バットマンアーカムシティ:アナザー・インタビューテープ 作:ニンニク嫌い
≪宝石の価値は、ただ光るだけでは決まらない。それを正しく見抜く目があって、初めて価値を持つ。君は彼女を止めることに熱心なあまり、その手が何を成し遂げてきたのか理解しようとはしなかった≫
≪私は違う。彼女が盗んだ品ではなく、それを盗み出した知性と技術を評価した。すると猫は、正しく価値を見抜いた相手へ、金庫より厳重に守っていたものを預け始めた≫
≪聞きたまえ、ミスター・ウェイン。これはセリーナ・カイルが初めて、私を「ヒューゴ」と呼んだ記録だ≫
テープ#2 セリーナ・カイル aka キャットウーマン
――
――――
――――――
【録音開始】
【扉が開く音。硬い靴音がゆっくりと近づく】
『あら、またそのアロマを持ってきたの?』
≪君が気に入ってくれたようだったのでね。昨日とは少し調合を変えてある≫
『私が気に入ったなんて、いつ言ったのかしら。確かに気分は悪くなかったけれど、あなたの怪しい香りのおかげだと認めた覚えはないわ』
【ガラス容器を机へ置く音】
≪昨日、君は面談が終わったあとも父親について話し続けた。予定していた収容区への移送を二度延期させるほど長くね。少なくとも、会話を妨げる香りではなかったのだろう≫
『ずいぶん細かく覚えているのね。患者が話した時間まで数えるなんて、人気のある先生は大変だこと』
≪君は私の患者ではないと言いたそうだな≫
『当然でしょう。私は診察を頼んでいないし、あなたを信用した覚えもないもの。昨日の話だって、ただ途中でやめるのが気に入らなかっただけよ』
≪もちろんだ。君は何事も途中で投げ出すことを嫌う。開けかけた金庫も、始めた盗みも、語り始めた過去もね≫
『また私を分析するつもり? それなら、もう少し新しいことを言ってちょうだい。昨日と同じ話を繰り返すようでは、教授という肩書きが泣くわよ』
≪安心したまえ。今日は過去について尋ねるつもりはない≫
『あら、昨日話した分で満足したの? ずいぶんと聞き分けのいい精神科医ね』
≪君の過去は実に興味深かった。しかし、それだけで現在の君を理解したことにはならない。今日は、セリーナ・カイルがどのようにしてキャットウーマンになったのか、それを聞かせてもらいたい≫
『私が聞かれたことに何でも答えるように見える? 昨日のは特別サービスよ。長い間しまい込んでいたものを、たまたま吐き出したくなっただけ』
≪それなら、今回も君が話したくなるような時間になればいい≫
『さあ、それはあなたの態度次第ね。少なくとも、今日は昨日よりましな椅子を用意したみたいだけど』
【革張りの椅子が小さく軋む】
≪拘束具も外した≫
『足首だけでしょう。手首にはまだ細い鎖が残っているわ』
≪君は昨日、話している最中に二度、私の机に手を伸ばした。一度目はペーパーナイフ、二度目は鍵を狙っていた≫
『あら、気づいていたの? 反応しないから、てっきり老眼で見えていないのかと思ったわ』
≪君が何をするか観察していた。どちらも実行できる距離だったにもかかわらず、君は手を止めた≫
『逃げる機会を見逃した女だと思ってる?』
≪いいや。君は、逃げることより会話を続けることを選んだ≫
【数秒の沈黙】
『ずいぶん自分に都合のいい解釈をするのね』
≪ならば、今日こそ鍵を奪ってみるかね?≫
『挑発してるの?』
≪選択肢を示しただけだ≫
『相変わらず、そういう言い方が好きなのね。私に決めさせるふりをして、どちらを選んでも理由を分析する。嫌になるくらい周到だわ』
≪それでも君は戻ってきた≫
『連れてこられたのよ』
≪移送中に警備員から鍵を奪う機会は三度あった。監視映像で確認している≫
【短い沈黙】
『……今日はお喋りな警備員が多かったからね。暇つぶしに、もう一度あなたの顔を見に来てあげただけよ』
≪そういうことにしておこう≫
【容器の蓋が開く音】
『…………ふん』
≪どうかしたかね?≫
『昨日より香りが軽いわね。甘さも控えめで、少しだけ木の匂いが混じってる。前のものよりは好みよ』
