ホルスター、ベルト、バックル。装備の具合を確認した融離は、仕上げに小ぶりなナイフを胸のベルトに手際良く差していく。そうして全身を刃物で固めた融離は、
通路にはまだ誰もいない。自分の足音と、金具がぶつかる音だけが長い通路に響く。融離はフンと鼻を鳴らして、実技会場へと向かった。
会場と言われて辿り着いた場所は、ほぼ完全に〝街〟であった。立ち並ぶオフィスビル、信号機に電柱もあるし、街路樹もある。建物の窓はどれも真っ暗だが今にも電気がつきそうだし、路地からは人が飛び出してきそうな気さえしてくる。あまりのリアルさに、一瞬、試験を忘れて見入ってしまったくらいだ。
融離はハッと我に返って来た道を振り返る。まだ他の受験生の姿はない。試験監督のような人影も見当たらない。試験の目標である仮想敵とやらもいるはずだが、その気配もなし。ゆるい風が頬を撫ぜるくらいで他には物音一つしない。
(……上、登ってみる?)
ビルの窓を覗き込んで、無人を確認した融離はそう呟いて、くっと顎を上げた。軽く腕を伸ばして、ビルの屋上付近に狙いを定める。ふわり、と浮いた体は、次の瞬間、空に飛び上がった。地面からビルの頂上へ真っ直ぐ、まるで定規で線を引くように、ぐんぐんスピードを上げてゆく。
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【個性】引力と斥力
自身や周囲の引力と斥力を強める事が出来る。
磁石のように自分が対象物にくっついたり、もしくは対象を引き寄せたり、離したり(反発)する。
ただしホバリングは苦手だ!
自分や対象を動かす力、速さ、持続時間は筋力が関わってくるので、個性を維持・強化するには筋トレが欠かせない。
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頂上まであともう数メートル、といった所で伸ばしていた腕を下ろし、忍者のように両ひざを曲げて屋上に着地。
そこから見下ろせば、居る居る。
立体迷路のような街も、上から見下ろせば何てことはない。本物の街中であればある筈のない、鉄の塊。そこら中に配置されているあれらが恐らく、いやきっと仮想敵であろう。
さらにぐるりと一周見渡した融離は、ある物に目を奪われる。会場の入り口から一番遠いところで、一際大きく、窮屈そうに建物の間に佇む馬鹿デカイもの。高層ビルですら隠しきれないその図体で擬態でもしているつもりなのか、ピクリとも動かない。
「見つけた」
融離は布に隠した口を大きく歪めて笑うと、助走をつけて空中に飛び出した。
「──お邪魔虫……」
──
薄暗い部屋の中。モニターの明かりに照らされて、雄英高校の教師達の顔が白く浮かび上がる。
「ねえ、いいの? これ」
画面に映っているのは、紅いバンダナで顔を隠した一人の
「“いいの?” って言われても、もう始められちゃったんじゃあ、どうしようもないよね」
「他の受験生はまだ到着していません。彼らに動揺を与える前に捕まえて、失格にしますか?」
「その程度で動揺して、力が発揮できないようなヤツこそ不合格でいい。そもそも実際の現場に合図も何も無い」
「それは、まあ、そうだが……」
「確かに行動は目に余る……が、その辺は在学中にどうとでもなる」
時折、手元の
「動きは結構、慣れてるわね」
「飛行……といっても、少しずつ落ちているような、癖のある動きだな」
「年齢が17歳って留年、中退?」
「真っ先にギミックを倒しに行ったね。最近の若い子って行動力あるなあ」
「行動力トイウヨリ、独断専行デハ?」
「それにしてもこの服装、なんだか」
