冒険者になったけど仲間がいないので元S級でムチムチ爆乳の友ママにパーティ組んでもらった。 作:ユリイカ
魔獣グレイウルフ。ただでさえ厄介な狼に高い知能と魔力を宿した獰猛な獣だ。それは茂みの陰に潜み、機会を窺っていた。リュートたちが間合いに入るまで。勝利を確信して四肢の力を解き放ち、鋭牙に魔力を宿らせる。鉄の鎧さえも貫く凶悪な咬撃が迫る。
「セリアさん!」
青年は顔を青くして叫ぶ。足が竦む。一瞬反応が遅れた。先に動いたのはセリアだった。彼女の柔肌から血が流れる様を想像し、全身が総毛立つ。
「安心して、リュート君。おばさんに任せなさい」
だが、聞こえたのは涼やかな声。鋭くも、適度に力の抜けた、余裕のある声だった。刹那、セリアが腕を払う。抜き払った黒鉄の大剣がそこに噛み付いていたグレイウルフを地面へ叩きつける。したたかに背中を打った獣が悲鳴をあげて転がった。
「気を付けて、きっと他にも仲間がいる!」
「そりゃあね。せいっ!」
グレイウルフは群れる。卓越した連携で獲物を追い込み、確実に仕留める狩人だ。
リュートが魔獣図鑑に記載されていた知識を披露したところで、目の前の女性は動揺しない。青年は、その背中を見て気が付いた。
『ガァアウ!』
「とりゃあっ!」
重量感のある大剣を巧みに振り回し、時にはその重みさえ利用した機敏な動きで、魔狼の群れを翻弄する。わずかな隙に容赦なく強撃を叩き込み、太く硬い骨を砕き斬る。
聞こえてくるのは、捕食者から獲物へと立場を替えたグレイウルフたちの子犬のような悲鳴。それを涼やかな顔で着々と処理していくセリアの麗しい姿に、リュートは立ち尽くす。
S級冒険者であったセリアが、グレイウルフ程度の魔獣に手を焼くはずもない。むしろこれは――。
「ふぅ。だいたい勘も戻ってきたかしら」
全ての獣が地に伏した。瞬く間の鮮やかな戦い振りだった。
ようやく背後のリュートへと顔を向けたセリアは、大胆に曝け出した肌に血の一滴すら付けていない。彼女にとってこの程度のものは、現役を思い出すためのウォーミングアップにしかならないのだ。
「リュート君、大丈夫? 怪我はない?」
魔獣に向けていた冷徹な眼光はかき消え、いつもの柔和な笑みが戻る。だが、彼女の優しい気遣いの声も、リュートの耳には入らない。水の中に沈んでしまったかのようだった。
あまりにも技量が違いすぎる。
青年は打ちのめされていた。優しい近所のおばさんだと思っていたセリアの、隠されていた実力に。
「ありがとう、ございます」
彼は鞘から抜くこともできなかった剣を握り、絞り出すように声を発する。声と同時に力まで抜けていくようだった。
S級冒険者の実力を、彼女はほとんど出していないのだろう。それでも、F級のリュートには背中すら見えないほどの隔絶した距離がある。村の周囲には魔獣もおらず、彼にとってはグレイウルフが初めての相手だった。夢物語のなかでは軽く薙ぎ倒していた魔狼に、手も足も出ないどころか動くことすらできなかったのだ。
「大丈夫? 怪我してない?」
俯いたままのリュートに、セリアは心配そうに声をかける。彼の心情を理解したわけではないだろう。だが、絶望に打ちひしがれる彼を、柔らかな温度が包み込んだ。
セリアが彼の背中に腕を回して、優しく抱きしめたのだ。
「そんな顔しないの。誰だって最初は怖いし、動けないものよ」
「でも、俺、情けなくて」
「逃げなかっただけ偉いわ。そのまま心が折れて、引きこもっちゃう子もいるんだから」
冒険者として活動するなかで、幾度となく見てきたのだろう。セリアの言葉には真実味があった。麻痺していたリュートの鼻奥に、彼女の小麦の匂いが届き始める。安心する陽だまりのような暖かさに、緊張が解けていく。
セリアの肩を掴み、身を委ねる。揺るぎなき安心感が青年の心を満たしていった。彼女もまたそれを拒むことなく、優しく彼の背中を撫でた。
「信頼できる仲間を見つけて少しずつ経験を積んでいけば、いつの間にかS級になってるものよ」
「それは流石にどうだろう」
本人は軽く言い放つが、S級はまごう事なき最上位である。雰囲気に流されつつあったが、流石に看過できるものではない。思わず顔を上げたリュートはどきりとする。
鼻先が触れ合うほどの至近距離にセリアの顔があった。甘やかな丸みを帯びた頬は白く柔らかそうで、大きな瞳が翡翠の色に輝いている。濃い亜麻色の豊かな髪が緩やかに波打つ様は豊穣を思わせる。何より――ぷっくりとした肉厚な唇。
「リュート君?」
「はっ!」
濡れた唇の赤に視線を吸い込まれていた。名前を呼ばれた青年は我に返り、弾かれたように距離を取る。抱擁を振りほどかれたセリアは残念そうな顔をしていたが、青年の純情は激しく揺れていた。