≪君は嗅覚が鋭い。猫のように、と言えば気を悪くするかな≫
『名前だけ見て猫扱いする男は嫌いだけど、褒め言葉としてなら受け取ってあげる。少なくとも、香りの強さでごまかさず、中身を変えたところは評価してもいいわ』
≪君のために調整したのだよ。昨日は警戒心を和らげることを優先したが、今日は集中を妨げない配合にした≫
『女に気を遣う男は好きよ。ストレンジ、ほんの少しだけ見直したわ』
≪私を知ってくれて何よりだ。君が昨日、自分のことを教えてくれた礼のようなものだよ≫
『礼だなんて殊勝ね。精神科医というのは、聞いた話を利用して患者を追い詰めるのが仕事だと思っていたけれど』
≪私が昨日の話を利用すると考えているのかね?≫
『考えているわ。男は弱みを知ると、それを自分だけが握っている鍵だと思い込むもの。優しく慰める男も、脅す男も、結局は同じよ。こちらが何を隠したがっているか分かった瞬間、それを使って扉を開けようとする』
≪興味深いな。君は過去を知られること自体よりも、知られたあとに相手がどう振る舞うかを警戒している≫
『誰だってそうでしょう?』
≪いいや。多くの人間は、秘密を知られた瞬間に恐怖する。君は違う。秘密を知られることより、それを知った相手に自分の行動を決められることを恐れている≫
『昨日から、そればかりね。私が支配されるのを嫌うとか、自由を奪われることを恐れているとか。そんなもの、わざわざ精神科医に言われなくても分かっているわ』
≪本当に分かっているのかな? 君は自由を求めて盗みを始めた。それなのに、盗みという行為そのものへ縛られている。危険な場所へ忍び込み、価値のあるものを奪い、追われることで自分が自由だと確認する。君は檻から逃げたのではない。檻の形を変えただけではないのかね?≫
【長い沈黙】
『……今日は、少し意地が悪いのね』
≪昨日より君が落ち着いているからだ。気遣う必要が減った≫
『最初から気遣っていたつもり?』
≪君がどう受け取るかは別としてね≫
『本当に可愛げのない男。でも、少なくともお世辞で機嫌を取ろうとしないところは嫌いじゃないわ。私を美しいと言う男は大勢いるけれど、私がどうして宝石を盗むのかまで聞こうとした男は、あなたが初めてよ』
≪バットマンにも話していないのかね?≫
【わずかな沈黙】
『いいえ。詳しく話したのは、あなたが初めてよ。彼は質問するより先に答えを決めるもの。私が金目当てで盗んでいると思えば説教をして、危険を楽しんでいると思えば止めようとする。どちらも間違ってはいないけれど、正解でもないわ』
≪彼は君を理解しようとしなかった?≫
『彼なりにはね。ただ、あの男は人を理解するとき、自分の正義に当てはめて考える。私が何を欲しがっているかより、何を欲しがるべきかを考えるのよ』
≪私は違うと?≫
『まだ判断しているところよ。少なくともあなたは、私が善人になることを期待していない。それだけでも、彼より話はしやすいわ』
≪君が善人ではないと決めつけてもいない≫
『それは褒めているの?』
≪事実を急いで分類しないだけだ。君には残酷な面もあれば、他者のために危険を冒す面もある。利己的でありながら、完全には他人を切り捨てられない。善人か悪人か、二つの箱へ収めるには矛盾が多すぎる≫
『矛盾してるのは人間なら当然でしょう。あなたみたいに、何もかも整然と分類したがる男には理解しにくいかもしれないけど』
≪だから君の話を聞いている≫
『……そうやって言われると、続きを話したくなるのが腹立たしいわね』
≪それは歓迎すべき反応だ≫
『あなたにとってはね』
【セリーナがゆっくり息を吸う音】
『それで、今日は何を知りたいの? 私が初めてダイヤを盗んだ夜? それとも、ゴッサムで一番厳重な金庫を三分で開けた話?』
≪君が話したいものから始めればいい≫
『また私に選ばせるのね』
≪君が自分で選んだ話のほうが、君について多くを教えてくれる≫
『なるほど。質問に答えさせるより、選んだ内容を観察する。やっぱり油断ならない男だわ』
