第01話 用心棒
「しっかしまあ、10日もかからずこんな有様になるなんてねぇ」
ビルの屋上に立って周りを見渡しながらレディ・ナガンは呆れたように呟いた。
街角からは人々の姿が完全に消え失せていた。
人の姿が消えただけではない。
アスファルトは所々ひび割れ、乗り捨てられた無数の車両が道路にひしめき合っていた。
信号機は光を失い、ビルの1階のテナントのショーウインドウのガラス片があたりに散乱している。
一部の高層ビルが崩れてさえいた。
小さなビルの火災痕が生々しい。
既に周囲の景色は世紀末の様相さえ呈していた。
警察機能はほぼ麻痺している。それも当然だった。ヴィランは大型銃器に匹敵する個性を自由に振るえるのに対し、警官は警棒と拳銃でヴィランを傷つけないように拘束するのが役割なのだ。
そして治安を守る要であったヒーローの引退者がここ数日で続出していた。
製造業でも流通でも基本的に金をベースにリソースを分配する社会では例外なくコストの最適化が行われる。
その意味でヒーローの数とて同じだった。平時のヴィラン犯罪を捌けるヒーローの数へと最適化が進み過ぎており、ヒーロー飽和社会とまで言われていた現代では稼げないヒーローは治安市場から退場させられた。
タルタロスを始めとするヴィラン刑務所から大量の脱獄囚が発生し、暴れまわっているような現状はヒーローの対応能力を超えているのだ。
危険なヴィランが野放しになり安全が脅かされているこの状況は当然市民から批判される。
多すぎる犯罪対応に肉体も精神もすり減っているヒーローを市民が追い打ちのように罵倒するのだ。
有能であっても職業としてヒーローをしていたものはこの状況に心が折れていった。
こうして日本社会は急速に秩序を失っていった。
レディ・ナガンが物憂げに眺める先でビルの一角が炎に包まれた。
物資の略奪行為をしていたヴィラン連中が面白半分に火を放ったのだろう。
既に住民の大半は大型のシェルターに避難が完了している。
荒れ果てた街をうろついているのは大半がヴィランだ。
「はー、やってらんないねぇ……」
レディ・ナガンは元プロヒーローとして思うところは多々あった。
ヒーロー公安委員会会長を現役ヒーローの身で殺害したことで、タルタロスに長年収容されていたとはいえ、この光景を望んでいたわけではない。
AFOがタルタロスを墜とし、流れで脱獄してしまったが、今は雇われてこんなところで用心棒などをしている自分自身にももやもやする。
風が吹いた。
燃え上がる炎が巻き上げた風がレディ・ナガンのピンクとブルーの髪を揺らす。
樹脂と木が焼ける匂いが不快だった。
鼻を鳴らしつつ、右腕を頭上に掲げ肘を曲げると、淡いホワイトグリーンの燐光が腕の周りを包みこんだ。
ジャコンッ!!
レディ・ナガンの右腕が
個性:ライフル。これが彼女の持つ個性の名だ。
右肘から突き出すように伸びている
自身の髪から一房千切り、捏ねて生成した特製の弾丸を手のひらに開いた穴から銃身に装填する。
彼女は銃身と弾丸を己の身体一つから生成できる元公安直属のヒーローであり、そして始末屋でもあった。
ぴっちりと肌に密着するバイオレットの
レディ・ナガンが片足をビル屋上のパラペットに乗せると、その反動で豊かな双乳が柔らかそうに揺れる。狙いをつけるために屈めた腰に滑らかなスカート生地が張り付き、熟成が進んだ大きな二つの谷間が浮き彫りになり、一方で腰を幅広のベルトで締め付けているために、細くくびれた腰と桃のように張りのある二つの盛り上がりが嫌でも目を引く。
「ふー」
スコープで拡張された視界の先でヴィランが店舗をただ楽しみのためだけに破壊して回っていた。
狙いをつけようと腕の向きを微調整する。集中力が上がったせいで体温が上昇し、むせ返るような女の匂いが立ち昇る。
ヴィランが店舗の破壊を楽しんでいるところへ10名以上の市民が駆けつけてきた。
シェルターに避難することを拒み、自分の町を自分たちで守ることを選択した自警団だ。
