入学初日、個性把握テスト①
爆豪→主人公へのあだ名が決まります。
入学初日 個性把握テスト 1/2
雄英高校、職員室。
その痩せこけた顔には似つかわしくないド派手な金髪をたくわえた男が、真剣な顔をして名簿をめくっている。
(雄英のシステムは常軌を逸する。担任によっちゃあ初日にも……)
半ばすがるような気持ちで、1―Aの担任が記されたページを開く。
「相澤くんかー……」
こりゃドでかい受難。痩けた男は頭を抱えた。
相澤 消太
通算除籍指導数 154回
今年度 1-A担任
──
動きにくい。
それが、融離が17年間生きてきて、初めて袖を通した服に対する感想だった。
伸縮性の無いズボンは違和感しかないし、ネクタイを結ぶのが想像以上に難しくて、入学初日から遅刻するかと思った。
ずれるバンダナの位置を直しながら、融離は雄英高校の校舎に駆け込んだ。
「1―A……1―A……!」
後ろから誰かが駆けてくる。ブツブツと呟く声は聞き覚えがあった。
融離が振り向くのとほぼ同時、癖毛の少年が真横を通る。少年は追い抜く瞬間、チラリと視線を寄越してきた。融離を見た瞬間、あっ、という顔をする。
「受かったんだ」
「えっ? ……あっ、うん、受カリマシタ……ナントカ」
はは、と少年は下手くそに笑って、頬を掻く。重傷だった右手はすっかり完治しているようだった。
一旦は融離の歩く速度に合わせてペースを落とした少年は、ハッとして笑顔を解くと、ご、ごめんね、急いでて、と駆け足で走っていった。同じ教室だとは知らずに走っていく彼の背を見送りながら、融離も彼の後を歩いてゆく。
そこからあまり間をあけないうちに、もう一つ、足音が近付いてきて、
「あっ一番乗りの人!」
と、女子の声がした。
振り向けば、ふんわりした茶色髪……瓦礫の上でげろげろ吐いていた彼女だ。今日は顔色が良さそうで何よりである。
女の子はパタパタと親しげに手を振りながら駆け寄ってくる。
「“一番乗り”?」
「ホラ、最初に大っきいギミック倒してた!」
「ああ、あれ」
「あなたも受かったんだね! あ、私、麗日 お茶子。教室、こっちの方なの? 近いといいねえ……あ、じゃあ、またね!」
融離の横で停止している間も腕を振り、えっほえっほと足踏みしていた麗日は、言うだけ言って先へ走っていった。
ドでかいドアに、ドでかく『1―A』と書かれている。
がやがやと騒がしい扉の前に立って、融離は躊躇った。煩いのは好きじゃない。気が進まない。けれど、ここまで来て帰る訳にはいかない。意を決し、そろそろと手を掛けて扉を開けると、そこには見知った顔があった。
「プレゼント・マイクの言ってた通り、受かったんだね!」
開けてすぐの所で、先程のふんわりした女の子が興奮気味に手を振り回している。話しかけられているのは例の癖毛の少年。
「そりゃそうだ! パンチ凄かったもん!!」
「いや! あのっ……!」
「通っていい?」
声を掛けると、振り向いた二人のどちらもが融離を見て、あ! さっきの、と声を上げた。
「同じ教室だったんだ……あ、ぼ僕、緑谷です……!」
「ホントだねぇ。会場も教室もおんなじて、なんか嬉しいな! これからよろしくね!」
「……」
「えっあ、と……」
麗日が差し出した握手を無視して、融離は教室をぐるりと見渡した。自分の席は、一番奥の最後尾。
足を一歩踏み出した時、一人の男子生徒が進路を塞ぐように正面に立った。融離がヘアバンドの奥から睨むと、男子生徒はメガネを光らせて言った。
「君、挨拶はキチンと返したまえ」
彼はビッ、と融離の顔面に指を突き出して、
「それに、屋内で襟巻きとは何だ! 顔も見せないとは失礼極まりないだろう」
「だ大丈夫大丈夫、気にしてないからっ」
「……うるさいな」
「うるさいとは何だ!」
仲裁に入ろうと駆け寄ってきた麗日には目もくれず、融離はメガネと睨み合う。
「ぼ、俺はヒーローを志す者として、最低限の礼儀くらい弁えておくべきじゃないのかと言っているんだ!」
「礼儀? なんで?」
「今日からこのクラスでやっていくんだ。初めこそ協調性を持って」
「教師でもないのに、偉そうに何言ってんの」
「た、確かに俺はまだいち生徒だ。しかしいつか強大な敵が現れたとしても、チームワークがあれば……」
「試験でギミックが出てきた時に、我が身可愛さでここにいる二人を置いて逃げた奴に言われても」
融離の指摘に、メガネはギクリと肩を震わせた。
「まさか、君も知っていたのか……? 俺は……」
「あ、き、気にしないで! あんなデッカイの来たら誰だって逃げちゃうって!」
「いいんだ、逃げて」
「いや、いいとかでは無くって……」
「じゃあ何?」
「それは、その、皆、無事だったんだし……」
