オリジナル回です。
バイトのお時間になります。オリキャラが出ます。
USJ編までにオリ主と相澤先生の関係を進めたいので、こういうオリジナル回がぽんぽん入ってきます。
この作品にかっこいい相澤先生はいません。
代わりに、情けない先生がいます。
一つ、また一つ。
夜になると昼間眠っていた電飾の看板たちが息を吹き返していき、歓楽街はあっという間に人で溢れる。
店のサインはギラギラと妖しげな光をまとうと、客引きの男を横に置いて手招きを始める。
──
初日の授業を終えた相澤は、職員室のデスクに向かっていた。陽が傾きつつある。仕事は呆れるほど捗らない。No.1ヒーローは、気配を消すのは苦手らしい。
「やる事無いなら帰ってください」
「エッ!?」
チラチラとこちらを窺う煩わしい視線に帰宅を促せば、視界の隅で縮こまっていたNo.1ヒーローが肩をビクリと跳ねさせた。
「あ、イヤ、デモ……」
「明日、初授業でしたね」
「ウ、ウン」
「大丈夫なんですか?」
「モ、モチロンさ! さっきの打ち合わせ、バッチリだっただろ!?」
「普通でした」
「うゥッ……そッカァ……!」
視界の隅で、オールマイトが胸を押さえる。声はデカくて威勢は良いが、緊張しているのが丸わかりで、どうせ空元気で言ってんだろうな、と相澤は目線をパソコンの画面に突き刺したまま思った。
「まあ自信も余裕もあるみたいなんで、どうぞそこで好きなだけ油売っててください」
「…………あの」
「打ち合わせはさっきのアレ一回なんで。二回目は無いですよ」
「ダヨネ」
「それで?」
大丈夫なんですか? 相澤はもう一度言うと今度は手を止めて、オールマイトへ顔を向けた。相澤の威圧的な視線を正面から受け止めたオールマイトは、ゴク、と息を呑んで、
「……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「お疲れ様です」
そ、とオールマイトが立ち上がったのを見て、相澤はまたデスクへ視線を戻す。
「お、お疲れ様デシタ……」
オールマイトは、あんた本当にあのオールマイトかと訊きたくなる程の及び腰で、他の教員にペコペコと頭を下げて回り、程なくして退席した。
やがて、他の者も荷物をまとめ始める。
先輩、お疲れ様でした。お疲れさま。失礼スル、又明朝。お疲れ様でした。私もお先に失礼しちゃうわね。お疲れ様でした。ねぇこの後いつものところで飲むんだけど、来る? いえ、遠慮しときます。担任は大変ね。それほどでも。
一人、また一人と脇を通り過ぎる教員たちに、相澤は目線を手元に突き刺したまま返事を返し、辛抱強く仕事をこなしていった。
細く息を吐きながらマウスを滑らせる。クリック音の後すぐに、壁際のプリンターが動き始めた。刷り終わったものをまとめたら、今日の作業は終わり。
静かな職員室で印刷物がリズムよく排出される音を聞きながら、相澤は渇いた目を潤そうと目薬を手に取り、イスの背凭れに凭れかかった。ギッと音が鳴ると同時にキャップを回して顔を上げる。そこでようやく、職員室に残っているのは自分だけで、先程まで茜に染まっていた窓の外がとっぷりと暮れていることに気付いた。
今日の見回り担当が自分で助かった。そんな事を考えながら、やや潤いを取り戻した目で静まり返った校舎を見て回る。
そして雄英を後にした相澤が向かったのは自宅ではなく、夜の街だった。
──
人間の欲や娯楽が溢れている歓楽街なんて場所は、相澤には縁遠そうに見えて、意外にも身近な存在だったりする。何故ならば、相澤は教員であると同時に、プロヒーローであるからだ。
事件、事故、災害その他諸々の非常時には、ヒーローの元へ出動要請が飛んでくる。人の多さに比例して発生件数も高くなることから、出動先が夜の街であることは多い。事件発生時だけでなく、捜査の段階から協力を依頼されて、市民に紛れて行動する時もある。そうやって様々な要請を受けて昼夜を問わず街を走り回っているうちに、自然と道に詳しくなっているという訳だ。
だから「あの店」への道もよく知っていた。
「あの女」の事は、まるで知らなかったけれど。
煌びやかな歓楽街の大通り。顔を捕縛布に、両手をポケットに隠して、流れる雑踏と客引きをかわしながら歩いていく。そしてある場所で足を止めて路地に入れば、あの通りがある。
