※この作品はR-18です。

読み切り漫画家・綴木想真は連載したい   作:ボルメテウスさん

31 / 35
連載へのチャンス

叫び声の反響が消えた後、廊下はまた静寂に戻った。

 

俺はベンチに座り込んだまま、天井の点滅する蛍光灯を見上げていた。息が荒い。叫んだせいで喉がひりひりする。でも胸の中にはまだ熱い塊が残っている。

 

一位。

 

『ソーア』が一位だ。

 

あの地下格納庫のみほが、袖を掴んだ指先が、布一枚隔てた熱が、読者と編集部の両方を動かした。羽良嶋さんが「読者が選んだ」と言った。その言葉がまだ耳の奥で残響している。

 

足音が近づいてきた。

 

「綴木先生」

 

羽良嶋さんだった。会議室から出てきたのだ。ファイルを小脇に抱え、いつものパンツスーツ姿。だがその表情にはいつもの冷徹さだけでなく、微かな緩みがあった。

 

「おめでとうございます」

 

「あ…ありがとうございます」

 

俺は慌てて立ち上がった。膝に力が入らない。情けない足取りだが、今は気にしていられない。

 

「喜ぶのはいいですが、座ってください」

 

羽良嶋さんはベンチを指差した。俺は素直に座る。彼女も隣に腰を下ろした。珍しいことだ。いつもは対面でしか話さない彼女が、同じ方向を向いて座っている。

 

「一つ確認しておきます」

 

彼女の声が、少しだけ硬くなった。

 

「この一位は、あなたの目標ではありませんよね」

 

「…はい。BLACK MASTERの候補筆頭です。まだ確定じゃない」

 

「そうです。一年間で最も高く評価された読み切りを描いた者に与えられる称号。その候補の筆頭に選ばれただけです。次号、その次の号、新しい作家が現れるたびに、あなたの一位は脅かされます」

 

分かっている。頭では分かっている。でも胸の熱は簡単には冷めない。それが人間というものだ。

 

「ですが」

 

羽良嶋さんはそこで言葉を切った。そしてファイルを開き、一枚の資料を取り出した。俺の目の前に置く。

 

「編集長からの通達です。読んでください」

 

俺は資料に目を落とした。

 

『次号読み切り一位獲得者に対し、短期集中連載の掲載枠を優先付与する』

 

文字が目に飛び込んできた瞬間、心臓が一拍跳んだ。

 

「連載…?」

 

「正式には短期集中連載です。三話から六話程度の枠です。ですが、そこでの評価が良ければ、長期連載へ昇格する可能性があります」

 

俺は資料を読み返した。同じ文字が同じように並んでいる。だが二度目に読んだ時、その意味が違って届いた。

 

「次の読み切りで一位を取れば、連載のチャンスがもらえる、ってことですか」

 

「ええ。ただし条件があります」

 

羽良嶋さんは資料の下段を指差した。

 

『前号一位の作品と同等以上の評価を、読者アンケートおよび編集部評価の双方で獲得すること』

 

「読者アンケートだけじゃない。編秀部評価でも一位、あるいはそれに準ずる成績を残さなければならない。つまり『ソーア』の時のように、読者一位で編秀部二位では対象外です」

 

俺の拳が握りしめられた。

 

『ソーア』は総合一位だった。だが編集部評価は二位だった。久我山に負けていた。もし次も同じ結果なら、このチャンスは消える。

 

「今のあなたには、読者の支持はあります。ですが編集部の評価では、まだ久我山先生に及びません。『読みやすいが残らない』という指摘は、今回も覆せませんでした」

 

痛い。図星だ。読者は泣いてくれた。でも編集部は「消費される感動」と言った。その評価が変わらなければ、連載の扉は開かない。

 

「次の読み切りで、編集部評価でも一位を取る。そうすれば連載の枠が与えられる」

 

「はい」

 

俺は資料を握りしめた。紙がくしゃりと音を立てる。

 

連載。

 

長期連載は得意じゃない。服部さんにそう言われた。設定は凝るが三話目には新しい展開のアイデアが枯渇する。だから読み切り一本勝負のBLACKに来た。でも短期集中連載なら。三話でも六話でもいい。限られたページ数で物語を完結させる力ならある。

 

「羽良嶋さん」

 

俺は顔を上げた。彼女の灰色の瞳が、静かに俺を見据えている。

 

「次の読み切り、一位を取ります。読者も編集部も、両方とも」

 

「言うのは簡単です。どうやって」

 

「それはこれから考えます。でも、やります」

 

俺は立ち上がった。足の震えは止まっていた。胸の熱が、喜びから別のものに変わっている。叫び出したくなるような興奮じゃない。静かに、しかし確かに燃える炎だ。

 

羽良嶋さんは微かに口角を上げた。

 

「なら、次のテーマは来週提示します。それまでに、あなたが描きたいものの輪郭を明確にしておいてください」

 

「はい」

 

俺は一礼し、廊下を歩き出した。背中に羽良嶋さんの視線を感じる。振り返らなかった。

 

一位はスタート地点だ。

 

次で一位を取らなければ、この熱は砂の上の城と同じだ。でも、連載のチャンスが見えた。読み切りの頂点だけでなく、その先の景色が。

 

俺は編集部を出て夜の街に立った。風が冷たい。でも内側の熱は冷めない。

 

次の一手を打つ。そのためだけに、俺はペンを握る。

ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?

  • HUNTER×HUNTER
  • NARUTO
  • ONE PIECE
  • 鬼滅の刃
  • ダイの大冒険
  • チェンソーマン
  • ドラゴンボール
  • 魔都精兵のスレイブ
  • 僕のヒーローアカデミア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。