セメギャル-僕の彼女は金髪黒ギャルの玲香さん- 作:もすまっく
とある高級ホテルのエントランス前に黒のタクシーが静かに止まる。
数秒の後、後部座席のドアが自動で開き、中から黒を基調としたパンツスーツの女性がその姿を現した。
スーツの中に着ている真っ白なブラウスはパリッと糊付けされており、美しさと格好良さを両立させている。
女性らしい柔らかいラインを持った身体でありながらもその背中は真っすぐに伸びており、普段は下ろしている黒い髪を結い上げている為にいつも隠れているはずの綺麗な白いうなじが露出している。
その美しさと格好良さの中にあっても、どこか大人の女性としての色気が混じった彼女を見た人達からは小さな感嘆の溜め息が零れ落ちる。
見た者に育ちの良さや品の良さを感じさせるその女性は、一歩一歩のヒールの音は静かに、しかし聞いた人の耳には残る、そんな不思議な音を鳴らしながらホテルの中へと入って行った。
◇◇◇
予約を入れていたホテルのレストランには、ランチタイムという事も相まって多くの人の姿で賑わっていた。
宿泊客やそうでない客が入り混じっているこのホテルのレストランは、その素晴らしい味もさることながら、おしゃれであり、上品であり、上質であった。
それが訪れた人達にまるで上流階級の側に立ったかのような非日常感を感じさせてくれる事から、それなりに高い価格であるにも関わらず客足が途絶えることは無かった。
そんなレストランの一角で、一際目立っている二人の女性。
二人共髪の色は黒いが、同じだと言えるのはたったそれだけだった。
パンツスーツ姿の女性は肌が驚く程白く、結い上げてあるしっとりと艶のある黒髪と首元のうなじのコントラストが目を引き、特にそのうなじは見た人に妙な色気を感じさせた。
そんな女性の反対側に座っている女性もまた凄かった。同じく黒い髪をしてはいるがその肌は白とは反対の小麦色で、その肌の色がまた女としての魅力を感じさせる。
そして何より特筆すべきはその暴力的なまでの胸の大きさだ。その余りの大きさ故に男性のみならず女性までも二度見三度見してしまうその胸は、不思議とこの上品な空間とマッチしており、見た人達がこの女性は普段からこういう空間に慣れ親しんでいる人なのだと直感的に理解させられていた。
そんな多くの人の視線を釘付けにしてしまう魅力を持った二人の女性。
―――水崎彩音と花宮華凛。
多くの人達で賑わうこの空間で、二人の母親が顔を合わせていた。
◇◇◇
自己紹介から始まった二人だけの食事会は、ゆったりとした心地の良い空間を二人に提供する事となった。
ちょっとした日常から愛するパートナーとの出会いなどなど。多くの事を語り合いながらの食事は二人にとっても心躍るものだった。
「―――さて、それでは本題に入りましょう?」
食事が終わり、それぞれ温かいミルクティーとレモンティーに口を付けた所で花宮華凛がそう切り出した。
「……彩音さん。私は娘の玲香にとても辛い思いをさせて来たわ」
突然の独白に、先程までの柔らかな雰囲気が漂っていた空間から、緊張感のある空間へと一変する。
しかしそれでも彩音は表情を変えず、ただ目の前にいる華凛を見つめながら彼女の次の言葉を待っていた。
「玲香と会って話もしているでしょうから何となく察してはいると思うけれど、私を見て彩音さんはどう思ったかしら?」
そう聞かれた彩音の目に映るのは、愛する息子と仲睦まじい姿を見せてくれている玲香と本当によく似た美しい女性の姿だった。
「そうですね……本当に良く似ているな、と」
彩音の率直な答えに華凛は笑みを零す。
「ありがとう嬉しいわ。でもね?似ている事は本当に嬉しい事なのだけれど、あの子は私に似て欲しくない所まで似てしまったのよ……」
何も似ているのは顔だけでは無い。彩音は僅かに視線を下げ、その大きな胸を見てから再び華凛と視線を合わせる。
