※この作品はR-18です。

種を求められる異世界放浪   作:ボルメテウスさん

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実質的な脅迫

玉座の前に立つと、華帝の全身が見えた。

 

龍袍の下に引き締まった体格。褐色の肌に、筋肉の輪郭が浮き出ている。武人だ。瑞穂州の式と同じ種類の強さだ。だが式とは違う。もっと重厚な、圧迫感のある強さ。

 

「久世生真」

 

華帝が俺の名を呼んだ。金色の瞳が、俺を捉える。

 

「単刀直入に言う。そなたに頼みがある」

 

「頼み、ですか」

 

「うむ。そなたの生命回帰。その力を使ってほしい」

 

「具体的に、何を?」

 

華帝は一瞬、口を閉じた。龍袍の胸元を指で探る仕草。俺はそれを見逃さなかった。ためらいだ。この男がためらうとは、相当なことらしい。

 

「私の妻との間に、子供を儲けてほしい」

 

「……は?」

 

声が出た。間抜けな声だ。だが仕方ない。聞き間違いかと思ったからだ。

 

「子供を。私の妻との間に。そなたの生命力を注いでほしい」

 

「いや、ちょっと待ってください。それはつまり、俺が奥方様と」

 

「そうだ」

 

「いやでも、あなたの奥方でしょう。皇帝の妻でしょう。それに俺が」

 

「そうだ」

 

華帝は繰り返した。金色の瞳は逸らさない。だが顎の筋肉が僅かに動いた。俺はそれを見逃さなかった。

 

(何だ。この違和感)

 

(皇帝が自分の妻に他の男を当てる? この世界でそれがあり得るのか)

 

(いや、この世界では男同士が主流だと美智代さんが言っていた。でもそれは)

 

「あの、なぜ俺なんですか」

 

俺は聞いた。率直に。

 

「あなたの妻なんですから、あなたが」

 

華帝の表情が歪んだ。

 

いや、歪んだというより——砕けた。

 

龍袍の胸元を握りしめていた手が、ふっと力を緩めた。金色の瞳が天井を向く。ため息が漏れた。

 

「……実はな」

 

華帝の声のトーンが変わった。皇帝の威厳が消え、ただの男の声になった。

 

「私男色家だ」

 

「……は?」

 

「男色家なのだ。女には興味がない」

 

俺の思考が停止した。

 

(は)

 

(は?)

 

(皇帝が。この国の皇帝が。男色家。女には興味ない)

 

「……えっと」

 

「だから妻とは床を共にしておらん。五年になる」

 

華帝はляてばせるように言った。龍袍の袖を引っ張りながら。

 

「五年も? それはいかにも」

 

「国のための政略結婚だった。だがどうしてもその気になれん。妻には申し訳なく思っているが」

 

華帝は立ち上がった。龍袍の裾が床を擦る。近くで見ると、龍袍の金糸の細かさが分かる。だがそんなことはどうでもいい。

 

「妻は未だに未婚のようなものだ。可哀想なことをした」

 

「それで、俺に頼むと」

 

「そなたの生命力なら、妻の子宮に生命力を注げるだろう。健康な子供が産まれるはずだ」

 

華帝は真剣だった。金色の瞳に、本気の光が宿っている。

 

「待ってください。それは分かりました。でも俺があなたの妻と寝るって、いろいろまずくないですか」

 

「なぜだ。この世界では子供を作るために他の男を頼るのは珍しくない。生命力の強い男に種を頼むのは一般的だ」

 

「一般的って」

 

「私の寝所には代わりの男を置いている。だがそやつらは生命力が弱い。妻に注ぐには足りん」

 

(代わりの男を置いているって何だよ)

 

(つまりこの皇帝、自分の寝所に男を置いて、妻には別の男を当ててるのか)

 

(この世界の婚姻制度はどうなってるんだ)

 

俺は頭を抱えたくなった。だが華帝の表情は真剣だ。

 

「で、どうだ。引き受けてくれるか」

 

「いや、正直に言うと」

 

「断るなら」

 

華帝の声が低くなった。金色の瞳が、俺を捉える。龍袍の袖から、白い手が覗く。

 

「私の相手をしてくれ」

 

「……は?」

 

「私の相手だ。そなたの生命力、私にも分けてもらいたい。男同士でな」

 

華帝は涼しい顔で言った。

 

(え)

 

(この皇帝。俺と寝る気満点なのか)

 

(俺に妻との間に子供を作らせるか、俺と寝るか。二択で来たのか)

 

俺は華帝の顔を見た。褐色の肌に彫りの深い五官。引き締まった体格。金冠。龍袍。

 

(皇帝と男同士で寝る)

 

(それとも皇帝の妻と寝る)

 

(どっちだ)

 

(いやどっちも正気じゃないけど)

 

「そなたの生命力は異常だ。八坂から聞いた。あの九尾ですら、そなたに手を出したくなったと」

 

「あの人に言ったんですかそんなこと」

 

「あいつは私に隠し事ができない性質だ」

 

華帝はふっと笑った。

 

「どうだ。妻の方を頼むか。それとも」

 

金色の瞳が、いたずらっぽく光った。

 

(いたずらっぽい。この皇帝いたずらっぽい目をした)

 

(四十代半ばの皇帝が中年男にいたずらっぽい目をしてる)

 

(何この人)

 

「……分かりました」

 

俺は即答した。

 

「どっちですか」

 

「妻の方です。お願いします」

 

「ほぅ」

 

華帝は眉を上げた。

 

「私の相手では不満か」

 

「不満とかじゃなくて、俺はそっちじゃないんで」

 

「そうか。残念だ」

 

華帝は肩をすくめた。大げさに。四十代半ばの皇帝が肩をすくめた。

 

(なんだこの皇帝)

 

(威厳はどこに行った)

 

「では妻を呼ぶ。少し待て」

 

華帝は袖を振った。玉座の横の柱の裏から、侍女が現れた。

 

(いたのか。柱の裏に)

 

「妻を呼べ。客がある」

 

侍女は一礼して消えた。

 

俺は天井を仰いだ。

 

(皇帝の妻と寝ることになった)

 

(皇帝自身は男が好きで、俺と寝たかったらしい)

 

(この世界は狂ってる)

 

(いやもう何度目だこの感想)

 

左手首の赤い布を握りしめた。元の世界ではあり得ない状況だ。だがここは異世界アステリア。生命力が枯渇し、男女の営みが歪んだ世界。

 

俺がこの世界で何をすべきか、まだ分からない。でも目の前に助けを求める人がいるなら、それに応じるしかない。

 

それが救助隊員としての、俺の性分だから。

 

華帝の金色の瞳が、まだ俺を見ていた。

 

(諦めきれてない目だこれは)

 

(俺と寝る気満々じゃないか)

 

(早く奥方様来てくれないかな)

 

俺は冷や汗をかきながら、玉座の前に立ち尽くしていた。

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