消去法で与えられた遺伝子改造チートでどこまでやっていけるか? 作:適当でいいです
冬が明ければ、当たり前のように春がやって来る。
異世界であってもこうして明確な四季が存在するということは、この場所が惑星の中緯度帯に位置している証拠だ。
……だからと言ってなんだ? という話なのだが。
ただ、俺の貧相な科学知識からでも、この星は『地球とほぼ同スペックの環境』であろうことは推測がつく。
もし仮に、この惑星のサイズが地球より一回り大きければ、表面重力は一気に跳ね上がってしまう。逆に、地球と同じ重力でありながらサイズだけが大きいのだとしたら、今度は惑星全体の『平均密度』が極端に低いということになる。
惑星規模で密度が低いとなれば、中心核(コア)に存在する鉄などの重金属が不足しているはずだ。コアの鉄が少なければ、太陽風や有害な宇宙線を弾き返すバリア――『地磁気』が著しく弱くなってしまう。
結果として地表に放射線が降り注ぎ、生物のガン発症率がグンと跳ね上がるはずなのだ。
だが、俺が普段【生命探知】で街を通行人ごとスキャンして歩いている限り、ガン特有の異常細胞増殖を起こしている患者はそう多くない。
「つまり、この星の質量・密度・重力・磁場環境は地球とほぼ同等……と俺は見ている」
まあ、大気中の魔力(未知のエネルギー)の存在とかもあるし、詳しい星の構造なんて宇宙物理学の専門家にでも任せるしかないのだが。
尾行者の警戒をしつつも、俺は春の訪れとともに本格化するであろう次の行動に向け、頭の体操を続けていた。
「そうだ……来年の作物ノルマの件もあるんだ。これをどうこなすか、そっちの対策も本気で考えないといけないんだった……」
春の訪れを喜びかけたのも束の間、俺は重い溜め息を吐き出した。
周囲に不自然な怪しまれ方をせず、かと言って手を抜きすぎず、『普通より少し優秀な農家』を演じ切る。これが想像以上に神経を使うのだ。
チートを使いすぎれば目立ってしまう。
逆に、怪しまれないようにと下手に手加減した演技を挟むと、元師匠のフェンズーヌのじいさんみたいな年熟した農家にすぐに見破られる。
前にフェンズーヌ家で修行していた以前も、少し手を抜いて作業していたら、じいさんは俺の腰の動きを一目見ただけで言ってきたのだ。
『どうした? どこか体を痛めたか? 鍬の入れ方が浅いぞ』
一瞬で背中に冷や汗が吹き出た。
プロの目というのは恐ろしい。土の耕し加減や体格、道具の擦り減り具合から、俺の隠した『適当さ』や『不自然さ』を正確に察知してくるのだ。
尾行者の警戒に【生命探知】を回しつつ、畑では農家や地主の目を欺くための完璧な『真面目な農夫の演技』をこなす。
「……俺、なんで異世界に来てまでこんな高度なダブルワーク(裏工作と農作業)で胃を痛めてるんだろうな……」
春の足音が近づくベスター市で、俺は尾行者とは別のベクトルの胃痛に頭を抱えるのだった。
さて――俺は人通りのない自分の畑へとやって来た。
大事な作物を育てる畑だ。基本的には2日に1回は必ず顔を出すようにしている。そして、今日がまさにその巡回の日だった。
『……来たな』
【生命探知】の反応が捉えた。あの尾行者が、またしても俺の後を追って来ている。
気がかりなのは、奴が毎回『単独』でやって来ることだ。だが、これで一人だと決めつけるのは甘い。【生命探知】の範囲外に、こちらの動向を監視・報告する『スポッター(観察役)』が配置されている可能性は十分にある。
判断がつかない以上、常に『複数人の敵に包囲・監視されている』前提で動くのがサバイバルの鉄則だ。
畑の土をいじるフリをしながら、バックグラウンドで全神経を研ぎ澄ます。
――その時、敵が動いた。
(……っ!?)
魔法だ!
まだ5メートルから10メートルは離れていたはずの反応が、魔法の加速によってわずか数秒――いや、一瞬で距離を縮め、俺の真後へと肉薄してくる!
思考より先に、鍛え上げた高密度インナーマッスルが跳ねた。
地面を強く蹴り込み、俺は前方向へと弾丸のように低く飛び出す!
