種無しの男が、超ハイスペックな後輩に妻の種付けをお願いする話 作:minnie_remon
今井美桜というトップ女優が突きつけた条件は、あまりに常識的で、同時にあまりに冷酷だった。
数日後、達也の元に送られてきたのは、厚みのある何枚もの契約文書だった。それは悠斗が所属する大手法律事務所の封筒ではなく、美桜が個人的に手配した凄腕弁護士の手によって作成されたものだった。
契約書に目を通す達也の手が、冷や汗で湿る。
そこには生まれてくる子どもに対する悠斗の認知権の完全な放棄、養育費や教育に関する一切の関与の禁止、そして遺伝上の父親が誰であるかに関する厳重な守秘義務が、隙のない法的な文章でびっしりと刻まれていた。さらに、もし達也や亜美の側から当契約に対する違反が一つでも確認された場合、一人のサラリーマンが生涯をかけても当的支払いきれないほどの恐ろしい違約金が設定されていた。
しかし達也には、どんな冷酷な条件であっても呑むより他にない。震える手で契約文書に署名し、実印を押した。
自分の弱さと愚かさを法律という鎖でガチガチに縛り付けられたような感覚。これからの自分の人生は、死ぬまでこの契約に縛られ続けることになる…それを覚悟した。するしかなかった。
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「…これで、本当に良かったのかな」
タワーマンションの静かな書斎で、悠斗は署名・捺印が完了した契約書の控えを机に置いた。
本来、悠斗自身はここまで厳格な契約を交わすつもりはなかった。達也のことを信頼しているし、何より長年慕ってきた先輩の力になりたいという純粋な善意が彼を動かしていたからだ。しかしこの厳格な契約書の作成こそが、美桜が精子提供を容認するにあたって絶対に譲れない条件だった。
「当たり前じゃない」
書斎のドアを押し開けて入ってきた美桜は、コーヒーカップを悠斗の前に置いて言った。
「悠斗は甘すぎるのよ。世の中、善意だけで動く人間ばかりじゃないわ。もし将来あの夫婦の仲が破綻したり、お金に困ったりした時、あなたに『父親でしょ』ってすがってこない保証なんて全く無いんだから。あなたの弁護士としてのキャリアや私たちの未来を守るためには、あれでも全然甘いぐらいよ」
美桜の言葉には、芸能界という苛烈な世界でトップを走る者特有の現実主義と鋭さがあった。僅かな油断によって一瞬にして奈落の底に突き落とされるのが美桜の生きる世界だ。悠斗を守るため、そして自分を守るための防壁を完璧に築き上げたことに、彼女は一切の迷いを感じていなかった。
「まあ、そうかもしれないけれどね…」
悠斗は苦笑しながら、シートに深く身体を預けた。
契約が正式に交わされたことで、いよいよ実際に精子提供というプロセスへ踏み出すことになった。これから先輩の妻である亜美の体の中に、自分の遺伝子を送り込むのだ。法律上の手続は終えたとはいえ、一つの生命を生み出すことに対する重みが、悠斗の肩に重くのしかかっていた。ここまでは達也の問題だったが、ここから先は自分自身の問題となる…と。
美桜は悠斗の隣に腰を下ろすと、ふっと息を漏らすように呟いた。
「それにしても…広瀬さんだっけ、本当に可哀想な人よね」
美桜の頭に浮かんでいたのは、つい先日この部屋で、なりふり構わず頭を床に擦り付けて涙を流していた達也の情けない姿だった。
「年上のくせに、年下のあなたと私にペコペコ頭を下げて、土下座までして…プライドも何もないのかなって、呆れちゃった。男としてあそこまで惨めになれるなんて、ちょっと同情しちゃうわ」
軽蔑と哀れみが混ざり合った美桜の言葉。
それを聞いた瞬間、悠斗の表情がすっと硬くなった。彼はいつになく真剣な、嗜めるような眼差しを美桜に向けて。
「美桜、あまりそういうことを言うもんじゃない」
「え…?」
不意にトーンを落とした悠斗の声に、美桜は驚いて目を丸くした。
「達也さんは、プライドが無いんじゃない。むしろプライドを全て捨ててでも、奥さんを守りたかったんだ。男にとって、自分に精子がない、自分の子供が作れないっていうのは、言葉では言い表せないほど辛くて残酷なことだ。生物としての根底を否定されるようなものなんだから」
悠斗の言葉には、同じ男だからこそ分かる思いが込められていた。自分には次の世代に命を繋ぐ能力がないと突きつけられる絶望。それを理解できるからこそ、悠斗は達也を笑う気には到底なれなかったのだ。
悠斗の強い視線に押され、美桜は少し気まずそうに視線を落とした。
「そうだね…ごめんなさい。私も少し言いすぎたかも。あの人の必死さに圧倒されちゃって…」
「分かってくれればいいんだ。達也さんも、本当に追い詰められているんだから」
しんとした空気を戻すように、美桜は悠斗の腕に自分の腕を絡め、少し甘えるように首をかしげた。
「でもね悠斗、広瀬さんには悪いけど、私、ちょっと感心しちゃったんだ」
「感心?何に?」
悠斗が問い返すと。
「あの検査結果」
美桜の瞳に、悪戯っぽい、けれど本気の感嘆の色が浮かんでいた。
「精液検査の結果、見せてもらったでしょ? 1回の射精で50億だなんて…何なのそれ。人間じゃないみたい。私、医学の知識なんて全く無いけど、あれがどれだけ規格外で凄いことかくらいは分かるよ」
美桜は悠斗の胸元に顔を寄せ、そのたくましい胸筋を指先でなぞった。
「やっぱり悠斗は本物なんだね。頭脳も、身体も、男としての生命力も…全部が完璧。これから私たちが子作りを始めたら、私も一発で妊娠させられちゃいそう」
美桜のその言葉に、悠斗は胸の奥で熱いものが燃え上がる感覚を覚える。
実は悠斗自身もあの検査結果の数字を目にした時、言葉にできないほどの喜びと、強烈な万能感に包まれていたのだ。
自らの体内に内在する、50億という狂暴なまでの命の源泉。研ぎ澄まされた頭脳や鍛え上げた肉体よりも、ダイレクトに「男としての優位性」を感じられた瞬間だった。
自分は、新たな命を生み出すことができる。それも他を寄せ付けない圧倒的な強さで。
(俺は、選ばれた男なんだ…!)
理知的な弁護士としての仮面の裏で、オスとしての本能と誇りが、美桜の賞賛によって静かに、しかし力強く満たされていた。
悠斗は美桜の肩を抱き寄せて。
「一発どころか、美桜には最低でも4人か5人は子供を産んでもらうつもりだよ。僕たちの子供なら、絶対に優秀な子に育つに決まってるさ」
「ふふ、何それ。私を産む機械にするつもり?でも悠斗の子なら、何人でも産んであげてもいいかな」
美桜が嬉しそうに微笑み、悠斗の唇に自分の唇を重ねた。
自分自身に宿る、圧倒的な生命力。
悠斗の心底には、自らの「規格外の遺伝子」に対する絶対的な自信と誇りが満ち満ちていた。今回の精子提供は、自身の力の証明する場。いずれ美桜に何人も子どもを産ませる…その前段階のデモンストレーションだ…そんな感覚を覚え始めていた。