闘う巨乳なレジスタンス娘は失うものが何もない 作:かめのこたろう
両開きの仕切り戸を押し開け、煙草の紫煙と安酒の匂いが混ざり合う中を、迷わず一番奥のテーブルへと進んだ。
ごろつきがたむろするのにふさわしい、場末の盛場そのものといった空気と視線が身体に絡みついてくるのがわかった。
「噂のリーダーってのはあなた?」
グラスをテーブルに置き、ゆっくりとこちらを睨め付ける男。
椅子に座っていてもなお、立っている私よりも、さらに高みからの視線。
「……いきなり不躾じゃねぇか。随分色っぽいねーちゃんだが、そんな恰好でこの辺うろうろしてると何があっても知らねーぞ?」
全身筋肉の塊といった肉体だった。
獲物を値踏みするような視線で、私の頭のてっぺんから爪先までを一瞥し、口の端をわずかに歪める姿。
まるで蹲った巨獣と相対しているかのような。
でも私は何ら表情を変えることなく、淡々と言い放つ。
「ふうん、人の心配する余裕はあるみたい。碌に活動らしい活動してないってのに」
「ご挨拶じゃねーか」
男が座ったまま身を乗り出す。
それだけでざわりと色めき立つ取り巻きたち。
「まさか喧嘩売ってんのか? なら他あたりな。俺は女子供は殴らねー主義でね」
「いうことだけは御立派なのね」
私はつまらないものを見る気持ちを隠さずに付け加えてやる。
「……実際その勢いで実行力もあればいいのに」
「ああ? 俺がやってることをあーだこーだいわれる筋合いはねえが。それも初対面の誰とも知らねーヤツに」
「本気でアイツラに立ち向かう気持ちがあるなら、できることがいろいろあるんじゃない? 残念だけど、目の前のあなたからは何もやる気が感じられない」
「はっ!」
投げやりな声が店内に響き渡った。
テーブルに叩きつけられるグラス、跳ね飛び散った中の液体。
木調の表面に生まれる斑の模様。
「何もわからねーガキがっ! 知った風なこと言うんじゃねえよ!」
「あっそ」
激高する声に対しても、ただ肩をすくめてみせるだけ。
取るに足らないものを見る視線も変わらない。
「ならアンタはこの辺で知れ渡ってるあだ名通りってことね」
「なにぃ……?」
「みんな言ってるわ」
明らかに張りつめていく空気の中、私はひと呼吸置いて、ポツリと言い放った。
「『口だけ軍曹』ってね?」
しんと静まり返る店内。
誰かが小さく息を呑む音がした。
「……いい加減にしろや」
モードが変わった低い声。
椅子を蹴るように立ち上がり、私の目の前まで詰め寄ってくる巨体。
高い質量の塊が目の前一面に広がる、圧倒的な存在感。
「ちっと見た目に自信があるからって何もされねーとでも思ってんのか? 女の可愛がり方はいろいろあるんだぜ。さっきからこれ見よがしに見せびらかしてるその御立派なおっぱい使って楽しませてもらうってのも悪かねえな!」
轟く怒声が空気を震わせた。
その激情は真に迫ったものだった。
本来なら、関わり合いになったことを後悔させるには十分すぎるものだったのだろう。
でも私を動じさせるには至らない。
この程度でどうこうなるほど、自分にはもう失うものなど残っていない。
物騒な光を湛えた無骨な瞳を、正面から逸らすことなく見返しながら。
「女子供に凄む気力があるなら、他にやることありそうだけど。 ……何故? なんで何もしようとしない? 人員も体制もそれなりのモノにはなっているようなのに」
そして沈黙。
答えは返ってこない。
代わりに、握った拳を開き、また握り直す男の素振りだけが起きて。
凍り付いた緊張感のピークはせいぜい数秒だったろうか。
全身に張りつめていた獰猛な気配が、徐々に空気が抜けていくように弱くなっていく。
やがて大きく息を吐き出し、椅子に半ば崩れるように座り直すと。
「ふう……。妙な女だな、アンタ」
毒気を抜かれたような、そんな声色だった。
「なんでそんなこと気にする? まさか俺たちの組織に興味があるのか?」
「それは貴方次第ね」
私は向かいの椅子に手をかけたが、座りはしなかった。
腕を組み、男を冷めた視線でとらえたまま続ける。
「で、何か理由があるわけ? だらだらとこんなとこで毎日管まいてるのは」
「……チっ!」
しかめっ面が苦々しげに舌打ちし、グラスの中身を睨みつけた。
それは今までの威勢とは違う、どこか観念したような態度だった。
