バイト回の続き。
関係進むのか、進まないのか、どっちなのか。
「連絡先あるだろ、仕事用のとか」
黙ってしまった女に追加で問い掛ける。ユーリはゆっくりと目線をテーブルに動かし、ふいと顔を逸らした。どうやら客に教えることに乗り気ではないらしい。
返事を急かすと、ユーリは返事の代わりとでも言うように、出来上がった酒のグラスに手を添えテーブルを滑らせて相澤の前に置いた。お断りの意だろう。
「理由は?」
「こちらの都合とだけ」
女は急に素っ気なくなって言った。
理由はさっぱり分からないが、何かしら考えがあるのだろう。とはいえ、相澤も収穫ゼロで帰るつもりはない。何か、どうにかして会話を続けないと。
「じゃあ……好きな食べ物は?」
「パンです」
もっとまともな質問があるだろと自嘲したが、意外にもユーリは答えてくれた。
「休みの日の過ごし方は?」
「コーヒー飲んでます」
「ブラックは?」
「飲めますよ」
「……なあ、今日、上がり何時だ」
「お酒どうぞ」
ぴしゃりと言われてしまう。
それ飲んで早く帰れ。でなきゃ私が蹴り出すぞ。そんな感じの言い方だった。
プロヒーローの自分がまさかこの細っこい女に蹴り出されるようなことなんてないと思うが、これ以上機嫌を損なわれてもよくない。相澤は大人しく結露が始まったグラスを手に取り、いくらか嵩を減らす。
二口目を含んだ時だった。
「私のこと補導しようとか思ってます?」
「グッ──!」
ユーリの思わぬ発言に噎せそうになった。
すぐにでも否定の言葉を発したかったが、相澤の口から出てきたのは、ごほっ、という咳だった。
ユーリはそんな相澤の反応を見て、やっぱり、というような表情を浮かべた。
「っ誤解だ、誤解──勘違いしてるようだから言っておくが、俺はアンタに会いに来たんだ」
「どうだか」
「前回嫌がってた男が掌返してまた来る理由なんて、それ以外にないだろ」
「でも、センセイって教師でしょ?」
「そうだが……?」
何故ここで職業の話が持ち上がるのか。意図が読めず、相澤はユーリの次の言葉を待つことにする。
「教師って、道を正す、みたいな仕事でしょ……それで、こんなお店で働いてる私は充分、非行……補導対象じゃないですか」
だから、補導されると考えているのか。
そういえば以前、彼女は「お堅い職業」の客も来ると言っていた。もしかすると過去に、そういうお節介な連中が居たのかもしれない。
「どうせ、同情してるだけなんですよ」
黙っていると、ユーリは続けて口を開いた。
「私、ずっと昔に親がいなくなったって言いましたっけ。二人とも、うーんと昔なんですけど」
ユーリはそう言って含み笑いをした。
恐らく20歳にもなっていない女が言う「うーんと昔」とは、一体彼女がいくつの頃の話なのだろうか。
こちらを向いて、すごいでしょ? なんて、大した事ないように笑顔を作る彼女が急に不憫に思えてきた。すごいものか。
「……私、寂しい人間なんですよ。どうしようもなくて。あっ、親を呼ばれるとか、そういう心配は無いから、そこは楽でいいんですけどね。ただ、補導されちゃうと店長に、お店に迷惑がかかるから、それは嫌で、でもそれだけで、私自身は別にどうなったって」
「分かった、もういい」
それ以上、言うな。相澤は観念したように言った。
「何が『すごい』だ……親がいなくなって、こんな所で、どうして、そんな……」
「……」
何もかも諦めたような顔で、自分を卑下するような言葉を吐いて。もうこれ以上聞いていられない。
「お前のこと、ますます放っとけなくなった。そんなこと聞かされて、そんな顔見せられて」
どうしろっていうんだ。
そう呟いて彼女を見れば、黒い瞳を潤ませていた。
今にも涙が、ぼろりと音を立てて零れそうだった。
────放っておけない。
『ねぇ、ねぇ! なんで? ねーえ! なんで!』
ウンと昔、小さな頃だ。
何故、自分を傍に置いてくれたのかと。
『……放っておけなかった』
教えて教えてとしつこい子どもに、あの男は一言、そう言って寄越した。
