「あ、綴木先生」
呼び止められた俺が振り返ると、羽良嶋さんはすでにパソコンに向き直り、背筋をピンと伸ばしていた。
「プロットの提出は明日の夕方です。ですが、ネームに入る前に一つだけ確認しておきます」
「なんでしょう?」
「先ほどの『発情』の描写についてです。具体的なアクションは見えていますか?」
俺はノートを抱え直し、ニヤリと笑った。
「バッチリです! ここは俺の土俵ですから!」
俺は打ち合わせスペースの椅子にドカッと座り直した。脳内には、すでに呑子の熱に浮かされた表情がくっきりと浮かんでいる。
「いいですか? 呑子が妖怪を倒した後、余韻でフラフラしてるんです。鬼の血が騒いで、目がトロンとしてて、息も荒い。で、彼女は無意識に主人公の手を引いて、近くの公園の茂みにズルズルと入っていく」
「公園の茂み、ですか」
羽良嶋さんの声は淡々としているが、手元のペンが止まったのを俺は見逃さない。
「そうです! で、勢いそのままに主人公を押し倒す! 地面に押し付けられて、主人公はパニックですよ。何が起きたか分かんないんだから。さっきまでバケモノと戦ってたかと思ったら、今度は胸元に顔を埋められてるわけで!」
俺は身振り手振りを交えて語る。興奮で声が自然と大きくなる。
「そこで! 呑子がセーターを脱ぎ捨てるんです! 下着なんてつけてない! 揺れる爆乳が目の前にドーン! もう、重力を無視したような完璧なお椀型で! 主人公の視点は釘付けですよ。理性なんて吹き飛んで、彼女に誘導されるがまま、その豊満な果実を鷲掴みにして、赤ん坊みたいに吸い付く! もちろん、呑子の方も『んっ…』とか甘い声漏らしながら、彼の頭を抱え込んで…!」
「……先生」
「はい!?」
羽良嶋さんの冷ややかな声に、俺の熱弁がブツッと途切れた。
彼女は肘をつき、指先でこめかみをトントンと叩いている。その左目は、呆れを通り越して憐れみすら含んでいるように見えた。
「…酔ってます?」
「え、いや、酒は飲んでませんけど…」
「言葉が酔ってます。あと、鼻の下が伸びてます」
ギクッとして、俺は慌てて鼻の下を擦った。
「す、すみません。ちょっとハイになりすぎました」
「いいですか、先生。今の話、メチャクチャです」
羽良嶋さんはため息を一つつき、俺のノートを人差し指で突いた。
「茂みで押し倒して、服を脱いで、揉んで吸う。それだけの話でしょう? どこに『彼女の寂しさ』があるんですか? どこに『主人公の憧れ』があるんですか?」
「そ、それは…彼女が求めてきたから…」
「それじゃあただの発情した獣です。読者が欲しいのは、背徳感の裏にある人間味です。彼女がなぜ主人公に触れたのか。主人公がなぜ彼女を受け入れたのか。その『必然』が足りない」
図星だった。興奮してスパイスだけを盛り上げて、肝心の素材の味を殺してしまっていた。
「…修正します」
「お願いします。例えばですが」
羽良嶋さんは資料の束から、一枚の原稿を取り出した。呑子がソファで寝転がり、空虚な目で天井を見上げているプライベートショットだ。
「彼女は強い。でも、その強さは孤独の裏返しです。鬼の力を使った後、彼女は自分が『バケモノ』に近づいている恐怖を感じる。だからこそ、人間の温もりを渇望する。主人公に触れるのは、性欲を満たすためじゃない。自分がまだ『人間』であることを確認するためです」
俺はハッとした。
「そして主人公は、その震える手に気づく。彼女の強さの裏にある脆さに触れ、初めて彼女を『守りたい』と思う。ただ揉むだけじゃない。彼女の心に触れるように、その身体に触れる。そこに意味を持たせてください」
「…意味、か」
俺はノートに向き直った。ペン先が、空中で軌跡を描く。
ただのハプニングじゃない。
彼女が求めてきたから、彼女の不安を包み込むために、彼は彼女に触れる。
揺れる胸は、母性の象徴であり、同時に彼女が抱える傷でもある。
そこに吸い付くのは、慰めであり、誓いだ。
「…いけます」
俺は顔を上げた。
「茂みのシーン、描き直します。主人公は彼女の震えに気づいて、自分から手を伸ばす。彼女は驚くけど、拒まない。そこからようやく、肌と肌が重なる意味が生まれる。それなら、ただのエロシーンじゃ済まされないはずです」
「ええ。その上で、ページ配分を考えましょう。このシーンに何ページ使うか。妖怪との戦闘に何ページ使うか。全体のバランスを崩さないように」
羽良嶋さんはパソコンの画面を俺に向けた。そこには、すでに四十ページの枠組みが図表化されていた。
「戦闘から発情、そして行為へ。ここまでで二十ページ。残り二十ページで、事後の余韻と、二人の関係性の変化、そしてハッピーエンドへの着地。かなりのハイペースになりますが、やれますか?」
「やります!」
俺は力強く頷いた。
「これが俺の『ジャンプBLACK』初読み切りです。絶対に、読者の魂を揺さぶってやりますよ」
「期待しています。では、明日の夕方に」
羽良嶋さんはそう言って、微かに微笑んだ。その笑顔は、厳しい担当編集のそれというより、共犯者に向けられたもののように見えた。
俺はノートを握りしめ、編集部を飛び出した。
脳内には、もう完成したネームの映像が駆け巡っている。
今度こそ、方向は間違っていない。
あとは、これをペン先に乗せるだけだ。
ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?
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HUNTER×HUNTER
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NARUTO
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ONE PIECE
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鬼滅の刃
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ダイの大冒険
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チェンソーマン
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ドラゴンボール
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魔都精兵のスレイブ
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僕のヒーローアカデミア