それから数日後のことだった。
俺とヨルさんは、バーリントの裏通りにある古ぼけた喫茶店で向かい合っていた。
「生真さん、本当にありがとうございます。あの後、職場で勇気を出して相談したら、意外にも『私も最近、夜寂しくて…』って言ってくださる方がいて」
ヨルさんはカフェオレのカップを両手で包み込み、恥ずかしそうに目を伏せた。
彼女によれば、この世界の女性たちは表向きは平穏を装っていても、水面下では皆、同じように飢えているらしい。
生命力の低下は、すなわち性欲の減退…そしてそれに伴う深刻な欲求不満を招いている。
俺の「生命回帰」…そして付随する旺盛な性欲は、彼女たちにとってまさに特効薬なのだとか。
「その方は、私より年上で、お嬢さんが一人いるんですけど、とっても綺麗で優しい方なんです。旦那さんが海外赴任で長く家を空けてるから、余計に…その」
ヨルさんは顔を赤らめながら、モゴモゴと言葉の先を濁した。
だが言いたいことはよくわかる。
夫がいても満たされない。
そんな危うい香りのする人妻という存在に、俺の中の雄が早くも反応し始めていた。
「もうすぐ来るはずなんですけど…あっ」
ヨルさんが入り口の方を向き、パッと顔を輝かせた。
チリンチリンというドアベルの音と共に、店内に甘い香りが漂った気がした。
俺も視線を向ける。
そして、息を呑んだ。
(なんだ、この女は…)
入ってきたのは、一人の女性だった。
まず目を奪われたのは、その髪だ。
腰まである艶やかなロングヘアは、赤みの強い鮮やかなオレンジ色で、喫茶店の薄暗い照明の下でも燃えるように輝いている。
後ろで一つに結ばれているが、そのボリュームと長さは、ただそこにあるだけで男の征服欲を刺激した。
次に目が行ったのは、圧倒的な「質量」だ。
彼女はベージュのレディーススーツを隙なく着こなしているが、その上からでも隠しきれないほどの豊満さだった。
特に胸元。
ジャケットのボタンが今にも弾け飛びそうなほどに、二つの巨大な丘陵が隆起している。
ヨルさんも十分すぎるほど巨乳だったが、この人はそれをさらに成熟させたような、底知れぬ重みと柔らかさを感じさせるIカップは間違いなくある代物だ。
歩くたびにその胸がボインッ!ボインッ!と揺れ、スーツの生地を波打たせる様は、もはや凶器だ。
ウエストはきゅっと引き締まり、そこから hips へかけての曲線は、出産と育児を経た熟女特有の妖艫さを醸し出している。
36歳にはとても見えない。
もし街で擦れ違ったら、20代後半の独身美女だと勘違いする自信がある。
彼女は店内を見回し、ヨルさんの手を挙げる姿を見つけると、ふわりと微笑んだ。
その笑顔の破壊力たるや。
青緑色の瞳が細められ、長い前髪の隙間から覗くその眼差しは、慈愛に満ちていながらも、どこか男を試すような小悪魔的な色が滲んでいた。
「ヨルちゃん、お待たせ」
彼女がテーブルに近づいてくる。
カツカツというヒールの音が、俺の心臓の鼓動とシンクロした。
近くで見ると、その肌の白さとハリが際立つ。
化粧っ気は薄いが、それが逆に元々の美しさを際立たせている。
そして何より、彼女から漂う匂い。
香水ではない。体の奥から滲み出るような、熟れた果実を思わせる濃厚なフェロモンが、俺の鼻腔を直接蹂躙した。
(この女…ヤバイ)
(ただの人妻じゃない。ここら辺の男どもが全員勃起不全なんて、嘘だろ? この体を見て我慢できるのか?)
俺の股間が、ズボンの中で早くも鎌首をもたげ始めた。
ヨルさんの時とはまた違う、大人の女の色気に脳が麻痺しそうになる。
「こちらが、お話ししていた久世生真さんです」
ヨルさんが俺を紹介する。
「初めまして」
彼女は俺の前に座ると、ゆっくりと微笑みかけた。
その声は低く、艶があり、耳元で囁かれたら即座に果ててしまいそうだ。
「宮崎日和といいます。ヨルちゃんにはいつもお世話になってて…あなたが、その」
彼女は言葉を切り、俺の顔から首筋、そしてテーブルの下へと視線を這わせた。
まるで品定めをするような、それでいて自分自身の欲望を確認するような熱っぽい目だ。
「元気な方なんですって?」
その一言に含まれた意味の深さに、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
この人もまた、ヨルさんと同じように渇望しているのだ。
夫という名の干ばつの中で、潤いを求めている一人の人妻として。
「は、初めまして。久世生真です」
俺は震える声で答えた。
善意での自己紹介ではない。
これは、交尾の前の儀式だ。
獲物と捕食者が互いの力量を測り合う、静かで熱い時間。
日和さんは組んだ足をゆっくりと組み替えた。
スカートの裾が捲れ、黒いストッキングに包まれた太腿がチラリと覗く。
その仕草一つでさえも、計算され尽くしたような誘惑を感じさせる。
(帰る手段を探すって言ったけど…)
(こんな極上の人妻を目の前にして、逃げ出せる男がどこにいる?)
