※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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蜘蛛の糸

射精の余韻が、まだ体の中で脈打っていた。

 

八坂の体温が俺の胸に乗っている。金髪が頬をくすぐる。琥珀色の瞳が、ぼんやりと俺を見上げていた。

 

「はぁ…はぁ…すごかった…久世さん…」

 

八坂の声が、蜜のように甘く濡れていた。事後の余韻で声が掠れている。

 

「ええ…まあ」

 

俺は天井を見つめたまま答えた。体は重い。お香のせいか、それとも射精後の脱力感か、指一本動かすのも億劫だ。

 

(お香…そういえばあの香り、まだする)

 

鼻孔にこびりついた甘い香りが、思考をじわじわと溶かしていく。

 

「久世さん…」

 

八坂が上体を起こした。金髪が揺れ、単衣の下から覗く白い胸が揺れる。琥珀色の瞳が、さっきまでの熱っぽい光とは違う、別の色を宿していた。

 

「あなたの生命力…全部、私にくれましたね」

 

「え?」

 

「中に出したでしょう。全部、私の中に」

 

八坂は自分の下腹部に手を当てた。白い指が、僅かに膨らんだ下腹を撫でる。

 

「ここに…あなたの生命力が溜まっている。温かい。すごく温かい」

 

俺は違和感を感じた。八坂の声が、少しずつ変質している、甘さの中に何か別の響きが混じる。

 

「八坂…さん?」

 

「八坂でいいって、言ったでしょう」

 

彼女は微笑んだ。だがその笑みが、妙に歪んでいた、蝋燭の光が、八坂の顔に影を落とす。

 

「久世さん。あなた、自分が何をしたか分かってますか」

 

「何をって…」

 

「生命力を、私に注いだ。全部。たっぷりと」

 

八坂の手が、俺の胸に置かれた。冷たい。さっきまで温かかったはずの指が、冷たい。

 

「あなたの生命回帰は、消費した生命力を循環させる力。でも、外に注いだ生命力は…戻らない」

 

「……」

 

「私の中に入った生命力は、私のもの。あなたのではない」

 

八坂の瞳が、光を失った。琥珀色の宝石が、ただの石になるように。

 

「返さない」

 

「なっ…」

 

俺は身を起こそうとした。だが動けなかった。体が動かない。指一本動かせない。

 

「動けないでしょう?お香のせいよ」

 

八坂が立ち上がった。単衣が床に落ちる。素裸の体が、蝋燭の光に照らされる。白い肌。引き締まった体。だがその姿が——蜘蛛のように見えた。

 

「あの香りは、ただのリラックス効果じゃない。筋肉を弛緩させるの。それに…記憶を鈍らせる」

 

「記憶を…?」

 

「ええ。あなたは私に精を注いだ。でもその記憶は、薄れているでしょう?感覚だけが残ってる」

 

言われてみれば、そうだった。何をどうされたのか、詳細な記憶が曖昧だ。耳を舐められた、胸を押し付けられた、手で握られた、中に入れた、出した。その感覚は残っているが、順序が曖昧だ。

 

「あなたの生命力は強い。一回やそこらじゃ効かないけど…続けて注がせれば、いずれ枯れる」

 

「枯れる…?」

 

「ええ。私のために枯れる。…嬉しいでしょう?」

 

八坂は微笑んだ。蜘蛛が獲物を包むような笑み。

 

「あんた!」

 

廊下から声が響いた。襖が開け放たれる。式が立っていた。刀を抜いている。刀身が、蝋燭の光を受けて白く輝く。

 

「何をしている」

 

式の声は静かだった。だが刃のように鋭かった。

 

「あら、両義の奥様。お邪魔しないでくださいな」

 

八坂は振り返りもしなかった。俺の上に跨がったまま、式に向けて語る。

 

「客をもてなしてるだけよ」

 

「その客が動けなくなっているのをもてなしと言うのか」

 

「リラックスしてるだけ。ねえ久世さん?」

 

八坂が俺の頬を撫でた。冷たい指が、頬をなぞる。俺は動けない。指一本動かせない。

 

「離れろ」

 

