※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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魑魅魍魎が求める

目が覚めた時、俺はまだ囲炉裏のそばの寝台にいた。

布団に包まれた身体は重く、しびれるような心地よい疲労が全身を包んでいた。昨夜の行為のせいだろう。初めての経験ではないはずなのに、体の芯から力が抜け切って動くのが億劫だ。

 

……ああ、泥のように眠っていたんだな。

 

体を起こそうとして、鈍い痛みが腰を走る。昨日は結構激しく腰を振ったから、自業自得だ。周囲を見渡すと、囲炉裏の火はまだ小さく燃えていた。夜が明けてもいない。明かりは橙色の柔らかな光を放ち、小屋の木造りの壁を照らしている。

 

「起きたか」

 

静かな声が響いた。その声に導かれるように顔を向けると、式がそこにいた。

 

彼女は何事もなかったかのように、着物をすっかり整えて座っている。背筋を伸ばし、小さな囲炉裏の前に正座していた。長い髪は整えられ、腰の刀もきちんと差している。あの激情的な姿が嘘のように、元の涼しい顔つきに戻っている。

 

「……あ、おはようございます」

 

俺は情けない声を出した。自分の姿を見て、ぎょっとする。俺は上半身裸で、布団から足だけ出している。まるでやるだけやって、そのまま寝てしまった男の図だ。

 

「朝にはまだ早いがな」

 

式は淡々と言った。火を見つめたまま、俺の方は見ない。その横顔は、あの妖艶な笑みも熱っぽい瞳もなく、ただの静かな大和撫子の顔だった。

 

「……すみません。その、泥のように眠ってしまって」

 

「構わん。疲れていたのだろう」

 

あっさりとした返事だった。昨夜のことは、夢だったのかと思うほど。だが、俺の腰の痛みと、まだ名残のある余韻が、それが現実だったことを伝えている。

 

「あの……」

 

「服を着ろ。風邪を引く」

 

式が、俺のシャツを指先でつまんで放り投げた。俺は慌ててそれをキャッチし、シャツを羽織る。ボタンを留める手が少し震えた。着替えながら、式の横顔を盗み見る。

 

本当に、何事もなかったような顔だ。

 

「……気にしてないんですか?」

 

俺がそう尋ねると、式はようやくこちらを振り返った。火影に照らされた瞳は、宝石のように静かに光っていた。

 

「何をだ」

 

「いや……俺と、その……」

 

「ああ、生命力を分け与えてもらったことか?」

 

彼女は、当たり前のように言った。

 

「確かに、妖怪達が狙うだけはある生命力だ。驚かされたよ」

 

「え、あ、はあ……」

 

「だから、気をつけた方が良い」

 

式は火箸で薪を突き、ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら言った。

 

「これから向かう所には魑魅魍魎は遠慮無く、襲うから」

 

「向かう所……?」

 

俺は首を傾げた。向かう所って、どこだ? 俺は確か、瑞穂州の大名に会うためにここに来たはずだが。

 

「桔梗院様の居城だ。あんたが持っている紹介状の宛先だろう?」

 

「ああ、そうでした」

 

セフィの手紙を思い出す。瑞穂州を治める大名、桔梗院。彼女の居城に行く手配をしてくれたと聞いていた。

 

「案内してくれるんですか?」

 

「ああ。妖怪退治のついでにな」

 

式は立ち上がった。着物の裾が揺れ、腰の刀がかすかに鳴る。

 

「桔梗院様の領内は、この森の奥に続いている。そこには魑魅魍魎が跋扈している。あんたの生命力は、彼らにとってご馳走だ」

 

「……ご馳走、ですか」

 

「そうだ。昨日のように、群れて襲ってくるだろう。あんた一人では、とても無理だ」

 

冗談のようで、本当のような口調だった。彼女の瞳には、俺の生命力を食べようとした妖怪たちの血が、まだ乾いていないように映っている気がした。

 

「だから、私が案内する」

 

「……ありがとうございます」

 

「礼はいらん。ついでだからな」

 

彼女は小屋の扉を開けた。外の空気が流れ込んでくる。冷たい。だが、俺の体は不思議と熱かった。昨夜の余韻が、まだ体の中に残っている。

 

「行くぞ」

 

