※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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中国の皇帝

10章 龍の寝床

 

火竜麺の余韻がまだ口の中に残っていた。

 

辛さの熱が胃の腑に居座り、体が内側から温まっている。屋台の店主の言う通りだ。華中の料理は、食い物であると同時に薬だ。

 

赤と金の通りを抜けて、階段を登る。

 

石段が延々と続いている。一段一段が幅広で、登るのに腿が鳴る。両脇に並ぶのは巨大な石像。龍だ。角を持ち、鱗を湛えた龍の石像が、門へ続く道を左右から護っている。

 

(龍か。瑞穂州は鳳凰だったけど、ここは龍なんだな)

 

(というかこれ、完全に宮殿だ。紫禁城とかあの手の)

 

石段を登り切ると、巨大な門があった。

 

朱色の門柱。金色の装飾。門の上には龍の彫刻。扁額には漢字で「華中薬学院」と書かれている。だが学院という名前とは裏腹に、門構えは宮殿そのものだ。

 

門番がいた。二人。鎧ではなく、赤い長衣を纏った衛兵。腰には直刀ではなく、湾曲した刀身の剣を差している。

 

(湾刀だ。シミターに近い形状だな)

 

(東洋の刀剣文化とはまた別の系譜。やっぱりここは中華系の文化圏だ)

 

「止まれ」

 

衛兵の一人が、目の前に立ちはだかった。

 

「何用だ」

 

声は低い。だが敵意はない。あくまで職務上の確認だ。

 

「瑞穂州の八坂様の伝手で来ました。久世生真です」

 

俺は懐から八坂がくれた紹介状を取り出した。朱色の印が押された書簡。衛兵はそれを受け取り、目を走らせた。

 

「……八坂様の。通るがよい」

 

衛兵は書簡を返し、門の横に退いた。

 

(意外とあっさり通ったな)

 

(八坂の名前が効いたのか、それともこの紹介状の印が効いたのか)

 

門をくぐると、目の前に広い庭があった。

 

いや、庭と呼ぶには規模が違う。

 

石畳の道が真っ直ぐに延びている。両脇には池。池には蓮の花が咲いている。赤い蓮、白い蓮。その間を鯉が泳ぐ。池の向こうには回廊が続き、赤い柱が等間隔に並んでいる。回廊の屋根には龍の飾り。瓦は金色に彩色されている。

 

(すごい。瑞穂州の城も立派だったけど、これは別格だ)

 

(というかこれ、紫禁城そのまんまじゃないか)

 

(俺のいた世界の中国の宮殿をそのまま持ってきたような景色だ)

 

石畳を歩く。足音がコツコツと響く。回廊を歩く女性たちが、俺を一斉に見た。赤い長衣に金の刺繍。髪は高く結い上げ、簪を挿している。

 

(宮女というか侍女というか。とにかく中華風の宮殿の女性たちだ)

 

(目が……やっぱり俺の生命力を感じ取ってるな)

 

(視線が熱い。瑞穂州の妖怪たちとは違う種類の熱だ)

 

案内してくれたのは、先ほどの衛兵だった。無言で前に歩く。俺はその背中を追う。

 

回廊を抜け、中庭を渡り、また回廊を抜ける。建物の中に入った。天井が高い。梁には龍の彫刻。床は白い大理石。壁には山水画のような絵画が飾られている。

 

(ここは宮殿なのか学院なのか)

 

(八坂は薬学院と言ったけど、どう見ても皇帝の宮殿だぞ)

 

(というか皇帝がいるんじゃないのかここ)

 

衛兵が、一際大きな扉の前で止まった。

 

扉には龍の彫刻。金色の鱗。紅玉の目。扉の両脇には、香炉が置かれ、甘い香りが漂っている。瑞穂州の八坂の部屋の香りとは違う。もっと清冽な、薬草の混じった香りだ。

 

「通す」

 

衛兵が扉を押し開けた。

 

重い音が響く。金属の蝶番が軋む。

 

中は明るかった。

 

天窓から光が降り注いでいる。白い大理石の床に、光の模様が描かれる。部屋は広い。四十畳はあるか。壁には薬草の乾燥したものが額に飾られ、棚には薬瓶が並んでいる。薬学院の名に恥じない造りだ。

 

だが部屋の中央に、龍の彫刻を施した玉座があった。

 

(やっぱり玉座だ。学院の中に玉座があるってどういうことだ)

 

玉座には、一人の人物が座っていた。

 

男性だった。

 

俺は一瞬、目を疑った。

 

この世界に来てから、権力を持つ人物に会うたびに女性だった。セフィは女性だった。八坂は女性だった。式は女性だった。桔梗院も女性だと聞いていた。

 

(男?)

 

(権力者の中で、初めて男性に会った気がする)

 

玉座の男は、四十代半ばほどに見えた。褐色の肌に、引き締まった顔立ち。彫りの深い五官。眉は太く、目は鋭い。鼻筋が高く、唇は薄い。顎には短い髭を蓄えている。

 

頭には金冠を戴いている。龍を象った冠。身体には朱色の龍袍。金糸で龍が縫い取られた、皇帝の袍。

 

(皇帝だ)

 

(この人が、華中の皇帝か)

 

男は俺を見た。鋭い視線。だが式の鋭さとは違う。式の目は刃物のような鋭さだ。この男の目は、もっと深い。底が見えない。

 

「久世生真」

 

男が口を開いた。声は低い。腹に響く声。

 

「瑞穂州の八坂より紹介状を受けた。そなたが持つ生命回帰の力を見せてもらおう」

 

言い方は命令だった。尋問でもなく、懇願でもない。ただの事実の提示。

 

「はい。とりあえず、まずはご挨拶を。久世生真です」

 

「うむ。私は華中を統べる皇帝、華帝と申す。堅苦しいのは好まん。楽にせよ」

 

華帝。そう名乗った男は、俺をじっと見つめている。

 

(目が変わっているな)

 

(金色だ。瞳が金色だ。龍の目みたいだ)

 

(というか、皇帝がいるのか。華中は薬学院だと思っていたのに)

 

「薬学院と宮殿は兼ねておる」

 

俺の思考を読んだように、華帝が言った。

 

「華中では薬学が国是だ。皇帝が直接薬学を掌握する。学院と宮殿は同じもの」

 

「なるほど。八坂様には薬学院としか聞いていませんでした」

 

「あの九尾か。色々と隠すのが好きだからな」

 

華帝は鼻を鳴らした。八坂を知っている雰囲気だ。それも、あまりいい関係ではないかもしれない。

 

「まあよい。立ち話もなんだ。近う寄れ」

 

華帝が手を招いた。

 

俺は一歩踏み出した。玉座に近づく。

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