少し街灯が減って薄暗くなった地味な通りのその真ん中で、ぽつんと置かれた電飾スタンドがあの日と同じように頼りなく光を散らしているのが見えた。
『ニュークラブ シンデレラ』
所々剥げた字でそう書いてある。年季の入った看板だ。サビのある脚部に支えられた表示板の内側で、玉切れが近い蛍光灯がチカチカと点滅している。そんな劣化した見た目から抱く印象は一言、地味。でもまあ、静かに働きたい女には、これくらい地味な方がいいのかもしれない。
電飾スタンドの後ろを見下ろせば、地下へと階段が伸びている。相澤は一段、一段、慎重に下りていった。下りていって、ぎょっとして足を止めた。ドアにぶら下がる『closed』の文字。
「嘘だろ」
思わず声に出る。
相澤は階段を早足で上がり、再び看板の前に立った。わざわざ道に出して明かりをつけているのだから、休みではないはず。ここで待っていれば、そのうち誰かが店の扉を開けに来るかもしれない。まさか、今日に限って閉まっているなんて。
「何を、……してんだ、俺は」
ふと我に返る。
夜の店が開いていないことに驚いて慌てている。そんな醜態をさらしていることに気が付いて、相澤は反射的に捕縛布を掴んで、鼻が隠れるまで引き上げた。こんな事をしたところで、相澤を知る人物であれば、一目でバレてしまうのだが。
はあ、やれやれ。捕縛布の内側で、己に呆れた息を吐く。
(時間だけじゃない、金まで無駄にしてしまう前に帰ろう)
今日は久し振りの授業で少し肩が凝ったから。
いつもはベッドもしくは寝袋に直帰するところ、夜道を歩いたから。
だから、多少は眠れる筈だと、あれこれ自分に言い聞かせて、相澤は店に背を向けた。
けれどもその時、カラン、と背後でドアベルの音が響いてしまう。
靴の底は一歩踏み出した所でぴったりとアスファルトにくっついてしまう。
そして振り向いてしまう。
何故なら、
「……センセイ?」
なんて、彼女の意外そうな声がしたから。
さっきまで閉じていたドアが半分開いている。その隙間から、少し驚いたような顔で、黒いドレスの女がこちらを見ていた。
女は、振り向いた姿勢のまま固まっている相澤を見ると、ふっと笑ってこう言った。
「ご縁がありましたね」
──あの女
相澤がその存在を知ったのは、雄英の新学期が始まる少し前。
入試、採点、並行して在校生の授業準備、卒業生の最終的な調整、諸々の打ち合わせ。短期間に詰め込まれた山のような業務からようやく解放された頃だった。
黒い髪に黒いドレス、黒い眼差し。白い肌に血を一滴落としたような紅い唇が印象的な彼女は、久し振りの酒にありつけて上機嫌の同期に連れ回され、引っ張り込まれた夜の店で出会った。
嬢の同席を拒否し続けていた相澤の前に現れて、ついにその隣に座った女。
女と過ごす時間は、まあ悪くはなった。そう思った理由の一つに、彼女が生徒の年齢に近かったことがあるかもしれない。
彼女と言葉を交わしている間、雄英にいる時と同じような空気を感じていたような気がする。それはまるで、課題そっちのけで、教師の鼻を明かそうと躍起になっているような。ガキのくせして背伸びして、対等に話そうとしてくるような……そんな憎たらしくも可愛い生徒に似た雰囲気が、彼女にはあった。
だからこそ、あのパフォーマンスに驚かされたのだ。下卑た野次や指笛に一切動じることなく、堂々と己の仕事をこなす姿は、相澤が思っている子どもの枠からは明らかに外れていたから。
それが彼女との出会いで、相澤の「苦行」の始まりであった。
翌日、目を覚ましてまず頭に浮かんだのはあの店で過ごしたこと、つまり彼女のことだった。朝食のゼリーを流し込む時、身支度を整える時も、仕事中も、何をするにも彼女の姿がチラつく。思い出した時は決まって手が止まっているものだから、仕事の進みが遅くて仕方がない。
まさか女のせいな訳がない、と最初は無視を決め込んでいた。けれども夜の寝付きが悪くなってしまった事で自覚せざるを得なくなった。体は疲労を訴えているのに、眠気がまるでやって来ない。時々、気を失ったような瞬間があるも、半覚醒状態というのか、疲労感は変わらず。
死ぬかも。不眠になって何度目かの夜が明けて、呆れ返るほど美しい朝焼けを見上げながら、真剣に、命の危機を感じた。
そこまできてようやく、相澤は頭の中に居座る女の存在を認めたのだった。
そういう訳で、今日、元凶の女に会いにやって来たのである。