俯いてしまった男子を気遣いながら、麗日がフォローをいれようとするが、上手く言葉が出ないようだった。えと、とか、なんだ、とか、まごまごと口を動かしていた彼女は言い包めるのは無理だと判断したのか、大きな声で、
「と、とにかく! 今日って式とかガイダンスだけかな? 先生ってどんな人だろううね、緊張するよね……」
「……仲間で集まって仲良しごっこしてたいんだったら、普通科行った方が良かったんじゃない?」
「その通りだ」
いきなり足下から聞こえた低い声に、全員がピタリと動きを止める。声は廊下の方から聞こえた。
振り返ると、大きな芋虫が転がっていた。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
芋虫が喋った、いや、芋虫のような男だ──寝袋だ、サービスエリアなんかにある顔出しパネルのように、寝袋から顔だけ出した男が廊下に転がってこちらを見ていた。
「ここは……ヒーロー科だぞ」
男はおもむろに取り出したパウチのゼリー飲料を一気に飲み干すと、のっそりと体を起こした。
「君」
生徒らの視線を一身に浴びながら、衝撃的な登場の仕方をした謎の男が教壇にのそのそと移動し始めたその横で、メガネの男が融離の肩を叩いた。
「ぼ……俺が試験という環境に甘えていたのは認めよう。今後は同じ失態を犯さないようにするつもりだ」
「それで?」
「チームワークが大事だという認識を変えるつもりはない。ヒーローを志す者として仲間の輪を乱さず、礼儀正しくするのは基本、当然の義務だと思うんだ。……自己紹介が遅くなってすまない。俺は飯田、天哉だ」
飯田は、す、と右手を差し出した。融離は飯田の顔と手を交互に見る。彼は生真面目な性格の持ち主らしい。それも超がつく程の。
「さっさと席につけ。俺は合理的じゃないものは嫌いなんだ」
──ストンッ
(座るんだ)
突然おとなしく指示に従った融離を見て、教室に居た全員が満場一致で突っ込む。
「……ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君達は合理性に欠くね」
男は教壇の前でべろ、と寝袋から体を出した。無精髭に眠たそうな目、砂浜に打ち上げられた海藻のようにだらしない髪型。確か名前はアイザワ──…
「担任の相澤 消太だ。よろしくね」
──個性把握テスト
「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」
その指示の下、更衣室で着替えを済ませ、グラウンドへとやって来た1−Aの生徒たち。
「じゃ、個性把握テストします」
相澤はグランドに集まった生徒を確認すると開口一番そう言った。テストとついたそれに、他の生徒達からは戸惑いの声が上がったが、相澤は特に気にすることもなく続けた。
「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り。ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横…………」
この辺りで融離の脳ミソが情報処理を放棄した。うん、わからん。知らない単語が多すぎる。呪文にしか聞こえない。融離は学歴白紙。制服同様、見るもの触れるもの全てが新鮮でよく分からない。いわゆる世間知らずというやつだ。制服に比べて体操着の方が着心地がいいと分かると、制服じゃなくてこっちを着て勉強するのって駄目なのかな、なんて考えたくらいには。
「中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト」
相澤は地面に転がっていたボールを拾い上げると、爆豪、と目付きの悪い男子生徒に投げて渡した。彼の金髪は触ると刺さりそうなくらいツンツンと尖っている。
「中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」
「67メートル」
「じゃ、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何しても良い」
早よ、と急かす相澤。爆豪は肩をぐるりと回し、円の中に足を踏み入れると大きく振りかぶり、
「──死ねえ!!!」
叫んだ彼の手の平が爆発し、ボールは遥か彼方に消えていった。煙が尾を引いて、空に吸い込まれていく。微かに焦げた匂いが、爆豪の品性の欠片もない掛け声にあっけらかんとしていた生徒らの鼻先を掠めた時、相澤の手元でピピピと機械音が鳴った。
「まず自分の『最大限』を知る。それが、ヒーローの素地を形成する合理的手段」
と、まあこんな感じ。そんな風に、相澤が端末を掲げる。表示されていたのは爆豪の記録、705.2mの文字。
生徒から、おお、と興奮した声が上がった。
