戦闘訓練 編。
主人公の回想(夢)から始まります。
授業の緑谷戦、轟戦の試合中、オリ主は他と喋ってます。
(……ここは、どこだ)
雄英高校1―Aの教室の机の上で、融離は不思議な夢を見ていた。
陽炎のようなもやが広がる空間の真ん中に、公園がポツンと浮かんでいる。
融離はその入り口に立っていた。
奥のブランコが小さな女の子をのせて揺れている。
4歳か5歳くらいの少女は子供らしくない無表情で、ただブランコに座って揺れている。
『ばけものが ぶらんこ のってるぞ!』
『ぶらんこ こわれるだろ! ばか!』
融離の後ろから、少女と同じくらいの年頃の少年が数人、騒がしくやってきた。
融離を追い抜いて、真っ直ぐブランコに駆けていく。
『ようちえんいねーと おもったらさー!』
『あっちいけ!』
罵声と共に投げつけられた小石が少女の頬に当たり、ジュ、と白い煙が上がった。それを見た少年は一瞬、怯んだように見えたが、黙ってブランコに居座ったままの少女を睨み続けることは辞めなかった。
少しの間、少年グループと少女のにらめっこがあって、静かに、少女が地面に足をつけ立ち上がった。
一歩下がって道を開けた少年たちの間を抜け出した少女は、公園の出入り口、融離の方へと歩いてきた。
トボトボとした足取りで歩いてくる少女の顔は、融離と瓜二つ。
──あ、私だ。
そう気付いて思い出す。これは家族に捨てられる前の、まだ自分に家があった頃の記憶だと。
こんな夢を見てしまったのは、つい最近、轟や相澤との会話の中で両親の話題が出たからだろうか。
幼い自分は涙を堪えながら通り過ぎていく。
こうして忌み嫌われるようになったのは、幼稚園の頃、かけっこで躓いて膝を擦りむいた時だ。
その日、自分は怪我の手当てもしてもらえずに部屋に閉じ込められて、ドアの向こうで母親が電話口で謝罪の言葉を繰り返しているのを聞いていた。
そこからだ、容疑者か何かを見るような目で見られるようになったのは。
触れられるのが嫌いになったのもそこから。
幼い自分の小さな後ろ姿がもやの中へ消えようとしていた。
融離が少女に向かって手を伸ばした時、突然視界が真っ暗になる。
「!」
身構えた次の瞬間にパッと明かりが戻る。
融離が立っていた場所は公園から殺風景な部屋に変わっていた。舞台の場面展開のような見事な演出に、ブラボー、なんて言葉は出なくて。
──ガチャリ
唐突に背後でドアが閉じられて、外から鍵が掛けられた。
向こう側で声が聞こえる。
『汚れた血がうつるから、開けちゃダメよ』
『はあい』
閉じ込められたのは、手入れのされていない埃っぽい部屋。
唯一外と繋がる窓は子供の背には高過ぎる場所にある。カーテンなどは無くて、直射日光が差し込んできて眩しい。
まるで独居房だ。
今度は融離が生まれ育った実家に連れて来られたらしい。
先程聞こえたのは母親と兄の声。
家族が懐かしいかと問われると、そんな訳ない、と即答できるくらいに憎くてしかたがない存在だ。
「今の個性が発現してたら……簡単に……」
ここから、逃げ出せてしまえただろう。
窓を見上げてそんなことを考えたがしかし、外に出ることができたとして、幼い自分に何ができただろうか。警察に保護されて連れ戻されるか、変な種類の人間に利用されて命を奪われるか、ストリートチルドレンになって路頭に迷うくらい。
あの男と会ったのは本当にただの偶然だ。あれ以外のタイミングで同じ場所に行けたとしても、きっと独りでのたれ死んでいただろう。
空想は終わりにして、目線を窓から埃っぽい床へ移す。
兄たちが使い古したボロボロの本が数冊と、汚れた縫いぐるみを手元に転がして膝を抱える女の子がいた。
(よくもまあ……こんな小さい子に……)
こんな酷いことを。
融離は少女の隣に腰を下ろした。固くて、冷たい床が尻に触れる。
置物のように動かない少女にそっと手を伸ばして、その小さな背をなでる。細い骨が指に当たって、痩せこけているのが分かった。
自分だけ、独りぼっちで閉じ込められていた。
