囲炉裏の火が、小屋の中を橙色に染めている。
俺は促されるままにシャツのボタンを外した。裂けた布の下から、右肩の傷が見えるはずだった。妖怪の爪が掠めた、あの痛み。
「…あれ」
指先で肩を探る。裂けたシャツの下の皮膚は、なめらかだった。血の跡はある。確かにあの時、爪は俺の肩を切り裂いた。なのに。
「塞がっている」
傷口が、ない。かさぶたすら残っていない。ただ、乾いた血の痕だけがそこにあった。
「…やはりな」
式が囲炉裏の前にしゃがみ込んだまま、じっと俺を見ていた。
「傷が塞がるのが早すぎる。あんたの生命力は、常軌を逸している」
「これが、生命回帰の力です。俺の体は消費した生命力を循環させて再利用できる」
「再利用、か」
式は立ち上がった。着物の裾が揺れ、腰の刀がかすかに鳴る。
「妖怪が狂うのも無理はない。生き血の匂いが、そこら中に溢れているようなものだ」
彼女は一歩、俺に近づいた。瞳が橙の光を受けて輝いている。
「両義式。死人絡みの性分でね」
初めて名乗った時の言葉が、頭の中で反響した。
「死人に縁があるから、生きている者の生命力にも敏感なんだ」
「それで、俺を助けたんですか」
「さあな。気まぐれだと言ったはずだ」
式の手が、俺の胸に触れた。白い指先が心臓の上に置かれる。
「だが、せっかく拾った命だ。少しは楽しませてもらわないと」
「楽しむ?」
「あんたの生命力が、どれほどのものか。妖怪たちがあそこまで執着した理由を、私自身の目で確かめたい」
式の指が、ゆっくりと俺の胸をなぞった。傷ひとつない肌の上を、冷たい指が滑っていく。
「あんた、ここに寝ろ」
彼女が顎で指したのは、小屋の奥にある簡素な寝台だった。板の上に薄い布団が敷いてあるだけの、質素なもの。
「え、ちょっと待ってください。怪我がないなら、もう大丈夫で」
「怪我がなくても、私が確かめたいと言っている」
有無を言わさない口調だった。セフィともヨルとも違う、静かな強制力。
俺は言われるままに寝台に腰を下ろした。ギシリと木が軋む。
式は俺の前に立ったまま、着物の襟元を少し緩めた。白い首筋が、火影に浮かび上がる。
「怖がらなくていい。殺しはしない」
「そういう問題じゃないというか」
「なら、何の問題だ」
彼女は俺を押し倒すように、胸に手を置いた。ゆっくりと体重をかけて、俺の背中が布団に沈む。
(この人、本気だ)
式が俺の上に跨った。袴越しに、彼女の体温が伝わってくる。
「久世生真。あんたの体は、この枯れた世界では異物だ。だが」
式の指が、俺の腹筋をなぞる。へそのあたりで止まり、ゆっくりと円を描いた。
「異物だからこそ、興味が湧く」
「式さん、あの」
「式でいい」
彼女の顔が近づいた。左右非対称の髪が、俺の頬に触れる。
「死人に縁のある女が、生命力の塊のような男に触れたらどうなると思う」
「…分かりません」
「私もだ。だから、知りたい」
式の唇が、俺の耳元に近づいた。
「教えろ。お前の全部を」
その声は、先ほどまでの淡々とした調子とは違っていた。低く、熱を帯びた妖艶な響き。
俺の体の奥で生命回帰が静かに脈動を始める。式の身体に宿る、かすかな死の気配を感じ取って。
彼女はゆっくりと笑った。炎の揺らめきが、その横顔を照らしている。
「…悪くない。お前という男は」