※この作品はR-18です。

黄金の聖餐 ―― 機械が捧げた最期の蜜   作:境彩華

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第二章:軋む音(予兆)

(語り手:エリィ)

その「渇き」は、いつも唐突にやってくる。喉が渇くのではない。体の奥底、細胞の一つ一つが、焼けつくように悲鳴を上げるのだ。

 

Umbraウイルス。

かつて人類を滅ぼしたその微小な悪魔は、私の体の中にも巣食っている。

それが暴れだすと、私は呼吸さえうまくできなくなる。視界が赤く明滅し、指先が痺れ、死の予感が背筋を這い上がってくる。

 

助かる方法は、ただ一つ。

ジェリ。彼から命を分けてもらうこと。

 

「……ジェリ」

 

私が名を呼ぶと、彼はいつだってすぐに現れる。優しくて、穏やかで、私の世界で唯一の「動くもの」。

 

彼が両脚を開き、あの黄金の雫を私の口の中に零してくれるとき。私は胸の奥が、抗えないほど温かくなった。

甘い。とてつもなく甘い。

 

それはただの薬ではない。彼の命そのものが、光となって私の食道を滑り落ち、内側から私を満たしていく。

ウイルスの苦痛が嘘のように引いていき、代わりに包み込まれるような幸福が、ゆっくりと広がっていく。

 

でも、最近気づいてしまった。その幸福な時間の裏で、小さな異変が起きていることに。

カチリ。ジジッ。

 

彼が私に腕を差し出すとき、あるいは私を抱き起こすとき。

彼の体の奥から、硬質な音がするようになった。

まるで、何かが噛み合っていないような、悲鳴のような音。

 

「……ジェリ、今の音は?」

 

ある朝、私は彼に尋ねた。ジェリは一瞬だけ動きを止め、それからあの完璧な微笑みを浮かべた。

 

「駆動系のオイルが少し不足しているようです。問題ありませんよ、エリィ」

 

彼はそう言うけれど、私は見てしまった。

紅茶を注ぐ彼の手指が、小刻みに震えているのを。彼が時折、何もない空間を見つめて、数秒間フリーズしているのを。

 

怖い。

外の世界の死よりも、ウイルスよりも、ジェリが壊れてしまうことが何より怖い。私が彼を飲めば飲むほど、彼は削れていく。

 

私は知っている。あの甘い液体は、彼の「記憶」や「思考」を変換したものだということを。

私は生き延びるために、彼の大切なものを奪い、彼を空っぽにしているのだ。

 

(もう、もらうのをやめなくちゃ)

 

夜、ベッドの中で何度もそう誓う。

これ以上彼を傷つけるくらいなら、いっそウイルスの花になって死んでしまえばいい。けれど、朝が来て、あの焦げるような渇きが私を襲うと、私はまた求めてしまうのだ。

彼の温もりを、彼の蜜を、彼の犠牲を。

 

「……ごめんなさい」

 

私は今日もお詫びをしながら、彼のポートを咥え、濃厚な蜜を飲み干す。

彼は何も言わず、ただ優しく私の髪を撫でる。その手のひらの冷たさが、今の私にはどんな人間の体温よりも温かい。

 

私が彼を空っぽにするのが先か。彼が私の中で永遠になるのが先か。

私たちの時間は、あの不吉な軋み音と共に、確実に終焉へと向かっていた。

 

 

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