馬車が止まった。
揺れが消え、静寂が戻ってくる。窓の外を見ると、石造りの建物が並んでいた。どこかの離宮だろうか。オスタニアの煉瓦造りとは違う、白亜の壁面に魔導文字が薄く発光している。
「着いたわ」
セフィが先に降りた。ヴェールは再び顔を覆っている。だがその歩き方には、先ほどまでの熱っぽさとは違う、凛とした王妃の威厳が戻っていた。
銀髪の騎士ザスティンが馬車の横で待機している。俺が出てくると、鋭い視線を向けた。
「セフィ様。こちらの者は」
「客よ。私の客」
それだけでザスティンは口を閉じた。だが目は笑っていない。俺のシャツのボタンが一つ外れていることに気づいたのか、剣の柄に手が伸びかけている。
(まずい。ちょっと整えよう)
俺は慌ててボタンを直した。
「こちらへ」
セフィが手招きした。ついていくしかない。というか、ついていかなかったらザスティンに剣で突かれる気がする。
建物の中は静かだった。廊下に人影はなく、魔導具のランプが淡い光を落としている。靴音が石の床に反響する。
(どこに連れていかれるんだ)
廊下を曲がり、階を上がり、また廊下。招待されたのはいいが、案内された先が居間でも応接間でも食堂でもないことは、だんだん確信に変わりつつあった。
分厚い木の扉。取っ手は金細工。セフィがそれを押し開けた。
「——寝室」
俺の声が棒読みになった。
間違いなく、寝室だった。
天蓋付きの大きなベッド。シルクのシーツ。分厚い枕。窓には重たいカーテンが引かれ、外光はほとんど入らない。部屋を照らすのは、壁の魔導ランプのみ。空間自体が、夜を模している。
(予感が的中した)
俺は天井を仰いだ。この数日間で培ったパターンが、また一つ完成しようとしている。
美智代さんの時もそうだった。この世界の女性は、俺を気遣い、労り、そして——ベッドへ誘う。
セフィは扉を閉めた。カチャリ、という金属音。鍵をかけた音だった。
(鍵。鍵をかけた。これはもう——)
「座って」
セフィがベッドの端を指した。命令ではない。だが拒否権もない。そんな声色だった。
俺は言われた通りに座った。シルクのシーツがふにふにと沈む。柔らかすぎて座りにくい。元の世界のベッドとは弾力が違いすぎる。
セフィは俺の正面に立った。ヴェールを外し、テーブルに置く。素顔が露わになる。やはり美しい。何度見ても慣れない。
「イクマ。単刀直入に言うわ」
セフィは腕を組み、胸元を強調するポーズになった。意図的か無意識か、たぶん前者だ。
「私の国、デビルーク王国の王位継承には、血脈が必要なの」
「血脈」
「ええ。現在の王女は三人。ララ、ナナ、モモ。…でも、この世界の生誕不全症候群の影響で、娘たちの生命力も低下している。次世代を残せるかどうか、危ういの」
セフィの声から、母親の焦りが滲んだ。
「夫のギドは、もう私を抱けない。生命力が低下して、女性に対する機能がほとんど停止している。…王家の血を残すために必要なのは、生命力の強い男」
「……俺、ですか」
「あなた以外にいないのよ」
セフィが一歩近づいた。ドレスの香りが強くなる。
「デビルーク王国の世継ぎを、より確実に増やすため。…あなたの生命力を、私の子宮に注いでほしい」
直球だった。あまりにも直球で、俺の思考が一瞬停止した。
(世継ぎを増やす。性行為を行ってほしい。俺に。一国の王妃と。王家の血脈を残すために)
脳内で情報が整理されるまでに数秒かかった。
「えっと」
「えっと、じゃないわ」
セフィが俺の顎に指をかけ、上を向かせた。紫色の瞳が至近距離にあった。
「断れる雰囲気じゃないことくらい、分かっているでしょう?」
「……分かっています」
「なら」
「いや、でも、一国の王妃と関係を持つって、政治的な問題が」
「政治的な問題は私が処理するわ。あなたは、私の体を満たすことだけ考えればいい」
「それが一番難しいんですけど」
セフィは俺の首に腕を回した。ドレスの胸が俺の顔に迫る。柔らかい。温かい。そして、ほのかに汗の匂い。
「イクマ。あなたはこの世界で唯一、女を抱ける男なんでしょう?」
「……そういうことになっています」
「なら、その役目を果たして。王家のために。…私のために」
セフィの唇が俺の耳元に触れた。
「それに、前のキスで分かったはずよ。あなたの体も、私を求めている」
——図星だった。
セフィの体に触れた時、俺の体は確かに反応した。生命力が、セフィの中へ流れ込もうとしていた。生命回帰が、彼女の枯渇した生命力を感じ取って、供給を求めている。
(俺の体は、この世界の女性を求めている)
(この世界の女性は、俺の生命力を求めている)
(Win-Win……と言いたいところだが)
(相手は王妃だ。王妃。一国の王妃だぞ。俺、消防の救助隊員だぞ。身分が違いすぎる。身分が。身分が——)
セフィが俺のズボンに手をかけた。 belt のバックルがカチャリと鳴る。
「あの、セフィさん」
「セフィ」
「セフィ。あの、本当に——」
「本当に、何?」
セフィはベルトを外しながら、俺の目を覗き込んだ。紫の瞳が悪戯っぽく光っている。
「嫌なの?」
嫌じゃない。正直に言えば、嫌じゃない。セフィは美しい。そして何より、俺の生命力を求めている。この世界で飢えている女性の一人だ。
でも。
「嫌じゃないですけど」
「けど?」
「王家の世継ぎを作るって、責任が大きすぎませんか」
「大きいわよ。だからこそ、あなたに頼んでいるの」
セフィは俺のズボンの前を開けた。下着の上から、すでに硬くなっているのが分かる。
「あら。口では嫌嫌と言っているのに、体は正直ね」
「……男の体は、正直なんです」
「知っているわ。それが可愛いところ」
セフィは下着の中に手を差し入れた。白い指が、硬くなったペニスを包む。
「っ」
「やっぱり大きい。それに、熱い。…生命力が溢れているのが分かる」
セフィの手がゆっくりと動き始めた。上下に。皮を上下させ、先端を親指で撫でる。
「セフィ、さん」
「セフィ」
「セフィ——」
「ふふ。名前を呼ぶ声が可愛いわね」
可愛いと言われても、困る。俺は二十五歳の成人男性だ。可愛くない。
だが、そんな思考はセフィの手つきによって即座に霧散した。
「ベッドに横になって」
セフィが俺を押し倒した。背中がシルクのシーツに触れる。ふにふにと沈む感触。
セフィはベッドの上に上がり、俺の上に跨った。ドレスの裾が広がり、俺の脚を覆う。
「ドレス、邪魔ですね」
「邪魔なの?」
「邪魔です」
「じゃあ、脱がせて」