消去法で与えられた遺伝子改造チートでどこまでやっていけるか? 作:適当でいいです
着ているローブを脱がせると、露わになったのはこれまた見事に整ったスタイルの良い肉体だった。
もちろん、俺は単なる下卑た視線だけで見ているわけではない。
中世レベルの文明であるこの時代において、豊かな胸や肉付きの良い尻、引き締まった太ももといった恵まれた体躯は、上流階級かそれに準ずる裕福な生活・食事環境でなければ到底形成されないものだ。大抵の下層市民や農民は、ガリガリに痩せ細っているか、日々の過酷な労働に必要な筋肉だけが歪に肥大化しているかのどちらかである。
なのに、目の前の美人は肥満でも痩せすぎでもなく、完璧な栄養バランスと筋密度を誇っている。
「君……もしかして元遊女か?」
俺の問いかけに、彼女――カトレアはこくりと素直に頷いた。
【細胞操作】の応用で脳内の記憶を物理的に『読む』こと自体は可能だが、本人の細かな感情や文脈まで紐解くのは骨が折れる作業だ。直接口から語らせた方が手っ取り早い。
彼女の名は『カトレア』。ファミリーネーム(苗字)は無いそうだ。
物心がついた頃から娼館に身を置いており、幼少期から卓越した容姿を持っていたため、店側も「将来の大花魁(看板)」として大いに期待し、上質な食事や英才教育といった投資を惜しまなかったらしい。
だが――悲しいことに、彼女は『夜の技術』がからっきしダメだったそうだ。
どんなに教え込まれても夜の接客センスが壊滅的で、ついに店側も「娼婦としての育成」を見限るハメになったという。
しかし、店としてもこれまで投じた多大な食費と投資をただドブに捨てるわけにはいかない。
そこで、恵まれた体格と筋センスを活かし、あの門番の少女たちの後ろ盾――つまり、娼館専属の『用心棒(暗殺・回収屋)』として再教育されたのだという。
「……さて、どうするか」
カトレアから聞き出した情報によれば、俺にアタリを付けられた理由は『匂い』だった。
遊女たちが使っている独特の香料の匂い。それをわずかに身体に漂わせた男(俺)が、足抜けルートの一つである『森』の中から悠々と出てきたのを目撃されたのが運の尽きだったらしい。プロの追手からすれば、それだけで「黒」判定を出すには十分すぎる材料だったわけだ。
だが、本当に厄介なのはそこじゃない。
カトレアの他にもう一人、ペアを組んでいた『スポッター(観測手)』が離れた場所に潜んでいるという事実だ。なんでも『遠視魔法』とかいう遠距離視界共有の魔法を使うらしい。
「なるほど……俺のネズミドローンや感覚拡張の探知範囲外から、肉眼で監視されてたってわけか……」
ということは、だ。
俺が自作トラップでカトレアを速攻無力化し、毒で瀕死にして脳を書き換え、今こうして仲良く車座になって『おしゃべり』している一連の光景も、バッチリ見られていた可能性が限りなく高い。
向こう視点から見れば、「期待の用心棒があっさり返り討ちに遭い、速攻で敵と仲良くなっている(あるいは怪しい魅了魔法で寝返らされた)」ようにしか見えないはずだ。
(え? ということは……カトレアさん、もう元の娼館に帰る場所(居場所)ゼロだよね? 帰った瞬間に裏切り者として処分されるよね?)
つまり、彼女は実質的に『娼館から永久追放(=ジールの完全な手駒化)』が確定したわけだ。
(これ、一体どっちのルートなんだ? ガチガチの戦力増強ハーレムルート導入なのか? それとも、夜の技壊滅&帰る場所を失ったポンコツ剣士を抱え込むお荷物コメディルート導入なのか……!?)
