セメギャル-僕の彼女は金髪黒ギャルの玲香さん- 作:もすまっく
音楽がバイブレーションの振動と共に部屋へと広がる。それは毎日決められた時間に鳴るように設定しているスマホのアラームによるものだった。
「……ん」
鳴り続けるアラームに強制的に意識を浮上させられた僕は、まだ重い瞼をゆっくりと開く。
「んんぅぁぁあぁぁぁ……っはあぁぁ」
ベッドの上でそのまま大きく伸びた僕は、眠い、でも学校に行く準備しないと、でもやっぱり眠い、だけど準備を……と行ったり来たりを繰り返す。
「んーー……」
聞えない振りをしていたアラームも段々うっとおしく感じて来た僕は、アラームを止める為にスマホをを手に取り画面を見る。
「……んっ?えっ?」
アラームを止めた事でアラームの画面が消え、次にそこに映し出されたのは休日を現す今日の日付だった。
「うわぁぁ……そうだよ今日休みじゃん……アラーム切っとけばよかったぁ」
やらかしたなと思いつつも、休みだからゆっくり出来るしいいかと取り合えずいつも通り歯磨きと顔を洗いに洗面所に向かった。
それらが終わりリビングへ行くと、奥に見えるキッチンで母さんが朝食を作っているのが見えた。
「おはよう母さん」
「うん?休みなのに早いね拓斗」
「アラームそのままにしちゃってたんだよ。そのまま寝てても良かったんだけどもう起きちゃったしいいやって思って」
「そう。じゃあついでだから真《しん》くんを起こしてきて欲しい」
「うん分かった」
「頼むよ。あとそれから」
「ん?」
「おはよう」
昔、僕の家族はちょっと変わっていると言われた事がある。僕にとっては生まれてからずっとこういう家族だったので何が変わっているのか分からないけど、とにかく何かちょっと変わっているらしい。
「おはよう彩音《あやね》さん」
「おはよう真くん。おっと」
起きて来た父さんは挨拶をしながら母さんに近づくと、そのまま優しく包み込むように抱き着いた。母さんは全く動じる事無く父さんを受け入れている。二人のその姿は僕にとっては毎日のように見る光景の中の一つだった。
「朝の食事が出来たから座って待っていて欲しい」
「うん、ありがとう彩音さん」
父さんは優しく微笑んで母さんにお礼を言う。母さんも顔には出ていないけどとても嬉しそうにしているのが伝わって来る。
それから少しすると、母さんが出来上がった朝食をテーブルに並べ始める。
「これが真くんの分。これが拓斗の分」
「ありがとう母さん」
白い湯気に混じっていい匂いがふわりと香る。母さんが作ったソースがたっぷりとかかったパスタと、シンプルに味付けされた温野菜。美味しそうな見た目とその香りに食欲が刺激された僕は、両手を合わせ頂きますと言ってからパスタを口に運んだ。
相変わらずのおいしさに舌鼓を打っていると、そういえばと言って母さんが手に持っていたフォークを静かに置いた。
「拓斗に言っておきたい事がある」
「言って置きたい事?何?」
珍しい事もあるんだなと思って母さんに先を促す。
「拓斗、彼女を連れ込んで浴室でするのはいいけれど、もう少し声は抑えたほうがいい。浴室というのは結構音が反響しやすい場所だから」
僕は鼻からパスタを噴き出した。
「こら拓斗、母さんがせっかく作ってくれた食事を噴き出すなんて何て勿体ない事を。ちゃんと謝りなさい」
「ごほっげほっ、ごめん母さん、ごほっごほっ」
「私は気にしてないから大丈夫。拓斗もこれで拭いて?」
「けほっ、ありがとう母さん」
余りにも衝撃が強過ぎて本気で噴き出してしまった。今のはあれか、浴室で僕と玲香さんがしていたのを聞かれていたって事なのか?
