ゼニスさんの額が俺の肩に埋まったまま、二人の呼吸がゆっくりと同調していく。
トクン。トクン。
胸越しに伝わる彼女の心音が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
結合したまま流れる汗が冷え始め、肌と肌の境界が曖昧になっていく感触。
(温かい)
さっきまで冷え切っていた彼女の体が、今は確かな熱を帯びている。
俺の精液が彼女の子宮の奥で脈打っているのが分かった。ドクン、ドクンと。
ゼニスさんが顔を上げた。
ゆっくりと。
金髪が俺の首筋をくすぐりながら滑り落ちる。
青い瞳が俺を映していた。
虚ろではない。はっきりとした焦点。そしてその奥にあるのは感謝と安らぎと何か言い表せない感情だった。
彼女は口を開いた。
「…あたたかい」
声だった。
掠れて、小さく、かすかに震えていたけれど確かに声だった。
「…久世さんの、中から…あたたかいものが、広がってる」
俺の胸が締め付けられた。
彼女が言葉を取り戻したのか、それとも一時的に感情が喉を突いて出ただけなのかは分からない。だが今この瞬間彼女は言葉を発した。
「…嬉しいです。伝わってよかった」
俺は彼女の背中に回した腕に少しだけ力を込めた。
彼女の肌は火傷しそうなほど熱い。乾き切った大地に雨が染み込むように、俺の生命力が彼女の中で広がっている。
ゼニスさんは俺の胸に頬を擦り付けた。
猫が飼い主に甘えるような、自然で無防備な仕草。
彼女の手が俺の髪に伸びた。
ゆっくりと、丁寧に。
指が髪を梳き、頭皮を撫で、耳の後ろをなぞる。
(…これは)
母親の手だ。
子供を寝かしつける時の手。
ルーデウスとノルンにそうしてきた手。
傷ついた子供を抱きしめ、大丈夫だよと無言で伝える手。
その手が今、俺の頭を撫でている。
「ゼニスさん…」
「…いいの」
彼女は囁いた。
「…久世さんは、頑張ったから」
その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
俺が頑張った?
異世界に流され、見知らぬ女たちと体を重ね、命を注ぎ込む。
それは救済であり、同時に救われているのは俺の方なのかもしれない。
「…なんだか、子供みたいに撫でられてます」
「ふふ」
彼女が笑った。
声に出して。小さく、けれど確かに。
「…ごめんなさい。母親だから、つい」
「謝らないでください。…嬉しいです」
俺は素直に言った。
長い間、誰にも撫でてもらったことがない。
父親は早くに亡くなり、母は仕事で忙しく、消防に入ってからは怪我を隠してばかりだった。
誰かに労ってもらうなんて、もうずっと忘れていた。
「…生真くんは」
彼女が俺の名前を呼んだ。
フルネームではなく、名前だけを。
「…自分のことは後回しなんでしょう」
俺は息を止めた。
なぜそれを。
「…手に、傷がいっぱいある。助けることばかりして、自分は守ってもらってない」
彼女の指が俺の掌の硬いたこをなぞった。
「…今日は、守ってもらう日だったのね」
俺の喉が詰まった。
返す言葉が見つからない。
彼女は俺を子供のように抱き寄せ、髪を撫で、掌の傷を指でなぞった。
母性。
性的な癒しとは違う、もっと根源的な温もり。
「…ありがとう。生真くん」
彼女は俺の肩に額を戻した。
そして小さく呟いた。
その気持ちが、今俺を抱きしめている腕の強さに反映されている。
「…会えるよ」
俺は彼女の背中を撫でながら言った。
根拠はない。異世界の事情も知らない。
「…うん」
彼女は頷いた。
そして俺の手を握り返した。
弱々しいが確かな力。
二人の体温が重なり合い、部屋の空気がゆっくりと冷えていく。
草と蜜の香りが薄れ、代わりに夜の冷気が窓の隙間から入り込んでくる。
だが二人の間の熱は消えない。
ゼニスさんの呼吸がゆっくりと深くなり、そのまま眠りに落ちていった。
深い海へ沈んでいくように。
ただ眠るだけ。
俺は彼女の温もりを感じながら、天窓の光を眺めていた。