「なんだこれ! すげー
「705mってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ! 流石ヒーロー科!」
「今面白そうって言ったヤツ帰れよ」
わあっと騒ぐ声にカチンと来て、本音が口をついて出た。
一瞬で冷めた空気に、黙るなら最初から口にするなよと、それはそれで腹が立つ。
「………面白そう……か」
担任の低い声に、生徒たちが顔を上げる。
「ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気で居るのかい?」
と、相澤は、初めの気だるそうな顔から一転、鬼のような目付きをして生徒たちを睨みつけた。入学試験終了後に、融離を呼び止めた時と同じ、非常に厳しい顔だった。
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し『除籍処分』としよう」
「はああああ!?」
曰く、生徒の如何は
「ようこそ、これが雄英高校、ヒーロー科だ」
──
「最下位除籍って……入学初日ですよ!? いや初日じゃなくても……理不尽過ぎる!!」
予想だにしない担任の方針に半数以上の生徒が愕然とする中でひとり、麗日がくってかかった。
それを、相澤はジロリと睨んで、
「ここに来る前に、教室で無駄話してたな……そこの血ヶ裂の言葉はあながち間違ってないぞ」
自分の顔に視線が集まり、融離は頭をひねる。はて何と言いましたっけ、そんな気持ちだ。それをそのまま口に出せば、相澤の肩にある細い布でぐるぐる巻に縛り上げられて校外に放り投げられそうだから、止めておく。
今しがた彼が言った話から考えて、彼が言いたいのは『試験だったら逃げていいのか』『全力でやれ』辺りの発言だろうか。
「自然災害……大事故……身勝手な敵達……いつ何処から来るか分からない厄災、日本は理不尽にまみれてる」
「そういう
「……そういうことだ」
融離が相澤の言葉を遮ったからか、彼が自分を見る目が些かキツくなったような気がした。
「……放課後マックで談笑したかったならお生憎」
「マックって何?」
「──ブフッ!」
「血ヶ裂、少し黙ってろ、誰か知らんが笑うな」
相澤は見事な突っ込みを決め、続ける。
「……これから三年間、雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。〝Puls Ultra〟さ。全力で乗り越えて来い」
崖っぷちに立たされてようやく引き締まった顔をざっと眺め、相澤は手元のバインダーに目を落とした。
「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」
「先生、一つ」
「何だ血ヶ裂、手短に言え」
「今から何するんですか?」
「──ブッフォ!!」
後ろの方でまた誰かが吹き出したのが聞こえた。恐らく女子だ。もしかすると、頭の固い教師の調子を狂わせようとフザケている、と思われているのかもしれない。が、しかし融離は至って真面目である。学歴ゼロでテストをしたことがないのだ。競走といえば、かけっこを幼稚園でしたのが最後。
「ああそうだったな、お前は……他のヤツに教えて貰え。すぐにコツ掴むだろ」
先程から滅茶苦茶言う相澤だったが、担任となるだけあってキチンと生徒全員の履歴は暗記しているらしい。すぐに融離の言葉の意味を理解して答えた彼は、何故か、ボールを投げて寄越した。
「ついでにお前も今、ボール投げやってけ」
──オイクソミイラ]
周囲から興味深そうな、または探るような視線が注がれている。
初日から大口を叩いていれば注目されて当然だろう。ならば、注目されるに値する数字を出してビックリさせてやればいいだけの話。自分たちの考えの甘さ気付いて恥じ入るか、負け惜しみの一つでも吐かせられたら面白い。
そんなことを考えながら、融離は円の中に立った。
「なんだか変わった投げ方だね」
「あれじゃね、あれ」
「いや何」
「あるじゃん、重い球をさ、投げる競技」
「砲丸投げ?」
「それ!」
「投げた」
「大口叩いてた癖にフツー……!?」
「おっ?」
「おおおお!?」
「なんか、速くなってない?」
先ほどの爆豪の投球とは違い、ヒュッ、と大した音も鳴らずに投げられたボールは、融離の指から放たれる斥力によって、ぐんぐん飛距離を増していく。飛んでいくとは少し違うし、浮き上がるとも違う。地球の引力から脱出した宇宙船のように、それは速度を増して飛んでいく。
「もしかして無重力!?」
「え、血ヶ裂さんあたしと一緒?」
「おかしいね、彼、飛行系だよ」
小さくなったボールは、視力の限界により空に溶けたように姿を消した。
「1,056メートル」
「いっ」
1キロ超え!!