「それで拓斗、今の話だけど」
「ちょっと待って母さんっ」
「どうしたの?」
「せめて食べ終わってからにしない!?」
「あぁ確かに。なら食べ終わってからにしようか」
言われてみればみたいな顔をして、母さんは置いたフォークを手に持ち食事を再開した。いつもと全く変わらない落ち着いた表情をしているのに突然ぶち込んでくるとか怖すぎる。
(良かった、取り合えず少しだけ時間は稼げた。でもこの後どうやって説明を……いやいっその事適当な理由を付けて逃げるというのもありかもしれない)
僕は急に味のしなくなったパスタをゆっくりと口に運びながら、どうしたものかと頭を悩ませた。
食事が終わり、母さんがトイレに行っている間に僕は急いで部屋へと戻り着替えをして玄関へ向かった。その際、トイレを済ませて手を洗い終わった母さんが洗面所から現れ鉢合わせしてしまった。
「拓斗さっきの話の続きだけど、うん?休日なのにこんな朝から出掛けるのかい?」
「や、約束してたの忘れてたんだ!それでちょっと急ぐからその話は帰ってきたらするよ!行ってきます!」
「そう、気を付けてね。いってらっしゃい」
僕は部屋から来た勢いをそのままに家を飛び出した。そして家から少しだけ離れた場所まで走って辿り着くと、僕はその場で深い溜め息を吐く。
「はあぁぁぁぁ……まさかあの時の事が母さんに聞かれてただなんて……帰りたく無いなぁ……」
母さんから言われたあの瞬間、心臓が止まったかと思うくらいの衝撃を受けた。
「聞いてたならせめて父さんがいない時にするとかさ、わざわざ朝食を食べてる時に言わなくてもいいじゃないか……あれ?そういえば父さんは何も言って来なかったな?なんでだろう?」
聞いて来なかった父さんに対してそんな疑問が浮かんで来たけれど、何も言って来なかったという事は一旦後回しでいいだろうと判断した僕は、取り合えず立ち止まっていた足を動かし歩き始める。
「とにかく今は母さんだよなぁ……何て説明しよう……」
母さんには悪いけどあの時の事についてはまだしばらく言いたくは無かった。何せまだちゃんと玲香さんを紹介した事すら無いからだ。
僕が未だに母さんに紹介していなかった理由は単純で誰がどう見ても玲香さんは金髪黒ギャルだからだ。その上とんでもなく大きい胸に肉付きのいいお尻にムチっとした太腿という、男のロマンを詰め合わせたような人なので余計紹介しづらいのだ。
そんなムチムチな金髪黒ギャルな玲香さんと比べれば、母さんはまるで正反対の存在だ。黒髪で色白で常に落ち着いていてスマートで。
例えて言うなら、細身で物静かな文学少女とクラスの中心にいる陽気なギャルのような感じだろうか。そしてそこだけを見れば母さんと玲香さんは『住む世界が違う人』にしか見えない。だから僕は玲香さんが家に来るときは、その日に母さんが家にいないことを知っているときにだけ来てもらっていた。
大好きな玲香さんの姿を見た母さんに、玲香さんが否定されるのが怖かったから。
暗い気持ちのまま歩いていると、スマホから聞き覚えのある音楽が流れ始めた。
「休日の朝なのに電話?誰だろう?」
不思議に思いながらスマホをポケットから取り出して画面を確認すると、『玲香さん』の文字。僕は慌ててタッチして耳に近づける。
「もしもし玲香さん?」
『あっ、たっくん?おはよっ!今大丈夫?』
「おはようございます。はい大丈夫ですよ。休日なのにどうしたんですか?」
『うん、ちょっとムラムラしちゃったんだよね』
「よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらっていいですか?」
『ちょっとムラムラしちゃったんだよね』
「切ってもいいですか?」
『酷くない!?たっくんのいじわるっ!ヘンタイっ!』
「休日の朝からそんなことを言うために電話までしてくる玲香さんの方がよっぽど変態ですよ」
『ムムム?』
「それで本当の用事は何ですか?」
『たっくんてばいつの間にそんな冷静に対応できるようになってたの?』
「そんな事を言われても」
『はぁぁそっか……。たっくんもすっかり大人になっちゃたんだね……あ、大人にしたのはアタシか』
「そ、そういうのはいいですからっ」
『あっ動揺してるーカワイイ』
「玲香さんっ!本当に切りますよっ!」
『ごめんってばー。それでたっくんは今日、てか今もう暇なんだよね?』
「凄く暇ですね」
『やった!それじゃあ今からデートしよ!』
「デートですか?」
『そ!朝から夜までの大人のデート』
「大人のっ!?ふ、普通のデートでお願いしますっ」
『あはははっ、冗談だって!それじゃアタシのウチに近い駅で待ち合わせでいい?』
「分かりました、今から向かいますね」
『うん待ってるね』
「はい、それじゃまた後で」
『たっくん』
「はい?」
『普通のと大胆なのどっちがいい?』
「…………大胆な方で」
『りょうかーいっ!』
「…………ありがとうございます」
『ふふ、えっち』
通話を終えた僕は少しの時間立ち止まったまま、スマホの画面を見つめていた。
「まさか休日の朝から玲香さんとデート出来るなんて」
玲香さんとの電話ですっかり朝の事が頭からすっぽ抜け落ちた僕は、軽くなった足取りで玲香さんの待つ駅へと向かった。