ガッ!! と背後で土煙と風切り音が炸裂する。
相手は「気づかれていない」と確信し、俺がほんのコンマ数秒前まで居た空間へ、致命的な攻撃を叩き込んだはずだ。
まずは一歩目――死角からの初見殺し(奇襲)を空振らせることに成功した!
だが――初撃を躱した程度で終わるような戦闘ではない。ただ攻撃を回避しただけだ。
前方に着地し、素早く振り返る。
相手は相変わらずフードを目深に被ったローブ姿だが、その右手にしっかりと一本の無骨な西洋剣が握られていた。
周囲を見渡せば、俺と同じように畑の管理に来ていた近所の農家たちが、異様な金属音と怒号を聞きつけて青ざめている。身を伏せて怯える者や、慌てて脱兎のごとく逃げ出していく者たち。
そして――俺もまた、迷わず走り出した。
(誰がバトル漫画の主人公みたいに、正々堂々正面から戦うかバカ野郎!!)
全力でダッシュする。周囲の農家に「襲われて逃げ惑う哀れな被害者」を見せるパフォーマンスも兼ねて、全力の逃走だ。
だが――
『フュッ……!』
風を切り裂く短い吐息とともに、背後から急接近する気配。
やはり魔法による身体強化、あるいは加速の歩法は、人間最高レベルに鍛え上げた俺の脚力すら軽々と上回ってくるらしい。
追いついた奴は、逃げる俺の首筋を狙って西洋剣を豪快に横なぎに振るってきた。
躱せない――!
ガキンッ!!!!
鋭い金属音が畑に響き渡る。
俺は走りながら、体内の細胞経由で蓄えておいた高密度金属を右腕へ一気に集密し、皮膚表面へと硬化・露出させていた。
生体金属アーマーで、襲いかかる刃を素手で強引に受け流す!
「……!?」
斬り捨てたはずの『農夫の生の腕』に剣を弾かれ、ローブの隙間から息をのむ気配が伝わってきた。相手の足が、想定外の事態に完璧に止まる。
(ヨシ、硬直した!)
驚愕してフリーズした相手に反撃の手を繰り出す……なんて甘い真似はしない。
俺はその隙を見逃さず、さらに脚力全開で逃走を再開したのだった。
『はっ……はっ……』
あらかじめ草むらの中に配置しておいたネズミの聴覚を【生体モニター】で強化し、追手の様子を探る。
拾い上げたのは、激しい運動で息の上がった――若い女性の呼吸音だった。
(よし、追いかけ回されてしっかり呼吸が深くなっているな。そろそろ『あそこ』に入るか)
俺はそのまま、自分の管理下にある『実験農場』の区画へと足を踏み入れた。
追手を引き連れたまま、農場の中央をただのパニックのように駆け抜ける。
そして――追手が俺の後を追って、その区画へ足を踏み入れた瞬間だった。
「ぐっ……う……ッ!?」
背後で走音が途切れ、苦しげな喘ぎ声が響く。
振り向くと、追手の女性はがくりと膝をつき、手に持った西洋剣を杖代わりに地面へ突き立てて、なんとか崩れ落ちるのを耐えている状態だった。
種明かしは単純だ。
俺が通過したあの畝(うね)で育てていたのは、あらかじめ【遺伝子改造】を施しておいた実験用の『高濃度毒草』群だ。
本来なら根や花弁にじわじわと溜まる毒性成分を、俺の通過と同時に細胞を暴走させ、気体および微粒子(毒胞子)として周囲に一斉噴射させたのだ。
さらに即効性を跳ね上げるため、植物の細胞呼吸を緊急暴走させて多量の『二酸化炭素』を周囲に大量放出させておいた。
走り回って酸素を求めていた彼女の肺は、急激なCO₂濃度の上昇に反応して反射的に深く激しい呼吸(過呼吸)を起こし、結果として高濃度の毒胞子を肺の奥深くまで直接吸い込むハメになったというワケだ。
「……ふぅ。まあ、二酸化炭素を限界まで吐き出させたせいで、せっかく育ててた貴重な毒草の株が自家中毒を起こして全滅(枯死)しちゃったんだけどな……」
俺はため息をつきながら立ち止まり、毒に侵されて動けなくなったローブ姿の女性刺客へとゆっくり振り返った。