初めのほうこそドアを叩いて、泣いて、叫んで、ごめんなさい、おかあさんごめんなさいと何が悪かったのかも分からないくせして無我夢中で許しを請うていた。
そのうち疲れ果てて、諦めて、こうして自分を抱き締めるしかなくなった。味方は自分ひとりだと。
──我らが国民的ヒーロー…………は数々の名言を………すが、えー……。
ドアの向こうから、明るい声が漏れ聞こえてきた。
隣の部屋で家族がテレビを見ているのだ。
少女は相変わらず膝を抱えて、自分以外の家族の楽しげな会話とテレビの音を聞いている。
素晴らしい一家団欒だ。
──勇気づけら、れ……ねえ…………一際名言だったのは……。
幼い頃は隣の部屋のテレビの音を聞き流すのが日課だったなあ、と融離は少女の背中をさすりながらぼんやりと考える。
『個性というものは』
途切れ途切れだった音声が、突然クリアになった。
『親から子へ受け継がれていきます、しかし……』
静かに話し始めた声の主は、先ほどのおちゃらけた調子のアナウンサーとは違う、重厚感のある低い声。
『本当に大事なのはその繋がりではなく……自分の血肉……自分である! と認識すること──』
不意に少女が顔を上げたので、融離は反射的に背から手を離した。
少女の目はドアを注視している。
『そういう意味もあって私はこう言うのさ! 私が──』
大きく見開いた目からぼろりと涙がこぼれる。かさついた頬に、薄い皮がめくれて浮いた唇。
もし本当に幼い私に手を差し伸べたヒーローがいたのなら、この扉を開けてほしかった。
視界が再び暗転する。
融離はその眩しさに目を瞑った。目を閉じる直前、飛び込んできた燃えるような西日。あの場所だ。
目を開けると思った通り、そこは、いつか来たテーマパークだった。
園内には多くの人々が行き交っていた。
突然現れた群衆に、つい、ぶつからないよう体を動かすが、すぐにこれが夢であることに気が付いてやめた。案の定、人々は楽しげに会話しながら融離の体をすり抜けていく。
そして見つけた。
帰る場所、行く場所、目的のある人々の端っこに佇む小さな子を。
土産物が並ぶショーウインドウを覗き込んでいるらしいその子に、融離は近付いていった。
少女はアイスクリームのスリーブを握り締めて、ガラスの向こうにある壁掛けのテレビを見上げていた。
融離の視点からでは、画面は西日に負けて真っ黒にしか見えない。
『個性というものは親から子へ受け継がれていきます』
融離の耳に、先程の物静かな男の声が聞こえてくる。
『しかし、本当に大事なのはその繋がりではなく、自分の血肉──自分である! と認識する事』
『そういう意味もあって私はこう言うのさ!』
『私が来た!ってね』
来てよ。
嘘つき。
少女の口がそう動いた所で、黒い画面がぐにゃりと歪んだ。
生き物の口のように、ぐわりと大きく開いたそれは、少女と融離をばくんと飲み込んでしまった。
──
『おらエヴィバディ ヘンズアップ! 盛り上がれー!!!』
スピーカー越しの男の声がして、融離は夢から雄英1―Aの教室に引き戻された。
突っ伏していた顔を上げて、視界を遮るヘアバンドを押し上げる。整然と並ぶクラスメイトの頭と背中、そして一人こちらを見る紅白頭の──轟だ。
轟は融離が起きると何も言わずに前に向き直った。
先日から、轟は何を考えているのかよく分からない。相澤の方がまだ分かりやすかったように思う。
(首、《痛》……)
変な姿勢で寝たせいか、首回りがガチガチだ。後味の悪い夢のせいで気分は最悪。授業中なのもお構いなしに、ドベ、再び机に突っ伏して、あくびを一つ。
もう少し夢の続きを見ていたかった。あのまま夢の中にいたならば、自分はあの男と出会うのだから。
あの頃が一番平和だった時期だ。自分は男の後をついて回っていて、迷惑そうな目で男が振り返る度に喜んでいた。昔は今よりも自分を見てくれていたと思う。
〝殺人術〟なんてものを鍛練しだした頃は、まだ子供だった自分にはその狂気が理解できず、秘密基地ごっこみたいで楽しんでいたのだけれど。
はっきり言って今のあの男は狂人だ。でも男を狂わせたのは、この下落した社会だ。