「金。金だよ。何やるにしても先立つものが全然足らねーんだよ!」
「お金……」
私はその一言を、確かめるように繰り返す。
「ああ、アンタみたいな女にはわからねーだろうけどな」
自嘲するように笑い、グラスをまた口元に運びかけて、結局テーブルに戻した。
「世の中、金稼ぐのは簡単じゃねえんだ。それも武力闘争するための資金なんてもんはな!」
私は何も言わず、ただじっと、投げやりな態度で伏せた横顔を見つめていた。
「わかったか? ならとっとと消えな」
店の出入り口を顎で示される。
「てめえみてーな、小綺麗なねーちゃんがいるとこじゃねえ」
私はその場を動かない。
代わりに投げかけた、一つの問い。
「もしそれがあれば」
「あ?」
眉をひそめた怪訝な表情を、まっすぐ見据えたまま言葉を続けた。
「お金さえあれば本気で命を懸けて戦うことができると思っていいのね?」
彼は一瞬、言葉に詰まった。
だがすぐに、開き直ったように鼻を鳴らす。
「はんっ。ああ、言われるまでもねえ! 手段さえありゃ、なんだってしてやるに決まってんだろ!」
私を襲う、何度目かの怒声。
「てめえみたいなヤツに好き勝手言われることもねえ……っ」
ただの反発と虚勢……それだけではないものを感じたような気がした。
「……わかった」
査定は終わったことを宣告する。
「その言葉忘れないで」
私が“初仕事”をこなし、その報酬を目の前に放り投げてやる数日前の事だった。
………
「ん……」
目を開けると、見慣れた自分の部屋だった。
くすんだ天井。
こじんまりとした、ささやかな間取り。
ベッド脇のサイドテーブルには、昨夜のまま置かれたグラスがひとつ。
しばらくぼんやりと視線を彷徨わせてから、小さく息を吐いた。
「ずいぶんと懐かしい……」
夢。
たかが一年にも満たない時間なのに、遥か昔の思い出のよう。
身体を起こすと、肩から髪がさらりと落ちる。
タンクトップブラとショーツだけの、ベッドで休む時のいつもの恰好。
肌全体を、寝汗がしっとりと包んでいた。
ひたりと、裸足で床を踏む足裏の感触。
まだ眠気の残る目をこすりながら窓へ向かい、カーテンに手を伸ばす。
そして広がる、遥かなる巨大都市とそのふもとに蔓延るスラムの光景。
私が今、対峙すべき世界そのもの。
たとえ何をしようとも、どんな手段に訴えようとも完遂することを誓った、悲願のために。
先ほどまで夢見ていた記憶の場面を思い起こして、くすりと口元に笑みが浮かぶ。
「なんだってやる……か。」
もちろん、私も。
命を懸けることだって厭わない。
……奪うことすらも。
作戦の重要なキーマンである、内通者との接触の予定。
失敗することは許されない、今日の日を想い、私は自分を奮い立たせるようにぎゅっと拳を握った。
………
朝の列車の雑踏は程よいものだった。
完全に身動きできないほどの混雑ではなく、それでいて周囲の人波が途切れない程度には乗客に満たされている。
世界を事実上牛耳っている巨大な営利企業体、『あの組織』を裏切って内通者になろうとしている相手と接触するには丁度いい塩梅かもしれない。
指定された車両の奥、座席のない開けた角の空間。
行く手を阻む障害物の群れをあるいは避け、あるいはほどほどに接触しながら、何気なく位置を定めた。
つり革をもち、昏いトンネルの壁を映し続ける車窓へと視線を向ける。
幻のように反射して浮かぶ車内の光景と、どこか見覚えがあるような誰か。
白いシャツと黒のタイトミニだけのラフな格好の、眼鏡をかけた女が車両の動きに逆らうことなくユラユラと揺れていた。
通勤時間にはあまり相応しくない、異物めいた。
にも関わらず、特に注目を集めている様子もない。
恐らく今、この列車に乗っている人間のほとんどは、これから一日の激務を想って他人を気にしている場合じゃないのだろう。
判で押したような一様にスーツ姿の彼ら、彼女ら。
空気を求めるように上を向いたり、手元の端末に視線をおとしたりと、薄着の闖入者のことなど一切意識してないのは明らか。
さっとガラス越しに様子を窺っても、視線が交わることは全くない。
(トップエリートも楽じゃない……か)
そう、状況を一通り確認した時だった。
耳の中の通信装置からくぐもった音が聞こえてきたのは。
