(食べ頃だな)
これまでのイルヴァの痴態を思い返しつつも、ランナルは手元にあった書類すべての確認と添削を終えた。いくつか修正が必要だが、それらはすべて指示書にまとめて、ネロにやらせることにする。
そうしてランナルはようやく庁舎を後にして、家路についた。帰宅するなり、執事にイルヴァの様子を確認する。よもや起きてはいないだろうかと心配していたが、今夜はすでに寝入っているとのことだった。
「明日からの四日間の休暇中は、極力イルヴァと過ごす。緊急でない限り、来客対応も控えたい」
「畏まりました」
ハリーン家の本家から付き従ってきた老齢の執事にそう告げると、ランナルは遅い夕餉をとり、湯浴みをしてからイルヴァが寝ている寝台へ、彼女を起こさないように気を遣って横になった。
◆◇◆◇◆
「イルヴァ様、今夜はこちらをお召しください。旦那様からの贈り物です」
「贈り物? ま、まぁっ! こ、これは……っ!」
次の日、イルヴァはランナルと一緒に、グントバハロンの首都であるエンフェリダクスの街を散歩するなどしてゆっくりと一日を過ごした。そして夜の湯上がり時、マーシーが差し出した白い箱に入っていたレースの下着を目にして、イルヴァは顔を真っ赤にした。
「は、破廉恥ではないのっ!」
「まあ、破廉恥ですね。でも夜の営みを楽しむ際に着るものとしては、わりと普通ですよ」
着なくてもわかるその下着の面積の少なさ。面積が少ないどころか、ブラジャーには乳首をわざと出すための縦のスリットが入っている。パンティも同様に、一番大事な秘部にスリットが入っているために、布を左右にかき分ければ女の穴への侵入がたやすい。それでいてどちらにも、肩や腰に回る紐部分にはフリルとレースがあしらわれており、機能性は低いくせに見た目はたいそう凝った代物だった。
「ランナル様ってば、どこでこんなものを……っ!」
「高級ランジェリーショップとかですよ。夫婦仲が睦まじく、世継ぎに恵まれることはとても大切なことですからね。名のある家の方が使うことは珍しくありません」
「ランナル様は武家でしょ!」
「武家も同じです。ハリーン家は由緒正しい武家ですから」
恥ずかしさをごまかすようにイルヴァはあれこれと言ったが、マーシーがいつもと何も変わらない態度で着付けを行うので、諦めて破廉恥な白い下着をまとい、その上からいつもどおり寝間着と、湯冷めしないように厚手のナイトガウンを羽織った。
そうして寝室に向かい、いつものようにランナルを待つ。今日から彼は四日間の連続休暇で、基本的に日中も家にいる。イルヴァも彼のその予定に合わせて、この四日間は慰問楽団での練習を休ませてもらった。今日は散歩をしただけだったが、明日は雑技団のショーを見に行く予定だ。
(ランナル様は、本当に素敵な人だわ……)
子供の頃からイルヴァは、ランナルの少し垂れた優しい目が好きだった。それなのに眉はややつり上がっていて厳かで、剣技が得意で立派な武人だ。
結婚してからイルヴァは何度か陸軍の庁舎を訪れ、演習をしているというランナルの様子を見させてもらったことがある。指定の軍服を着て、低くて野太い声で部下たちを叱り、助言をし、大人数の部隊をまとめ上げるランナルの姿に、イルヴァの目はキラキラと輝いた。決してイルヴァには向けない、荒々しい口調と厳しい姿。静と動のようなランナルのギャップに、きっと自分はこの人を好きになるために生まれてきたのだろうと、心底思った。
(ありがとうございます、ウォンクゼアーザ様)
寝台に腰掛けて夫を待つイルヴァは、両手の指を組み、胸の中で神に語りかけた。
(お姉様の言うとおり、せっかちな私だけれど、長年待ち続けて結婚できました。ランナル様に逢わせていただき、そして夫婦にさせていただき、ありがとうございます)
この世界を創ったという神ウォンクゼアーザは、とてものんびりした神だという。じっくりと腰を据えて物事に取り組むタイプのランナルは、もしかしたらウォンクゼアーザから祝福を受けた、「白き心」の持ち主なのかもしれない。
「何を祈っているんですか、イルヴァ」
寝室に入ってきたランナルの声にはっとして、イルヴァは顔を上げる。湯浴みを終えたランナルがそこにいて、少しばかり苦笑していた。
「えっと、ウォンクゼアーザ様に、ランナル様と逢わせていただき、ありがとうございますと」
「そうですか。なら、俺も神にお礼を言わないといけませんね。イルヴァという、かわいらしい妻を持てたことについて」
ランナルはそう言うと、すっとイルヴァに顔を近付けて、やわらかな頬にふわりとキスを落とした。わずかに、ランナルの髭が肌に当たる。
ランナルは顎先に少しだけ髭を生やしている。夜のふれ合いが始まったばかりの頃、ランナルのその髭が首や胸に当たるたびに、イルヴァはくすぐったさを覚えた。するとランナルは、「剃りましょうか」と言った。しかしイルヴァは激しく首を横に振って、「そのちょっとワイルドなところも素敵なんです! 剃らないでくださいまし!」と懇願した。そんなイルヴァに、ランナルは照れくさそうに小さな笑顔を向けたのだった。
「イルヴァ」
ランナルはイルヴァの目の前で床に片膝を突いた。そして真摯な眼差しで彼女を見上げる。室内ランプの灯りは少しだけ落としていたが、彼女の大きな瞳はくっきりと見えた。
「俺にとっては、自分の意思で選んで決めたのではなく、国主が決めた結婚でした。でも、今ははっきりと言えます。あなたが好きだ。心の底から愛しています、イルヴァ。俺のかわいい人」
「ランナル様……っ」
イルヴァは最初からランナルに惚れていた。けれども、ランナルはそうではなかった。恋人の一人もいたことのないランナルは、正直に言って恋愛経験がほとんどなかった。
だが、今は違う。心の底からイルヴァのことをかわいいと思うし、愛おしくて仕方がないとも思う。できれば長期任務などに行かず、毎日必ず、彼女の笑顔を見たい。せっかちなところはあるが、何事にも真面目で健気で、まっすぐにこちらを見てくれる彼女の存在に日々支えられ、癒やされている。ウォンクゼアーザが彼女に出逢わせてくれたと言うのなら、本気で神にお礼を述べたいほどだ。
「私も……私も大好きです。愛しています、ランナル様」
「ああ、イルヴァ……今夜こそあなたを抱かせてください」
ランナルはそう言うと、着たばかりであろう寝間着をさっと脱いだ。そして、イルヴァが着ているワンピースタイプの寝間着も問答無用で脱がせてしまう。
そして二人は寝台に上がったが、イルヴァが両手を胸元でクロスさせて懸命に体を隠そうとするので、ランナルは苦笑した。
「ちゃんと着てくれたみたいですね」
「こっ、こんな、恥ずかしい下着っ……ランナル様は意地悪です!」
「意地悪じゃないですよ。いやらしい下着を身に着けたかわいい妻に誘惑されたいという、ちょっとした男の願望です」
「誘惑だなんて、そんな……」
「あなたはかわいい。でも、もっと俺を魅了してほしい。見せてください、イルヴァ」