それを聞いたあの時の小さな自分は、こんな自分に構ってくれる人間がいるという事実に心底感動して大喜びしたものだ。救いの手が差し伸べられたのだと思った。彼こそが自分を守ってくれる絶対的存在だと、そういう目で男の猫背を見上げていた。
もう独りにならなくて済む。自分も、この男も。
これまで感じた辛さ悲しさなどの暗い感情一切合切を投げ捨てて、そう宣言できた。そうさせる程の力が、この一言にはあったのだ。
それが今はどうだ。
あの男は自分のことなど放ったらかしで、滅多に姿を現さない。
ようやく現れたと思ったら、好きだ、とも、愛してる、だとも、何も言わずに性欲を吐くだけ吐いて、また、何も言わずに窓から出ていく。
まあ、そんな甘い言葉はこれまでに一度も聞いたことはないけれど……さすがにそろそろ言ってくれてもいいんじゃないか? そう考え出して何年も経った。
アイツは今夜は来るだろうか、とっくに12時を過ぎた後も時計の針を睨み続けて、来れない理由を思いつくだけ考えて自分に言い聞かせる、苦しい日々。
心は次第に『焦がれる』よりも、尽くしても尽くしても返ってこない『虚しさ』で満たされるようになった。
中途半端に構うのであれば、最初から優しさなんていらなかった。
夕日が燃えるように眩しかったあの日、親に捨てられた寂しい子どものままで良かった。
また見捨てられる──怯えていた時に、まさか、また、同じ言葉を掛けられるとは。
「お前のこと、ますます放っておけなくなった」
ボサボサの黒い長髪、長身で口下手。あの男と重ねて見てしまっているのか、今、自分は誰と話をしているのか、頭がおかしくなりそうだった。
感情が高ぶって涙が滲んてきて、慌ててテーブルのおしぼりを掴んで顔に押し当てた。
「っごめんなさい」
「いいよ」
返って来たのはやはり優しい言葉で。
ちらりと様子を窺えば、真っ正面からぶつけられる熱い視線に、またじわりと来て、ぐらり、心がふらつく。
相澤は気を遣ってか他所を向いて、グラスを静かに傾けた。
しばらくして「少し落ち着いたか?」と問われて、融離がコクリと頷くと、相澤は一応言っておくがと前置いて話し出した。
「俺はアンタを補導するつもりはこれっぽっちもない」
融離はもう一度頷く。
「アンタに会いに来たのも本当」
頷く。
「アンタの事が気になってるんだ」
頷、こうとして止まる。
「眠れないんだ。……あー、さっき、休めてないって言っただろ。寝られない程気になってるんだ、アンタのことが頭から離れない。……どうせ今日も一睡もできやしない。それなら、せめてアンタと話してたいんだ。少しでいい。……そう思っただけだよ」
そこまで言うと相澤は大きく広げた膝に肘をついて、項垂れた。相澤のボサボサの黒髪がだらりと垂れ下がって、彼の顔を覆って隠した。終いには、はあ、と深い溜め息なんかついたもんだから、それが、ますますあの男を思い出させて辛かった。ヒーロー殺しと名前をつけられて、逃げ回って生きているみすぼらしいあの男に。
けれど、目の前はあの薄情者とはまるで違った。だって、
「明日、仕事は休みなんだ。だから遅くなっていい。前みたいに晩飯がまだなら、ご馳走しようかと思ったんだが……そっちがしんどくなけりゃ」
こんな優しい言葉を聞いたことがあるだろうか。あの男の口から。
こんな接し方をされて心揺らすな、だなんて、土台無理な話だ。
「ご飯の後は……?」
「その後は当然……送るよ、家まで」
相手が寄越す未体験の言葉に胸が高鳴った。
そんな夜の過ごし方を、してみたいと思った。
これほど甘い雰囲気で満ち満ちた会話は、融離の人生には無かったものだ。
自分の顔のほてりは、果たして涙したなごりなのか、それとも別の熱によるものなのか分からない。
「……お店が終わるまで、まだ何時間もありますよ」
「終わるまで待ってるよ」
「本気で言ってるんですか?」
「笑えるだろ。本気で言ってるんだよ」
相澤は嘘をついているようには見えなかった。
「連絡先の件だが、忘れてくれ。難しいならいい」
「あ……」
現実を思い出して口を閉ざした。
