主人公の自宅に、あの人が訪問してあっという間に去っていく突撃回。
※キャラとの行為の描写が含まれる回です。
キャラクターの性質上、好みが分かれる要素(地雷要素)の可能性があります。ご注意ください。
※作品全体のタグはR-18に設定していますが、がっつりとした官能描写ではないので、期待できません。
キャラの感情の変化や、ストーリーの動きを描くことがメインのため。
急な仕事を終えた融離が自宅のドアにチェーンを掛けたのは、日付が変わってそこそこ経ってから。
部屋につくと、ドッと疲労が押し寄せてきて、はあ、とついた溜め息は思ったよりも短いものだった。息を吸い込む元気も、吐き出す元気もないらしい。やはり自分を偽って過ごすのは、息が詰まる。
「……」
幾つも顔を持っていると、本当の自分はどれだったか……少しずつ、分からなくなってきているのかもしれない。
あの男のように強くありたい自分。
夜の街で、客のくだらない話に微笑んで返す自分。
家に一人で居るのが、寂しいと思う自分……。
近い内に雄英高校での学生生活が始まって、顔がもう一つ増える。今度は性別も偽らねばならない。自分で決めた事とはいえ、疲労感でいっぱいの今はとても気が進まない。
はー、クソ。融離は心の中で誰宛でもない愚痴を吐きながら、重たい体を引きずって洗面台へと向かった。
鏡を見れば、あまり光の無い黒い瞳が自分を見つめ返してきた。結い上げた髪を下ろすと、黒髪も、くたびれたように肩に落ちてきた。
化粧を落とすと、風呂も入らずに倒れるように眠りに着いた。
──入学祝い
カラスのような大型の鳥の脚が、金属の上を、伝い歩いている。そんな軽い音がした。もしくは硬い何かに小石がぶつかるようなそんな音が、頭の中に響いている。
初めは何ともなかったが、いつまでも鳴り止まないそれに意識が無理やり引き上げられていき、音は酷く耳障りな存在に変わった。
カツカツ煩い音に、融離は堪らず目を覚ました。
部屋は、外は、まだ真っ暗だ。
音はまだ続いている。何処から……融離が眠たい目で部屋を見渡すと、閉じられたカーテンに黒い影が映っていた。
「血染……!!」
飛び起きてすぐに窓の鍵を開けた。
クレセント錠を回すと同時に窓が横方向に動く。
冷たい夜風と共に入ってきたのは、赤黒血染──今やステインの名で世間を恐怖に貶めている手配犯だ。
「血染! やっと来た、話したい事が色々あって」
「男の臭いがするな……」
男は部屋に入るなり、融離の首筋に鼻を近付けて言った。次いで、腰に手が回され、くっと引き寄せられる。あ、と融離の口から吐息が漏れた。
融離を抱き締める男の手は血だらけだった。いや、手だけじゃない。腕にも、この厚い胸にも、頬にも点々と散っている。きっとどこかの贋物ヒーローを殺したか、瀕死に追いやってきたのだろう。
身を寄せ合えば、
「今日は仕事だった、から……」
「そうか」
長い舌が、融離の首を這う。
「何し、に、来た、の?」
男の返事はなかった。ただ獣のような息が耳に吹きかかる。
ああ、喰われる。融離は思った。彼に喰われてしまう。喰われたい。寂しい思いをするのなら、もういっそ喰われて一つになれたらいいのに。
「ちぞ、め…………」
名を呼んで背に手を回せば、男の息が上がるのが分かった。興奮しているのだ。なんの躊躇もなく人を殺すようなこの狂った男が、自分の体なんかに、熱を上げている。彼の下腹部でとっくに硬くなって、押し付けられているそれに気付かない程、融離はウブじゃない。
男は興奮しきった息を吐きながら、久し振りの女の肌を味わうかのように、端から端まで丹念に撫で回している。
今までにされた中でも類を見ない、痺れるほどに熱い抱擁だった。もう少し、このまま……ううん、ずっと抱き締められていたい。しかし男の手は徐々に下がってきて内股を探り始めた。
ムードもクソもない。融離は彼に触れられているだけで、充分だと思うのに。
「抱くぞ」