式が一歩踏み出した。刀が、八坂の喉元に向けられる。

 

「無駄よ」

 

八坂は言った。扇子を開いた。金色の扇面が、蝋燭の光を反射する。ぱちりという音。

 

「この屋敷の中には、私の妖怪が五十体以上いる。あなた一人で斬れる?」

 

「試してみるか」

 

式は刀を構えた。だが次の瞬間、天井から何かが降ってきた。影。いや、糸だ。白い絹糸のようなものが、式の腕に絡みつく。

 

「なっ…!」

 

「蜘蛛の糸。私の式神よ」

 

八坂が扇子を振った。糸が式の体に絡みついていく。腕、脚、胴体、縛り上げる。

 

「くっ…! この…!」

 

式は刀で糸を切ろうとした。だが糸は切れない。粘り気のある糸が刀身にも絡みつき、動きを封じる。

 

「斬れないでしょう。私の糸は切れないの」

 

八坂は俺の上に跨がったまま、扇子で式を指した。

 

「大人しくしていて。すぐに終わるから」

 

八坂の視線が、式から俺に戻る。琥珀色の瞳が、じっと俺を見つめる。

 

「さて久世さん。続きをしましょうか」

 

「なっ…何を…」

 

「残りの生命力、全部いただきます」

 

八坂の手が、俺の首に触れた。冷たい指が、喉仏をなぞる。

 

「痛みはないわ。ただ眠くなるだけ。優しくて、温かくて、気持ちいい死に方よ」

 

「やめ…」

 

「力を抜いて。お香を吸って。眠くなるだけ」

 

八坂の声が、耳元で囁かれる。甘い。お香の香りが、さらに濃くなる。頭がぼんやりする。

 

(やばい)

 

(このままじゃ、本当に)

 

俺の意識が、ふっと沈んだ。

 

* * *

 

暗い。

 

どこまでも暗い。

 

温かい。

 

何かに包まれている、柔らかくて温かい何かに。

 

(俺は…死んだのか)

 

(いや、違う。まだ生きてる)

 

意識が、ゆっくり浮上してくる。ぼんやりとした光の中で、何かを感じる。

 

指先に触れるもの、柔らかくて温かい。肌だ。誰かの肌だ。

 

「ん…」

 

声が出た。俺の声だ。喉が渇いている。

 

「久世さん」

 

声が降ってきた。八坂の声。だが先ほどとは違う、柔らかく、穏やかな声。

 

「起きないで。まだ休んで」

 

八坂の手が、俺の額を撫でた。冷たい指が、髪を梳くように撫でる。

 

「あなたの生命力、たっぷりといただいたわ。私の体が温かい。生きてるって感じがする」

 

八坂は俺の隣に横たわっていた、金髪が俺の肩に触れる。琥珀色の瞳が、暗闇の中で微かに光っている。

 

「殺さなかったの…?」

 

「殺す?いいえ、枯らすだけよ。あなたの生命力は強い。一回じゃ枯れない。何度でも注がせる」

 

八坂の手が、俺の胸を撫でた。心臓の上に、ゆっくりと。

 

「だから、生かしておくの。何度も使えるから」

 

「何度も…」

 

「ええ。あなたは私の活力源。この枯れた世界で、私だけが生き続けられる」

 

八坂は微笑んだ。蜘蛛のような笑みは消えていた、ただ静かに、女としての笑みだけが残っていた。

 

「眠って。朝になれば、また会える」

 

八坂の手が、俺の目を覆った。冷たい指が、瞼を閉じさせる。

 

「おやすみなさい。久世さん」

 

お香の香りが、最後に一つ深く吸い込まれ、俺の意識は再び闇に沈んだ。今度は自らの意志で。

 

屋敷の夜は静かだった。式の気配は消えていた、蜘蛛の糸に縛られたまま、気絶しているのだろうか。

 

八坂の体温だけが、俺の隣で温かかった。金色の髪が枕に散らばり、琥珀色の瞳は閉じられている。

 

(これでいいのか)

 

(分からない)

 

(ただ、体が重い)

 

(眠い)

 

俺はそのまま、八坂の隣で泥のように眠った。お香の甘い香りの中で。

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