自分の事を教えてしまうのは簡単にできる。上がりの時間は閉店時間だし、仕事用の携帯だって持っている。
しかし教えない方がいいと思うのだ。何をきっかけに怪しまれるか分からないからだ。万が一、身元を洗われでもしたら「ステイン」に繋がってしまうだろうから。そうなったら、自分もあの男も終わりだ。それだけは避けたい。
このまま一歩、相澤に近付いたとして、居心地の良さを感じるのは一瞬だ。踏み入れた途端に足元は崩れ、地の底に落ちてしまうだろう。
ユーリとは連絡先も知らない嬢と客の関係のまま。そしてユーリが雄英高校の生徒、血ヶ裂 融離だとバレていない、今の状況のまま変わらないようにしておきたい。
けれど。
言いたい。言えない。逃げ出したい。冷静に考えようとしても、そんな気持ちがぐるぐると回って思考を邪魔する。
(ああ、駄目だ……)
あの男が相澤のようであったなら、それとも初めから相澤と出会っていたならば。そんな有りもしない空想に逃げてしまいそうになる。
もし全てを投げ出して相澤に心を寄せてしまったら、あの男は怒るだろうか。
偽りの姿の自分を愛して貰ったとして、それは幸せと言えるのだろうか。
もし、本当の事を打ち明けたら、相澤は受け入れてくれるだろうか。
あなたを好きになって、それがこの先、悲しい思い出にならないかしら。
それがとても怖い。
「センセイ……」
もっと早く現れてほしかった。
「私、実は……い、言わなきゃいけないことが」
「ゴホン!」
見つめ合っていた二人の背後にぬっと影が現れた。
野太い咳払いに顔を上げれば、店長が厳しい目つきで相澤を見下ろしていた。
「ユーリちゃん、別テーブルに指名です。移動をお願いします」
「あ、でもまだ」
「お願いします」
店長の男は太い手を伸ばして、何か言おうとするユーリの細い腕をがしりと掴んで立たせた。
「おい」
「いつものお得意様よ、とびきりの笑顔でよろしくね」
「まだ来たばかりなんだが」
「すみませんけどね、この子、ウチの売れっ子なので」
ユーリに対してはニッコリと微笑んでいた店長は一転、険しい顔でテーブルを見下ろして、
「こんな小さいグラスひとつじゃあ、ねえ」
「メニュー全部頼んでやろうか?」
「フン、やれるもンならやってみなさいよ」
「あ、相澤センセイ、私、すぐ戻りますから、また後で……」
「……いや。ここまで嫌われてるんじゃあな、居心地悪い。今日のところはこれで帰るよ」
飲み終わったら、と酒がほんの少し残ったグラスを軽く掲げて見せると、ユーリの横に立つヒゲが、フン、と鼻を鳴らした。
「センセイ! これ……」
そのまま店長に連れていかれるかに思えたユーリは、自分を掴む手を振り払い、小走りで相澤の元へ戻ってきた。
彼女の手には。一枚の名刺。
「……じゃあ、また」
──おやすみなさい
「ユーリちゃん、今日も楽しかったね。また会いにくるから」
「こちらこそ。またお待ちしてます」
日付が変わった時間。
融離は店長と一緒に最後の客を見送っていた。
店の外に出ると、冷えた空気に大きく露出した背中を撫で回されて体が縮こまる。春になったとはいえ、夜になれば冬とあまり大差ないように思う。
お気に入りの嬢を独り占めできて上機嫌な客は階段を上がった所で立ち止まり、融離の両手を強く握った。融離は客に、とびきりの笑顔を貼り付けて答える。
「最近お客さん増えてるみたいだよね。今日も他から指名入ってたみたいだし……余所の男に取られないよう頑張って来なきゃな!」
「ふふふっ、楽しみにしてます」
一言、二言、会話をして、男が融離の腰をひと撫でする。店長の目付きがきつくなったのも気にしないで、笑顔のまま何度も振り返りながら帰っていった。
酒のせいでふらふらした足取りが見えなくなるまで手を振って、融離と店長は二人同時にふうと息を吐いた。
「……融離ちゃん、お疲れさまでし、た」
店長がかしこまってお辞儀をする。一日の仕事が終わると、彼はそう言っていつも頭を下げる。融離もお辞儀を返すと、店に戻っていく彼に続いて階段を下りた。
扉の札をひっくり返すと、『close』の文字が融離に仕事の終わりを告げた。
