夜の路地裏は、墨を流したように暗い。
漫画家志望の大学生が、足早に歩を進めている。手には原稿用紙の入った封筒。締め切りまであと数時間。焦燥感が背中を押す。
その時だ。暗がりから、ぬめりとした影が伸びた。
異形。腐った肉のような臭気と共に、長い髪の妖怪が襲いかかる。
「ひっ……!」
逃げ場はない。死を覚悟したその瞬間――
「あーあ。せっかく良い酒の夢見てたのに、うるさいねえ」
ふらりと、影が現れた。
酔っ払いだ。一升瓶を片手に、セーターを着崩した長身の女。
でも、彼女の目は笑っていない。右目の奥で、鋭い殺気が光る。
ドゴォッ!
彼女が空いた片手を一振りしただけで、妖怪は肉塊へと変わり、路地の壁に叩きつけられた。
瞬殺。あまりの暴力に、大学生は腰を抜かす。
「……んぅ」
女が呻いた。倒した妖怪の残滓を吸収したのか、彼女の肌が桜色に染まっていく。
鬼の血。使えば使うほど、身体の奥が熱く疼く。
荒覇吐呑子。表向きは売れっ子少女漫画家。裏では人間社会に潛む妖を狩る、酒呑童子の末裔。
「……あんた」
呑子のトロンとした目が、大学生を射抜く。
彼女の呼吸が荒くなる。理性のストッパーが、音を立てて外れていく。
普段なら、自室で一人、大人のおもちゃや自分の手で発散する熱だ。
でも、今は違う。
目の前の少年は、ドンピシャで彼女の好みだったから。
「いい匂いするねぇ……」
ガシッと手首を掴まれ、彼は為す術もなく茂みの中へ引きずり込まれた。
――ここからが、俺が魂を削って描いた本番だ。
背中が地面に押し付けられる。草の匂いと、濃厚な酒と女の香り。
「ちょ、待って、何!?」
パニックになる大学生を他所に、呑子はセーターを頭から脱ぎ捨てた。
下着なんて邪魔だ。露わになったのは、月明かりの下で白く艶めく、完璧なお椀型の双丘。
「ッ……!?」
揺れる爆乳。視界を埋め尽くす圧倒的な質量に、彼の理性は蒸発した。
嫌悪感? 恐怖? そんなものは、彼女の瞳の奥に揺らぐ「寂しさ」の前では無力だ。
彼女は、自分がバケモノになることを恐れている。だから、人間に触れたがる。抱き留めてほしいと渇望している。
彼は、誘導されるがまま手を伸ばした。
震える指先が、豊満な果実を鷲掴みにする。
柔らかい。温かい。そして、命の鼓動が聞こえるようだ。
「んっ……ああっ……」
呑子が甘い声を漏らす。それは快楽と共に、ようやく人間に触れられた安堵の吐息だ。
彼は赤ん坊のように、その先端に吸い付いた。吸い付きながら、残った手で豊饒な肉を揉みしだく。
許されてる。受け入れられてる。
孤独な鬼と、凡庸な人間の、背徳的で、温かい融合。
彼の童貞は、彼女の熱の中に溶けて消えた。
* * *
「っは……!」
ペンが、机の上でカランと転がった。
俺、綴木想真は、椅子の背もたれに深く沈み込んだまま、荒い呼吸を繰り返している。
仕事部屋の空気は、カフェインと汗の臭いで濁っている。
終わった。
四十ページすべての白紙を、黒いインクとトーンで埋め尽くした。
『鬼の姉さん』。
ただのエロじゃない。
羽良嶋さんが言った「欲望と、孤独と、その先にある共感」。
それを描ききったはずだ。呑子の震えも、主人公の覚悟も。茂みでの情事も、ただの発情ではなく、互いの欠落を埋め合う儀式として描いた。
手元の原稿の束が、少しだけ熱を帯びているように感じる。
これ以上のものは、今の俺には描けない。
視界が明滅する。瞼が重い。鉄の錘が落ちてきたように、意識が急速に遠のいていく。
確認したいことはある。羽良嶋さんに見せた時の反応。次号の掲載順位。ライバルたちの作品はどうだったのか。
でも、もういい。
今はただ、這い上がるようにして描き上げたこの原稿の上で、泥のように眠りたい。
「……見てくれ、よ……」
掠れた声が、誰もいない部屋に響く。
俺の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
ジャンプBLACKのアンソロジーになる作品は?
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HUNTER×HUNTER
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鬼滅の刃
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ダイの大冒険
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チェンソーマン
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ドラゴンボール
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魔都精兵のスレイブ
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僕のヒーローアカデミア