それでもそう囁かれれば、体は素直に反応してしまう。再会してから、まだ、ろくに顔も見てない男に。それだけで達してしまいそうなほどの興奮が駆け上がり、腹の奥がギュッと締まった。
融離が彼に抱かれるのに、今更、何の言葉がいると言うのか。悦びに打ち震えながら、融離は絞り出すような声で答えた。
「……いいから早く……抱いて、よ──っ!?」
言い終わるよりも前に、男が急に融離をベットに押し倒した。融離が正面からマットレスに倒れ込んだ時、衣服が掴まれ下着と一緒に乱暴に引き下ろされた。ゴツゴツとした手に、腰を掴まれ、後ろに引き寄せられる。
「待っ──あっ……!」
恥部の辺りに熱を感じたその直後、堅いモノが押し込まれた。ナカを擦り上げられて、融離は思わずベッドに顔を埋めて声を押し殺した。
性急過ぎる男の行為に戸惑いはしたが、求められていることを実感さえ出来れば、悦びに勝るものはない。
「ん、あっ、は……!」
ずるずると、腹のナカを男が行き来している。突かれる度に、女の喉の奥から声にならない声が出る。
融離はただ両手でシーツを握り締めて体を走り回る快感に耐え、男を受け入れた。
背中に、男が覆い被さってきた。男に体の中と外も潰されて、部屋に、くぐもった声が暗い部屋に響く。
「あっ、つ、んん……」
体が、体の奥が熱い、全部の服を脱ぎたい、そう言いたいのに激しく揺さぶられるせいで言葉がスムーズに出せない。
「あ、……あ、っ……」
あつい。
ようやく三文字が繋がった。途切れ途切れではあるが、男には伝わったらしい。手が融離の寝巻きを掴み、力任せに剥ぎ取られた。背中の柔らかなラインが、窓から入ってくる街灯の薄明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がる。
「ぁ、ぅあ」
シーツを握り締める融離の手に、男が手を重ねてきた。
最初に一線を越えたのはいつだったかと、快感に揺さぶられながらそんな事を考えた。
たしか何年も前の話だ。彼が融離を押し倒したのか、融離から抱きつき求めたのか、もう覚えていない。
こうして耽ってしまっているのだから、どっちからであろうが、もはやどうでも良い事であるように思う。
「ちぞめ、ね、キス……キス、して」
「っ……」
うなじに当たる男の息遣いが荒々しい。どうにか顔を回して振り返れば、男のギラついた瞳と目が合った。
暗闇の中でも男が顔を引き、ごくり、と喉仏を動かし生唾を飲んだのが見えた。期待に胸が震える。涙が溢れる。人殺しの眼をする人間が、どうして自分を傍に置いているのか。こうして抱かれる理由はきっと、自分が彼に抱いている想いと同じだと、融離は信じている。
「キス、して……っ」
見つめ合って、もう一度。けれども男は視線を振りほどき、腰の動きを早めた。
「! やだもう少し、もう少、し一緒が、いいっ……」
果ててしまえば、この逢瀬はそれで終わり。彼はまた姿を消し、見えなくなってしまう。次はいつ来るだろうか。いいや、もしかしたら次にこの男を見るのは、街頭ビジョンに流れる速報でかもしれないし、駅前で配られる号外のビラかもしれない。
少しでも過ごす時間を長くしていたいと願っているのに。
訪れるかどうかも分からない忍び逢いを期待して、毎夜涙を流すなんてもう嫌だ。
「あ゛ぁっ! あ゙! や、だぁ、血、染、ぇっ」
身をよじり、頭を振って必死で拒むが、男の動きは早まるばかりでこちらの願いを聞き入れる様子は無い。
快感と同時に体の奥から込み上げてくる悲しみ。暗い穴の底に突き落とされる恐怖が迫ってくる。涙が溢れる。
男は唸るような声を発し、最後に二回、大きく突き上げて、動きを止めた。
「はあ、は……っ…………」
ずるりと男が引き抜かれる瞬間の感覚は好きじゃない。腹に感じた不快感に、可愛くない声が出た。
融離は体から彼が体を離した後もシーツの上に転がって、ビリビリと体を這い回る微弱な快感に悶えていた。
暫くして体の熱が冷めてきて、寒さに肩を震わせた時、背中に寝巻きが投げられた。
「……ありがと」
「……」
だるい体を起こし寝巻きの袖に手を通す。