背後で、ワッ、と声が上がる。
融離が元いた位置へ戻ると、クラスメイトが取り囲んできた。
「何て個性? 無重力?」
「ただの毒舌野郎かと思った……スゲ……」
「ねえさっきさー、マック知らないって言ってたけど、血ヶ裂さんてマクド派? もしかして関西ボーイ?」
「ちょ、な、離れ──!」
クラスメイトの勢いにぎょっとして後退った時、誰かが襟巻きを掴んだ感覚がして、融離は慌てて両手で頭を守った。
「てッッめえ! なに易々と人の記録塗り替えてん──んぐぇッ!? んだ、この布……!」
飛び掛かってきたのは爆豪だった。自分の記録を大幅に抜かれたのが気にくわなかったのだろう。激昂し、融離に掴みかかった彼は突然白い布に捕縛され、地面に叩き伏せられた。
「おい、時間を無駄にするな、他の奴らもどんどん測定してけ」
「──あ、はい!!」
爆豪を捕らえたのは相澤の肩に巻かれていた布だった。ただの飾りでは無いだろうとは思っていたが、どうやらあれは彼の武器らしい。
「先生すげえな。あの爆発野郎、布だけで押さえつけるなんて」
どの男子か分からないが、そんな声が聞こえた。確かにすごかった。暴れる対象を、有無を言わさぬ速度で拘束し押さえつけるなんて。
野次馬から解放された融離は顔の周りの紅い布を整えながら、生徒たちを注視する相澤を見ていた。
──
「……んおぃ゙! ミイラ野郎!」
クラスメイトが続々と50m走の場所へ向かう中、相澤の布から解放された爆豪が懲りずにズカズカと歩み寄ってきた。
ミイラ、とは融離の顔をすっぽりと覆う布を揶揄しているのだろう。
「……何、頭に触るのやめてくれる?」
「うるせえ! 次俺を抜かしてみろ、殺すぞクソが!」
爆豪は、融離の顔面ギリギリのところで中指を立てた。
「何とか言えやコラァ!!」
「ちょっ……止めなってかっちゃん!」
融離が何も言わずに立ち去ろうとすると、爆豪が再び掴みかかろうと手を伸ばしてきた。その彼を止めたのは白い布ではなく、後ろから飛び付いた緑谷だった。
「おい待てやてめぇこのミイラ野郎! っそ、離せやデク!!」
「離したら喧嘩するだろ! 駄目だって!」
取っ組み合いを始める二人を、融離はチラリとだけ振り返って、他のクラスメイトの後を追った。
「あっ、僕、一緒に走っていいかな……!」
融離がスタートラインに立った時、爆豪を振り切った緑谷が、ザッと土を踏み鳴らして隣にやってきた。
お人好しは好かない。けれど、入試での勇姿を知っている緑谷であれば嫌悪感はあまりない。
「……よろしく」
「! あ、うん、よろしく」
承諾すると、緑谷は一瞬だけ目を見開いて、そしてにっこりと笑って返してきた。
二人の間に和やかな空気が流れたのも束の間、それは聞き慣れてきた爆発音に掻き消された。
「デクぁ! てめえは俺とやるんだよ!!」
「ちょ、ちょっとかっちゃん! 痛ッ」
爆豪が緑谷の胸倉を引っ掴み、ラインの外に引き摺り出してしまった。
そして融離に向き直ると、親指で首を掻っ切る動作をしながら、
「エリマキ野郎は一人で走って死ね!」
「このクラスは21人。奇数だからな、どのみち一人で走る奴がいる、早よ」
「……」
隕石みたいな力を出せる筈なのに、いとも簡単に摘まみ出されてしまった緑谷の姿には疑問が残るが、相澤が急かすのもあって融離は文句も言わずにスタート位置についた。
主人公のあだ名はエリマキ野郎とクソミイラです。
よろしくお願いします!
次、個性把握テスト終わりまで。