「お疲れ様でした、店長。……テーブルの片付け手伝います」
「本当? ありがとね~」
BGMが消えた静かな空間に、店長の大きなあくびが響いた。
「今日も今日とて……食い散らかしてくれてるわ、もう」
皿やグラスをガチャガチャと片付けながら店長が独りごちる。その後を、融離が布巾でテーブルを拭き上げていく。
「今年で何年目になるかしら」
ふと店長が言った。
「五年……ですかね?」
「もっとじゃない? 小さかったものアナタ」
「うーんまあ、接客するようになったのはここ一、二年くらいだと思いますけど」
「……もうそんなになるのね。小さかったのに、大きくなったもんだわ」
店長は足を止めて振り向くと、感慨深そうな顔をして融離を視界に収めた。
「働かせてくれって飛び込んで来たときは驚いたわよ」
「別に飛び込んでは無いでしょう」
「いや~こんなちっちゃい子働かせて、私捕まるんじゃないかってヒヤヒヤしたものよ!」
「ふふ」
年齢的な問題もあって真っ当な場所で働けない融離が目をつけたのは夜の仕事。手軽に働けそうだと思ったのが夜の店だった。
ちなみに融離の記憶では、裏口の前をふらふらしていた自分を不審に思った店長が話し掛けたのが始まりだ。飛び込んではいない。
「確か、今より痩せてましたよね」
「今も痩せてるわよ」
流石に接客はさせられない、と店長に言われるがまま男装をして、皿洗いや雑用をしていた頃が懐かしい。
「感謝してます」
昔を思い出せば、口をついて出るのは感謝の言葉。中年の男は低い声でウフフ、と腹を揺らして笑っている。
今思えば、教養も何も無かった見ず知らずの子供をよく雇ってくれたものだ。
「そりゃー、親が居ないって泣きつかれたらね! ……見捨てる事なんて出来なかったもの」
「泣きついては無いです」
「いいや! ピイピイ泣いてたわよぉ! 忘れないんだから」
「もう……!」
後から話してくれたのが、彼もまた子供の頃に両親と生き別れているそうだ。融離の話を、彼は自分の事のように泣きながら聞いてくれた。
生い立ちが共通するのもあってか、店長は融離にとても良くしてくれている。少し過保護なところもあるが、彼との思い出はいいものばかりだ。
自分もポールダンスをすると宣言した時の彼の慌て様は今思い出しても笑えてくる。
簡単な読み書き、料理や化粧、マナーに至るまで色々な事を教えてくれた。性別は怪しいが、融離にとっては母親のような存在である。
思い出話に花を咲かせていたら片付けも早いもので、次で最後になった。一番端のテーブルだ。
相澤が座っていた席。グラスが一つ、残されている。
「これ……」
グラスを取ろうと伸びた店長の手が一枚の紙を拾い上げた。
「電話番号じゃない。やだ、誰のかしら……『アイザワ』?」
「えっ」
「融離ちゃん知ってる?」
「あの、お客さんです! 黒髪で、ボサボサの、マイクの連れの」
「アイツ!?」
店長が顔を険しくする。彼の印象は余程悪いらしい。眉間だけでなく顎にもシワが寄って、少し面白い。
「私が移動した後、店長、ここ片付けました?」
「いやー……」
口を尖らせて少し考えた後、ブルブルと顔を振る。という事は、このメモを書いたのはあのアイザワしか有り得ない。ならば、メモは自分宛てに違いない。
融離が手を伸ばすと、それ避けるように、店長はメモを持つ手を遠ざけた。
あれ? という顔で見上げる融離に店長は、
「融離ちゃん、あの客、断ってもいいのよ?」
「え……どうして?」
「個人的にだけど、あまり、スキじゃないわ。きっと融離ちゃん目当てでまた来るだろうから、その時にあなたが一言『イヤだ』ってそう言ってくれたらコッチで追っ払ってあげる」
「……嫌じゃないです。あの人、すごく優しいし」
「そんなの、下心があるからに決まってるじゃない! これまでにもたくさんいたでしょう!」
声を大きくした店長に融離はすこし面食らいつつも、ムッとして言い返す。
「変なことするような人じゃないです、あの人は」
「まだ数回会っただけじゃない。他の客とどこも変わらないわよ」
「でも──」