この距離では聞こえてこないが、無駄で無意味なやり取りが繰り返されているのは分かる。
レディ・ナガンが見つめる先でヴィランが腕を刃物に変えて振りかぶった。
他のヴィランも個性で肉体を変化させている。
交渉は決裂したようだ。
これから先は暴力の世界だ。
乾いた破裂音が何度かビルの屋上に響いた。
放たれた弾丸が見えない糸に引かれるように空気を裂いてヴィランたちの頭部を正確に撃ち抜いた。
ヘッドショット。
振り上げた腕を下ろすこともなく、チンピラヴィランたちは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。脳漿と流れ出た血がアスファルトに黒い染みを作る。
目の前で突如としてヴィランが頭部を打ち抜かれ、死体として転がったことを悟った中年の男性は腰を抜かして無様な悲鳴を上げた。そして弾かれたように立ち上がると、仲間と共に振り返ることもなくパニック状態で逃げ去っていく。
ナガンは熱を帯びたバレルをゆっくりと元の右腕に戻し、何事もなかったかのように再び気怠げなため息をついた。
西の空がまるで今のこの国の惨状を映し出すかのように、血の色に染まり始めていた。
夕焼けの逆光が廃墟と化した都市の輪郭を黒々と浮かび上がらせる。
ナガンはビルの屋上から再び周囲を見渡した。
すでにこの一帯は電気の供給も止まっている。暴れるヴィラン連中も光源を用意するのが面倒なのか夜間の活動は控えめだ。
「今日はこの辺にしておくかね」
豊かな胸を大きく反らせ、レディ・ナガンは強張った身体で背伸びした。
最初の数日で目立つ奴らは軒並み頭を打ち抜いて排除済みだ。
さっきのように他のエリアから略奪しにやってくる連中も次第に少なくなり始めた。
ビル屋上に突き出た塔屋の扉を開け、階段をゆっくり降りていく。
自分の雇い主へ報告の時間だ。
赤い夕日に照らされて異様な威容を誇る窓の少ない巨大なビル。かつては巨大企業の施設として使われていたその無機質な建造物こそが、彼女の新たな雇用主となった男が根城としている場所だった。
ビルの最上階の広大なフロアへとレディ・ナガンは足を踏み入れた。
夕焼けの赤い光が窓から差し込み、部屋の最奥に置かれた豪奢なソファを照らし出していた。そこにだらけた姿で座っているのはタルタロスの最下層から解き放たれた魔人。
魔眼の王と名乗るその男は恐ろしいほどに彫りの深い、完璧な美貌を持ちながら一糸纏わぬ全裸の姿でふんぞり返っていた。
鍛え抜かれた彫刻のような肉体をして肌を隠すことすらしないその堂々たる姿は圧倒的な自信に満ち溢れていた。片目の黒ずんだ空洞が彼の異常性を示していたが、魔眼の王から漂ってくる雰囲気だけで、彼が人の範疇から逸脱していることを誰もが理解できるだろう。
◇◇◇◇◇◇
レディ・ナガンはソファから数歩離れた位置で立ち止まると、片手を細くくびれた腰に当てつつ雇い主相手に乱暴な口調で報告した。
「今日の分の周辺の哨戒終わったよ。始末したヴィランは8名。全員がチンピラヴィランだ。脱獄組はいないね。腰抜けの自警団はあんたの指示通り見逃している」
報告を口にするレディ・ナガンの背後から夕焼けの光が差し込み、彼女の豊満なシルエットは逆光によってその曲線美をより一層際立たせていたが、彼女は自分の容姿がどれほど男性を惹き付けるのが全く自覚が無かった。
20代半ばから30代後半までタルタロスでの長い収監生活のせいで、自分の今の容姿が他人に、それも男性にどう見られてしまうのかの客観視ができなくなっているのだ。
「ご苦労」
魔眼の王は短く応えると、残された一つの瞳でナガンの全身を舐め回すように見つめた。視線が胸の谷間から腰のくびれ、豊かな太ももへと這い下りるたびに、彼の下腹部の一物はだらんと垂れ下がったままではあったが次第に体積を増していった。
