種無しの男が、超ハイスペックな後輩に妻の種付けをお願いする話 作:minnie_remon
亜美の妊娠が判明してから数週間後、達也の自宅には悠斗の姿があった。
「本当に感謝してもしきれないよ、悠斗」
リビングのソファで、達也は悠斗に向かって深々と頭を下げた。目の前には、が奮発して用意した豪華な料理が並んでいる。無事に妊娠という目的を果たしてくれた悠斗に対する、精一杯の謝意だった。
悠斗は相変わらずの爽やかな笑みを浮かべ、首を振った。
「やめてください達也さん。昔から僕をずっと可愛がってくれたのは達也さんです。今まで本当にたくさんお世話になってきましたから、ほんの少しでも恩返しができて良かったです」
嫌味の欠片もない、誠実な言葉。
だがその後に続いた悠斗と亜美のやり取りが、達也の胸に小さな楔を打ち込んだ。
「つわりは大丈夫ですか、亜美さん? 妊娠初期は体調が変わりやすいですし、栄養面や休養には気をつけてくださいね。何か弁護士として、あるいは個人的にサポートできることがあればいつでも言ってください」
「ありがとうございます、悠斗さん。本当に、悠斗さんのおかげでこうして命を授かることができて…」
二人の会話は自然と弾み、妊婦健診の話題から今後の出産の準備、さらには子育ての話題へと広がっていった。
亜美は少し上気した顔で悠斗の言葉に耳を傾け、悠斗もまた親身になって的確なアドバイスを送っている。
その光景を隣で見つめていた達也は、猛烈な疎外感に襲われていた。
(何だ…まるでこの二人が夫婦みたいじゃないか…)
二人の間に漂う、全く違和感を感じさせない雰囲気。お腹の中の命を介して繋がっている二人の「血」の存在。
その輪の中に、夫であるはずの自分が全く入れない。それはやっぱり自分が種無しだからなのか…自分という存在の余計さを感じずにはいられず、それが惨めな泥となって達也の心を塗り潰していった。
宴も終わりに近づいた頃、立ち上がった悠斗が帰り際にふと振り返り、穏やかな声で言った。
「達也さん、少し気の早い話になりますが、もし二人目が欲しくなったらその時は遠慮なく言ってくださいね。僕でよければいつでも力になりますから」
「え…?」
達也は一瞬、言葉を詰まらせた。
無論、二人目のことなんて今は全く考えてはいない。そう伝えようとした所…
「悠斗さん…本当にありがとうございます。その時は、またよろしくお願いします」
(………え?)
言葉に詰まる断る達也の傍らで亜美は小さく目を見開き、「その時はまたよろしくお願いします」と頭を下げたのだ。
(亜美…お前、本気で言っているのか…?)
夫が隣にいるにもかかわらず、あっさりと「次の提供」を肯定してみせた妻。その横顔に、達也は背筋が凍りつくような感覚を覚えていた。
………………………………………
提供の日から、約10か月後。
陣痛の発来から十時間超に及ぶ難産を経て、亜美は無事に元気な男の子を出産した。
病院のベッドの上には、疲れ果てながらも我が子を愛おしそうに抱く亜美の姿があった。
「達也さん…生まれたよ。男の子……」
「ああ…よく頑張ったな、亜美。本当にありがとう……」
念願だった赤ちゃんとの対面。
自分の不妊を受け入れ、プライドを捨て、土下座までして手に入れた、愛する妻を「母親にする」という夢。形はどうあれ自分が一人の父親となり、家族を持てたことに対する純粋な喜びと感動が、達也の胸を満たした。涙が溢れ、達也は亜美の頭を撫でた。
赤ちゃんの名前は『陽翔(はると)』と名付けられた。
「太陽のように明るく飛翔してほしい」という願いを込めた名だったが、決めたのは亜美だった。漢字こそ違うものの、「はると」の「と」の一字は、遺伝上の父親である夏海悠斗の「斗」から頂戴したものだった。無論、達也もその事実に気づいてはいたが、それを指摘して妻との間に波風を立てる勇気は無く、黙って受け入れるしかなかった。
「陽翔…パパだよ」
小さく温かい赤ちゃんを、達也はおそるおそる腕の中に抱き上げた。
愛おしさが込み上げ、我が子の顔を覗き込んだ、その瞬間――。
(……っ!?)
産まれたばかりの陽翔が、うっすらと目を開けた。
その小さく黒澄んだ瞳。二重のすっきりとした目元と、どこか冷徹なまでの深く鋭い光。
(…そうだよな)
当然と言えば、当然のことだった。
その瞳は、間違いなく悠斗の瞳だった。あのホテルで達也を見下ろし、冷酷に「亜美さんを妊娠させます」と断言した時の、あの冷徹な瞳そのものだった。
「達也さん…どうしたの?」
亜美の声に、達也はハッと我に返り、繕った笑顔を浮かべた。
「ううん…なんでもないよ。…可愛いな、陽翔」
そう言いながら、達也は腕の中の陽翔を直視することができなくなっていた。
『我が子』を抱いているはずなのに、自分以外の「圧倒的な男」の影を抱きしめているような、不気味な感覚。
でも、それもその筈だ。達也が抱いているのは自分の子ではなく、「完璧超人」夏海悠斗の遺伝子を受け継いだ子なのだから…
歓喜に包まれる病室の中で、達也の心には、これから自分は悠斗の子を一生懸命育てていくのだという、暗く重い呪縛が静かに刻み込まれていった。