なるほど……さっき『ジール様』と命令もしていないのに様付けで呼んできたのは、単に脳の書き換えシグナルの影響だけじゃない。
壊滅的な夜の技術のせいで娼館から実質的な落ちこぼれ(用心棒)扱いされていた彼女自身が、自分をあっさり無力化した圧倒的強者(俺)の傘下に乗り換えようという、本人の生前の生存本能が合致した結果か……。
【細胞操作】で彼女の体内状況を詳細にスキャン・分析してみる。
彼女は完全に命を落とした『死体(ゾンビ)』ではない。
毒で死にかけて心肺機能が停止するギリギリの極限状態のところで脳神経の優先回路をいじり、その後、俺の分解酵素を微量注入して体内の毒素を徐々に中和させている最中だ。
だからあと半日ほど経って毒素が完全に血中から除去・代謝されれば、腐敗もしない、食事も睡眠も通常通り行う『ごく普通の生きた美人剣士』として完全に復元される……はずだ。
「……ところでさ。わざわざ分厚いローブを被ってたのって、その綺麗な赤髪のせいか?」
「……はい。このベスター周辺の地方ではかなり珍しい髪色ですので……街中で目立ちますし」
彼女は自分の赤髪を気にするように少し身を縮めて答えた。
なるほど。目立つ容姿を隠すのは当然として、腕の立つ追手なら抜けた髪の毛一本(生体試料)から魔法や嗅覚で足が付く危険性がある。だから抜け毛すら落とさないようローブでガチガチに覆っていたわけか。プロの追手らしい徹底ぶりだ。
「ちなみに、その相方のパートナーさんは直接攻めてこないのか?」
「……はい。彼女は『遠視魔法』に特化しているため、直接的な攻撃魔法は使えません。扱える武器も精々護身用の小さな弓くらいですので、単体で襲ってくることはないはずです」
なるほど。女性ばかりが集まる娼館という組織だからこそ、現場に送る裏方や用心棒、追跡要員に至るまで徹底的に『女性』で固めているらしい。
まあ、それもそうか。もし娼館の裏手にゴツい男の用心棒の匂いや痕跡がプンプン漂っていたら、せっかく高い金を払って遊びに来た客の興ざめもいいところだろうしな。
だが――そんな考察をしている場合じゃない。
(待てよ……これ、かなりマズいんじゃないか?)
遠視魔法で覗かれていたということは、俺がここでカトレアとバチバチにやり合い、結果として返り討ちにしたという事実自体はすでに確定している。
そして何より、こんな実験農場の近くでドンパチをやらかしたとなれば、目ざとい『近所の農夫たち』の間に「あのジールって奴が怪しい女性剣士と争っていた」なんて噂が広まるのは時間の問題だ。
噂が広まれば、街の警備隊や娼館の本格的な増援がここを包囲しに来る。
(よし……逃げよう。今すぐ撤収だ!)
「ひぃっ……!?」
背後を振り返った俺の顔を見た瞬間、カトレアは悲鳴を上げて派手に後ろへ跳びのき、そのまま尻餅をついてガタガタと全身を震わせ始めた。
まあ、無理もない。
さっきまで真面目に顔を突き合わせて話をしていた男が、振り返った次の瞬間に――皮膚を蠢かせ、骨格を歪ませて『完全に別人の顔』に変貌していたのだから。悲鳴を上げるなという方が無理な話だ。
「あー、気にしないでいいよ。これ、そういう『魔法』だから。……まあ、君も後で同じことやるんだけどね」
「え? へ……っ!?」
さっきまで大剣を背負って凛としていたはずの美人剣士が、完全に腰が抜けた状態で「へ?」と間抜けで可愛らしい声を漏らした。
遠視魔法のスポッターに顔を見られている以上、俺もカトレアも『そのままの顔』で街や街道を歩くのは自殺行為だ。
幸い、俺には皮膚や骨の細胞を自由に組み替える【細胞操作】がある。
毒が完全に抜けて血流が戻ったら、彼女の顔の骨格を少し変えて、ついでに髪の毛のメラニン細胞も弄って『金髪の素朴な町娘』あたりに変身させてやればいい。
それで追手の目も、遠視魔法の監視も完全に煙に巻くことができるというワケだ。