主人公名:血ヶ裂 融離(ちがさき ゆうり)
始まり
心を染め上げた十年は
ゾッとするほど色濃くて、
果てしなく深い所まで根を張っている。
淀んで底の知れない淵を覗き込めば、
息を潜めてこちらを窺う
あの男の恐ろしい眼が反射して見えるのだ。
──置いてけぼりの記憶
白い光が弾けるように、目の前がバチバチと瞬いた。
どういう事かというと、躓いたその瞬間に驚いて、まばたきをした。単純にそれだけの話なのだけれど、一度閉じた瞼を開いた時に網膜に飛び込んできだ太陽の光が眩しくて、その瞬間が強く記憶に焼き付いている。
地面にぶつかる直前、何か叫んだことは覚えているが、口を突いて出たのは、あ、だったか。それとも、わ、だったか。その辺りは覚えていない。
咄嗟に手を出して顔面は庇えたものの、手のひらと膝がやられた。やがて、痛みが込み上げてくると共に、胸の中は転げてしまったことに対する恥ずかしさで一杯になって、すぐには動けなかった。けれども暫くしたら、いつまでも倒れたままでいる方が恥ずかしいような気がしてきて、ようやく起き上がろうと手足に力を入れた。
やはり痛い。
焼けるようなそれに耐えかねて、口の端から弱弱しい泣き声を零しながら、どうにか身を起こした私を、同組の子たちは異様なものを見るような目で凝視していた。
「せんせー! ××ちゃんがーー!!」
向こうの方で、こちらを指をさし、大きな声で保育員の名を呼んでいる子が一人。
膝に食い込んだ砂の奥からジワリ、生ぬるさが滲み出てくるのを感じた。
痛みと不安で、ただ怖くて、心細くて。
縋るような気持ちで一歩、前に出た。
するとどうしたことか、周りの子は後退った。もう一度進むと、やはり距離を取る。歩み寄ろうとすれば、近付いた分、身体が離れていく。彼もあの子も。まるで、磁石みたいに。
この先の事を約束し合った訳じゃないけれど、当たり前に今が今のまま続いて行くものだと。
さっきまで楽しく笑い合っていた皆が遠い。自分を置いて、離れていく。
躓いて派手に転げたその瞬間、世界が変わった。
真っ暗になった。
もしかすると絶望に背を押され、谷底にでも突き落とされたのかもしれない。自分は何一つ悪いことはしていないのに。そう思えば、少しは心が軽くなるような気がした。
──
人はそれを敵と呼ぶのだろうが、当の本人達にはどうでもいい事だ。どの道、そんなちっぽけな存在は大して人の目には留まらない。
──英雄回帰。
街中でマイクを握り、声を張り上げて訴える青年──
『家に帰れ』
子供が見る物じゃない。邪魔だと彼は言うが、子供は離れない。まるで耳が聞こえていないみたいに、表情一つ変えずに立っている。
赤黒は深い深い溜め息をついて、今日のところは、と仕方なく荷物をまとめて腰を上げた。駅に背を向ける。歩き出した猫背の後を、小さな足音がついていった。
──
ある日、家族でテーマパークに行った。
橋のように大きなアトラクションを見上げて、ハイテンションで手を振る着ぐるみを指差して笑う父親と兄弟の背中。ぎこちなく握られた、母の手。
落とさないようにね、と初めて手にした、細長く巻き上げられたソフトクリームの白さに心奪われたその一瞬が、家族の最後の団欒だった。
気付けば、広場の噴水に独り。とっくに食べ終えたソフトクリームのスリーブをいつまでも手に持ったまま、日が傾いてオレンジに染まる空を眺めていた。
いつまでも帰ってこない両親と兄弟。
いや、きっと彼らは帰ったのだ。末子を置いて。
そう思い至った時、不思議と悲しくなかった。やはり自分は要らぬ子なのだ。であれば、仕方ない。寧ろ自分は自由を勝ち取ったのだ。そうに違いない。
赤を強くしていく夕焼けを浴びながら勝ち取った余韻に浸る。脳内に浮かんでは消える家族との少ない思い出を反芻していたら、遊園地の着ぐるみが近づいてきて、逃げる様にその場を後にした。
駅に行って、大人の後ろにひっついて改札をすり抜けて、家と反対の電車に乗り込み、大人の足に揉まれながら見知らぬホームに降り立った。
何をするでもなく夕日に染まったホームのベンチに座った子供の手を引いたのは、外から聞こえてきた騒がしい声だった。