当然だが、俺自身はこの実験農場で扱う毒草の成分に対して、あらかじめ【細胞操作】で専用の分解酵素を肝臓内に合成・順応させてある。
だが、それも無敵というわけではない。許容量を超える超高密度の毒素を一気に吸い込めば分解代謝が追いつかず、俺だって普通に自家中毒を起こして倒れる。今回は「あらかじめ散布濃度を自分で計算していたから無傷で済んだ」というだけの話だ。
毒胞子と二酸化炭素を深く吸い込んだ追手は、抗う術もなくそのまま土の上に崩れ落ち、意識を混濁させて倒れ込んだ。
俺は迷わず近づくと、まずは彼女の手から転がり出た西洋剣を素早く回収する。
そして、その没収したばかりの剣の刃先を使い、倒れた追手のフードとローブの留め具を慎重に引き裂き、ご尊顔を拝むことにした。
「……うわ。めちゃくちゃ美人だな」
フードの下から現れたのは、整った顔立ちの若い女性だった。
これまで街や街道で剣を腰に下げた冒険者を何人も見てきたが、女性の冒険者はだいたい後衛の魔法使いか弓手(アーチャー)ばかりだ。こんな重厚な西洋剣を前衛で振り回すような女性剣士は一度も見かけたことがない。
「……ん? 待てよ、この匂い……」
鼻腔の細胞を一時的に反応拡張させ、嗅覚を強化して彼女の服や髪の匂いをスキャンする。
ローブの奥から漂ってきたのは、うっすらとした――だが確かな『高価なお香』の香りだった。あの街の娼館の遊女たちが好んで身につけている独特の香料だ。
「あー……なるほど。そういうことか」
脳内でバラバラだった情報が一気に組み合わさっていく。
つまりこいつは、あの『足抜けした遊女たち』を追跡・奪還(あるいは口封じ)するために娼館(あるいはバックの組織)から放たれた専門の追手。
そして、その遊女たちの脱走を手引きした疑いのある俺の動きを察知し、ずっと尾行してきた……といったところか。
「そうか、そうか……」
俺はまだ無事だった毒草の大きな花をむしり取ると、倒れ込む女の口と鼻に直接押し当て、一気に超高濃度の毒胞子を噴射させた。
こいつは地球でいうトリカブト並みにヤバい代物だ。自作の分解酵素を持つ俺でさえ許容量が低すぎるため、さっきの拡散散布では使わなかった本気の致死毒である。
彼女が俺に目をつけた理由は遊女の足抜け事件だ。
だが、それ以上にマズいのは、彼女の尾行の起点が『1号くんの潜む森』からだったという点だ。
奇襲のタイミングからして、最悪の場合、彼女は1号くんの存在を目撃しているか、少なくともあの森に『異様な生体兵器がいる』という違和感を持っている可能性がある。
安全を考慮するなら、ここで完全に殺して口を塞ぐのが一番無難だ。
だが――殺すには惜しい美人……いや、それ以上に状況的にマズい。
俺を尾行していた熟練の剣士が『死体』となって畑で見つかりでもすれば、背後の組織はもちろん、この街の警備隊や治安組織から正式に捜査される羽目になる。
ならば――選択肢は一つだ。
毒が巡り、完全に心停止と脳の運動機能が遮断された直後。
俺は彼女の頭部に触れ、【細胞操作】の微細シグナルを脳神経へ一気に流し込んだ。
毒で命を落とす寸前――あるいは心停止した直後という『抵抗が一切できない極限状態』を利用し、彼女の脳の神経回路(ニューロン構造)を直接書き換えてやったのだ。
本人の生前の記憶、戦闘技術、思考パターンや性格はそのまま保存してある。
ただ一つ、『ジールの命令を最優先し、彼に絶対的な忠誠を誓う』という偽の優先回路(アクセス権限)を脳の基本OSに直接組み込んだだけだ。
心臓の細胞に刺激を与えて拍動を再開させ、解毒酵素を流し込んで身体を復旧させる。
ゆっくりと長い睫毛が揺れ、彼女の瞳に光が戻った。
「やあ、目が覚めたかい?」
俺が優しく声をかけると、彼女はぼんやりとした様子で体を起こし、素直に頷いた。
「……え、ええ……ジール様……」