また、活動報告のリクエスト募集も用意しましたので、皆様のリクエストをお待ちしております。
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目を覚ました。
最初に感じたのは、冷たさだった。
「…………」
背中が痛い、硬い床の上に寝ていたらしい。
俺はそこからゆっくりと目を開けた。
見知らぬ天井、灰色の石造り、古びた照明が一つ、頭上で弱々しく明滅している。
「……ここ、どこだ?」
声が響いた、返事はない。
俺は身体を起こした。
頭は痛くない。
身体に怪我もない。
それなのに、ひどく不安だった。
何かがおかしい。
そもそも――
「……俺は、誰だ?」
その疑問が浮かんだ瞬間、背筋が凍った。
名前、自分の名前。
これだけは分かる。
「白鐘……透」
俺は自分の名前を呟いた。
白鐘透。
それ以外は、何も思い出せない。
家族は?友達は?学校は?
俺は何をしていた?どこに住んでいた?
……何も分からない。
「…………」
俺はふらつきながらも立ち上がる。
改めて周囲を見回す。
灰色の壁、鉄格子、長く続く廊下。
そして、その向こうに並ぶいくつもの独房。
「……監獄?」
そう呟いた、その瞬間。
――カァン。
どこか遠くで、金属を叩いたような音が響いた。
「……誰かいるのか?」
俺は歩き出した。
どうして歩こうと思ったのかは、自分でも分からない。
ただ、この場所に一人でいることが嫌だった。
誰かに会いたかった、そんな気がした。
廊下を進む。
俺の足音だけが響く。
……いや、違う。
足音が、もう一つ聞こえる。
俺は立ち止まった。
「…………」
前方、独房の一つに、人影があった。
小柄な少女だ。
ピンクの長い髪。
独房のベッドに座っている。
俺は少し迷ってから、声をかけた。
「……君は」
「…………」
返事がない。
「そのわ聞こえてる?」
「……うるさいなぁ」
返事があった。
少女が顔を上げる。
右目は黄色、左目は青色のオッドアイだが、眠そうな目だった。
やる気がないというか、何もかも面倒くさそうな顔。
俺は少しだけ安心した。少なくとも人間らしい。
「ここにいるのは、君だけ?」
「さあ?」
「さあって……」
「キミ、誰?」
「俺?」
思わず聞き返した。
「俺はその、白鐘透…。それ以外は、分からない」
「……」
少女は俺をじっと見る。
「ふーん」
興味を失ったように、少女は視線を逸らした。
「じゃあ、囚人だね」
「……俺が?」
「だって、ここ監獄だし、キミは看守さんっぽくないし」
俺は鉄格子の向こうを見る。
「ここは本当に監獄なのか?」
「うん」
「君は囚人?」
「そうだよ」
「何の罪?」
「…………」
少女が黙った。
さっきまで眠そうだった目が、ほんの少しだけ細くなる。
空気が変わった気がした。
「……さあね」
「分からないのか?」
「分かってるよ」
「じゃあ――」
「知らない方がいいよ」
声が低かった、俺は黙った。
少女は俺を見ている、さっきまでとは違う目だった。俺は、なぜか少しだけ怖くなった。
この少女は、何かを知っている。
そして、その何かに触れられたくないと思っている。
そんな気がした。
「……そう言えば君の名前は?」
「…………」
「俺はその、さっきも言ったけど白鐘透」
「聞いてないけど」
「名乗ったら、普通は名乗り返すものじゃないのか?」
「律儀だねぇ」
少女は少しだけ笑った。
「小鳥遊ホシノ」
「ホシノ……」
「そうだよ」
ホシノはまた、壁に背を預けた。
俺は鉄格子に近づく。
「ホシノ」
「なに?」
「ここから出ようとは思わないのか?」
「思わないよ」
「……え?何で」
「出られないから」
「まだ試してないだろ」
「試したよ」
ホシノが自分の手を見る。
細い指だ。そこには、いくつもの傷跡があった。
「何度もね」
俺は鉄格子を見る。
よく見ると、そこにも傷があった。
何度も何度も、ここから出ようとした跡。
「…………」
俺は、少しだけ考えた。
「なら、俺が出してやる」
「…………」
ホシノが俺を見る。
「……君さ、変だよね」
「俺はその、少なくとも君に失礼なことをした覚えは」
「そういうことじゃなくて」
ホシノは少し困ったように笑った。
「無理なんだよ」
「どうして?」
「私、罪人だから」
「だから?」
ホシノが黙る。
「……だから、私なんか助けても意味ないよ」
その言葉が妙に引っかかった。
俺はホシノの顔を見る。眠そうな顔、気だるそうな声。
でも、どうしてかその言葉だけは冗談には聞こえなかった。
「俺は、君が何をしたのか知らない」
「うん」
「だから、君がどんな罪を犯したのかも知らない」
「うん」
「なら、俺が君を助けても意味がないかどうかなんて、まだ分からないだろ」
「…………」
ホシノは黙った。
それから、ほんの少しだけ笑った。
「変な人だね」
「だから……」
俺が言い返そうとしたときだった。
――ドンッ!!
「…………!」
監獄の奥から、大きな音が響いた。
俺は反射的に振り返った。
暗闇。
暗闇の中に、何かがいる。
ズル…ズル…。
何かを引きずるような音が聞こえる。
「……何だ?」
俺が一歩後ずさった。
「キミ」
ホシノの声が聞こえた。
「そこから離れて」
「……何が来る?」
「いいから!」
ホシノが立ち上がった、さっきまでの気だるさが消えている。
「走って!」
暗闇の中から、何かが飛び出してきた。
「――っ!」
俺は動けなかった。
怖い、身体が動かない。
その瞬間。
目の前に、何かが割り込んだ。
轟音、金属音。そして小さな体。
「…………!」
ホシノだった。
巨大な盾を構えて、怪物の攻撃を受け止めている。
「ホシノ!」
「下がって!」
「でも!」
「いいから!」
俺は後ろに下がった。ホシノが怪物を押し返し、懐からショットガンを取り出し銃声が響く。
俺は何もできなかった。
ただ、見ていることしかできない。
さっきまで眠そうにしていた少女が。
今は、俺の前に立っている。
「……私は」
ホシノが呟いた。
怪物を睨みつける。
「もう、誰も失いたくないんだよ」
その言葉の意味を、俺は知らなかった。
けれど。
その声が、ひどく悲しく聞こえた。
やがて怪物が消えた。
静寂が戻る。
ホシノは盾とショットガンを下ろした。
「……ふぅ」
「ホシノ」
「ん?」
「今の……何?」
「見なかったことにして」
「無理だろ」
「じゃあ、忘れて」
「もっと無理だ」
「……頑固だねぇ」
ホシノは笑った。
「…良かったら、一緒に来る?」
俺は黙った。
「どこに?」
「知らない」
「……」
「でも」
ホシノが歩き出す。
「ここにいるよりは、マシじゃない?」
俺はその背中を見た。
ピンクの長い髪、小さな背中。
俺は、まだ何も知らない。
ここがどこなのか。
どうして俺がここにいるのか。
ホシノが何の罪を犯したのか。
そして、どうしたら、ここから出られるのか。
何も分からない。
それでも。
「……待ってくれ」
俺はホシノを追った。
ホシノが振り返る。
「なに?」
「俺も行く」
「そう」
ホシノはまた前を向いた。
「じゃあ、よろしくねぇ」
「……ああ」
こうして俺は、夢の監獄で、最初の罪人と出会った。
その少女が抱えている罪を、俺はまだ知らなかった。