セメギャル-僕の彼女は金髪黒ギャルの玲香さん- 作:もすまっく
「それじゃ明かり消すね?」
「はい、ありがとうございます」
パチンという音と共に明るく照らしていた照明が消え、部屋の中は暖色の小さな光でぼんやりと照らされる。
「ふふ、アタシの部屋にたっくんが泊まるとか最高すぎるんだけど」
「僕もこんなに早く泊まる事になるなんてびっくりですよ」
その日の夜、ヤる事を全てヤった僕達は眠る準備をしていた。二人でベッドの中へ入った後、僕はいつものように玲香さんの胸に顔を埋めるようにして抱き着いた。玲香さんの可愛らしいパジャマからはふわりと玲香さんの匂いがした。
「玲香さんって本当にいい匂いですよね。髪も服も全部いい匂いがします」
「そう?アタシはたっくんが満足してくれればそれでいいけど」
「体臭とか相性が良い相手だとそういう風に感じるとか聞きますよね」
「あっなんか聞いたことある!えっ、ってことはさ?それってアタシとたっくんの相性抜群ってことだよね?」
「そうなりますね」
「えーやっぱり運命じゃん?」
「運命かもしれないですね」
「だよねだよね?」
玲香さんは心から嬉しそうに微笑んだ。
「そういえばさ?たっくんっていつからアタシのことを気になり始めたの?」
「え?そうですね……。うーん、いつからって言われると多分最初の入学式からですね」
僕が玲香さんを気になり始めたのはいつからだっただろうかと考えると、思い浮かんだのは初めて玲香さんを見かけた入学式の時だった。
「入学式って、えっもうそれ一目惚れじゃん?」
「えーっとまぁ、切っ掛けではあったので確かにそうなのかもしれないですね」
僕は入学式の時の光景を思い浮かべながら、懐かしい気持ちと共にその時の事を更に鮮明に思い出していく。
「入学式の時に初めて玲香さんを見たんですよ僕。受験とかもありましたけど周りを見る余裕なんてありませんでしたから。合格発表の時も番号以外視界に入ってなかったくらいです。それで自分の番号を見つけた時にはとにかく母さん達に早く知らせたくて電話して、それからすぐに家に帰ってお祝いをしたんです。それから何だかんだでバタバタしてる内に入学式になってやっと周りを見る余裕が出来たんです」
「たっくんはそのときにアタシを見て好きになっちゃったんだ?」
「いえ、その時は玲香さんを見て大きい人だなってやっぱり思いましたよ?」
「うっ……だよねー……」
少し落ち込んだような表情をした玲香さんが可愛くて僕はつい笑ってしまった。なぜなら当然これには続きがあるからだ。
「でもすぐに格好いいなって思って憧れるようになったんです」
「えっ?憧れ?好きとかじゃなくて憧れ?」
「はい、憧れです」
玲香さんは思っていたのと違う事を言われたからか、少し戸惑うような顔をして僕を見つめている。
「入学式の時の玲香さんはやっぱり大きくて、それに見た目も派手だったのですごい目立ってたんですよ」
小麦色の肌に綺麗で派手な金髪。そして高い身長とその身長に劣らない体格。それなのに柔らかさを感じさせる女性らしい曲線。新品の制服を盛り上げる大きさの胸に、長くしなやかでありながらメリハリのある腕や脚。
全てのパーツが驚くほどバランスよく整っているその肢体は、まるでゲームのキャラクターがそのまま現実へ現れましたと言われても信じてしまうようなそんな姿だった。
「こんな凄い人が実在するんだっていう驚きもあったんですけど、何よりその立ち振る舞いというか堂々とした感じに憧れたんです」
その時の僕は間違いなく純粋に玲香さんに憧れを抱いていた。
「その何て言うか、花宮玲香はここにいるけどそれが何?文句あるの?みたいな感じっていうか」
「あー……」
「僕を見て貰えば分かると思いますけど、僕ってやっぱり小柄だし男らしいかって言われたらそうじゃないじゃないですか?だからその時の僕は玲香さんを見てこんな風になりたいっていうか、こんな人の隣を堂々と歩けるような男になりたいってそう思ったんです」
「……」
「だからですかね。気が付けば玲香さんを目で追うようになってたのは」
登校中に見かけた時、移動教室の際にすれ違う時、集会などで生徒が集まる時。日常で視界に入った時には必ずと言っていい程僕は玲香さんを目で追っていた。
「信じてもらえないかもしれないですけど、でも本当に当時は玲香さんの胸だとか脚だとかを性的な目で見た事は一度も無かったんです」
あの時の僕はそんな事を考える余地は一切無かった。それ程までに花宮玲香という存在に憧れ、そして惚れ込んでしまっていたから。
「それでとにかく毎日見かける度に目で追ってたんです。綺麗で、格好よくて、誰よりも堂々としている玲香さんを」
僕以外にも玲香さんを見ている人は沢山いた。今だってそうだ。でもその視線にはほぼ必ず下心が混じっている。
