※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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東方への船旅、そして石畳

馬車で揺られること三日。

 

セフィの手配した馬車は国境を越え、西方魔導諸国の街道を東へ東へと進んだ。途中から道が変わった。煉瓦敷きの道が石畳になり、魔導ランプが紙の行灯に変わり、建物の屋根が尖塔から瓦へと変わっていく。

 

文明の境界線を越えている実感が、窓の外の風景として目の前に迫ってきた。

 

「ここが…」

 

馬車が止まった。降り立った場所は、瑞穂州の西の関所。

 

俺久世生真は、一人で立っていた。

 

セフィの護衛であるザスティンは国境までの護送のみだった。ここから先は瑞穂州の領内に入るため、外国の騎士は立ち入れない。セフィからの手紙と、王国の紋章入った通行証だけが俺の所持品だった。

 

(さて)

 

関所の門をくぐると、視界が開けた。

 

「……うわあ」

 

思わず声が出た。

 

目の前に広がっていたのは、朱色の鳥居だった。

 

巨大な一本の鳥居が、街道の正面にそびえ立っている。高さは十メートルはあるだろうか。朱塗りの柱が、午後の日差しを受けて燃えるように輝いている。その奥に続く石畳の道。両脇には柳が垂れ、小さな石灯篭が等間隔に並んでいた。

 

(京都だ。これ、完全に京都じゃないか)

 

修学旅行の記憶が蘇る。伏見稲荷の千本鳥居。嵐山の竹林の道。清水寺の石段。

 

だがここは京都ではない。異世界アステリアの東方六州、瑞穂州。

 

すれ違う人々は着物を着ている。男は紺や鼠色の羽織に袴。女は鮮やかな色の着物に帯を締め、草履を履いている。頭には藩の紋が入った鉢巻を巻いた侍が、腰に二本の刀を差して歩いている。

 

(すごい。本当にすごい)

 

(オスタニアは近代都市だった。電気があってガス灯があって鉄道があった。西方は魔法と貴族の国だった。そしてここは——)

 

(時代劇の世界だ)

 

道端で餅を売る屋台がある。湯気が立ち上り、甘い醤油の香りが漂ってくる。子供が刀の代わりに木刀を腰に差して走り回っている。その後を、着物姿の母親が慌てて追いかけていた。

 

(……あの母親の顔色、少し悪いな)

 

救助隊員の目が勝手に動く。歩き方、呼吸のリズム、肌の色。この世界の生命力低下は、瑞穂州にも確かに影響を及ぼしているらしい。

 

(セフィの言った通りだ。どこも同じ問題を抱えている)

 

石畳を歩く。靴底が石に当たる音がコツコツと響く。編み上げ靴は石畳との相性があまり良くない。着物姿の人々の中で、俺の白いシャツと濃紺のズボンは目立っていた。

 

「お兄さん、旅の人かい?」

 

餅屋台の爺さんが声をかけてきた。頬に深い皺が刻まれ、目は細いが温かい。

 

「ええ。西方から来ました」

 

「西方から? ずいぶん遠いの」

「手配されて、こちらに用事がありまして」

 

「手配? 誰に?」

 

「王国の、セフィ様から」

 

爺さんの目が一瞬大きくなった。だがすぐに納得したように頷く。

 

「デビルークの王妃様か。…あの方はこの州とも縁が深い。大名様と仲がいいからの」

 

「大名様」

 

「うむ。瑞穂州を治める桔梗院様だ。西の関所に来る外国人は、大概が桔梗院様の客だ」

 

爺さんは餅を一つ包んで俺に差し出した。

 

「食べな。旅の腹の足しになる。お金はいらんよ」

 

「いいんですか?」

 

「元気な若い男を見るのは久しぶりだ。それだけで見物料は払ったようなもんだ」

 

爺さんは笑った。だがその笑いの中に、寂しさが混じっているのを俺は見逃さなかった。

 

(元気な若い男が珍しい。…それもこれか)

 

(この世界では、男性の生命力低下が深刻なんだ)

 

餅をかじりながら歩く。甘い。醤油の焦げる香ばしさ。柔らかい餅の歯触り。

 

(美味い。すごく美味い)

 

(元の世界で食べた餅と、味が全く同じだ)

 

(やっぱりこの場所は、どこかで俺の世界と繋がっているのかもしれない)

 

石畳の道を進む。両脇に並ぶ町屋。木造の軒下に暖簾がかかる。蕎麦屋、呉服屋、薬屋、鍛冶屋。看板の文字は漢字とひらがなだった。読める。普通に読める。

 

(オスタニアでは文字が別の体系だったのに、ここは読める。日本語に近い)

 

(やはり、瑞穂州の文化は俺のいた世界の日本と根を共有している)

 

通りを抜けると、広い場所に出た。

 

石畳の広場。中央に大きな井戸。周囲に町家が囲むように建ち並び、その奥に——見えた。

 

巨大な城。

 

白壁と瓦。天守閣。石垣の上にそびえる五層の城郭。城壁には旗が翻り、桔梗の花が描かれている。

 

「あれが、桔梗院様の居城か」

 

俺は立ち止まり、城を見上げた。

 

風が吹いた。柳の枝が揺れ、どこかで鐘の音が鳴る。ドーン、ドーン、と低く響く梵鐘の音。

 

(京都に似ている)

 

(でも、京都じゃない)

 

(ここは異世界で、生命力が枯渏している。子供が生まれず、人々が消えていく世界)

 

(俺が来た理由は、その世界を変えるため)

 

左手首の赤い布が風に揺れた。元の世界と、救えなかった人々の記憶。

 

(セフィは言った。自分で決めろと)

 

(なら、まずはここからだ)

 

俺は懐からセフィの手紙を取り出した。桔梗院宛の紹介状。

 

(手配された場所へ向かおう)

 

(それが、俺の選んだ第一歩だ)

 

石畳を歩き出す。城に向かって。一歩ずつ。

 

靴音が石に響く。コツ、コツ、コツ。

 

瑞穂州の風が、俺の頬を撫でた。

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