例のヒーロー殺しみたいで見た目悪い。
誰かがそう言って、教師達の目の色が少し変わる。
「履歴が白紙な辺り、何か事情がありそうだけど……さすがにそれは無いでしょ」
「仮にそうだとしても、そうじゃなくても……野放しにしない方がいいかもな……」
モニターの中で動きがあった。
巨体の肩から前脚が外れ、ゆっくりと地面に落ちて砂煙が上がる。
──
指定された会場の大きな門の前で、緑谷出久はガチガチに緊張していた。
周りはこれから何が起きるのかと緊張する様子も無ければ、怖がる様子も無い者ばかりだ。自分とは違って余裕のある様子に不安を煽られて、緑谷の体は固くなっていくばかり。
(ん……? あっ)
あの人は! 緑谷は受験生の中に見覚えのある横顔を見つけた。可愛らしい茶色のボブヘアーの女の子は、試験前、転けそうになったところを助けてくれ、気さくに声を掛けてくれた彼女だ。彼女もまた緑谷と同じように緊張しているようで、震える息を吐きながら胸をトントンと叩いている。
(そうだ、さっきのお礼言わなきゃ……)
そう思い、歩み寄ろうとした緑谷の肩を、誰かがむんずと掴んで引き留めた。
「その女子は精神統一を図っているんじゃないか?」
「ヒィ! こちらも!」
君は邪魔しに来たのか? メガネの男子生徒に睨まれて、思わず緑谷の口から悲鳴が飛び出る。
こちらも、というのは彼もまた見覚えがあったからだ。彼は先ほどの試験の概要説明の時間で、緑谷の私語が多いと厳しく注意してきたのだ。
ふと、視線に気付いてメガネの彼から目を離した。他の受験生たちがこちらの様子を眺めている。その目が持つ意味を、緑谷はよく知っていた。あれは相手を下に見ている目だ。全くその通りで、自分はパッとしない無個性。やる気だけが空回りして、目の前で手柄を持って行かれてしまうような、損な役回りだ。この場に一番相応しくない人間かもしれない。でも、やるしかない。けれど、やれるかどうか確信は無い。
萎縮しきって俯いていた緑谷は、突然の地響きに顔を上げた。他の受験生たちも驚いた様子で視線を散らしている。中には、よろめいている者も。
「──なんだなんだ!」
「地震!?」
「おい、あそこ見ろ!!」
誰かが空を指差して叫んだ。その場の全員が人差し指の向こうに顔を向け、そして唖然と口を開けた。
深紅の布で顔を隠した一人の
「ていうか、あれ、0、ポイントの、じゃね……?!」
──スタートー!
おおい、聞いてるかリスナー、とそびえ立つ塔のてっぺんから、プレゼント・マイクの馬鹿デカイ音声が届けられた。その意図を図りかねた受験者達は皆ぽかんとして、ポールペンで突いた黒点の大きさもないような音声の主を見上げる。
──実際じゃカウントなんざねぇんだよ!!
──走れ走れぇ! 賽は投げられてんぞ!!?
「えっ」
「──ええええッ!!?」
プレゼント・マイクの声に弾かれたように一斉に走り出すライバル達に遅れて、緑谷は泣きそうな顔で駆け出した。
ズウウン、ズンと、赤色が直線を描く毎に怪物のパーツがひとつ、またひとつと崩れ落ちてゆく。
(……来たな)
巨大ギミックを倒した融離は地面に降り立って、ようやくポイント付きの仮想敵を一体倒した。その時、視界に虹色のレーザーが過って受験生の来訪を知る。そしてそれを、待っていました! と言わんばかりに仮想敵が動き出し、わらわらと集まってきた。
「いいね、そうこなくっちゃ!」
融離の手の中でナイフがくるりと回る。試験といえど、敵を倒すのは面白い。夢中になって武器を振るう。
何十体目になるか分からない仮想敵に向けてナイフを振りかぶった時、後ろから放たれたレーザーに先に仕留められて、融離は思わず舌打ちした。