「でも今にして思えば、気が付いていなかっただけでその時にはもうすでに好きになってたのかもしれないですね」
日の光を浴びて輝くような金髪。
綺麗な小麦色の肌に強い意志を感じさせる大きな瞳。
周囲の人達からの突き刺さるような視線をものともしないその立ち振る舞い。
それは、見たければ見ればいいと言わんばかりの強者の在り方だった。
花宮玲香という人物のその在り方が、僕の目にはどんなものよりも眩しく映っていた。
「そのお陰っていうのもあれですけど、それで気付いたんです」
僕はあの日見た玲香さんの姿を思い浮かべ、無意識の内に目を細める。
「本当に僅かな変化でしたから、多分気が付いたのは僕だけだったと思います」
―――それはある噂を僕が聞いた日。
「その日にとある噂話を耳にしたんです。本当かどうかは僕も知りません。ただ玲香さんが告白されたっていうのを聞いた日だったのは覚えてます」
黙って聞いていた玲香さんが息を飲んだ。
「そこで何を言われたのかは僕も知らないし、本当に告白だったのかも知らないです。ただその日から変化したのは間違いないです」
僕は玲香さんの様子に気付いていたけれど、敢えて触れずに話を続ける。
「その日を境に、いつも見る玲香さんでは無くなっていたんです」
その日以降いつもの玲香さんとは違う玲香さんになっていた。
綺麗なのは変わらない。
堂々と振舞っているのも変わらない。
何も変わっていないはずなのに何かが変わっている。
見ている僕の中で憧れよりも不安がよぎってしまう。そんな風に玲香さんは変わってしまっていた。
「結局それがなんだったのか、どうしてそうなったのか分からないままでした。だから僕は偶然を装って玲香さんに―――」
「あのね」
僕の話は玲香さんの声によって遮られる。ほんの僅かな逡巡の後、玲香さんは零すような小さな声で呟いた。
「ホントなんだよね」
「……え?」
「噂じゃなくてホントなの」
「噂じゃないって、告白がですか?」
「……うん。その日にね、呼び出されたのアタシ」
心臓が静かに、しかし強く鼓動を続ける中、僕は玲香さんの顔から目が離せなくなっていた。
「今思い出しても腹立つからさ?あんまり思い出したくもないんだけどね」
玲香さんの顔には明確な怒りの感情が見て取れる。
「アタシ昔っから男子には牛乳《うしちち》女だとかデカ女だとか色々バカにされて来ててさ?しかもそれだけじゃなくて、友達だと思ってた子達が陰でアタシは胸で男子を誘惑してるだの媚び売ってるだの好き勝手言ってるのを聞いちゃったこともあって。それで人のことを信じられなくなってたし嫌いになってたんだよね」
怒りの中に混じる玲香さんの悲しみを帯びた表情に、僕の胸まで痛みを感じたかのように苦しくなる。
「それでもアタシも女の子だったからさ?やっぱ憧れるじゃん?男子に呼び出されて告白されるっていうシチュエーションにさ?だから初めて男子に呼び出されたとき嬉しかったんだよねホントに……」
嬉しかった。それは過去形だ。
「結構カッコ良かった人だったし、そんな人から話があるからって学校の中で人気のないとこに呼び出されてさ?すごい舞い上がってたんだよねアタシ。柄にもなくドキドキもしててさ、今になって思えばホントバカみたい」
◇◇◇
―――あっ花宮。呼び出して悪い
―――うぅん、別にいいけど。話ってなに?
―――あのさっ、えーっとその、さ
熱に浮かされドキドキしていたはずの気持ち。
―――その、どうしても聞きたい事があってさ
―――聞きたいこと?え?話があって呼び出したんじゃないの?
―――あーいや、話があるのもそうなんだけさ
―――は?どっちなの?
―――いや、そうだよな悪い
だけどそれは少しずつ不安な気持ちへと変化していく。
―――謝るくらいなら早く言ってよ。話があるんでしょ?
―――あ、あぁ。その、さ?俺も花宮の事はずっと気になっててさ
―――え?えっと、うん。それで?
―――それでさ、その、人から聞いたっていうか
―――は?なに?人から聞いたって?
そしてその不安は、不信感へと変わっていく。
―――いやあの、花宮って今フリーなんだよな?
―――あーうん。フリーだけど?
―――そうなんだ、良かった
―――アタシがフリーだからそれでなんなの?
―――え?あぁその、フリーの理由を聞いてさ?それで俺もって思って
―――なにフリーの理由って?なんなの?なにを聞いたの?
―――あぁいや、えっと、花宮ってさ?
そしてその強い不信感は最悪な方向で的中してしまう。
―――彼氏がいると男とすぐにヤれないからフリーって聞いたんだけど本当か?
―――え?
―――それで頼んだらヤらせてくれるって聞いたから俺も頼もうと思って
―――え?
