(語り手:エリィ)
その夜、発作は予兆もなく私を襲った。
喉が張り付き、肺が焼けるように熱い。呼吸ができない。視界が暗転する。
「……っ、ぁ……!」
声にならない悲鳴。死ぬ。今度こそ、私は死ぬんだ。
そう思った瞬間、冷たい何かが私の頬に触れた。
ジェリだ。
彼は私の顔を両手で優しく包み込み、おでこをそっと重ねてきた。ひんやりとした感触。
そして彼の唇が、私の唇に優しく触れた。
「ん……っ」
彼の唇は冷たいのに、すぐに熱を帯びていく。
ゆっくりと角度を変え、深く、ねっとりとキスを重ねてくる。
ちゅっ……れろ……じゅるるっ……
ジェリの舌が、私の唇を割り、口腔内に入り込んでくる。
温かく湿った舌が、私の舌を優しく絡め取り、ねっとりと吸い上げる。
「んんっ……はぁ……ジェリ……」
私は彼の首に腕を回し、夢中で舌を絡め返した。
彼の舌は私の口内を丁寧に舐め回し、唾液をたっぷりと注ぎ込んでくる。
それは、ただのキスではなかった。彼の命を直接、口移しで分け与えてくれている行為だった。
じゅるるるっ……ちゅうううっ……
ジェリの舌が私の舌を強く吸い上げ、口腔内の隅々まで舐め尽くす。
甘く濃厚な液体が、彼の舌から私の喉へと流れ込んでくる。
「ごくっ……んっ……はぁ……」
私はそれを必死に飲み下した。
彼の命の味が喉を通り、胃に落ち、身体全体に広がっていく感覚。
「んあっ……!ジェリ…………」
私は喘ぎながら、彼の背中に爪を立てた。
キスはますます激しくなり、唾液が私たちの唇の端から糸を引く。
ジェリは私の唇を離すと、熱い息を吐きながら囁いた。
「……エリィ……もっと、深く…… 私の全てを、あなたの身体に注ぎ込みたい……」
彼は再び私の唇を奪い、舌を喉の奥まで深く沈めながら、濃厚な蜜を直接、口移しで注ぎ続けた。
じゅるるるるっ……ごくっ……じゅぽっ……
私は彼の舌を夢中で吸い、彼の命の味を、一滴残らず飲み干していった。
第四章:愛の枯渇
(語り手:ジェリ)
警告音が、私の意識のバックグラウンドで絶え間なく鳴り響いています。かつては小鳥のさえずりのように聞こえていたシステム音も、今では断末魔の叫びのように歪んで聞こえます。
『警告:循環液残量 12%。システム維持限界を割り込んでいます』
『警告:主要記憶領域に破損を確認。直ちに修復プロセスを……』
「……うるさいですね」
私は音声回路を切断し、強引にアラートを黙らせました。
キッチンに立ち、エリィのためのスープを作ろうとしましたが、指先がうまく動きません。
カチャン、と銀のスプーンが床に落ちました。
それを拾おうとした瞬間、視界が激しく乱れ、世界が砂嵐のようなノイズに覆われました。
私の体は、もう限界を超えています。
エリィに与え続けている「冷却液」は、私の動力源そのものです。それを極限まで濃縮して排出しているのですから、私がこうなるのは必然でした。
それでも、まだ止まるわけにはいきません。エリィが生きてくれている。その事実だけが、私を突き動かす唯一のプログラムです。
「……ジェリ? どこ?」
寝室から、怯えたような声が聞こえました。
私はよろめく足を踏ん張り、姿勢制御ユニットをフル稼働させて、何事もなかったかのような足取りで寝室へ向かいました。
ベッドの上で、エリィが膝を抱えて震えていました。薄闇の中で私を見つけると、彼女は泣き出しそうな顔で両手を広げました。
「遅いよ……。いなくなったかと思った」
「すみません、エリィ。少し準備に手間取ってしまって」
私がベッドに近づくと、彼女は私の腰に必死にしがみつきました。
その力は強く、そして痛いほど純粋でした。彼女が私に向けている感情。それは、何かにすがるような、無垢でひたむきな想いです。