店長は何か言おうとする融離の肩を両手でつかんで、
「いい? ヒトってのは、大人しそうに見えて胸ン中に何隠してるか分かったもんじゃないんだから」
「それは店長の思い込みでしょう!」
「なっ……」
「他の客と同じなんかじゃなかった! あの人、私のこと一度も触りませんでした!」
融離にとって、あんな風に接されるのは初めての経験だった。真っ直ぐな言葉で、けれどすこし不器用な感じで、新鮮で、くすぐったくて、それがとても心地良かった。少し時間がたった今もふわふわと、体が浮いているような感覚が続いている。
彼とまた会って、この心地良さを確かめたい。
融離が負けじと顔を上げて店長の目を睨むと、母親代わりの彼は急に言葉を詰まらせた。
「融離ちゃん、あなた、もしかして」
そう言って覗き込んでくる瞳に全部見透かされそうな気がして、すぐに顔を逸らした。
「融離ちゃん……」
頭の上で、店長が弱々しい声で呼んだ。表情は見えないが、寂しそうな声に聞こえた。
いきなり口答えをしたものだから、傷付けてしまっただろうか。
「……」
親という生き物は、子の健やかな成長を願っているくせに、いざ成長して見せると何故か怒ったりする。
前へ歩き始めた子供を見て、置いてけぼりにされたように感じているのか。
子は別に、育ててもらった恩とか愛とかを忘れたつもりなんてないのに。
「……彼、あんなですけどプロヒーローなんですよ」
「はあ?? アレが??」
相澤の印象が少しでも良くなれば、と融離が言った情報は、店長にとって衝撃だったらしい。呆然としていた彼は息を吹き返したように目をひん剥いて叫んだ。印象が良くなったかどうかは分からないが、重たくなりかけた空気が改善されたことは確かだ。
ふと、融離は、連絡先が書かれているらしい紙切れが、手の届く高さに来たことに気付く。それを奪い取りたい気持ちが湧いてくるが、こんなにも自分を心配してくれる相手に対しては気が引けたので、グッと堪えることにした。
「嘘おっしゃいよ! あんな小汚いヒーローがいてたまるもんですか!」
「アングラだって言ってました。本物ですよ。免許だってちゃんと……イレイザーヘッドって言うんですよ」
「イレ……ああそう、聞いたこと、は、ないけど……まあプロヒーローなら……確かにマイクの連れだし? ……でもあの見た目でしょ……?」
「そんなに怪しまなくても……」
「だってぇ」
まるで初めて娘に彼氏を紹介された親だ。
店長は口を閉じ、ふーむと考え込んだ後、「融離ちゃん、これだけ言っておくわ」と息を吐いた。
「これだと思ったら尻込みせずに飛び込みなさい。もし周りから非難されるような事があっても、覚悟を決めた自分には最後まで自信持つ事。後悔はしてもいいけどズルズル引き摺っちゃダメ。
一番大事なのは失敗したあとよ。そりゃ失敗はしないに越したことないわよ? けど、生きてるとそうも行かない時だってあるでしょ? だから、ケジメはちゃんとつける事。過去は変えられないけど、全部受け入れる事が出来たら、これからの事はどんな風にも変えられるのよ」
スラスラと言うと、融離の手を取って連絡先が書かれた紙を握らせて、その上を両手でぎゅっと包み込んだ。
「応援してる。頑張んなさい」
「あ、店長……あ、ありがとうござ」
「あーヤだ! こっちが緊張しちゃう、もうっ」
メモを持つ手がホカホカと温かい。
融離はやっと手に入ったメモを、そっと開いてみた。書いてあるのは入試の時に渡されたカードと同じ番号だったが、これは彼の直筆だ。
音の無いメッセージには不思議と表情があって、文字を見ているとあの男のぶっきらぼうな顔が浮かんできて自然と笑みがこぼれる。
世の中にラブレターなんて物が存在するのが理解できた気がした。
「融離ちゃあん! もう遅いんだから、アナタ早く帰って寝なさい!」
「はあい」
店の奥から店長の声がして、融離はメモを折り畳むと更衣室へ引っ込んだ。
男側の愛が不器用であればあるほど(私に)効く。
異論は認められます。
次回は戦闘訓練です。
回想とか挟んで長さがあるで、何話かに分けて投稿します。