◇◇◇
それを聞いた瞬間に、割れてしまうのではないかと思うくらい僕は歯を強く食い縛る。
「ホント……バカみたいだよね……」
涙の混じる声に、僕はただ玲香さんを抱き締める事しか出来ない。
「その時はさ?そのバカを思いっきり罵倒して帰ってやったんだよね」
鼻をすすりながら語る玲香さんは、微かに震えていて。
「そんなわけないじゃんって。こっちは男とヤるどころかキスもしたことないっつーのって。それがあってからアタシはとにかくムカついてたしイライラしてたんだけどさ」
震える声で玲香さんは言う。
「でも、それ以上にへこんでてさ?アタシってやっぱりそうなんだって。そういう風にしか見られないんだって本気でへこん……っでて、さ?」
その瞳から零れた涙が、抱き締められている僕の頬にぽたりと落ちる。
「もうなにもかも、全部がイヤになってたんだよね……」
「玲香さん……」
玲香さんは抱き締めていた僕をそっと離す。彼女の目は涙で赤くなっていた。
「でもね?あるとき気になる人が出来たの」
玲香さんは赤くなった目で僕を見つめながら、そっと僕の頬を撫でてくれた。
「苛立ってたアタシに偶然ぶつかった男の子」
玲香さんの目に溜まっていた涙は、いつの間にか悲しい涙では無くなっていた。
「さっきたっくんなにか言いかけてたよね?偶然を装ってアタシに……なに?」
「いや、えっと……」
「あれってさ?偶然じゃなかったんだ?」
「えーっとその、はい。ごめんなさい」
「あはっ、そうだったんだ?……そっか……やっぱそうだったんだ」
どこか安心したような表情で僕の頬を撫で続けていた玲香さんは、突然撫でていた手で僕の頬を軽く摘まんで引っ張って来た。
「な、何するんですか玲香さんっ」
「ってことはさ?傷心状態の女の子を狙って落としに来たんだ?」
「ひっ、人聞きが悪いですよ玲香さんっ」
「あはっ、たっくんも策士だなー?」
「だから違いますってっ」
そんなやり取りをしている内に、玲香さんの顔はすっかり元気になっていた。
目の前で大好きな彼が寝息を立てている姿を見ながらアタシはあの時の事を思い出していた。
表では不機嫌な姿を見せてはいたが、心の中では悲鳴を上げ続けていたあの頃。中庭を通った先にある廊下の曲がり角でぶつかったあの日。
すぐに謝罪の言葉を口にした彼とは違い舌打ちで返したアタシに、彼は怒るどころか心配そうな表情で話し掛けて来た。
「あの、花宮さんはその、大丈夫なんですか?」
「は?何なの?」
「いやっあの、ごめんなさい」
「ちょっとどいてくんない?」
「あっすいません……」
そのまますぐに通り過ぎて歩いた時だった。
「あっあの!!」
「……何?」
苛立ちを前面に押し出しながら振り返ると、彼は強い覚悟を持った目でこちらを見つめていた。
「えっとその、僕じゃきっと力にはなれないんですけど」
「はぁ?何言ってんの急に?キモイんだけど」
「そ、そうですよねごめんなさい」
「何なのマジで?じゃアタシ行くから」
そしてまた少し歩いた時だった。
「……あのっ!はっ花宮さん!」
「しつこいって!」
再び呼び止められたアタシはその苛立ちから大きな声で叫んでしまう。
「本当に大丈夫なんですか!?」
「っ!?」
「花宮さんは本当に大丈夫なんですか!!?」
「―――っ!!」
だけど彼はそれ以上の声でアタシに向かって強く叫び返して来た。アタシの目を瞬き一つしないまましっかりと見つめながら。
「僕の勘違いならいいんです!花宮さんに何も無かったならいいんです!でもっ!!僕にはどうしても花宮さんが大丈夫なようには見えないんです!!だから!!」
彼の真っすぐな目は、あの時のアイツがアタシを見る時の目とはまるで違って。
「……何?……何なの?」
ヤらせてくれないかと言っていたあの男は、全身を舐め回すようなじっとりとした目でアタシを見ていた。それにアイツだけじゃない、いつも見て来る連中も同じ目をしていた。
だからどいつもこいつも同じものだと思っていた。アタシを見るんじゃなくアタシの体にしか興味が無いんだと本気で思っていた。
「……意味……わかんないっ……!」
なのにどうして目の前にいる彼の目はこんなにも心地いいんだろう。どうしてアタシを見ているのにこんなにも真っすぐな目をしているんだろう。
「―――ぇっ?」
自分でも気づかない内に流れていた涙を彼は取り出したハンカチでそっと拭うと、そのハンカチを無理矢理アタシに手渡した。
「あのっこれっ、か、返さなくていいですからっ!それじゃっ!」
「えっ、ちょ、ちょっとっ!」
その時からほんの少しずつ、アタシは彼を目で追うようになった。