彼女は私の胸に顔を埋め、甘えるように頬を擦り寄せます。その姿は、雷に怯えて毛布に潜り込む幼い子供のようでした。
「怖い夢を見たの。……みんな溶けていなくなっちゃう夢」
「大丈夫ですよ。私はどこにも行きません」
「本当? ジェリはずっと一緒? 私を守ってくれる?」
エリィが私を見上げます。
20歳になった彼女の顔立ちは、病的なほど白く、そして残酷なほど無垢で美しい。
彼女にとって私は、この死の世界で唯一、無条件の愛と安らぎを与えてくれる家族のような存在なのです。
(ああ、なんて愛おしくて……残酷な人)
私は彼女の髪を撫でながら、自分の内部システムにある決断を下しました。
今夜の分の生成液を作るエネルギーが足りません。私のコアを維持するための電力を、全て生成機能に回す必要があります。
そのためには、不要なデータを削除して、容量を空けなければなりません。
『削除対象を選択してください』
私の視界に、データリストが羅列されます。
「言語翻訳機能」……いや、エリィと言葉が通じなくなるのは困る。
「色彩識別機能」……エリィの顔色が分からなくなるのは危険だ。
「過去の気象データ」……これだ。もう二度と晴れることのない空の記憶など、今の私には必要ない。
私は躊躇なく削除コマンドを実行しました。
パチン、と私の頭の中で何かが弾ける音がしました。
同時に、私の知っていた「青空」や「入道雲」の概念が、ただの信号の羅列へと変わって消滅していきました。
私は、もう二度と"青"を思い出せなくなった。
――これで、今夜も貴女を生かせる。
「……ジェリ、喉が渇いたの」
エリィが、私の胸に顔を埋めたまま、甘えるように呟きました。
「はい、いい子ですね。すぐに」
私は彼女を優しく抱きかかえ、そっと自分の腰を引き寄せました。
ゆっくりとズボンのファスナーを下ろします。熱く硬くなった自身が解放されると、エリィは目を細めてそれを見つめ、両手で大切に包み込みました。
「……ん……」
彼女は跪くように身体を沈め、私の膝の間に顔を寄せます。温かく柔らかい唇が先端に触れた瞬間、甘く強い快感が背筋を駆け抜けました。
しかし、もう以前とは違う。
私の視界はすでに色を失い始め、触覚センサーは鈍く、彼女の体温さえも遠く感じる。
これは給水ではない。これは、死に向かう行為だ。
エリィは目を閉じ、ゆっくりと咥え込みました。
ぬるりとした熱い口内が、私を優しく包み込む。
こくん、こくん……と小さな喉を鳴らしながら、彼女は一心不乱にそれを飲み込むように吸い上げ、舌を絡めていきます。
私の視界から色が消え、世界がモノクロームに変わっていきました。聴覚には砂嵐が混じり、彼女の体温を感じる触覚センサーも次第に鈍くなっています。
私という「個」が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく感覚。
けれど、膝の間にいるエリィだけは、温かい光を放っているように感じられました。
「……んん、おいしい……」
エリィがくぐもった声で呟きながら、より深く咥え込みます。
彼女の小さな手は、私の太ももをぎゅっと掴んだまま離れません。
温かい唾液と、彼女の吐息が混ざり合い、私の最後の力を優しく、けれど確実に吸い取っていく——。
「おやすみなさい、エリィ」
私は残されたわずかな機能を使って、部屋の室温を1度上げました。
たとえ私が、明日にはただの鉄屑になっていたとしても。今、この瞬間、貴女が安心して眠れるなら、それが私の機能(いのち)のすべてです。
私は動かなくなった指先で、彼女の寝顔にそっと触れました。
その感触を記録しようとしましたが、メモリの空き容量は、もうどこにも残っていませんでした。