「失礼します」
俺は短く断ってから、ゼニスさんの上衣の裾に手をかけた。
彼女はただ座ったまま、抵抗どころか自ら腕を上げて服を脱ぐのを助けてくれる。
その従順さが、背徳のスパイスのように俺の心臓を小さく跳ねさせた。
白い布が絹ずれのような音を立てて滑り落ち露わになった背中に天窓からの柔らかな光が落ちる。
息を呑むほど白い。
消え入りそうなほど細い肩。
背骨のラインがうっすらと浮き出ていて腰のくびれへ向かう曲線が祈りのように静かだ。
この背中に、どれだけの乾きが染み込んでいるのか。
指先で触れる前から、ひんやりとした気配が伝わってくる。
俺は傍らに置かれていた硝子瓶を手に取った。
ヨルさんが事前に用意してくれた癒し用のローション。
星命樹の根から抽出した生命エキス入りと聞かされたそれは緑がかった透明の液体で瓶を傾けると蜂蜜よりも重くねっとりと流れ出てきた。
掌に落とした瞬間、草の青さと花の蜜を混ぜ合わせたような甘い香りが立ち上る。
鼻腔の奥をくすぐり脳髄を痺れさせる神聖で、それでいてどこか疼くような匂いだった。
両手で温めるように擦り合わせると粘度のある液体がしっとりと指の間に絡みつき、熱を帯びて馴染んでいく。
「触ります」
俺は背後から彼女の肩に手をのばした。
掌が背中の中心、肩甲骨の間に触れた瞬間、彼女の肩がふっと小さく弛んだ。
冷たい。
やはり冷たい。
だがローションの温かさがその冷たさに触れた途端、熱が一つに融け合うようにじわりと広がっていく。
俺は両手を背骨の左右に置き上から下へとゆっくり滑らせた。
掌のひらで包むように撫で親指で背骨の溝をなぞる。
オイルの滑りが肌と手の摩擦を消し柔らかな膜越しに触れ合っているような錯覚を生む。
ただ洗うのではない。
手のひらで「命を塗り込める」ように彼女の背中を包んでいく。
「……ふぅ」
ゼニスさんの口から微かな吐息が漏れた。
呼吸が深くなる。
肩が落ち首がわずかに傾ぐ。
背骨の浮き出たラインに沿って手を動かすたびに彼女の背中の筋肉がほどけていくのがわかる。
硬く冷たっていた肌がローションを吸い込むようにして柔らかくなりほんのりと温もりを取り戻していく。
(これがこの人の乾きか)
俺は目を閉じそうになりながらなおも手を動かした。
肋骨の名残を確かめるように脇腹を撫でると彼女の体が微かに震えた。
腰のくびれを支えるように両手で包むと腰が揺れる。
指の先から俺の生命力がローション越しに彼女へ流れ込んでいく。
生命回帰が静かに作動しているのを感じる。
部屋の中は甘い香りと肌と肌の擦れる微かな音だけで満たされていた。
ゼニスさんは何も言わない。
だが彼女の背中が今少しずつ息をしている。
指先を動かすたびに体温が戻り血が巡り命の気配が増していく。
ただの癒しが境界を越え互いの熱が混ざり合うような濃密な時間へと変わっていくのを俺は感じていた。
背骨の溝に指を這わせるたびゼニスさんの吐息が深くなる。部屋に満ちた草と蜜の匂いが汗ばんだ肌に絡んで、妙に甘ったるい。
「ここ、凝ってるよ」
肩甲骨の下の窪みへ親指を押し込むと、彼女の背中がびくんと跳ね腰のあたりがシーツに擦れて小さく音を立てた。ローションの粘り気が指の腹に絡み、肉を押すたびにぐちゅという湿った音が耳の奥をくすぐる。
滑る箇所はどこまでも滑るのに肋骨の裏側だけは指が引っかかる。そこが彼女の乾いた場所なんだと、男の勘で分かった。俺は指先でそのくぼみを円を描くようにほぐしながら背中全体を掌で覆う。
「っ」
ゼニスさんが肩をそらした。声にならない吐息が喉の奥で詰まり背骨のラインがくっきり浮く。腰のくぼみへ指を落とすと、今度は自分から背中を押し付けてきた。逃げるんじゃない。女が男の手を求めて体を密着させてきたんだ。
(冷たかった肌が、こんなに熱い)