≪それでも話してくれるのかな?≫
『気分がいいからね。せっかくだもの、私がキャットウーマンになってからのことも教えてあげる』
【革張りの椅子へ深く腰かける音】
『最初の頃は、今みたいに洗練されていなかったわ。衣装も安物で、道具だって使い物にならないものばかり。高い建物へ登るたびに縫い目が裂けないか気にしていたし、爪だって見た目だけで、硬い錠には傷ひとつつけられなかった』
≪それでもやめなかった≫
『やめる理由がなかったもの。夜のゴッサムを上から見ると、街中の鍵が全部、私に開けられるのを待っているように見えた。窓の向こうでは金持ちが酒を飲み、警備員は仕事をしたふりをして眠り、誰もが自分だけは安全だと思い込んでいた』
≪君は、彼らが安全ではないと証明したかった≫
『ええ。最初に狙ったのは、イーストエンドの宝石商よ。表向きは慈善事業へ熱心な紳士だったけれど、裏では若い女の借金を買い取って、返せない相手を食い物にしていた。あの男は金庫の中に、宝石だけじゃなく帳簿までしまっていたわ』
≪宝石を盗み、帳簿を警察へ渡したのか≫
『警察へ渡したなんて言ってないでしょう。偶然、ゴードン本部長の机に届いただけよ』
≪君に利益はなかった≫
『宝石はいただいたわ』
≪帳簿を残しておけば、後から彼を脅してさらに金を得ることもできた≫
『ああいう男と何度も会うほど暇じゃないの。それに、自分が誰にも触れられないと思っている男が、朝になって全部を失った顔を想像するほうがずっと楽しいでしょう?』
≪君は金銭より、相手の優越感を奪うことに喜びを感じる≫
『昨日と同じ結論ね』
≪昨日は推測だった。今日は君自身が証明してくれた≫
『……そういうところ、本当に嫌いだわ』
≪嫌いな相手へ、これほど楽しそうに話すのかね?≫
『楽しそうに聞こえる?』
≪昨日より声が明るい。姿勢も緩み、手首の鎖へ力をかけなくなった≫
『あなたが昨日よりましな椅子を用意したからよ。それに、自分の成功談を話して不機嫌になる女はいないでしょう?』
≪ならば、もっと聞かせてもらおう。君が最も困難だったと感じた盗みは何だね?≫
『困難だったもの? それなら、ウェイン家が支援していた美術展ね。美術品そのものに興味はなかったけれど、警備システムがゴッサムで最も新しいと聞いたから、試してみたくなったの』
≪ブルース・ウェインの施設へ侵入したのか≫
『彼の持ち物ではないわ。名前と金を貸していただけ。それでも、あの男が自分の名をつけた場所から何かを盗まれたと知れば、少しは面白い顔をすると思ったのよ』
≪ブルース・ウェインにも関心があるようだ≫
『有名な金持ちに興味がある泥棒なんて珍しくないでしょう?』
≪君は今、バットマンについて尋ねたときと同じ声を出した≫
【数秒の沈黙】
『……何が言いたいの?』
≪いいや。まだ材料が足りない。続けたまえ≫
『珍しく引き下がるのね』
≪結論を急がないと言ったはずだ≫
『賢明だわ。あまりしつこいと、せっかくの話をやめるところだった』
≪君はやめないだろう≫
『どうして?』
≪自分の成功を正確に理解できる相手を、ようやく見つけたからだ≫
【沈黙】
『……ずいぶん自信があるのね』
≪君は先ほど、警備装置の構造を五分以上説明した。普通の聞き手なら途中で退屈する内容だ。しかし私は、君がどの順番で監視網を無力化し、なぜ最短の侵入経路を選ばなかったのか理解している≫
『最短の道は、最も警戒されていたからよ。遠回りに見える経路を使えば、警備員は自分たちの想定から外れた動きを追えなくなる。あの手の警備は、設備が賢いんじゃない。設計した人間が、侵入者も自分と同じ考え方をすると信じているだけ』
≪見事な判断だ≫
【わずかな沈黙】
『……何?』
≪褒めただけだ≫
『あなたが素直に人を褒めるとは思わなかったわ』
≪容姿ではなく、能力を評価されるのは不愉快かね?≫
『いいえ。むしろ、その反対よ』