「俺も強くなるから。せ、セリアさんを助けられるくらい!」
その言葉は、考えるよりも先に飛び出した。
S級に向かってなんて大言壮語を、と後悔した矢先、目を丸くして面食らっていたセリアは口元に手をやって吹き出した。
「ふふっ。一週間だけの臨時パーティなのに頼もしいわね。期待しちゃうわよ」
そうだ。彼女との契約は一週間だけ。町に着けば解消される。
リュートは近い未来を思い出し、肩を落とした。だがすぐに思い直す。例え一週間でもS級冒険者と共にできる貴重な時間だ。これを無為に過ごすわけにはいかない。
再び気力を湧き上がらせる青年に何を思ったか。セリアは微笑みを浮かべて彼を見る。
「それじゃリュート君、狼の解体方法を教えるわね」
「えっ!?」
「冒険者たるもの、仕留めた獲物は自分で片付けないと。さ、まずは血抜きよ」
慣れた様子で肉厚なナイフを引き抜き、躊躇なく魔狼の首を落とし始めるセリア。度肝を抜かれるリュートを尻目に、彼女はあっという間に一枚の毛皮と肉と骨、そして輝くワインレッドの宝石を取り出してみせた。
魔石は魔獣にのみ存在する内臓器官であり、魔力の根源だ。大きいものほど大量の魔力を蓄え、輝きが増すほど純度が高い。グレイハウンドのそれは人の拳に満たない欠片だったが、それでも一日分の稼ぎとしては十分な価値がある。
「さ、やってみて」
技は教えたとばかりに、地面に転がる魔狼を指し示すセリア。リュートも冒険者として、武器としての片手剣とは別にナイフも持っている。むしろ、こちらの方がよく手に馴染んでいる。
覚悟を決めて、刃を差し込めば――
「あら、上手いじゃないの!」
まるで自ら解けていくように、魔獣の骸が切り分けられていく。狼の解体は初めてだが、ウサギやキツネであれば幾度となく捌いてきた。リュートにとって、それらは主な収入源だったのだ。
魔獣といえど四つ足である以上、基本的には同じである。何度か刃を通せば、すぐにコツを掴むことができた。
「流石だわ、リュート君! 私より上手いわよ!」
「そ、そうかな」
セリアは痛く感激したようで、歳柄もなく飛び跳ねる。そのたびに豊満な肉体が踊って、青年は逃げるようにナイフを進める。
「戦うだけが冒険者じゃないからね。むしろ、こういう事の方が大事なのよ」
買い取り金額にも関わってくるし、と指を立てて示すセリア。彼女の口から飛び出すのは、波瀾万丈な夢物語ではなく、血生臭くも実朴な生業としての冒険者の姿であった。
危険を犯して倒した魔獣の魔石をうっかり割ってしまったことや、騙されて貴重な毛皮を二束三文で売ってしまったことなど、かつての苦労話が滔々と語られる。セリアの過去は、枕元で聞かされた冒険譚とはまるで違う。それでも、むしろそれ以上に、リュートの心を惹きつけた。
「ちなみに、新鮮なグレイウルフのお肉は美味しいの」
「そうなの!? 初めて聞いたけど……」
「町に持って帰る暇もないからね。だから、こればっかりは冒険者の特権よ」
悪巧みをするように笑うセリア。肉食獣の肉が美味いとは俄かには信じ難いが、彼女は嬉々としてそれを切り分ける。まさかの生であった。
リュートは恐る恐るそれを手にして、口に運ぶ。
濃い血の匂いにえづきそうになる。それを抑えて噛むと、思わず目を見開いた。
「うまいっ!」
「でしょ!」
芳醇な肉の旨みが、口の中で爆発した。生温かさも血の匂いも気にならない。それどころか、もっと食べたくなる。飲み下した側から力に変じるようだ。自分の拍動すら聞こえるほど、活力が湧いてくる。
「まあ、仲間には食べるなって言われてたんだけど。でも美味しくてつい、摘み食いしちゃうのよね」
ニコニコと笑いながら聞き捨てならないことを言うセリアだったが、リュートも止められない。刻一刻と味が落ちていくのが分かった。鮮度が重要だというのも頷ける。これは、捌いてすぐ、今この場でないと味わえない!
「食べると身体がポカポカしてきて、気持ちよくなるの。流石に、仲間以外の人前で食べることはないんだけどね」
「本当に美味しいけど、仲間が止めるのも分かるよ……」
なにせ生肉である。
側から見れば猟奇的な惨状でしかない。
リュートが冷静を取り戻すに伴って、血の味も強くなる。早くも、味が劣化していた。こうなればただの生肉以上に臭く、筋も硬く、食べられたものではない。それでも魔獣の肉は薬効があるとされ、売ればそれなりの金になる。残りは紐で縛って吊り下げて持ち帰るのだ。
「それじゃ、出発よ」
残骸を片付け、血を拭き取ったセリアが歩き出す。リュートもまた、慌ててそれを追いかける。白くシミひとつない背中を見つめながら、彼は胸を高鳴らせるのだった。