーンだった。でも、その声の奥に微かな震えがある。それが何を意味するのか、俺の脳は判断を保留した。

 

『結果が出ました』

 

一拍の間。

 

その一拍が、永遠に感じられた。心臓が肋骨を内側から叩く音が耳の奥で反響している。

 

『一位です。総合一位。あなたの「ソーア」が、この号のBLACK MASTER候補筆頭に選ばれました』

 

一瞬、意味が分からなかった。

 

言葉が鼓膜を叩いた。脳がそれを解読するまでに二秒。一位。総合一位。候補筆頭。

 

「…え?」

 

『おめでとうございます。先生』

 

電話が切れた。

 

プツンという電子音が、静かな廊下に響いた。スマホを握りしめたまま、俺はベンチから立ち上がった。

 

一位。

 

一位だ。

 

俺の。俺が描いた。四十ページ。みほの袖。布越しの熱。朝の光。全部、全部、一位だ。

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

叫んでいた。

 

喉の奥から、肺の底から、胃の腑から、全てを搾り出すような声が廊下に響き渡った。自分の声じゃないみたいだった。でも間違いなく俺の声だ。天井を見上げ、拳を突き上げ、足をバンと床に叩きつける。

 

「やった! やったぞクソッ! 一位だ! 読者アンケート一位で総合一位だ! 久我山先生に勝った! 俺が勝ったんだ!」

 

エコーする叫び声が、編集部の廊下を反響して戻ってくる。奥のデスクから編集者が顔を出した。驚いた顔をしている。でも構わない。今は誰の目も気にならない。

 

掌のスマホはまだ微かに温かい。羽良嶋さんの声が残っている。「おめでとうございます」と言った時の、あの微かな震え。それが、初めて彼女が俺に対して見せた感情だった。

 

俺はベンチに崩れ落ちた。膝に顔を埋める。肩が震えている。笑っているのか泣いているのか分からない。たぶん両方だ。

 

「一位…」

 

掠れた声が、床に吸い込まれた。

 

でもこの一位は終着点じゃない。羽良嶋さんが言った。「候補筆頭」だ。一年間で最も高く評価された読み切りを描いた者に与えられるBLACK MASTERの称号。その候補の筆頭。まだ確定じゃない。次号、その次の号、新しい化け物が現れるたびに、この一位は脅かされる。

 

でも今は。

 

今だけは、この喜びに浸らせてくれ。

ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?

  • HUNTER×HUNTER
  • NARUTO
  • ONE PIECE
  • 鬼滅の刃
  • ダイの大冒険
  • チェンソーマン
  • ドラゴンボール
  • 魔都精兵のスレイブ
  • 僕のヒーローアカデミア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。