あの男から信念を取り上げてしまったら、自分の存在意義を見失ってしまって自分を殺しかねない。
殺される奴らは皆、名声目当ての拝金主義者。必要な犠牲なんだ。
ここに居る子供もどうせ未来のガン細胞。いつかあの男に……。
『Hey! 血ヶ裂!』
「!」
スピーカーの声に名前を呼ばれ、融離は咄嗟にガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。急に立ち上がったせいで、一瞬、くらりと視界が揺らぐ。
『いいぞ、血ヶ裂! おら設問2答えろ!』
「…………えーと……」
分かりませんと言いそうになって、ふと、前方の席で緑谷が訴えるような目をして右手の指を4本立てているのに気が付く。
『遅ぇぞ、早く!! ハリィィィアップ!!!』
「すいません……。……4番……」
『YEAH!! 座ってヨシ!』
緑谷はホッとした顔を浮かべる。融離は片手を立てて礼を伝えながら、席に着いた。
──
『それじゃあ授業はここまで! エヴィバディ ステンダッッ‼』
チャイムが鳴り、起立、礼の号令で授業は終わりを告げたが、プレゼント・マイクは帰る素振りは見せない。
生徒の半数ほどが席を立ったが、いつまでも教卓でじっとしている教師を不思議に見つめた後、ゆっくりと座り直していった。
『休憩……の前にひとつ注意事項がある。今日はイレイザーヘッドが居ねえから俺から伝えるが──』
教室は彼の次の言葉に騒然となった。
『この辺に指名手配の[[rb:敵 > ヴィラン]]が潜んでるっつー情報が入った』
「……え!?」
『標的は小さい子供らしいから、お前らは大丈夫だと思うが……まあ、気を付けるように、だそうだ』
「小さい子供って、誘拐とか……?」
『細けぇことは気になるだろうが気にすんな!』
見つけたらおまわりさん、決して追わない事、と付け加える。
融離は人知れず胸を撫で下ろした。あの男のことかとギクリとしたが、そうではないらしい。
天井に向かって真っすぐ手が挙がる。飯田だ。
「犯人の容姿など、情報はあるのですか?」
『いい質問だなリスナー!』
教卓の上で、マイクが指をパチンと鳴らす。そして教材に挟んでいたプリントを取り出し、読み上げた。
『え~……丸刈りに、白目のない全眼。細長い胴体に、下半身はクッ、蜘蛛の体。だそうだ。歪だから、服なんかで隠したって変に膨らんでるだろう、とさ』
「蜘蛛……私ムリ……」
『俺も』
「けど分かりやすい見た目だね。すぐ捕まりそう」
『それがそうでもねェらしくてよ、なンせ、脚が8本、逃げ足が早くてなかなか捕まらないんだと』
「走ってるところ想像したら鳥肌が……」
「──ヒッ」
『俺も同じ気持ちだぜリスナー』
悲鳴をあげたのは口田。彼の声を初めて聞いた気がした。
以上だ、と締めくくるとプレゼント・マイクはすたすたと教室を出ていった。
暫くの間 生徒達の話題は凶悪犯で持ちきりだったが、次の授業が始まる頃にはどこかに消え去っていた。
──
「血ヶ裂さん、お昼ごはんそれだけ?!」
午前の授業が終わり、学生が一番好きな時間とも言える昼休憩がやってきた。
大多数──というより皆が食堂へ向かう中、融離がメロンパンと紙パックのコーヒーを机の上に置いたのをあざとく見つけた芦戸が大きな声で言い、わざわざ教室の一番奥の融離の席へ駆け寄ってきた。
食堂に行きかけた何人かのクラスメイトも振り向いてしまい、余計な事を、と融離はヘアバンドに隠した顔をしかめる。
「別に、これだけ」
「おやつじゃん! 行こうよ食堂!」
「俺はこれでいいから」
「一流のウデマエが、格安だよ?!」
融離は無言で袋から二つ目のメロンパンを取り出す。しかし机に置く前に芦戸のピンク色の手に取り上げられてしまった。
「二つともメロンパン!? せめて味変えなよ! メロンパンってメロン入ってないんだよ!?」
そこ? と様子を見ていたクラスメイトが心の中で突っ込む。
「菓子パンなんて何個も食べても栄養なんて知れてるし! 食堂行った方がいいって! こんなんじゃ体壊すよ!」