「こちらも据え善。ネビルレーザーの速さと美しさには誰も敵わないよ」
「聞いてない」
振り返って損した。
背後に立っていたのは金髪に、フリルのついた襟。妙な服装の男。融離は吐き捨ててすぐに視線を前に戻すと、近くのビルへと飛び上がった。
「飛行系か──」
金髪の男の声はあっという間に聞こえなくなった。
自分とてスピードが遅い訳じゃない。ただこちらが近接技なのに対して、彼は遠距離タイプ。分が悪い。同じ空間に居ない方がいいだろう。そう考えて、距離を取ろうと目に入った屋上にどんどん飛び移っていく。
受験生同士の距離も縮まってきて獲物の取り合いが激しくなってきていたのだ。離れるつもりではいた。
「標的捕捉! ブッ殺す!!」
「そうかい──」
試験開始から数分経って、この喧しいロボットは建物の上にも登っていたようだ。ふわりと視界に現れた融離を素早く感知し、何度も聞いた台詞を飽きもせずに聞かせてくれる。
融離は返事をすると瞬時に足下へ滑り込んで、腰の太刀を引き抜いてどてっ腹に突き立てた。核を捉えたのか、仮想敵はガリガリと嫌な音を立てた後、動きを止めて無言になった。
辺りが静かになる。どうやら屋上にはこの一体だけだったようだ。
そろそろ飽きてきた。
用意されている仮想的は多少の違いはあれど、吐く台詞も動きもワンパターンだし。
飽きたも何も、試験なのだから言われた通り行動するべきなのだが。
融離は限りなく本物の街に近い会場を眺めながら、ううんと伸びをした。
あのデカイのがもう一回来てくれたらな。
奇しくも、融離のその願いは実現する。
試験開始時と同じように見渡していたら、街のど真ん中に突然大きな体が生えて融離は目を見開いた。
「君たちが壁を越えるというのなら、我々はさらに高い壁を作るのさ! 更に向こうへ──それが雄英のポリシーだからね」
その言葉と共に、頭上高くに掲げられた肉球が『YOBI』と書かれた真っ赤なボタンを押した。
──
ビルの水平線にぬうっと姿を現したそれは、今まさに融離が呟いた〝デカイの〟であった。プレゼント・マイクの説明では確か各会場に一体ずつだった筈だが、最高のイレギュラーだ。細かいことはどうだっていい。
ラスボスの再登場に胸を踊らせて、ビルの縁を蹴って宙に身を投げた融離であったが、ここで一つ問題があった。
(遠い……あと何分だ……?)
急ぎ屋上を蹴って宙に線を描く。距離が離れ過ぎている。制限時間内に間に合うだろうか。
こんなに離れてしまったのも全部あのレーザー男のせいだ。名も知らない男に八つ当たりする融離の視線の先では、ギミックが巨大な柱のような前脚を振り下ろし、周囲に瓦礫の雨を降らせていた。
(何……逃げてんだよ!! たかが試験で!!)
眼下には蜘蛛の子を散らすように逃げ出す受験生達の姿。あれがヒーローを志す者達の姿なのか。情けない彼らに融離の苛立ちは更に大きく膨らんでいく。
その時、
(……! 逃げ遅れ……!?)
受験生が去った場所に、取り残された影が二つ。恐らく瓦礫の巻き沿いになったであろう少女と、ただ恐怖に震えながら巨体を見上げているだけの癖毛の少年。前を見れば、ギミックは第二波を放とうと巨体をゆっくりと持ち上げている。
(間、に、合え……──!?)
咄嗟に太刀をしまい、両腕に力を入れた時だった。一人の影が、フッ、と現れて、融離の前を塞いだ。
見事な跳躍を決めた彼は、さっきまで四肢を投げ出し震えていたあの少年。
曇りない強い目つきで敵と対峙している。
そしてここ一番の高さで右手を振りかぶり──
──SMAAAASH!!!!!
