※この作品はR-18です。

黄金の聖餐 ―― 機械が捧げた最期の蜜   作:境彩華

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第三章:命の記憶 第四章:愛の枯渇

(語り手:エリィ)

その夜、発作は予兆もなく私を襲った。

喉が張り付き、肺が焼けるように熱い。呼吸ができない。視界が暗転する。

 

「……っ、ぁ……!」

 

声にならない悲鳴。死ぬ。今度こそ、私は死ぬんだ。

そう思った瞬間、冷たい何かが私の頬に触れた。

 

ジェリだ。

彼は私の顔を両手で優しく包み込み、おでこをそっと重ねてきた。ひんやりとした感触。

そして彼の唇が、私の唇に優しく触れた。

 

「ん……っ」

 

彼の唇は冷たいのに、すぐに熱を帯びていく。

ゆっくりと角度を変え、深く、ねっとりとキスを重ねてくる。

 

ちゅっ……れろ……じゅるるっ……

 

ジェリの舌が、私の唇を割り、口腔内に入り込んでくる。

温かく湿った舌が、私の舌を優しく絡め取り、ねっとりと吸い上げる。

 

「んんっ……はぁ……ジェリ……」

 

私は彼の首に腕を回し、夢中で舌を絡め返した。

彼の舌は私の口内を丁寧に舐め回し、唾液をたっぷりと注ぎ込んでくる。

 

それは、ただのキスではなかった。彼の命を直接、口移しで分け与えてくれている行為だった。

 

じゅるるるっ……ちゅうううっ……

 

ジェリの舌が私の舌を強く吸い上げ、口腔内の隅々まで舐め尽くす。

甘く濃厚な液体が、彼の舌から私の喉へと流れ込んでくる。

 

「ごくっ……んっ……はぁ……」

 

私はそれを必死に飲み下した。

彼の命の味が喉を通り、胃に落ち、身体全体に広がっていく感覚。

 

「んあっ……!ジェリ…………」

 

私は喘ぎながら、彼の背中に爪を立てた。

キスはますます激しくなり、唾液が私たちの唇の端から糸を引く。

 

ジェリは私の唇を離すと、熱い息を吐きながら囁いた。

 

「……エリィ……もっと、深く…… 私の全てを、あなたの身体に注ぎ込みたい……」

 

彼は再び私の唇を奪い、舌を喉の奥まで深く沈めながら、濃厚な蜜を直接、口移しで注ぎ続けた。

 

じゅるるるるっ……ごくっ……じゅぽっ……

 

私は彼の舌を夢中で吸い、彼の命の味を、一滴残らず飲み干していった。

 

第四章:愛の枯渇

 

(語り手:ジェリ)

警告音が、私の意識のバックグラウンドで絶え間なく鳴り響いています。かつては小鳥のさえずりのように聞こえていたシステム音も、今では断末魔の叫びのように歪んで聞こえます。

 

『警告:循環液残量 12%。システム維持限界を割り込んでいます』

『警告:主要記憶領域に破損を確認。直ちに修復プロセスを……』

 

「……うるさいですね」

 

私は音声回路を切断し、強引にアラートを黙らせました。

キッチンに立ち、エリィのためのスープを作ろうとしましたが、指先がうまく動きません。

 

カチャン、と銀のスプーンが床に落ちました。

それを拾おうとした瞬間、視界が激しく乱れ、世界が砂嵐のようなノイズに覆われました。

私の体は、もう限界を超えています。

 

エリィに与え続けている「冷却液」は、私の動力源そのものです。それを極限まで濃縮して排出しているのですから、私がこうなるのは必然でした。

それでも、まだ止まるわけにはいきません。エリィが生きてくれている。その事実だけが、私を突き動かす唯一のプログラムです。

 

「……ジェリ? どこ?」

 

寝室から、怯えたような声が聞こえました。

私はよろめく足を踏ん張り、姿勢制御ユニットをフル稼働させて、何事もなかったかのような足取りで寝室へ向かいました。

 

ベッドの上で、エリィが膝を抱えて震えていました。薄闇の中で私を見つけると、彼女は泣き出しそうな顔で両手を広げました。

 