「俺も栄養面はキチンと考えるべきだと思う。身体作りはヒーローの基本だろう」
飯田がやって来た。
彼が来たということは、
「菓子パン! おいしいね! 私も時々お世話になってるよ」
麗日。
「血ヶ裂くん英語の時はごめんね。昨日仕事だったんだよね? 疲れてるんじゃない?」
そして緑谷。
この三人は早くも仲良くなったようだ。
「仕事してるの?! 何で知ってるの!?」
「きっ昨日たまたま聞いたんだっ」
「何のバイトなのー?」
「それは、聞いてない、ケドっ」
「オメー学校のあとにバイトしてんの? キツくねえか?」
芦戸が緑谷をガクガクと揺さぶって詰問していると、逆立てた赤髪の──切島が寄ってきた。
「ムチムチOL」
という声に融離が目線を落とせば、ブドウみたいな頭の男子生徒。
「……次から次へとうるさいな、どうだっていいだろ。いいんだよこれで、いつも食べてるんだから」
「いつも!? せめてお肉入ってるの食べなよ、ほら、マックとかさ!」
「マック……?」
芦戸は融離の昼食を手にもったまま、ばん! 両手で机の天板を叩いた。と思ったら、そうだ、と手をぽんと叩く。
「今日の放課後、マック行こう!」
「おっいいね、俺も行く」
「なになに、面白そう瀬呂くんも」
教室の入り口で立ち止まっていた瀬呂、上鳴が手を上げ、融離の席までやって来る。
融離は訳が分からなかった。気付けば融離の席の周りに軽い人だかりが出来ているのだ。まだ入学して間もないと言うのに、彼らのコミュニケーション能力の高さには頭が下がる。
「食堂の定食、売り切れちまうぞ」
唐突に入ってきた低い声は轟だった。
彼の一言を聞いた何人かが、わーそうだ! やべっ! と口々に言い慌て始める。
ようやく解散ムードが漂い始めたその隙を突いて、融離は芦戸の手からパンを取り返した。雑に袋を破るのを、芦戸が残念そうな目で見てくるのが鬱陶しい。
「本当にいつも菓子パンなの?」
「しつこいな……別に毎食じゃないし。好きだから食べてる」
「ジャンキーだジャンキー」
「それであの腹筋保ててるのが不思議~」
じゃあ今度ね、と芦戸はやっと諦めて歩いていった。
人の腹筋なんていつ見たのか、というより轟の方が凄いぞ。前歯のすぐ後ろまでやってきた言葉を、言ってもどうしようも無いか、と飲み込んだ。
個性を使いこなす為に鍛えているから、女子から見れば物珍しいものかもしれない。それでも服を脱げばその体つきは女性のそれだが。
ようやく静かになった教室で、融離は椅子に深く座り直すと、座面の上に片膝を立てた。どうも椅子は落ち着かない。地べたに座っていた方が楽だ。
「行儀悪いな」
「!」
一口齧った時、突然声を掛けられて驚いた。融離は殆ど噛んでいない布団のようなメロンパンの欠片を飲み込んでしまう。
「悪い、驚かせるつもりはなかったんだが……大丈夫か?」
ゲホゲホとむせる融離に声を掛けたのは轟だった。
現在、教室にいるのは轟と融離の二人だけなので、話しかけてくるとしたこの紅白頭以外にいないのだけれど……。昨日と今日と、彼とは何か縁があるらしい。彼の席は融離の斜め前だ。
「男子ん中でトップなのに、そんななのな」
「……悪いか」
「別に。好きにしたらいいんじゃねえか」
「別にってじゃあ水差すなよ、人がリラックスしてる時に」
「それリラックス方法だったのか」
「うるさいな、お前も食堂行ってこいよ」
「もう行ってきた」
「早くない?」
「ソバは早えんだ。けど、お前が思ってるより時間経ってると思うぜ、他所じゃ教室に戻ってるやつもチラホラ居たぞ」
轟が時計を指して言った。
「……次の課目なんだっけ」
「次の……? たしか……」
いつまでも振り返って見られているのは落ち着かない。融離がそう尋ねると、思った通り、彼は自分の机に向き直り漁り始めた。
「『ヒーロー基礎学』」
「詰まんなさそう」
「……一応オールマイトの授業だぞ」
「……は!? ……今、何て?!」
「プリントとかチェックしてねえのか?」
「……オールマイト……?」
「今年からここの教師になったらしい。ファンなのか?」
「…………」