男はベッドの傍らに腰かけていた。膝の上に腕を置いて、猫背の背中が見える。
情事が終わるとすぐに出ていくことが多いのに、何の気まぐれか、今夜は会話をする気があるらしい。
「……雄英、受かったよ」
「そうか」
「暫く……会えない、かも……」
「……、そうか」
相変わらず冷淡な男だ。入学しろと言ってきたから、その通り動いてやったのに、労いの言葉ひとつ言いやしない。
「罪悪感か?」
僅かに上下する男の肩を眺めていると、唐突にそう投げ掛けられた。
「まあ、そうなのかも」
「犯罪者と通じている身で、矛盾か」
「……そうだね」
「揺れるのも、お前が子供だからだ。全てを見、理解すればいずれ分かる」
「その子供に欲情しといてよく言うよ」
「…………」
図星なのか分からないが、返事はない。交わりが終わって間もないというのに、この男は本当に味も素っ気もないものだ。
せめて少しでも長く触れていたい。彼の気が変わらない内に。そう思って融離が近付こうとすると、男は立ち上がりベランダの方へ行く素振りを見せた。
融離は慌てて男の腕を掴んだ。
「血染……もう少しここに、居てよ……!」
「長居は出来ない」
「分かってる、けど……」
「分かっているなら手を離せ」
酷い事を言うと思った。自分が振り払えばいいのに、融離に離させるのだ。
融離が手からゆっくりと力を抜くと、すぐに腕は離れていった。
窓を開けると、彼が来た時と同じようにヒンヤリとした夜風が流れ込んでくる。
男は無言で外に出ると、柵に乗り上げて隣の建物に飛び移り、どこかに消えてしまった。
「……やっぱり一人は、寂しい……」
融離はベッドに横になって、シーツに僅かに残った男の匂いを抱き締め呟いた。
目を閉じると、あっという間に睡魔に連れ去られてしまった。
──
朝になった。
窓から日が射し込んで、融離の頬に当たる。
ボンヤリと目を覚ました融離が何度かまばたきをすると、目の辺りになにやら違和感がある。上体を起こして顔に手をやると、知らない間に泣いていたようだ。涙が乾いて目尻の辺りがパリパリになっていた。
「…………」
寝起きは頭が働かない。
目尻と頬に貼り付いた違和感を剥がしながら、融離はいつ寝たんだか、昨夜何をしていたんだかを考えて、ああそうかと少しかすれた声で呟いた。
ゆっくりと前屈すると、ベットカバーに鼻をつけて深呼吸する。
男の匂いは殆ど消え失せていた。
(久し振りの訪問が、入学祝いのつもりか……?)
とことん馬鹿な男だ。不器用な男だとつくづく思う。
自分はただの捨て子だと、恋愛対象ではないのかと不安になった時にふらりと現れては、昨夜のように融離の体の奥に熱を残していく。
融離は昨日の情交を思い出して、ふふ、と笑みが零した。昨夜の男の眼差しはいつになく熱っぽかった気がする。
寂しくはあるが、まだ愛されていると分かればそれだけで体が軽くなるというものだ。
ベッドを離れてキッチンに向かう。珈琲を淹れようと瓶に伸ばした手は、電話の音に遮られた。
「もし──」
『あ! ユーリちゃん? 急にごめんね、あ、昨日はお疲れ様!』
店長だ。
出し抜けに飛んできたマシンガントークが、融離のまだ眠たい頭に響く。
相槌を打つタイミングに苦戦しながら聞いていると、急に欠勤が出たので、出られる替わりの人を探しているらしい。
色んな理由があるが、訳ありで働く者が多い職場だ。急な欠勤は少なくない。
融離は昨日と同様に、用事も無いからと二つ返事で引き受け電話を切った。
携帯を置き、改めて珈琲の瓶を手に取るが、時計が目に入って暫し考える。随分と長く寝てしまっていたようで、時刻はもう正午を回っていた。出勤前に風呂に入り、身なりを整えなければならない事を考えると、のんびり珈琲を楽しんでいる暇はなさそうだ。
融離は珈琲の瓶と睨み合いをすると、蓋を開けて深呼吸する。
そうして、よし、と呟くと瓶を置いてシャワーを浴びに行った。
願書とかどうやって出したんだろうなあ…って現実的なこと想像するとちょっと面白いなって思います。野暮。