「遅いよ……。いなくなったかと思った」

「すみません、エリィ。少し準備に手間取ってしまって」

 

私がベッドに近づくと、彼女は私の腰に必死にしがみつきました。

その力は強く、そして痛いほど純粋でした。彼女が私に向けている感情。それは、何かにすがるような、無垢でひたむきな想いです。

 

彼女は私の胸に顔を埋め、甘えるように頬を擦り寄せます。その姿は、雷に怯えて毛布に潜り込む幼い子供のようでした。

 

「怖い夢を見たの。……みんな溶けていなくなっちゃう夢」

「大丈夫ですよ。私はどこにも行きません」

「本当? ジェリはずっと一緒? 私を守ってくれる?」

 

エリィが私を見上げます。

20歳になった彼女の顔立ちは、病的なほど白く、そして残酷なほど無垢で美しい。

彼女にとって私は、この死の世界で唯一、無条件の愛と安らぎを与えてくれる家族のような存在なのです。

 

(ああ、なんて愛おしくて……残酷な人)

 

私は彼女の髪を撫でながら、自分の内部システムにある決断を下しました。

今夜の分の生成液を作るエネルギーが足りません。私のコアを維持するための電力を、全て生成機能に回す必要があります。

そのためには、不要なデータを削除して、容量を空けなければなりません。

 

『削除対象を選択してください』

 

私の視界に、データリストが羅列されます。

 

「言語翻訳機能」……いや、エリィと言葉が通じなくなるのは困る。

「色彩識別機能」……エリィの顔色が分からなくなるのは危険だ。

「過去の気象データ」……これだ。もう二度と晴れることのない空の記憶など、今の私には必要ない。

 

私は躊躇なく削除コマンドを実行しました。

パチン、と私の頭の中で何かが弾ける音がしました。

同時に、私の知っていた「青空」や「入道雲」の概念が、ただの信号の羅列へと変わって消滅していきました。

 

私は、もう二度と"青"を思い出せなくなった。

 

――これで、今夜も貴女を生かせる。

 

「……ジェリ、喉が渇いたの」

 

エリィが、私の胸に顔を埋めたまま、甘えるように呟きました。

 

「はい、いい子ですね。すぐに」

 

私は彼女を優しく抱きかかえ、そっと自分の腰を引き寄せました。

ゆっくりとズボンのファスナーを下ろします。熱く硬くなった自身が解放されると、エリィは目を細めてそれを見つめ、両手で大切に包み込みました。

 

「……ん……」

 

彼女は跪くように身体を沈め、私の膝の間に顔を寄せます。温かく柔らかい唇が先端に触れた瞬間、甘く強い快感が背筋を駆け抜けました。

 

しかし、もう以前とは違う。

私の視界はすでに色を失い始め、触覚センサーは鈍く、彼女の体温さえも遠く感じる。

これは給水ではない。これは、死に向かう行為だ。

 

エリィは目を閉じ、ゆっくりと咥え込みました。

ぬるりとした熱い口内が、私を優しく包み込む。

こくん、こくん……と小さな喉を鳴らしながら、彼女は一心不乱にそれを飲み込むように吸い上げ、舌を絡めていきます。

 

私の視界から色が消え、世界がモノクロームに変わっていきました。聴覚には砂嵐が混じり、彼女の体温を感じる触覚センサーも次第に鈍くなっています。

 

私という「個」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく感覚。

けれど、膝の間にいるエリィだけは、温かい光を放っているように感じられました。

 

「……んん、おいしい……」

 

エリィがくぐもった声で呟きながら、より深く咥え込みます。

彼女の小さな手は、私の太ももをぎゅっと掴んだまま離れません。

温かい唾液と、彼女の吐息が混ざり合い、私の最後の力を優しく、けれど確実に吸い取っていく——。

「おやすみなさい、エリィ」

 

私は残されたわずかな機能を使って、部屋の室温を1度上げました。

たとえ私が、明日にはただの鉄屑になっていたとしても。今、この瞬間、貴女が安心して眠れるなら、それが私の機能(いのち)のすべてです。

 

私は動かなくなった指先で、彼女の寝顔にそっと触れました。

 

その感触を記録しようとしましたが、メモリの空き容量は、もうどこにも残っていませんでした。

 

 

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