さすがにオールマイトの名前は知っている。あの男が唯一瞳に映している存在だ。あの男が唯一認めたヒーローに、こんな形で会うことになるなんて。
街頭のテレビでしか見た事のない平和の象徴、オールマイト。
一体どんな個性で、どんな人なのだろう。
──《xbig》ヒーロー基礎学《xbig》
『一人だけ、居る』
『だれ?』
『オールマイト』
『オールま?』
『奴だけだ、俺を殺っていいのは』
『なんで?』
『本物の英雄だからだ』
『ふうん』
『今、社会で英雄を気取った輩で溢れている』
『うん』
『名声、金……欲ばかり考えている連中ばかりだ』
『うん』
『それを正さねば社会は死ぬ』
『よくわかんない』
『言葉に力は無い……[[rb:糺 > ただ]]すには、血が要る』
『よく……わかんない』
『誰かが血に染まらねばならん』
『……、わかんない』
「着替えたら順次、グラウンド―βに集まるんだ!!」
オールマイトの号令で、生徒たちは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、我先にと自身の[[rb:戦闘服 > コスチューム]]バッグに飛び付き、教室を飛び出していった。
クラスの全員が出ていっても立ち上がろうとしない生徒が一人。
「さあ、ええと──君が血ヶ裂少年か、ささ、君もコスチュームを取りたまえ」
オールマイトは出席簿をチラリと見て声を掛けるが、血ヶ裂 融離は動こうとしない。
紅いヘアバンドに紅いマフラー。
『ちょっと注意して見たほうがいいヤツですね』
打ち合わせの時に相澤が、そう言っていた生徒だ。
『どう注意したらいいの?』
と尋ねたら、
『ま、一回、本人を見てから考えてください』
とだけ返されてしまった。
実際に今、目の当たりにした訳だけれど、どう接すればいいものかサッパリ分からない。
あれかな? 刺激しない感じでいけばいいのかな?
「た……体調が悪いのかな? 保健室に行くかい?」
「……いえ」
「あっ、それなら良かった! さあ急ごう、念願のコスチュームだぜ!?」
「……ガッカリしてるんです」
「エッ!?」
融離の声は、少し震えている。
「本物の英雄だって、聞いたんです。なのに……とてもじゃないけどそうは思えない」
融離が顔を上げた。赤いヘアバンドの向こう側に隠した瞳は見えずとも、怒りが込められているのが分かった。
なるほどこういう方向性の子か、とオールマイトは相澤の言葉の意味を理解した。
「今、社会では英雄を騙って金儲けや名声ばかり考えて動く連中で溢れています。そんな汚い輩はヒーローじゃない。それに気付かない世間も間違ってます。俺はそれが許せません」
「……まあヒーローだってお金が無きゃ暮らせないからね、そこは野暮ってもんさ。逆に聞くけど、君が思い描くヒーロー像ってどんなだい?」
「……、ありません」
「何かあるだろう? 説明が難しいなら簡単な言葉でもいいんだぞ! 強いとか、カッコいいとか」
「だから、ありませんそんなの! 今の社会は腐ってる、どいつも、こいつも、キラキラと……」
融離は突然声を荒げた。まるで、隠した物を見られたくない一心で癇癪を起す子供のように。
反抗期と思春期というものだろうか。青春だね、なんて思いながら、オールマイトは融離の[[rb:戦闘服 > コスチューム]]バッグを取ってやった。
「ではどうして[[rb:雄英 > ここ]]に入った? ここに来たってことはヒーローに憧れちゃったからだろ!?」
「──ちがっ!」
「血ヶ裂少年、君は何か事情があるようだが、あまり思い詰めては駄目だよ。入学して間もないからね、環境の変化に戸惑うこともあるだろう。しかし焦りは禁物さ。ゆっくり自分の道を見極めるといい」
「……っ」
さあさあ早く。その背を押そうと腕を回したところ、手が触れる前に、融離はバッグをふんだくって教室を飛び出していった。
──《xbig》チーム決め《xbig》
自分が入学したのは男に言われたからだ。
男に贋物と嗤われないよう、認めて貰えるよう。
そして、その男が唯一認めているのは