同じ方法で改札を抜け出して、駅前のロータリーを見渡すと声の主は案外近くに立っていた。
貧相な身なりの男がマイクを片手に何事か訴えている。
お前はおかしい。
そんな目で一瞥されるだけで誰からも相手にされていない男の姿が、捨てられた自分に重なって見えて、まだその年では到底理解できない彼の話をずっと聞いていた。
『家に帰れ』
いつまでもついてくる子供に、赤黒はもう一度言った。いっそのこと、蹴り飛ばしてしまえば泣いてどこかに走っていくだろうか、そんなあるまじき考えが頭を過る。
『かえるいえなんて、ない』
子供は長い沈黙の末、表情の無い声でそれだけ言って、それ以降は何も言わなかった。赤黒もまた無表情で暫くその様子を眺めると、結局振りきるような事はせずに家路につく。
僅かに歩幅が小さくなった男の背後を、子供はいつまでもついていった。
──
(……こいつが居座るようになって今日で何日目だ)
取り敢えずつけただけのテレビの喧しい音と光が、狭いワンルームの床を転がり回る。
赤黒は部屋の一角で壁に凭れて、彼と反対の隅で体育座りしたまま眉一つ動かさない子供を見ていた。感情はさっぱり外に出さないが腹の虫は正直だったようで、ぐう、と音が男の耳に入る。
赤黒は菓子パンの封を開け雑にちぎると、野良犬にやるように放り投げた。少し逸れて床に着地したそれを、子供は暫くの間手を出さずに眺めて、そして一回、鼻を啜って、ゆっくりと拾い上げ、口に運んだ。
『ヒーローぶって、いい気味』
齧りながら、ぽつりと零した憎まれ口。ただぼんやりしていると思っていたが、しっかりテレビを見ていたらしい。
光の無い小さな瞳には、嬉しそうに取材に答える駆け出しの若いヒーローが映っていた。
少女の背が少し伸びた。
部屋で一日過ごしてばかりだったのが、外に出るとついてくるようになる。
彼女の背がまた伸び、口数も随分増えた。
それと入れ替わるようにして、男が以前よりも寡黙になった。
男がステインと名乗るようになった。
夜な夜な獲物を狩りにゆく。誰にも存在を認知されないまま家に立ち返り、泥の様に眠る。
そんな日が、幾日も幾日も過ぎていった。
いつしか男女の関係になっていて。
ヒーロー殺しをした夜なんかは決まって求め合った。
お互いの中に空いた穴を埋めるように、貪るように体を重ねた。そうしている間だけは、破綻した生活も将来も犯した罪も、忘れられた。何もかも見えない振りをして、夢中で傷を舐め合った。
『私、あんたの信念の為なら死んでもいい』
踏み台になってもいいかな、枕元でまだ熱のこもった胸を上下させて、女が言った。
『果たす前に死ぬのは自己犠牲とは言わん。全てが終わった時か、
素っ気なく部屋を後にする男なんて気にしない風を装いつつ、しっかり彼の背中を目端で追って、女はシーツにくるまった。
大きく盛り上がることも、浮き沈みもしない夜が二人の日常で、それは幸せであり、退屈でもあり、胸がチクリと痛んだりもした。
ふと、いつまで続くのかな、なんて。一日の中で何度も、見えない先を考えるようになってきた頃、日常は意外な形で終わりを迎える。
「話がある」
「? なに──……」
変化の始まりは、男によってもたらされたこの一言だった。
「雄英に入れ」
──入学試験
幅が広めのヘアバンドとマフラーで顔を隠して、長い黒髪を揺らしながら、
道が上り坂に変わった。目的地はこの山の上。もうすぐだ。
自分の周りを見れば、10代中盤の少年少女ばかりであった。個人差はあれど、皆 初々しく幼い顔付きで、コート、マフラー、手袋をして白い息を吐いて歩いている。
雄英高校の校舎は高い門の向こうにそびえ立っていた。校舎に近付いたところで、何となく、その頂上まで視界に入れようとしたら、あまりの高さに傾けた首が頭の重みに耐えかねてピキリと痛んだ。想像と違う。校舎と言うより、まるで大企業の本社だ。
知り合い同士連れだって来ている者も多いようで、口々にこれからの試験について不安気に、または興奮気味に話している中、ひとり静かに試験会場へと進んでいった。
──
『お前は贋物だ』
『…………は?』
──今日は俺のライヴにようこそーー!!!
