「イクマ。あなたには、これから友好国を回ってもらいたいの」
セフィの声が胸元から響いてくる。俺はまだ彼女の胸に顔を埋めたまま、その言葉を反芻していた。
「友好国…ですか」
「ええ。まずは東方六州の一つ、瑞穂州。私の国と古くから交流のある場所よ」
セフィの指が、俺の髪を梳く。ゆっくりと丁寧に。
「瑞穂州は、この世界でも特に独特な文化を持つ地域でね。侍や忍、陰陽師と呼ばれる者たちが活動しているの。…イクマのいた世界で言うなら、東洋の古い都に似ているかもしれないわ」
「東洋の古い都」
「ええ。大きな鳥居があって、石畳の道があって着物を着た人々が歩いている。…そんな場所よ」
俺は顔を上げた。セフィの紫の瞳が、すぐ近くにある。
「それって…」
(まるで、京都みたいだ)
言葉にはしなかった。だが頭の中に映像が浮かぶ。修学旅行で行った京都。朱色の鳥居が連なる伏見稲荷。石畳の二年坂。着物姿の観光客。新選組の屯所跡。そんな光景が、この異世界の東方六州にあるというのか。
「イクマ?」
「あ、いえ。…ちょっと、似ている場所を思い出して」
「あら。あなたのいた世界に?」
「ええ。京都という場所です。古い寺社がたくさんあって、着物を着た人が歩いていて…」
セフィは興味深そうに目を細めた。
「それは面白いわね。もしかしたら、瑞穂州の文化はあなたの世界とどこかで繋がっているのかもしれない」
「そんなこと、あるんですか」
「分からないわ。でも、外海を越えて流れ着くものが昔からあるの。人だけじゃなく、文化や言葉も。…あなたの世界とこの世界は、案外近いのかもしれない」
セフィの指が、俺の頬を撫でた。
「瑞穂州には、私の友人である大名がいる。彼女にあなたを紹介するわ。きっと力になってくれるはずよ」
「大名…女性なんですか」
「ええ。この世界では珍しくないわ。西方魔導諸国もそうだし、東方六州も同じ。…生命力が枯渇してからは、女性が政治や戦いの表舞台に立つことが増えたの」
(女性の社会進出が進んでいるのか。…それもこれも、生命力の減少が原因か)
「イクマ」
セフィが俺の顔を両手で包んだ。
「あなたはこの世界で、多くの女性に求められるわ。でも忘れないで。あなたは誰かの所有物じゃない」
「セフィ…」
「私の国にもあなたを引き留めておきたいけれど…あなたの力はもっと広く使われるべきよ」
セフィの瞳が、真剣に俺を見つめている。
「瑞穂州に行きなさい。そして自分の目でこの世界を見て回りなさい。…あなたがこの世界で何をするべきか、自分で決めるのよ」
「俺が、決める」
「ええ。誰かに決められるんじゃない。あなた自身が」
その言葉が、胸に染みた。美智代さんの時もセフィの時も俺は流れに身を任せてきた。だがセフィは違う。俺に選択を委ねている。
「分かりました。瑞穂州に行きます」
「ええ。…よろしい」
セフィが微笑んだ。そして俺を抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
「イクマ。最後に一つだけ」
「何ですか」
「瑞穂州に行く前に…もう一度、私を抱いて」
その声は、王妃ではなく女のものだった。
(この人には敵わないな)
俺は苦笑いを浮かべながら、セフィの腰に手を回した。