俺の理性はすでに半分溶けかかっていた。
異世界アステリアでの二度目の「任務」は、どうやら想像以上に甘く、そして深みのある沼になりそうだ。
「お話ししていいかしら? 少し、私の個人的なことで」
日和さんはそう切り出すと、テーブルの上で組んだ指をゆっくりと解いた。
その仕草一つとっても、妙に艶かしい。
指先が擦れ合う微かな音さえ、俺の鼓膜を甘く刺激する。
「実は私、娘が一人いるんです。千紗希って言うんですけど、高校生になって少し手が離れたから、もう一人…二人目が欲しいなって思ってて」
彼女は恥ずかしそうに頬を染め、少し言いよどんだ。
母親としての切実な願い。
それだけ聞けば、微笑ましい家族の話だ。
だが、俺の目は彼女の微細な変化を見逃さなかった。
(嘘じゃない。でも、それだけじゃないだろ)
彼女の喉仏が、コクリと動く。
組んだ足の先が、テーブルの下でイライラと揺れている。
何より、その瞳。
青緑色の瞳の奥で燻る炎は、子作りという聖なる目的に隠された、もっとドス黒くて生々しい欲望の色だった。
「でも…主人の仕事が忙しくて。長いこと海外赴任になっちゃってて。帰ってくるのも数ヶ月に一度あればいい方で…」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
だがその声には、不満と渇望がびっしりと塗り込められていた。
夫への愛情があるからこそ、満たされない日々への苛立ちが募っているのが手に取るようにわかる。
「夜も…長くて。一人でいると、どうしてもね…体が寒くて」
「寒い…ですか」
俺はオウム返しに尋ねた。
この蒸気パンクな街は確かに蒸し暑い。なのに、彼女は芯から冷えていると言わんばかりに、自身の肩を抱く仕草を見せた。
すると、豊満な胸がさらに押し上げられ、ジャケットのボタンが限界まで悲鳴を上げた。
ミシッ…という音が聞こえた気がした。いや、聞こえたんだ。確実に。
「だから、ヨルちゃんから聞いた時は…驚いちゃった。この世界に、まだそんなに元気で…熱くて、命に溢れた男性がいるなんて」
彼女の視線が、俺の顔から首筋、そしてテーブルの下へと再び滑り落ちた。
今度は隠そうともしない。
俺の股間にある熱源を確認するように、粘着質な視線が這い回る。
「私ね、どうしても気になっちゃったの。あなたのその…体温を」
日和さんは顔を近づけ、囁くように言った。
甘い吐息が俺の鼻先を掠める。
フルーツのような香りと共に、熟れたメスのフェロモンが鼻腔を直撃した。
(あぶねえ…理性が溶けていく…)
俺はテーブルの縁を握りしめ、股間の暴れ馬を必死に御した。
ここで股間を突き破られたら、社会復帰できなくなる。
しかし、そんな俺の苦悩など知る由もなく、日和さんの攻勢は続く。
「ねえ、生真くん。私に…その温もりを分けてくれる? もちろん、『子供が欲しい』っていうのは建前じゃないわ。でも…それ以上にね?」
彼女は片目をウィンクしてみせた。
その表情は、「わかってるわよね?」と同意を求める小悪魔そのものだ。
建前と本音。
聖なる目的と背徳的な欲望。
その二つを見事なバランスで天秤にかけているのが、たまらなくそそる。
そんな危険な会話をしている最中、俺の視線はふと彼女の隣に置かれたバッグに吸い寄せられた。
(あれは…)
黒い革のトートバッグ。
仕事用だろうか、一見すると真面目な代物だ。
だが、その口が少し開いている。
中から覗き見えたのは、黒や紺といった地味な色ではない。
赤。
それも、鮮やかで濃厚な、熟れた果実のような赤色の布地。
レースの透け感。
そして金属的な光沢。
(まさか…)
俺の心臓が跳ねた。
仕事帰りのバッグの中に隠し持つには、あまりにも扇情的すぎる色合い。
普通の下着じゃない。
遊び心満載の、あるいは夜の歓びに特化した淫靡な道具類に見える。
もしかしたら、彼女自身もこうなることを予期して、あるいは期待して、「準備」をしてきたのかもしれない。
「どうしたの? 私のバッグの中身が気になる?」
俺の視線に気づいたのか、日和さんが悪戯っぽく笑った。
彼女はバッグに手を伸ばすと、わざとらしく中身を隠すように抱きしめた。
その拍子に、バッグの中からチャリッという小さな金属音が聞こえた気がした。
「お姉さんの秘密よ。後で…教えてあげる」
彼女は耳元で囁くように言うと、舌なめずりをした。
その瞳には、「楽しみましょう」という明確な誘いが灯っていた。