女に自身の全裸を晒すことに慣れ切っている魔眼の王は、むしろ変化を見せつけるように悠然とソファに身を預けていた。
レディ・ナガンはゆっくりと体積を増やしていく男のモノに一瞬だけ視線を向けたが、すぐに興味が失せたように雇い主の男の顔を見た。
「ところで、個性:ライフル改の調子はどうだ」
「多少便利にはなったかな。でも今の仕事じゃあんまり違いは感じないな。あんたの魔眼も大したことないね」
レディ・ナガンはタルタロスを脱出する際にこの男にその場でスカウトされ、報酬の一部が前払いされている。断る前に魔眼の王がレディ・ナガンの右腕を一瞥しただけで個性の改良が終わっていたのだ。自分勝手すぎる報酬の前払いに呆れつつも返すこともできないので、不承不承ではあったが彼に雇われることに決めたというのがその経緯だ。
だからレディ・ナガンの気持ち的にはいつでも契約を解除しても構わないと考えている。
なので正直にそう答え、面白くなさそうに肩をすくめた。
だが不遜なそんな態度にも魔眼の王は怒るどころか、心の底から愉快そうに喉の奥を鳴らして笑い出した。
夕日が差し込み薄暗いフロアに魔眼の王の低く響く笑い声が反響する。
ひとしきり笑い声を上げた後、ソファの上で姿勢を更に崩し、両足を大きく広げて己のモノを隠しもせず、微笑を浮かべたままレディ・ナガンに向かって命令した。
「大したことない、か。フフフ、じゃあ俺の
魔眼の王の視線はナガンの熟れきった肉体を射抜きつつ、意味ありげに微笑んでいる。
彼女の双乳に張り付き密着している生地が豊かな胸の形を全て露にしていた。
この恐ろしく美しい男に見つめられ、レディ・ナガンの胸の頂点で服の生地がゆっくりと膨らみ始めていた。内側から生地が押し上げられているのだ。
その浮き上がる先端の様子を興味深げに魔眼の王が観察していたが、自身の変化に何も気づいていないレディ・ナガンはそんな彼の前で大きくため息をつき、呆れたように首を振った。
「はあ、またかい? 私があんたの身を守る契約なんだから、あんたのライフルのメンテナンスなんか必要ないんだけどねぇ」
「もちろん君を信用しているとも、元公安直属ヒーローレディ・ナガン。君のライフル弾から逃れられる奴など滅多にはいないさ」
「分かってるならいいさ」
「だけど武器の手入れを怠っていると少し落ち着かないんだ。俺の気分の問題さ。すまんが協力してくれ」
「はぁ……、まあ雇い主の命令とあらば聞いてやるけどさ。前回初めて
レディ・ナガンの呆れた声の中にどこか甘い雰囲気が滲むが、彼女自身は自覚していない。
「フフフ、それはつまりもっと練習しろってことか? 銃の扱いにかけて専門家の君がそう言うなら今日は念入りに試射しようかね」
訓練が足りないと指摘する彼女の言葉を逆手に取った魔眼の王が笑みを深くする。
呆れるほど多くの女と接してきた魔眼の王はレディ・ナガンの性格をとっくに見抜いている。そして、ナガンもまた本気で嫌がっているわけではなかった。
彼女はもう一度深くため息をつくと歩みを進め、魔眼の王の足元へとゆっくりと近づいていった。
もっと訓練しろと自分で言った以上、
「ったく、しょうがないねぇ」
レディ・ナガンはぼやきつつも魔眼の王の前で両膝をついた。
足の長い絨毯に膝が沈み込み心地よささえ感じる。
膝をつき、頭をあげた顔のちょうど正面に魔眼の王の
先ほどより更に体積を増しているそれにレディ・ナガンが両手をそっと添えた。
ソファに座ったままの雇用主を見上げると自然と上目遣いになる。
30代後半の色香がその身体全体から立ち昇る様を特等席から見下ろしながら魔眼の王の口角が持ち上がる。
レディ・ナガンの細い指先が絡みつくように
夕焼けの赤い光に照らされた部屋の中で、これからレディ・ナガンが魔眼の王によって改造された個性:ライフル改を使って彼がちゃんと自分自身の身を守れるように銃身の生成を行うのだ。
指先が堅さを確認するように動き回るのを堪能しながら魔眼の王は笑みを深くするのだった。