実際に会ってどうするのか。そこは分かっていない。けれど、ただ、何となく、会えばどうにかなる気がする。そんな漠然とした希望があった。
『楽しそうに話してたじゃねえか』
頭の中に、あの時のマイクの浮かれた声が流れてくる。
『女と、長いこと話してるのは初めて見た!』
あの時は山田が長居していたから仕方無かった、と相澤は思う。自分は、彼女に何の感情も抱いてはいない。
ただ、自分が受け持つ生徒たちと変わらない年に見えるのが少し気になるだけだ。その程度だ。そんな年でどうしてこんな場所なんかで働いているんだ、と。
『お持ち帰りするなら今が最後のチャンスだぜ?』
これも、同期のセリフ。何を言っているんだか。正確な年齢を聞いた訳ではないが、相手は結構な年下だぞ。自分達の年齢からすれば、若いというよりも幼いの方が似合うくらいに。
馬鹿か、と零した悪態は、当然、浮かれた同期の男に宛てたもの。
──
「何か急用ですか?」
ハッと我に返った相澤の目に、女の艶のある黒髪が飛び込んでくる。女は身を乗り出すようにして、細い手でドアノブに掛けられたプレートをひっくり返していた。彼女のドレスは今日も黒。
「いや……てっきり、休みかと……」
女が顔をこちらに向け、微笑む。手元のプレートは『open』になっていた。
「今なら空いてますよ、お店」
そりゃ当然、ちょうど今、開店したんだから。なんて冗談を返す余裕はなかった。
背伸びしたドレスに身を包んだ彼女の紅い唇が、きゅっと弧を描いて、問い掛けてくる。
「どうされますか?」
その耳元で、ドレスと揃いの黒いイヤリングが揺れた時だった。柔らかく微笑んでいるはずの表情なのに、泣き出したように見えて、何かが胸の奥を刺激した。
気付いたら、相澤は首を縦に振っていた。
「あまり、ゆっくりはできないかもしれないが……」
「あら、お忙しいのにわざわざ来てくれたんですか?」
どうぞ、彼女に招き入れられて入り口をくぐる。店内BGMが聞こえてきて、ぼんやりとした暖色系の照明に浮かび上がる内装が見えた。テーブルやソファが並んだ先、奥のバーカウンターに並んだボトルがキラキラと照明の明かりを反射している。
「店長! お客様です」
女が店に向かって少し大きな声でそう言うと、入り口からそう遠くない場所で背を向けていた小太りな男が振り向いた。
「いらっしゃ──あっ!」
「どうも」
「アンタ! また来──」
客に頭を下げようと向き直った小太りで蝶ネクタイの男は、相澤を見るなりあからさまに顔を歪めた。そして何事か言い掛けたと思いきや口を噤んで、何かを探すかのように、目を相澤の左右に動かした。
(そういやマイクのファンだ、つってたな)
プレゼント・マイクの来店を期待したのだろうが、残念ながら今夜は相澤一人だ。すぐにそれを理解したのか、鼻の下にくっついた海苔のようなヒゲのさらに下にある口が、うっそぉ、と動いた。
店長は信じられないという顔で再び相澤を見やりつつ、相澤の前に立っていた女を素早く手招きすると、何やら耳打ちした。「この人ひとりだけ?」と思いっきり聞こえた。まだ諦めきれないらしい。
はっきり言って気持ちの良い対応ではないが、睨み返すようなことはしない。喧嘩をしにここに来たのではないのだから。
「……ユーリちゃん、テーブルのご案内、お願いできる?」
じっと黙っていると、店長が嬢へ指示をだした。そういえばそんな名前だったなと思い出す。
指示を受けた嬢がさっと向きを変えたので、相澤は彼女の華奢な背に従う。肩甲骨までよく見える、ざっくりしたドレス。
女が数歩進んだだけですぐに足を止めたので、眺める時間はそんなになかった。
どうぞ、と勧められた席を見て、相澤は、うっと言葉に詰まった。
「ゆっくりできないかもしれない」……女の細い手が示した入り口から目と鼻の先のショボい席を見て、相澤は先程の自分の発言を思い出した。
正直な話をすると、相澤に今日このあとの予定は何もない。さらに言えば、明日は仕事は休みだ。数時間は授業準備にあてるつもりなので、全くのフリーという訳ではないけれど……。
「あの、どうぞ」
女が不思議そうな目をしている。
このまま開店したてでスカスカの店内にもかかわらず入り口目の前の席に座るのか? 「初回の客」感丸出しなことを? もしくは、早く嬢と喋りたいことしか頭にない我欲むき出しな男みたいなことを?