まさに文字通り、脳が痺れるとはこの事。
隕石がぶつかったような渾身の一発。
融離は全身を貫いた衝撃に飛行体勢を解いたのも忘れて、空中で暫し彼の姿に目を奪われていた
体中の毛穴が喜びの叫びを上げて逆立っている。
──お前は視野が狭い。
数ヶ月前に男に言われた言葉の意味が、少し理解できた気がした。
アイツが言う、本物のヒーローというものがどんなものか、少しだけ分かった気がした。
「──ゔゔあ゙あ゙あ゙あ!!!」
慌てて着地体勢を取った融離の頭上から、悲痛な叫び声が聞こえた。少年のものだ。見上げれば、真っ逆さまに落ちてきている。
融離が上空に手を伸ばすのとほぼ同時、突然、一つの瓦礫が重力に逆らって浮き上がった。一瞬であったが、上に女の子が乗っているのが見えた。
解除、と掠れた声が聞こえてすぐ、瓦礫は元の場所に落ちてきた。少し遅れて少年も。
「大丈夫か……?」
急いで駆け寄り声を掛ける。俯いていた女の子は顔を上げ、と思いきや、げろげろと嘔吐き始めた。そのまま見続けるのもアレなので癖毛の少年に目を移せば、彼は額に汗を滲ませて苦痛に顔を歪めていた。右腕が鬱血して真っ黒に変色している。
「一発殴っただけで……」
この重傷。あのバカでかい鉄の塊を一発で粉砕したのだ。相当なパワーが込められていたに違いない。
少年が薄らと目を開ける。腕の痛みに呻きながらも、彼は女の子の無事を確認すると、は、と息を吐いて、
「……良かった……!」
と、笑ったのだ。心の底から。嬉しそうに。
そして、こうも言った。
「せめて……1、ポイントでも……!!」
「っえ!? いち……?」
── 終 了ぉ ー ー ! ! !
『せめて、1ポイント』。
つまりそれは……融離が意味を理解した時、無情にもプレゼント・マイクの声が響いて、10分が終わりを告げた。
──
「……あいつ、何だったんだ。いきなりギミックに飛び出したりして……」
「増強型……規格外だ」
「……すげぇ奴だってのは間違いねぇよ」
試験が終わり、安全を確信した受験生達が巨体を倒した者を見ようと戻ってきた。倒れた少年を中心にして、少し距離を置いて口々に喋っている。どの面下げてノコノコ戻って来たんだか。
「はいお疲れ様〜」
自分勝手な野次馬に融離が辟易していると、背後から嗄れた声が近付いてきた。注射器を模した杖をついて歩いてくるのは、お団子頭の高齢の女性。
「はいお疲れ様〜お疲れ様〜……」
のんびりとした足取りの彼女は、周りの受験生らに何やらお菓子を渡しながらこちらに近付いてくる。
「おやまあ……、自身の個性でこうも傷付くかい。まるで、身体と個性が馴染んでないみたいじゃないか」
老婆は気絶して動かない少年を見下ろしながらそう言った。まだ力の調節がうまくできないということか。融離にも覚えがある。物を手に取りたいのに向こうに弾いてしまったり、進みたいのに、壁から背中が離れなくなったりして難儀したものだ。
ふむ、なるほどな、と納得した融離が視線を上げると、老婆は何故か口を尖らせていた。シワシワの唇が、少年に押し付けられる。
(ババアッ!!!?)
「あの人の個性は〝治癒力の活性化〟……」
この声は、あのレーザー男だ。融離は振り向かずに耳を傾ける。彼の言葉の通り、少年の腕が光に包まれてみるみる癒えてゆく。
なるほど、素人相手に無茶苦茶できる訳だ。死なない限り、彼女が居れば何でも出来る。
「ちゃっちゃと行くよ。……他に怪我した子は?」
老婆──リカバリーガールと目が合った融離が『結構』というように手のひらを見せると、彼女はくるりと向きを変えて負傷者を探しにいった。
──
──お疲れさーん!
──気を付けて帰るんだぜ、リスナー!
──またラジオで会おうな!!