男はどうして入学しろと言ったのか。そして、自分はどうして言われた通り入ったのか。
融離は自問しながら、がむしゃらに廊下を駆け抜けた。
クラスメイトはとっくに着替えを済ませてグラウンドに向かったのだろう。誰もいない更衣室で、融離はムカムカしながらバッグを開いた。
固いブーツに足を通し紐を結び、要望通りに用意された紅い布を頭と体に巻き付ける。
クイーンサイズのベッドカバーに負けずとも劣らない大きな布は、簡単に体を真っ赤に染め上げた。
よく要望が通ったものだと驚くが、無事に仕上がったのだからそんな事はどうでもいい。
年季の入った男の物と比べると綺麗すぎるけれど、鏡に映る姿はステインそのものだ。
オールマイトのお茶らけた姿に苛立っていた気持ちが、スカッと晴れ渡る。
「──良いじゃないか皆、カッコイイぜ!!」
後から遅れてきた融離の到着を確認したオールマイトが言った。
集合したグラウンド―βは、入試時に駆けまわった演習場だ。ここで何をするのか、前の方で手を上げたフルフェイスのヘルメットを被った男が、飯田の声で質問をしていた。
「屋内での対人戦闘訓練さ!!」
基礎訓練はと疑問の声が上がるが、その基礎を知るための訓練だ、とオールマイトは答えた。まずは一回やってみろ! ということらしい。
「勝敗のシステムはどうなります?」
「……ブッ飛ばしても良いんスか……」
「また相澤先生、みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいのですか」
「このマントヤバ──」
「……血ヶ裂さんって、青山くん嫌いだよね」
クラスメイト全員に見せて回っていたのか、後から来た融離に向かってポーズをとった青山は無事に蹴飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がっていった。
「いいかい──?」
自身の発言ひとつに対して飛んでくる質問の嵐。
新任教師のオールマイトは手間取りつつも、なんとか授業を進めていった。
──状況設定
【敵】がアジトに『核兵器』を隠している!
『ヒーロー』は建物に潜入し、時間内に処理せよ!
『ヒーロー』は、時間内に【敵】を捕まえるか『核兵器』を回収する事。
【敵】は、制限時間終了まで『核兵器』を守る又は『ヒーロー』を捕まえる事。
──
「先生! クラスは21人ですが、どうやって分かれるのですか?」
「あ、それなんだけど」
「一人でやりたいです」
「えっ、血ヶ裂少年いいの?」
「はい」
「あ、うん。先生も血ヶ裂少年に一人でやってもらうつもりだったから助かるよ」
じゃん、とオールマイトが箱を掲げてさあ順番にどうぞ、というところで飯田が手を上げまたもやストップ。するかに思えたが、融離の宣言で事なきを得た。
「本人に異存がないなら、さ! ちゃちゃっとくじ引きしちゃおうぜ! ……あっ、血ヶ裂少年の相手は全組が終わった最後に決めるよ。疲労などで状況も変わるだろうからね」
そうして、くじが引き終わり、融離を除いた10組の即席コンビが出来上がった。
当たりもあれば、ハズレもある。麗日と緑谷のコンビはどこか嬉しそうで、飯田と爆豪の相性最悪そうなコンビは二人とも不満そうだ。とはいえ、何をもってハズレとするのか、それはまだ、分からないのだけれど。
チーム名はただのアルファベット(A~J)とし、融離にはKが割り当てられた。
最後にヒーロー役と敵役を決め、いよいよ戦闘訓練が開始となる。
「敵チームは先に入ってセッティングを! 5分後にヒーローチームが潜入してスタートする。他の皆はモニターで観察するぞ!」
一戦目のチームと別れた残りの生徒は、オールマイトに続いて地下のモニタ―ルームへ。
「飯田少年、爆豪少年は敵の思考を学ぶように! これはほぼ実戦! ケガを恐れず思いっきりな!」
度が過ぎたら中断するけど、と締めくくり、 オールマイトはバインダーに採点用紙を挟んだ。
「さあ君達も考えて見るんだぞ!」
建物内の各所に設置されたカメラを通して、緑谷や飯田達の姿がモニターに映っている。