「うふふ、貴女の考えている通り、一番分かりやすいのがこの胸……もちろん背の高さも、それに見合ったかのような体格もだけれどね」
「それが、玲香ちゃんを苦しめる原因となっていたと?」
「えぇ。だって私は母親だもの。あの子がどういった目で見られて来たのか、どういった言葉を掛けられて来たのかなんて簡単に想像出来るわ」
彼女の表情とその目を見れば、華凛が言いたい事など彩音はすぐに理解出来た。
「それはつまり、華凛さん貴女も?」
「ふふ、えぇその通りよ。私も高校生の時にあの人と出会うまではずっと一人だったわ。沢山の人達から様々な目を向けられて来たし、多くの心無い言葉を投げつけられても来た。……本当に辛かったわ。だからこそ
彩音は華凛の瞳に宿る何かに、僅かだけ目を細める。
華凛の瞳に宿っているのは、娘である玲香への強い愛情だ。自分が味わって来た苦しみや心の痛みを知っているからこその愛情。
それはもはや、見ている彩音ですら感づいてしまう程の憎しみにも似た余りにも強い愛情だった。
「私はあの子を愛しているわ。今までも、そしてこれからも。彩音さんにも言ってもらったように、あの子は私にとても良く似てしまったの。先程も言ったようにそれ自体はとても嬉しいし、私の娘なんだって安心もする。でもそれによってあの子は傷ついたのよ。一時期見せていたあの子の何も信じる事が出来なくなったような、そんな瞳を見た時思ったの。あぁ、この子を私と同じ様にさせてしまった……って」
華凛の母親としての言葉を、彩音は一つ一つ丁寧に飲み込んでいく。
「でもだからこそ私はあの子に幸せになって欲しい。母親だからというのもあるけれど、私が背負わせてしまった事であの子が傷ついたのなら、あんな目をさせてしまったのなら、私があの子を幸せになれるようにしなければならない。その為に私に出来る事があるのなら私は―――」
「大丈夫です」
「―――え?」
自分の言葉を遮るようにそう断言した彩音に、華凛は思わず呆けた顔で彼女を見つめてしまった。
そこにいるのは強い意志を感じさせる瞳で自分をじっと見つめる、一人の女としての彩音の姿だった。
「もう一度言います。あの子達なら大丈夫です」
彼女のその瞳で見つめられたまま大丈夫だと言われてしまえば、不思議と大丈夫なんだろうと思わされてしまう力が彼女の言葉にはあった。
水崎彩音という女性は、決して曲がる事の無い一本の強い芯をその身に宿して生きて来た事で、学生時代にはいい意味でも悪い意味でも『鉄の女』と呼ばれる程の女傑であった。
そんな彼女の強い意志を持った瞳と芯のある言葉は、揺れていた華凛のその心をしっかりと支えていたのだった。
「私は最近のあの子を見ていると安心するようになりました。毎日がとても楽しそうで、心から幸せそうで。私と話す時も言葉の一つ一つに隠しきれない喜びの感情が乗るようになりました。それに何かあれば常に玲香ちゃんの事ばかりを考えているみたいで、毎日の一分一秒を本当に楽しそうにしているんです」
その時を懐かしむように目元を和らげていた彩音は、再び目の前に座る華凛を強い意志を感じさせる瞳でじっと見つめた。
「そして華凛さん。私があの子から感じているそれは、今の玲香ちゃんを見ている貴女も同じように感じているのではないですか?玲香ちゃんの事を毎日見ている貴女なら。今の玲香ちゃんが一体どんな姿をしているのか、どんな瞳をしているのか、どんな表情で過ごしているのかを見ている貴女なら」
―――華凛の頭の中に浮かぶのは、ある日を境に変わった愛娘の姿。
言葉の端々から感じられる抑えきれない喜び。
鏡に映る自分をより綺麗に見えるように丁寧に整えている姿。
ふとした時に見せる優しい色を宿した瞳。
学校に行く時に纏っている娘の雰囲気は、それを見送る自分の心を軽くさせ、何より幸福感を与えてくれていた。
「―――えぇ、えぇ。貴女の言う通りだわ」
それらはかつての自分があの人に出会った時と全く一緒で。
今日はあの人とどれだけ一緒にいられるだろうか?