とはいえ、「ゆっくりできない」と言ったくせに「もっとゆっくりできる席を」なんて頭の悪いこともできる訳も無く。
「あの……わっ!」
「──ちょっとお客さん!?」
棒立ちのまま黙りこくってしまった客の顔を「どこかお好きな席がありました?」と覗き込んだ嬢の手を、相澤は掴んで歩き出した。
いきなり手を引かれた女は当然よろめいて驚いた声を上げて、それを聞いた店長が血相を変えて二人を追いかける。追いかけようとするのだが、出っ張った腹がつっかえて狭いテーブルの間をうまく走れない。
背後でちょっと、コラ、と店長の慌てた声を聞きながら、相澤はある席のソファに目をつけた。
何かに気が付いたのか、女の「あれ?」という呟きが聞こえた。
「ここ使えるか?」
言いながら、相澤は壁に面したソファにどっかりと腰を下ろした。その席は、初めてユーリと対面したあの夜に座っていた席だ。
「使えるかって……もう座ってるじゃないですか」
「予約が入ってるなら移るが」
「いいえ、じゃあそこでどうぞ」
女はクスリと笑って、相澤の隣に腰を下ろした。
「店長、ごめんなさい大丈夫です。この席で」
ようやく追いついた店長は、小汚い客とその隣におさまって笑顔を見せる嬢を交互に見て、
「……ごゆっくりどうぞ!」
最終的にテーブルにメニューを叩きつけて、客立ち入り禁止のカーテンの奥に引っ込んでいった。
──
「でも、いきなり引っ張ることないと思うんですよね」
「それはさっき謝っただろ」
「『前と同じテーブルにしてくれ』って一言言えば済む話なのに。すぐ出られる席がいいかなって思っただけなのに」
「悪かった」
「もしかしてセンセイって、口下手?」
店の一番奥の陰気な席に座って、女の小言に相槌を打っている。
口下手、ね……相澤は今しがた問われた言葉を繰り返し呟いて、取り敢えず差し出されたグラスの水を一口。
考えてみれば、人と話す時は、用事があるから話し掛ける。それ以外で人と交流することはない。いつもそんな感じで過ごしているような。
「まあそうだな。どちらかと言うと、喋り慣れてない方だとは思う」
「学校の先生なのに?」
相澤の言葉に、ユーリはおかしそうに笑い出した。
しばらくカラカラと笑った女はその後もくすくすと肩を揺らして、震える手でメニューを手繰り寄せて、相澤の前で広げた。
相澤はぐらぐら揺れるメニューを適当に流し見て、組んだ腕を解いて目についた酒をトントンと指で叩いた。ユーリが片手を上げてウエイターを呼ぶ。
「もしかしたら、今日はいつもより頭が回っていないのかもな」
「ここに来る前に飲んできたんですか?」
「いいや」
酒は今日はこれが初めてと言えば、ユーリは「お酒も飲んでないのに、変なの」とまた楽しそうに笑った。
この奔放な感じ、やはり生徒たちの雰囲気に似ているなと思う。相手が本当に生徒であったなら、成績をつついてやったり、大人は忙しいんだよ、とケラケラ笑うその頭をバインダーで小突いてやっただろうが、不思議と今はそんなことをする気は起きない。
「ここのところ、ろくに休めてないからだろうな」
「忙しいの? センセイ」
「いや、仕事は変わりない」
「じゃあどうして?」
「それは……」
言いながら隣を見れば、女の睫毛が上向いて、相澤の目をじっと見上げていた。次はどんな面白い発言をするのだろうなんて、興味津々といった可愛い目をして。
「あれっきりだと思ってたから、ビックリしちゃった」
「同感だ」
「こういう所、好きじゃないって言ってたのに」
「あの時はそう思ってた」
「……じゃあ、今日は?」
「今日は、……」
会いたくなって、と言い掛けて、ばち、と目が合って、言葉が詰まる。そのまま数秒見つめ合って──というより相澤が一方的に固まって、相澤の方から目を逸らした。
ふふ、ひどい隈、なんて、茶化す彼女に、これは前から、と返した時、ぬっ、と二人のテーブルに大きな影が差した。
「ご注文どうぞ」
「あっ、じゃあこれを──」
やってきたのは店長だった。