「……なあなあ血ヶ裂」
クラスメイトが画面にかじりついている。その列の一番後ろで融離がライブ映像を流し見ていると、一人の生徒が話しかけてきた。
赤い髪を逆立てた男子だ。顔は覚えているが、名前は覚えていない。
男子生徒は、肌の露出が多い荒々しいコスチュームとは正反対に、大人しいヒソヒソ声で続けた。
「俺にお前の個性、詳しく教えてくれよ」
何を言うのかと思ったら。
「俺の個性〝硬化〟なんだけどさ──あ、俺、切島 鋭児郎。……なんつーか地味なんだよな。足もそんなに早く無ぇし。もしお前とやり合うってなったらさ、飛んで逃げられたら正直攻撃手段が無いっつーか……早めに対策取りてぇっつーか」
「嫌だ」
「即答かよ……!」
切島の申し出を撥ねつけた時、すぐそこにいた男子生徒が振り返った。
黒髪に薄い顔の男子は、
「お前馬鹿か、このあと戦うかも知れない相手に弱点話してどうするよ。瀬呂 範太ね」
やっちまったな、瀬呂がそんな風に笑う。
切島は、あ! と口を開けて、
「そっか! やべぇ血ヶ裂いまの忘れてくれ!」
「……もう覚えた」
「おおい、そりゃ無ぇよ! こっちが腹割って話したんだから男らしくフェアで行こうぜ!」
「うるさいな」
必死で頼み込む切島と苛立つ融離を見て、瀬呂がケケケと面白そうに笑っている。
切島が、「頼む!」と顔の前で両手をバチンと合わせて拝む。
「ちょっと! 静かにしてくださいまし、集中出来ませんわ」
「お、ワリィ!」
「実際の戦闘じゃ相手の弱点はその場で探すもんだろ。甘えんなよ」
「そ……それはそうだけど、今は訓練だし同じクラスだろ?」
「何それ。同じクラスだから? 何? 実際に敵と戦う時でもおんなじこと言えんのかよ」
いざ戦闘となった時に、初めまして、私、こういう個性です。なんて名刺交換する訳じゃあるまいし。
おやまあ、ご丁寧にどうも。あら私たち相性がいいですね。じゃあ殴り合い始めましょうか、なんて。
「そうだけどよ……」
切島が顔を渋くする。融離はそれを見て悪いとは思わない。正しい事を言ったまでだ、と譲らない。
「敵の事を入念に調べた上での潜入、戦闘も有り得るだろ。今回の状況は相手が核を持ってるって分かってんだし」
と、切島と融離の間に入ってきたのは轟。
彼のコスチュームもまた特徴的だ。半身が、氷を模したヒビだらけの防寒スーツに覆われている。左目は禍々しいレンズになっていて、まるで半身サイボーグ。
格好いいというよりかは、無機質で怖い。あまり表情が無い彼にはお似合いなのかもしれないが、ヒーローらしくは無いと思う。
轟が、どうだ? と声を掛けると、切島はそれに勢いよく飛び乗った。
「その通り、そうだぜ血ヶ裂! 男らしく吐け!」
「俺も聞きてえ」
「瀬呂も聞きたいデース」
ハイハイと瀬呂が手を挙げる。
ふと、融離は今の状況が昼休憩と似ていると気付いた。一人と話していたのに、気付けば会話の相手が増えている。融離は周りを避けているつもりなのに、ここの連中は何故寄ってくるのだろうか。
チラリとモニターを見ると、緑谷と麗日がビルの窓から内部に侵入しているようだった。
「…………分かったよ」
「ッしゃ!!」
切島が大きくガッツポーズを決めて喜ぶ。
ズズイ、と身を乗り出す彼らに、融離はしぶしぶ話し始めた。
「……個性は一言で言ったら〝引力と斥力〟」
「空飛ぶ個性じゃねぇのか?」
「だから、磁石みたいに壁とかにくっついたり、反発させて物を飛ばしたり出来るだけ」
「俺の〝テープ〟+麗日の〝無重力〟みたいな感じか」
融離はそんな感じ、と瀬呂にうなずいた。
彼の個性は〝テープ〟。特徴的な丸い肘からテープのような物を射出する。くっつくという点では似ているが、違うのは融離はほぼノーモーションで移動出来る事だ。
切島が目をキラキラさせて、
「で、弱点は!?」
「お前と同じで、大した攻撃手段が無い」
「あ~だから
瀬呂が融離を指して言った。
『ソレ』とは融離がぶらさげる幾つもの刃物のことだ。背中に太刀、腰や脚にダガーやサバイバルナイフ、ブーツの横にまで、小型から大型の様々な刃物が添えられている。