≪多くの男は、君の外見に目を奪われ、君がどれほど計画的に行動しているかを見落とす。君はそれを利用しているが、同時に軽視されることを嫌っている≫
『どんなに高価な宝石でも、見る目のない人間にはただの石だもの。私の価値を正しく理解できない男に、わざわざ訂正してあげる義理はないわ』
≪だが、理解できる相手には認めてほしい≫
『誰だってそうでしょう?』
≪先ほどと同じ答えだな≫
『便利なのよ。大抵の質問に使えるから』
≪君は昨日、自分の過去を詳しく話した相手は私が初めてだと言った≫
『ええ』
≪そして今日は、自分の仕事の価値を理解した相手も、私が初めてだと認めた≫
『そこまでは言ってないわ』
≪否定するかね?≫
【長い沈黙】
『……少なくとも、ここまで熱心に聞いた男はあなたが初めてよ。それがそんなに嬉しい?』
≪嬉しいというより、光栄だと感じている≫
『光栄?』
≪君は、自分が価値を認めない人間には何も与えない。時間も、秘密も、本当の言葉もね。君が二日続けて私へそれらを与えたという事実は、相応に重い≫
『まるで贈り物みたいに言うのね』
≪違うのかね?≫
『私の話を盗んだくせに』
≪盗んだものは、まだ私のものになっていない。君が私に預けただけだ≫
【短い沈黙】
『……そういう言い方、嫌いじゃないわ』
≪それは何よりだ≫
『調子に乗らないで。ただ、他の男より少しだけ言葉の選び方が上手だと認めてあげただけ』
≪十分だよ、セリーナ≫
『また名前で呼ぶのね』
≪不快なら、ミス・カイルに戻そう≫
『……いいえ。今日はそのままでいいわ』
≪分かった、セリーナ≫
【セリーナがゆっくりと息を吐く】
『それで、あなたのことは何て呼べばいいのかしら。いつまでもストレンジでは、少し他人行儀に聞こえるでしょう?』
≪君が決めればいい≫
『最後まで私に選ばせるつもりなのね』
≪君は、他人に選ばされた呼び方など使わないだろう≫
『……本当に、よく見てる』
【数秒の沈黙】
『ヒューゴ』
≪何かね?≫
『試しに呼んでみただけ。変な顔をしないで』
≪顔は変えていないよ≫
『声が少し嬉しそうだったわ』
≪君の嗅覚だけでなく、聴覚も優れているようだ≫
『誤魔化したわね』
≪君に学んだのかもしれない≫
『ふふ……それなら、まだまだね。私ならもっと上手にやるわ』
≪ぜひ教えてもらいたいものだ≫
『授業料は高いわよ』
≪何を望む?≫
『今はまだ決めてない。でも、あなたが私の話を最後まで退屈せずに聞けるなら、少しくらい値引きしてあげてもいい』
≪それはありがたい≫
『では、続きを話してあげる。さっきの美術展で、私は警備員たちが一番安全だと思っていた場所から侵入したの。彼らは出口としてしか使えないと思っていたけれど――――』
≪待ちたまえ≫
『何?』
≪その前に、一つだけ確認したい≫
『せっかく気分よく話していたのに。質問によっては、もう続きを聞かせないわよ』
≪君は今、自分から「続きを話してあげる」と言った。昨日は、私に知られて困ることではないから話すと言っていた。今日は違う≫
【沈黙】
『……何が違うの?』
≪今日は、私に聞いてほしいから話している≫
【長い沈黙】
『そう思いたいなら、好きにすればいいわ。あなたがどんな顔で聞いているのかを見るのが面白いだけよ』
≪それでも構わない≫
『本当に、何を言っても受け流すのね』
≪君が話す理由を、私が決める必要はないからだ≫
『……そう。なら、黙って聞いていて』
≪もちろんだ≫
【椅子へ座り直す音】
『美術展の裏には搬出口があった。でも、警備員はそこを「外へ出すための扉」としか考えていなかった。だから私は――――』
――――――
――――
――
【録音停止】
Stop テープ#2
≪丸腰になった泥棒ほど、警備する者の想像力を刺激する。私の部下たちは、彼女が最後の武器を、誰の手も届かない場所へ隠していると疑った≫
≪次の記録では、力でこじ開けられない扉を、信頼という鍵が開く。すべてを調べる権利を誰に与えるのか――彼女自身が選ぶところを聞きたまえ。君ではなく、私をね≫