隣で見つめ合いながら話をする事が出来るだろうか?
私の好きなその声を聞かせてくれるだろうか?
私の隣でその優しい瞳を、優しい声を、今日もあの人は―――。
昔を懐かしむように目元を和らげる華凛を彩音は静かに見つめていた。そして彩音は華凛の強すぎるが故に歪みかけている愛情を元に戻すべく言葉を紡ぐ。
それが自分の為であり、華凛の為であり、愛する息子の為であり、そして愛する娘の為となると、彩音は心から信じているから。
「華凛さん、先程貴女は言いました。玲香ちゃんに背負わせてしまったと。でも私にはそうは思えない」
「―――え?」
「貴女が玲香ちゃんに背負わせたものは決して辛く苦しいものなどではなく、玲香ちゃんが幸せになる為の道標だと。私にはそう思えてならないのです」
「道……しるべ……?」
「はい。貴女が経験して来た辛い思いを玲香ちゃんが同じように経験してしまったのだとしても、それがあの子と玲香ちゃんを巡り合わせる為に必要だったのだとしたら?愛し合う為に必要なものであったのだとしたら?」
華凛も彩音もお互いに目を離さない。
「それでも玲香ちゃんに辛く苦しい事を背負わせてしまったと、まるで呪いのようなものを背負わせてしまったと、貴女はそう思いますか?」
「のっ呪いだなんてそんな事はっ……でもっ……それだって、あの子と貴女の子が偶然出会ったから言えるだけの結果論でしか無い事だわっ」
偶然出会ったからこその奇跡だと華凛は言う。
しかしそれは、彩音にとっては必然でしかなく。
「結果論で何がいけないのでしょう?」
―――その言葉に、花宮華凛は息を飲んだ。
「今の玲香ちゃんを見て華凛さんはどう思いますか?不安ですか?悲しくなりますか?心配ですか?怖いですか?不幸に見えますか?」
「今の……あの子……?それは、凄く……幸せそうだわ。見ている私の方が胸焼けしそうになるくらい」
それを聞いた彩音は顔を綻ばせる。
「えぇ、私もそう思います。だから私達に出来る事は今のあの子達を認めてあげる事なんです」
「認めて……あげる事……」
「玲香ちゃんが一体どんな思いをして生きて来たのか、それは今のあの子達を見れば考えるだけ無駄な事だと分かるはずです。なぜならあの子達は今を生きているから。今を幸せに感じ未来を見て生きているからです」
「未来を……見て……」
「そんなあの子達に母親である私達が出来る事は、ただただあの二人の背中を押し続けてあげる事。そして支え続けてあげる事。これしかないと私はそう考えています」
「背中を……」
「それが二人にとって最も幸せで、そして何よりその幸せを最も近い所から見守る事が出来る私達にとっての本当の幸せだと、そうは思いませんか?」
彩音の言葉に華凛は思わず笑みを零してしまう。
「……ふふ、成程ね。玲香が好きになるはずだわ」
この彩音という人間は変わっている。とても理知的で冷静に物事を考えてはいるけれど、その実、触れれば火傷しかねない程の熱い感情が内に秘められている。
もしかしたらその秘められているものを抑えつける為にこうした理知的に見える仮面を被っているのかもしれない。
「彩音さん」
「はい、何でしょう?」
「玲香が貴女の子と出会う事が出来て本当に良かったわ。本当に本当よ?」
少しだけ涙ぐんでいる華凛の瞳を見つめながら、彩音はまたも顔を綻ばせる。
「えぇ、私もそう思います」