※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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華中到着赤と金の街

船に揺られること二日。

 

瑞穂州の港から出た小型の船は、内海を渡って華中の国境都市へと到着した。八坂の手配した船だった。船頭も荷物持ちも、八坂の配下らしい。蜘蛛の糸に縛られるくらいの恩義を背負った旅だ。

 

「お降りください」

 

船頭が手を差し出してくれた。俺は手を取って船から降りる。

 

足裏に伝わる感触が変わった。石畳だ。だが瑞穂州の石畳とは違う。丸く磨かれた石を敷き詰めた道。日本風の町並みとは全く異なる景観が広がっていた。

 

「うわあ」

 

思わず声が出た。

 

目の前に広がっていたのは、赤と金の世界だった。

 

建物の屋根は反り返り、赤い瓦が並んでいる。壁は白と赤の漆喰。柱は金色の装飾。通り沿いには赤い提灯が並び、金色の紋が入った旗が翻る。

 

(中国だ。これ、完全に中国の街並みだ)

 

修学旅行で行った中華街を百倍にしたような光景。だが本物の中国より、もっと絢爛豪華で、もっと活気がある。

 

「兄さん、饅頭はいかがですか」

 

「薬草餅、どうぞ」

 

「新鮮な薬草、安くしますよ」

 

通りの両側から声が飛んでくる。呼び込みの声。だが瑞穂州の商人とは声の調子が違う。甲高く、早口で、元気がいい。

 

俺は通りを歩きながら、周囲を見渡した。

 

屋台が並んでいる。饅頭、餃子、麺、春巻き。湯気が立ち上り、香辛料の香りが鼻をくすぐる。瑞穂州の繊細な和食とは違う、濃厚で刺激的な香り。

 

「すみません、これ一つください」

 

薬草餅を買った。掌サイズの丸い餅。表面に緑色の粉がまぶされている。一口かじると、中から甘い餡子と苦い薬草の風味が口に広がった。

 

「苦い」

 

思わず顔をしかめた。だが次の瞬間、口の中がすっとした。苦みの後に甘みが追いかけてきて、胃の腑が温かくなる。

 

「効くわねぇ、兄さん。元気になったでしょう」

 

売りの婆さんが笑った。歯が一本もない。だが目は爛々としている。

 

「確かに元気になりますね」

 

「そうでしょう、そうでしょう。華中の薬草餅は一粒で活力。生命力が減った体にはもってこいよ」

 

婆さんは手早く次の客の注文を捌き始めた。薬草餅を二つ、三つと次々に包んでいく。商売人気質はこの国も瑞穂州も変わらないらしい。

 

* * *

 

通りを抜けると、広い広場に出た。

 

中央に大きな噴水。その周囲に露店が並び、人々が行き交う。服のデザインが変わった。瑞穂州の着物とは違う、もっと派手な衣装。鮮やかな赤や黄や緑の布地に、金色の刺繍。女性たちは頭に簪を刺し、耳に大きなイヤリングをつけている。

 

(服のデザインが中華風だ)

 

俺の編み上げ靴と白いシャツが、この街では浮いている。だが奇妙なことに、誰も不審そうには見ない。旅人が多い街なのだろう。服装の多様性には慣れているらしい。

 

「兄さん、どこから来たんだい?」

 

露店の男が声をかけてきた。腕には蛇の刺青。目つきは鋭いが、悪い人ではなさそうだ。

 

「瑞穂州から来ました」

 

「瑞穂州? 珍しいね。東方の侍の国か。ここへは何の用だい」

 

「薬を勉強したくて。華中は薬の国だと聞いたもので」

 

「ほう、薬か。あんた、生命力強そうだね。顔色がいい」

 

男は俺の顔をじっと見た。鋭い視線。だが敵意はない。

 

「薬人になりたいのかい?」

 

「薬人?」

 

「ああ、薬の材料になる人間のことさ。生命力の強いやつは、薬人として高く売れる」

 

男は小声で囁いた。だが目は笑っていない。

 

「気をつけな。この街じゃ、生命力の強い人間は目立つ。薬人に狙われないようにね」

 

男はそれだけ言うと、露店の奥へ消えた。置き去りにされた俺は、周囲を見回した。

 

(薬人。八坂の言ってた通りだ)

 

(この街では、俺の生命力は目立つ)

 

(気をつけないと)

 

広場の奥に、大きな建物が見えた。赤い壁に金色の屋根。門構えが立派だ。門の上には、薬草と龍が描かれた扁額。

 

「あそこが、薬学の学院か」

 

八坂の話では、華中の中心にある薬学の学院に、この世界で最も進んだ薬学の研究が集まっているという。俺の生命回帰を解明するには、そこに行くのが一番だろう。

 

(でも、その前に)

 

俺は広場の屋台を見た。餃子、焼きそば、炒め物。湯気が立ち上り、油の香りが漂っている。

 

(腹ごしらえだ)

 

旅の疲れを癒やすには、まず腹を満たすことから。救助隊員時代の基本ルールだ。俺は屋台の列に並んだ。

 

「兄さん、何にする?」

 

屋台の店主が笑顔で問いかけてきた。太った男。白い帽子をかぶり、鍋を振っている。

 

「これ、一つください」

 

指差したのは、赤いスープに入った麺。香辛料の香りが鼻をつく。

 

「よしよし。特製火竜麺だ。元気が出るぞ」

 

店主は器用に麺を鍋から引き上げ、赤いスープに注いだ。上に唐辛子と香菜を散らす。

 

「はいよ、火竜麺一丁」

 

受け取った器は熱い。湯気が顔にかかる。一口啜ると、辛さが口の中で爆発した。

 

「うっ…辛い」

 

だが次の瞬間、体の中から熱が湧いてくる。汗が噴き出し、胃の腑が燃えるように熱くなる。

 

「どうだい、元気になったろう」

 

店主が笑った。

 

「ええ、確かに元気になります」

 

(この国の料理は、薬と一体化してるのか)

 

(食材そのものが薬になる。だから料理が発達したんだ)

 

俺は火竜麺を啜りながら、学院の門を見上げた。赤と金の門。その奥に、この世界を変える手がかりがあるかもしれない。

 

(行こう)

 

麺を食べ終え、俺は学院へ向かって歩き出した。赤と金の街の中を。

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