手のひら越しに心臓の鼓動が伝わる。さっきまで消え入りそうだったそれが、今は早鐘みたいに脈打ってる。
指先を腰骨に沿わせると彼女の全身がシーツの上でしなった。背中を反らし、首をのけぞらせ無言のまま「もっと」と肌で叫ぶ。
(たまらないな)
男としてぐっとくる。この白い背中を今から抱きしめて肌を重ね、背中だけじゃなくさらに深い場所まで彼女の熱を引き出してみたくなる。ローションまみれの手を彼女の肩に置くとゼニスさんがこちらを振り向こうとした。青い目が涙で膜を張って、求めている。言葉がなくても伝わる。
俺は背中を洗う手を止めて、ゆっくり彼女の体を正面へ向けた。呼吸を整え彼女の両肩を支える。肌が赤く火照っていた。
ゆっくりと、ゼニスさんの体を正面に向けた。
肩に置いた手が彼女の体温を伝えてくる。背中を洗っていた時とは違う熱さだ。内側から滲み出すような、活性化した血の熱。
彼女がこちらを向いた瞬間、伏せていた睫毛が上がった。
青い瞳が俺を捉える。
さっきまで遠くを見ていた目が、今ははっきりと焦点を結んでいる。上目遣い。自分から俺の目を探したのだ。
(…綺麗だ)
正直、息が止まった。
背中だけ見ていた時には分からなかった正面の美しさ。結ばれた金髪の下の白い首筋、鎖骨の窪み、その下に張り出した二つの隆起。
残っていた衣服を取り去ると、ゼニスさんは自ら腕を交差させて脱ぐのを助けた。恥じらいではない。邪魔な布を排除するという、静かで確かな意志。
露わになった前面。
胸は大きくない。だが形が美しい。背中の痩せ細りとは対照的に、そこだけは柔らかな曲線を保っている。呼吸に合わせて微かに上下する二つの丘陵。頂に淡い色の蕾が添えられたように鎮座している。
平らな腹。肋骨の影が薄く浮く。そこから腰骨のラインがなだらかに流れ落ちている。
俺は掌にローションを補充した。ぬるりとした液体が指の間に絡みつき、甘い香りがまた一段強く立ち上る。
「触ります。ここも」
短く告げて、両手を彼女の鎖骨に置いた。
冷たい。
背中と同じだ。いや、前面は背中以上に熱を失っている。心臓に近いはずなのに、皮膚の表面から命の温度が消え失せている。
俺の手が動き始めると、ゼニスさんの息が止まった。
鎖骨から胸の隆起へ。ローションの粘りが指の動きを緩やかにする。掌が乳房の下からすくい上げるように触れた瞬間、彼女の肩がビクンと跳ねた。
(反応した)
声はない。だが体が反応している。
指先が膨らみの頂を掠めた時、ゼニスさんの全身に鳥肌が立った。粟立った肌の粒がローションの膜越しに指腹に伝わる。淡い色の蕾が指の熱に反応して、わずかに硬く尖った。
(触れただけで、こんなに)
俺の指が胸を包むように動くたびに、彼女の呼吸が浅く速くなる。唇が微かに開き、そこから細い吐息が漏れる。
胸から腹へ。
指を滑らせると、ゼニスさんの膝がゆっくりと開いた。
俺の手が行く先を暗示したように、彼女の体が自ら道を開く。腹の平坦な面を指が横切るたび腹筋がピクリと収縮する。腰骨の窪みにローションが溜まり、指がそこを通るたびにぐちゅりという湿った音が立つ。
(音が…)
背中の時とは違う音だ。前面は濡れている。ローションだけじゃない。彼女の体が自ら潤い始めているのが、指先の滑りで分かった。
太腿へ。
指が腿の内側に触れた瞬間、ゼニスさんの膝がさらに開いた。
俺の視線が自然に彼女の体を追う。胸の隆起、尖った蕾、平らな腹、そして開かれた足の間。
(夫のいる女の体を、俺が洗っている)
背徳感が喉の奥で焼ける。同時に、この白く滑らかな肌に指を滑らせることの純粋な美しさが目を奪う。美と罪が同じ手のひらの上で同居している。
ゼニスさんの瞳を見る。
俺の顔が映っている。その奥に、揺るがない信頼がある。
「大丈夫?」
