※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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食前の誘い

案内されたのは、屋敷の奥にある座敷だった。

廊下を進むにつれて、廊下に並ぶ妖怪たちの視線が消えていく。代わりに、女の香りが濃くなった。

 

「こちらです」

 

先頭を歩く八坂が、廊下の突き当たりの襖を開けた。

中は明るかった。昼の光が差し込むように、窓が大きく開け放たれている。畳の上には、低い机。そしてその上に並べられた食事。

 

「和食…だ」

 

思わず声が出た。

目の前に広がっていたのは、見慣れた和食だった。焼き魚、煮物、酢の物、味噌汁、ご飯。湯気が立っている。色合いも香りも整えられていて、出汁のいい香りが鼻をくすぐった。

 

「懐かしい」

 

口から漏れた。俺がいた世界の和食。それに近い食事が、異世界の屋敷で出てくるとは。

 

「お口に合いますか?」

 

八坂が微笑んだ。扇子で口元を隠しながら。その仕草が、妙に色っぽい。扇子の向こうの唇が、ふわりと笑っている。

 

「ええ。とても。匂いだけでも美味しそうです」

 

「ふふ。そうですか。瑞穂州の食事は、他の地域よりも繊細ですから。生命循環が衰えてからも、味わいだけは守ろうとしています」

 

八坂は、俺の向かい側に座った。緋色の着物の裾が畳に広がる。金髪が揺れ、琥珀色の瞳が俺を捉えた。

 

「どうぞ。冷めないうちに」

 

促されて、俺は畳に座った。座布団がふにふにと沈む。机の上の食事に手を伸ばす。箸が添えられていた。竹でできた、質素だが丁寧に磨かれた箸。

 

「いただきます」

 

口にした魚は、柔らかくて脂が乗っていた。出汁の効いた煮物は温かく、酢の物は酸味がきいている。味噌汁の出汁は深く、ご飯は粒立っている。

 

「…美味しい」

 

素直に声が出た。この世界に来てから、野菜も肉も味が薄いと思っていた。生命力の低下が原因だと聞いていた。だがこの食事は、別格だった。

 

「お口に合って何より」

 

八坂が、扇子を開いた。金色の扇面。ぱちり、という音。

 

「久世さんは、どこから来られたんですか?」

 

「えっと、中央連邦オスタニアの海岸に流れ着いたんです。その前は…別の世界から」

 

「別の世界…」

 

八坂の瞳が細くなった。興味深そうに、俺を見つめている。

 

「セフィ様からは、生命力が異常なほど高い男性だと聞いていました。実際に会ってみると…なるほど。匂いが違いますね」

 

「匂い、ですか?」

 

「ええ。あなたからは、生の匂いがします。この枯れた世界にはない、濃い生の匂い」

 

八坂の扇子が、俺の頬を撫でた。扇子の縁が、肌に触れる。冷たい感触。

 

「正直に言いますね」

 

彼女の声が低くなった。扇子越しの瞳が、じっと俺を見ている。

 

「私は、あなたのことが気になります」

 

「え?」

 

「その生命力。その温かさ。この枯れた世界で、ただ一つ輝いている星みたい」

 

八坂は扇子を閉じた。金色の扇面が、ぱたんと音を立てる。

 

「妖怪たちがあなたを狙うのも分かります。私も…同じ気持ちになりますから」

 

その言葉に、俺の背筋が凍った。

 

(この人も…?)

 

セフィも、美智代さんも、俺の生命力を求めてきた。そして今、八坂も。

 

「八坂様」

 

隣で黙って座っていた式が、口を開いた。

 

「客を脅かすな」

 

「脅かしていませんよ」

 

八坂は涼しい顔で答えた。だがその瞳は、相変わらず俺を見つめている。

 

「ただ、事実を伝えているだけです。この方の生命力が、どれほど価値のあるものか」

 

「価値、ですか」

 

俺が問い返すと、八坂はゆっくりと頷いた。

 

「ええ。この世界では、生命力は何よりも貴重です。特に女性は、生命力が低下して子供を産みにくくなっています。あなたの生命力があれば…」

 

彼女は言葉を切り、ふっと笑った。

 

「…なんて、食事中に縁起でもない話を」

 

八坂は立ち上がった。着物の裾が揺れる。緋色の布が、畳の上を滑る。

 

「ごゆっくりどうぞ。私は着替えてきます。…食後、お話の続きをしましょう」

 

彼女は襖の向こうへ消えた。残されたのは、俺と式。そして湯気の立つ和食。

 

「…緊張したか?」

 

式が問いかけた。壁際で腕を組んで、じっと俺を見ている。

 

「ええ。正直、かなり」

 

「だろうな。あの女は一枚岩じゃない。表向きは瑞穂州の領主だが、裏では妖怪と通じている。それに…」

 

式は一瞬言葉を切り、廊下の方を見た。

 

「あんたの生命力を狙っているのは妖怪だけじゃない。人間もいる」

 

「人間も」

 

「ああ。この屋敷の中にも、いるだろう。あんたの匂いに惹かれて」

 

式の声は静かだった。だが、その目は鋭かった。俺を守るつもりなのか、それともただ観察しているだけなのか。判断がつかない。

 

「…食べろ」

 

式が促した。

 

「冷めないうちにな。体力をつけないと、この先はきつい」

 

「はい」

 

俺は箸を手に取った。味噌汁を口に運ぶ。温かい。胃の中に広がる温かさ。だが、心の緊張は解けない。

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