ふと轟を見ると、話のきっかけを作った彼はいつの間にかモニターに視線を移しており、少し腹が立った。
「でさあ、俺思ったンだけど、血ヶ裂のコスチュームってあれだよな、ちょっとダーク───」
「いきなり奇襲!!!」
前の方で声が上がった。
それを聞いた切島はハッとして最前列に走り出ていった。聞くだけ聞いて去っていった後ろ姿に、また少し腹が立つ。
「アイツ何話してんだ? 定点カメラで音声ないとわかんねえな」
「小型無線機でコンビと話してるのさ! 持ち物は+建物の見取り図……そしてこの確保テープ!」
オールマイトはコンパクトにテープを取り出すと、後ろの生徒達にも見えるように掲げてみせた。
「コレを相手に巻き付けた時点で『捕えた』証明となる!!」
「制限時間は15分間で核の場所は『ヒーロー』に知らされないんですよね?」
「Yes!」
「『ヒーロー』側が圧倒的不利ですね、コレ」
「相澤君にも言われたろ? アレだよ、せーの! Puls Ul──」
「あ ムッシュ爆豪が!」
動きがあったらしく、全員の意識がモニターに移る。
見ると、緑谷の手にはまさに今オールマイトが説明していた確保テープが握られていた。
「すげえなあいつ!!」
「個性使わずに渡り合ってるぞ」
緑谷の見事な戦いぶりに歓声が上がり、
「入試[[emphasismark:一位 > ﹅]]と!」
「え?」
クラスメイトが発した一言に、融離は思わず声を上げてしまった。
(順位なんて書いてたっけ……?)
以前郵送されてきた合格通知の封筒の中に、他にも何か入っていたのだろうか。合否が分かればいいとしか思っておらず、中身はよく確認せずに捨ててしまった。
「血ヶ裂だったか?」
封筒を開封した時、ゴミ箱に投げ入れた時の記憶をどうにか掘り起こそうと頭を捻っていると、隣から声が掛けられた。
「誰?」
「障子だ」
背の高い男子──障子 目蔵は短く名乗った。
障子は顔はモニターに向けたまま、瞳だけを動かして融離を見るとこう尋ねた。
「前から気になってはいたんだが、お前、入試で何位だった? 名前が無かったように思うが」
──
○『ヒーロー』
A麗日 お茶子(負傷)
緑谷 出久(負傷・行動不能)
×【敵】
D飯田 天哉
爆豪 勝己
「ヒーローチーム……WIIIIN!!!」
オールマイトの高らかな宣言がされたものの、 [[rb:負けた方 > 敵]]が無傷で、[[rb:勝った方 > ヒーロー]]がボロボロという、後味の悪い結果であった。
緑谷は保健室へ運ばれていき、モニタ―ルームに戻ってきた爆豪の雰囲気は悪い。
どこかぎくしゃくとした空気のまま、場所を移して第二戦が始められた。
第二戦
『ヒーロー』
B障子 目蔵、轟 焦凍
【敵】
I尾白 猿夫、葉隠 透
「血ヶ裂、見ねぇの?! 轟が動いたぞ!」
「もう飽きてら……」
モニターの前で切島に呼ばれたが、融離は壁に凭れてぼんやりとしていた。一戦目の様子で既にお腹いっぱいなのだ。他の試合を見る気にならない。切島の隣で瀬呂が呆れている。
このまま自分の番が回ってくるまでのんびりしていればいいやと呑気に考えていると、背をつけていた壁が服越しにでも分かる程ヒヤッと冷たくなり、驚いて離れる。
数秒遅れて地下室の温度が急激に下がった。息が白くなり、空気を吸い込むと気管に針が刺さったみたいに痛い。
震えるオールマイトの隣で、切島が自分の体を抱き締めているのが見えた。
モニターに歩み寄り、画面を覗き込むとそこに映っていたのは、
「建物まるごと凍ってる……?」
「……仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化……!」
「最強じゃねぇか!」
轟はすたすたと核に近付き『確保』、ヒーローチームの勝利が確定した。
『悪かったな』
モニターに轟の燃える左手が映る。
『レベルが違いすぎた』
結果
○『ヒーロー』
B障子 目蔵
轟 焦凍
×【敵】
I尾白 猿夫
葉隠 透
次、戦闘訓練の終わりまで。