『こちらを見ないで、そのままで応答しろ』
いつの間にか右斜め後ろに佇んでいた影。
あまりにも周囲と溶け込んでいたから、寸前まで全く気付かなかった。
わかりやすい恰好をしているこちらのことを、先に認識していたのだろう。
そういった効果も含めての、服装の指定だったに違いない。
『上手いこと化けたもんだな。同じ美人でも、まるで雰囲気が違うじゃないか』
『おはようといった方がいいのかしら? ……随分と洒落た待ち合わせね』
私は唇を閉じたまま、僅かな舌の動きだけでそう伝える。
互いに同じチャンネルを使用した、非発声型通信機の感度は問題ないみたいだった。
『俺は臆病もんでね。アンタらの事もまだ信用したわけじゃない。……ここならお前さんも下手なことできないだろ?』
気が付くと、背中に体温を感じるほど密着されていた。
さりげなく、人の波に乗っていたら結果的にそうなったという動きで。
他の乗客は全く気にしている様子はない。
『だからといって、敵陣真っただ中で接触させるなんて随分だと思わないの?』
『こっちが渡る橋の危険さを想えばそうでもない。……おかげで気兼ねなくこうしてスキンシップもはかれるわけだ』
途端、タイトミニの布越しに、片側の尻へと掌が押し当てられる感触。
柔肉が変形させられる感覚に、ピリッと一気に緊張感が迸る。
『……っ。どういうつもり?』
突発的かつ不当な、合意無き肉体への干渉に巻き起こる、瞬時の警戒、怒りと不審。
『ふふん、手付けくらい貰っても罰は当たらんだろ。 俺は知ってるんだぜ? アンタがこれまで何をしてきたのか』
ナデナデとゆっくり、堪能するような尻を襲う動きは続いている。
拒絶して、防ごうと思えばどうとでもなる。
ただ、下手なことをして目立つわけにはいかないという状況判断と。
この狼藉が検討するに値する何かの交渉条件なのかという、捨てきれない一抹の打算。
それが本来なら絶対許さないはずの痴漢行為を、ひとまず棚上げさせているだけ。
周囲に気取られてはいないことを確認しながら、私は状況を冷徹に把握し、頭の中で算盤を弾くしかなかった。
『だからこの素敵なご挨拶を受け入れろって? 冗談のセンスだけは良さそうね。 まだ味方になったわけでもない相手に許す理由なんてないみたいだけど』
『手付けだっていってるだろ? まだ信用できないのはお互い様だ。 俺は本腰入れて自分の運命委ねてもいいのか知りたいんだよ』
軽く握るようにお尻を撫でさすっていた手が、徐々に太腿の内側へと移っていく。
やがてその奥、最も敏感で致命的な急所を目指す意図を確信させる動き。
『ちょっ……!』
『その気があるなら、俺を信用させてみな』
ゾクゾクと意図せぬものを感じながら、接触される寸前で挟み込むように思い切り股を閉じた。
きつく、がっちりとそれ以上僅かでも動かせぬように。
理性的判断と本能的衝動の両方によるものだった。
『調子に乗らないで』
もうここまでだと。
そう、この接触に見切りをつけようとしたその瞬間。
『っ!』
ポツリと。
囁くように告げられた、聞き取りにくい言葉。
その内容が私の脳裏を一瞬で駆け巡り、膨大な量の情報処理を行い始める。
私たちにとって悲願といえる、爆破工作を成功させるための最後のピース。
……それさえあれば。
『お前らが血眼で知りたがっているのはそれだろ?』
『……』
『こちらからの手付けは以上だ。 後は正式契約後ってことだ。 ……わかったんなら、足、開きな。いろっぽい太腿の感触も嫌いじゃないけどな』
思い知る。
みすみす逃してはならない相手であり、価値のものだと。
ならば。
圧着させていた足の力は徐々に抜けていった。
そして股間に男の指先を置いたまま、さらに緩やかに開いていく。
タイトミニの生地が伸縮性を発揮して、不自然にはならない程度に張りつめる。
まず、周囲に違和感を持たせることはないというくらい。
肩幅よりも僅かに狭い、傍目にはごくごく僅かな両足の距離。
だけど太腿の隙間に受け入れているものが好き勝手するには十分。
完全な無防備に。
なすがままにされてしまうように。
『いい子だ。予定の駅までゆっくり愉しませてもらうぜ』
とうとう触れられた瞬間だけ、ピクリと僅かに震えた。
まるであやすような、やさしい手つきだったのが妙に癇に障って腹立たしかった。