式が振り返った。その顔は、何事もなかったように静かだった。だが、俺の目には、その横顔にわずかな赤みが差しているように見えた。

 

* * *

 

森の中を歩きながら、俺は式の背中を見つめていた。

 

着物の背中は、昨日の夜と変わらず引き締まっている。腰の刀が揺れるたびに、小さな音がする。その音が、妙に心地よかった。

 

「あの……」

 

「何だ」

 

「昨日のこと、本当に気にしてないんですか?」

 

俺は聞いた。聞かずにはいられなかった。昨夜のあの言葉。「生きててよかった」。あれは、本心から出た言葉のはずだ。

 

「気にしていない」

 

式は即答した。

 

「ただの契約だ。生命力を分けてもらった。それだけだ」

 

「契約、ですか」

 

「そうだ。死人の性分として、生者の力を借りる。あんたはそれに応じた。それだけのことだ」

 

彼女の声は淡々としていた。だが、俺の胸の奥には、何かが引っかかった。

 

「……でも」

 

「何だ」

 

「俺は、嬉しかったですよ。式さんが生きててよかったって言ってくれて」

 

式は足を止めた。振り返らずに、少しの間、沈黙した。

 

「……黙れ」

 

短い言葉。だが、その声は少し低かった。怒っているのか、照れているのか、俺には判断できなかった。

 

「服を着ろ。風邪を引く」

 

彼女は再び歩き出した。俺は自分の服の状態を確認する。上着は着ているが、ボタンが一つ外れている。慌てて直す。

 

「……すみません」

 

「構わん」

 

式は前を向いたまま言った。

 

「ただ、あんたの生命力は本当に異常だ。妖怪が狙うのも無理はない」

 

「それ、何度も聞きました」

 

「だから、気をつけろ。これから向かう所には、あんたのことを嗅ぎつける連中がいる」

 

「……連中?」

 

「桔梗院様の所には、様々な者が集まっている。妖怪退治の専門家や、魔導の使い手や、あんたのような漂流者を探す者たちも」

 

「漂流者を探す者……」

 

俺は足を止めた。漂流者。その言葉は、俺の胸に重く響いた。俺がこの世界に来た理由。それを知る者が、ここにいるのかもしれない。

 

「心配するな」

 

式が振り返った。その瞳には、わずかな温かみがあった。

 

「私がついている。魑魅魍魎が近づいたら、斬る」

 

「……はい」

 

俺は頷いた。式の言葉には、不思議な安心感があった。彼女の背中を見ながら、俺は歩き出した。

 

森の中は静かだった。鳥の声も、風の音もない。ただ、二人の足音だけが、静寂を切り裂いていく。

 

「式」

 

「何だ」

 

「あんた、優しいですね」

 

「……黙れ」

 

また、短い返事。だが、その声には少しだけ笑みが混じっていた気がした。俺はそれを聞き逃さなかった。

 

* * *

 

森を抜けると、視界が開けた。

 

遠くに、白壁の城が見えた。瑞穂州の大名、桔梗院の居城。その城壁には、桔梗の紋が翻っている。

 

「着いた」

 

式が言った。

 

「あそこが、桔梗院様の居城だ。あんたの目的地だろう?」

 

「はい。ありがとうございます。案内してくれて」

 

「ついでだと、言ったはずだ」

 

彼女は歩き出した。城に向かって。俺も続く。

 

「あんた、これからどうする?」

 

「どうするって、とりあえず桔梗院様に会って、セフィ様の紹介状を渡します。それから……」

 

「それから?」

 

「この世界のことをもっと知りたい。俺が何をすべきか、自分で決めたい」

 

「……そうか」

 

式は小さく頷いた。

 

「なら、力を貸そう」

 

「え?」

 

「魑魅魍魎を斬る力だ。あんた一人では、とても無理だからな」

 

彼女は振り返り、珍しく微笑んだ。

 

「死人の性分が、生者の手助けをするのも悪くない」

 

その笑みは、昨夜の妖艶なものとは違った。静かで、穏やかで、どこか寂しげな笑み。

 

「……ありがとうございます」

 

俺は深く頭を下げた。式は小さく「礼はいらん」と言い、再び前を向いた。

 

城へと続く道。その両脇には、桔梗の花が咲いている。淡い紫色の花びらが、風に揺れていた。

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