俺は小さく聞いた。
彼女は頷かない。代わりに、俺の手を自分の腹に押し当てた。
「次は…もう少し奥まで」
俺は低く呟くとローションをたっぷりと掌に追加した。ぬめる液体が指の間を伝い、手首まで滴り落ちる。
ゼニスさんの膝はもう開かれていた。腿の内側にはローションと彼女自身の蜜が混ざり合い、薄暗い灯りの下で銀色に光っている。腹が呼吸に合わせて上下するたびその光が揺れた。
俺は彼女の腿に手を這わせゆっくりと臀部へと滑らせた。柔らかな肉を包み込むように撫で、その谷間へと指を沈めていく。
「力を抜いて。息を吐いて」
彼女は俺の声に従い、ふっと息を漏らした。その瞬間俺の中指の先端が窄まりに触れた。
冷たい。
粘膜の表面はローションとは違う温度を持っていた。ひんやりとしていてけれど確かに脈打っている。指先で触れただけで、そこが生きていることが分かった。
「ここ…熱くなるから」
俺は囁きながら、ゆっくりと指を沈めていった。
ぬぷっ。
第一関節を飲み込んだ瞬間、ゼニスさんの全身が硬直した。背中がシーツから浮き上がり腰がびくんと跳ねる。彼女の指がシーツを掴み、布が軋む音が部屋に響いた。
「まだ、入るな…」
俺は指を止めず、さらに奥へと進めた。ぬちゃりという濡れた音が耳の奥で反響する。内部の肉壁が異物を押し返そうと収縮するが、ローションの滑りが抵抗を無力化していく。
第二関節まで沈めたところで、俺は指をゆっくりと動かし始めた。
「あ、あ、あ…っ」
ゼニスさんの口から声が漏れた。言葉ではない。ただの吐息が喉で震え声帯をくすぐって音になったものだ。彼女はもうシーツを掴むのをやめ、代わりに俺の腕に爪を立てていた。
俺は指を抜き差しする速度を上げた。ぬぷっ、ぬぷっ、ぬぷっ。リズムが速くなるにつれて彼女の腰が浮き背中が弓なりに反っていく。
「ここが…いいんだろ?」
俺は意地悪く指を曲げ、内壁の一点を強く押し上げた。
「ひっ…!」
ゼニスさんの全身が痙攣した。青い瞳が大きく見開かれ焦点が一気に結ばれる。虚ろだった目が、今は俺の顔をしっかりと捉えている。その美しさに俺の喉が鳴った。
(もっと乱れろ。もっと俺を見ろ)
俺は指を二本に増やしさらに激しく責め立てた。ぐちゅっ、ぬちゃっと淫猥な水音が絶え間なく響く。彼女の内部はもう冷たくなかった。ローションの熱と彼女自身の体温が混ざり合い、灼けつくような熱さで俺の指を包み込んでいる。
「イキそうか? イっていいぞ」
俺が耳元で囁くと、彼女は首を激しく縦に振った。涙が目尻から溢れ汗で張り付いた金髪が頬に絡みつく。
俺はさらに速度を上げ、最奥まで指を突き立てた。
「ぐっ…ぅ…!」
ゼニスさんの口が大きく開いた。声にならない絶叫が喉の奥で炸裂し全身が大きく跳ね上がる。膣もアナルも同時に激しく痙攣し、俺の指を締め付けた。
彼女の青い瞳が、俺を見つめたまま潤んでいく。焦点が合っている。虚ろではない。今この瞬間彼女の世界には俺しかいない。
やがて痙攣が収まり彼女の体がストンとシーツに落ちた。全身から力が抜け、指が俺の腕から離れる。荒い呼吸だけが静かな部屋に響いていた。
俺はそっと指を抜いた。ぬるりと抜けた穴からはローションが溢れ出し、シーツに染みを作っていく。
「…はぁ…はぁ…」
ゼニスさんの胸が大きく上下していた。汗で濡れた肌が、ローションの膜越しに光っている。さっきまで冷たかった肌は今はもう灼けつくように熱かった。
俺は彼女の隣に横たわりそっと手を伸ばした。彼女の指が、力なく俺の手を握り返す。弱々しいが確かな意志がそこにあった。
「戻ってきたな」
俺の呟きに、彼女は答えない。ただ俺の手を握る力が少しだけ強くなった。
窓の外から、星命樹の葉擦れの音が聞こえる。風が甘い香りを運び二人の体温をゆっくりと冷ましていった。