巨大な地下空間のような試験会場で、距離がありすぎて胡麻の大きさもないボイスヒーロー、プレゼント・マイクが実技試験の概要の説明を始めた。融離は、最後列の方が近い席で頬杖をついて聞き流している。
雄英高校は、プロヒーローを目指す者であれば誰しもが第一志望に掲げるであろう、超がつく有名で人気のヒーロー養成校であるが、今の融離の態度は、その入試に臨む受験生とは到底思えぬものである。けれどもそれは仕方のないことだ。何故なら、ここに赴いたのは、融離本人の意思ではないのだから。
『雄英へ入れ』
『ち、ちょっと待って、話の意味が分からない』
事の発端は数ヶ月前に、男が放った一言だった。
暫く行方知れずだった男がひょっこり顔を見せるなり持ち掛けてきた、有名校の入学試験の話。
──『10分間の模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!!
──持ち込みは自由!
持ち込み自由の言葉に、融離は小さく頷いた。今、椅子の下に置いている鞄の中にあるナイフが無いと、戦力が大きく低下してしまうからだ。
『大体、学歴無い私がどうやって入るの? しかも私、いくつだっけ? 17? 生き遅れってやつでしょ。……無理無理、入れないし、そもそも受からないし、受けられないし』
『あそこは手段を選ばないと聞いた。お前は戦闘能力は高い。目に留まりさえすれば……後は容易い』
『何それ……』
『学が無いのは論外だ。視野が狭い』
『悪かったね、馬、鹿、で』
生意気な口を叩いてやると、男は重々しい溜め息を吐いた。
ハァ……、と男の口癖でもある気怠げな溜め息が脳内で再生された時、どこかの生徒が質問し、〝7111番〟と呼ばれる。融離よりも更に前に座る彼でさえ、そんな大層な番号なのだ。一番最後は果たして何ケタなのだろう。
『視野の狭さは、いずれ己を殺す』
『あんた学校行って失望したんでしょ? なんでそんな所に……』
『………確かに、失望はした……』
──四種目の敵は0P!
──そいつは言わばお邪魔虫!
お邪魔虫か、なら真っ先に潰さないとな。
『──失望したからこそ、何が正義で何が悪なのか理解できた』
──俺からは以上だ!! 最後に──……
「ちょっと! あなたまだ説明している途中よっ」
試験要項と自分の番号が掛かれた用紙を折り畳んで、席を立つ。足元の鞄をひっつかんで肩に掛けた時、隣の女子生徒に腕を掴まれた。
『お前は相応しくない』
『はぁ?』
「邪魔するな……殺すぞ」
「……ひっ……な、何なのよ……」
目深に被ったヘアバンドの隙間から殺意のこもった目で見下ろせば、自分を掴んでいた手はすぐに離れた。
雑魚。自分にしか聞こえないくらいの小さな声で暴言を吐いて、さっさとその場を離れた。
『何を勘違いしてるか知らんが……俺は自分の娯楽で殺しをしてるんじゃない。だがお前は殺しを楽しんでいる』
『自身の行いを省みずに、自分より劣っている贋物を見て安心してるだけだ』
──最後に、リスナーに
──我が校“校訓”をプレゼントしよう……
『お前は贋物と同じだ』
──〝Plus Ultra〟!!
──それでは皆、良い受難を!!
「なってやるよ」
まだ誰もいない冷たい廊下に、融離の小さな声が融けて消える。
「アンタの言う、
pixivメインで好きに書いてます。
ハーメルン初投稿なのでタグとか色々手探りです。
癖しかない二次創作、幼稚な主人公ですがそっと見守ってもらえたら嬉しいです。
名前変換はpixivのみ
(タグとかやり方わかったら導入するかもしれない)