実技、筆記が終わって、受験生たちは一斉に帰り始めた。誰も口には出さないが、皆、入試前に比べて穏やかな顔をしている。中には、ああ駄目だったんだろうな、と一目で分かるような顔も居るけれど。
融離もまた家路につこうと鞄を背に回した時に腹が鳴って、自分もリカバリーガールからお菓子を貰っておけば良かったと後悔するが、今となってはどうしようもない。
「おい」
帰りにコンビニでも寄ろうかな、と立ち上がった融離を、一人の男が呼び止めた。
「あれ誰だろ……?」
「黒っ……え、あれって雄英の先生……?」
「あ……! あの赤マフラー、実技で0ポイント倒した奴じゃん」
「マジで、馬鹿? ……ってか0ポイント狙いって、お前の所にもう一人居なかったっけ」
「居た居た、なんかボロボロんなってた」
「え、それってさ──」
ひそひそと言葉を交わす受験生を融離が隠れた目で周りを見やると、サササ、と野次馬は簡単に解散していった。
「場所、変えますか?」
「いや、ここでいい」
上下黒ずくめで、オールバックに無精髭。変わった布をマフラーのように巻きつけている。男は何を警戒しているのか、融離から片時も目を離さない。個性だろうか。
「回りくどい事は嫌いなんでな、単刀直入に聞くが……お前は
「……違いますけど」
「あんなに効率よく実戦向きな動きが出来る理由は?」
「深く考えずに動いた結果があれですが」
「……最後だ。お前、どうして0ポイントの敵を倒した?」
「…………」
矢継ぎ早に質問してくる男の鋭い睨みを受け止めながら、融離は考える。この黒い頭はきっと雄英高校の教師で、プロヒーロー。何故呼び止められて詰問されているのか、その理由は分からないけれど、変な事は言わない方がいいだろう。合否に響くのは嫌だ。
(別に入学したい訳じゃないけど……)
入学するしないは関係なくて、単純に不合格は格好悪いと思うからだ。不合格になってしまったら、アイツに好き放題に罵られるのが目に見えている。
さて、合格する為の最善の答えはなんだろう。やはり、ヒーローとして素質があるかどうか、だろうか。
「……あの敵は一番図体が大きいから、少し動いただけで周辺の被害が大きい。しかし試験という状況で0ポイント……そうなれば誰も狙いません。
あれがもし本物の敵だとして、街中に現れたとしたら、真っ先に動きを止めるべきだと、そう判断しました。自分のポイントよりも、人命が重──」
「よく分かった。倒せると思った根拠は?」
「根拠も何も、自分ならやれると、そう思ったまでです」
融離がそう返答すると、男の雰囲気が変わった。
瞑目。鋭い眼差しが一転、眠そうな目になって、おまけにオールバックの前髪はだらりと垂れた。
どうやら融離の答えに納得し、警戒を解いたようだった。
融離は、一気にホームレス感漂う見た目に変貌した男を見上げながら、
「もういいですか」
「まあそう言うな。こっちは大事な用なんだ」
「こっちも仕事があるんで」
「その歳で仕事してんのか、ご苦労なこったな」
「一人暮らしなんで。バイトですけど」
話しながら、男はゴソゴソとズボンのポケットを漁り、何やら紙切れを手渡してきた。書かれているのは、電話番号。
「登録しろ」
「……残念ながら男に興味は無いんですが」
「不合格にするぞ。俺がそんな輩に見えるか?」
「人は見かけによらないって言うし」
「その考えを否定はしないでおくが、大人の言う事は聞いておいた方がいい」
「……これは、合格って意味と捉えていいんですかね?」
「そういう訳じゃない。お前には少し、目を光らせておいた方がいいと思ってな」
そう言って男は今度は携帯端末を取り出すと、融離に『教えろ』という風に振って見せた。
「…………」
「どうした?」
「いえ……」
後で登録しときますね、は通用しなさそうだ。目を逸らすと、探るような視線を送ってくる。
正直、他人に連絡先を知られるのはあまり好ましくないが、相手はこの学校の教師でプロヒーロー。下手に断って余計怪しまれることの方が面倒だ。融離は、なんか嫌だ、という気持ちを飲み込んで、渋々鞄からスマートフォンを取り出した。
「合格通知は郵便だからな。電話じゃないぞ」
「それくらい分かってますよ」
男の目尻が微かに湾曲した。布の向こうで笑っているのだ。何がおかしいのか、勝手に面白がって腹立たしい。
「じゃ、お仕事頑張ってね」
男はそう言って、ぞろぞろと流れている受験生の中に消えていった。
次回は原作から逸れてオリジナル回です。