店長って奥に引っ込んでそうなのに出てきて仕事してるもんなんだな、なんて相澤が考えていると、目が合って少し驚く。嬢の注文にウンウンと相槌を打ってはいるが、その目は相澤を凝視し続けて、首を捻りながらテーブルを離れていった。
「……あれは何なんだ」
「店長ですか?」
同性に見つめられて、ゾッと身震いする相澤に、女が答える。
「見た目はああですけど、優しい人ですよ」
「とてもそうは見えないが」
「ちょっと心配性なんです、あの人」
「アレは『ちょっと』ではないだろ」
「えっ?」
「向こう見てみろ、カウンターの」
相澤が顎をしゃくった先を、ユーリが振り返って見る。店の中央にある、酒のボトルが並ぶカウンター内で、警戒心丸出しといった感じでこちらを睨む店長がいた。
「流石に見すぎじゃないか?」
「……」
ユーリから受けた注文内容を若いウエイターに伝えているのか、何やら話しかけている今この瞬間も、こちらに視線を寄越してきている。マイクを連れて来なかったことへの苛立ちもあるのだろうか。相当嫌われているらしいということは理解出来た。
「……私、ちょっと言ってきます」
ユーリが言いながら立ち上がった。
「いやいい」
「でも気分悪いでしょう?」
「見られるのは慣れてるそれに、変に騒いで注目されるのは好きじゃない」
「……、分かりました」
ユーリは初め、む、と唇を尖らせていたが、相澤が小さく首を横に振って座るように促すと渋々とだが了承した。そこへウエイターの男がやって来て、ユーリは下ろしたばかりの腰をもう一度浮かせた。
「ちょっと! 店長にいま接客中! って言ってきて」
ユーリはボトルその他を奪うように取るとそう言って、男性スタッフを追い返した。追い返されたスタッフは苦笑いを浮かべて、ホステスや他のスタッフが忙しなく行き交う中を歩いて行った。
気付けば、店にはそこそこの客がっており賑わっていた。少し離れた席で、乾杯、の音頭が聞こえて、グラスをぶつける雑な音と歓声が響く。
「もう、気分悪い! あの人絶対、マイクが来なかったから怒ってるんですよ」
少し勢いをつけてソファを弾ませた後、ユーリはグラスに氷をポイポイと投げ入れ始めた。
「あ、店長って実はプレゼントマイクのファンらしくて」
「この前、聞いた」
「……知ってるんだったら今日も連れてくれば良かったのに」
「逆だ。あの時は俺がアイツに連れ回されてた」
「っそうじゃなくて! ……あの感じ、今にも出禁って言ってきそうで……いいんですか? そうなっても」
「そんときゃ最悪、あのウルサイの連れてくるさ。店の端っこに居座るくらい許してもらえるんじゃないか?」
「……今から呼ぶとかは」
「最悪の場合にそうする。あんなうるさいのが居たら、ゆっくり話なんて無理だろ」
「そんなの、このまま離れた席に二人で座ってればいいじゃないですか」
「……常識的に考えて、アイツもここに座ると思うけどな」
「前は、別々の席だったのに?」
「あの時と状況が違うだろ。呼んどいて別の席に行けって普通言うか?」
「確かに……」
「仮に別の席に行くことになったとして、アイツがアンタのことを指名したらどうする?」
「まさか」
ユーリはボトルを傾けるのを一瞬止めて自虐的に笑い、再び酒を作り始める。ところでお前も飲むのか、と問うてみると、飲みませんよ、と短く返ってきた。
「もしそうなったら、あの店長は俺なんかより、喜んでマイクの方へGOサインを出すだろうな」
「……あの」
「なんだ」
ユーリはいまいちピンとこないといった顔をして顔を上げた。
「そもそも私たち、どうしてこんな話をしてるんですか?」
「出禁になるのがそんなにマズイことかって話のことか?」
「だから何の話──マズイでしょ! だって」
「店の外で会えるか?」
その一言が意外だったようで、ユーリは目を見開いたままピタッと動きを止めた。心做しか、ぎょっとしたような反応に見えたが、そこは触れずに、相澤は続きを口にした。
「連絡先聞いていいか? 出禁になる前に」
長いのでここで区切って次に続きます。