TS転生者によるハーレムエンド物語 作:8000年ユーザー
8月も後半に入り、夏休みがもうすぐ終わろうとしている今日この頃。
私は日が経つごとに強くなっているんじゃないかと錯覚するような日差しに目を細めながら、よく待ち合わせ場所に使われる公園の木陰に立っていた。
時刻は午後1時20分。昼間ということもあって気温は一日の中でも最高潮だ。
外にいるだけで汗をかいてしまう暑さ、買っておいたスポーツドリンクが瞬く間に空となった。
東京に心地良い風なんて吹くわけもなく、私はただ心頭滅却すれば火もまた涼しの精神で待ち時間に耐えていた。
「……おっ、来た」
視界の端に捉えた人影を見て、頬を緩める。
待ち合わせ時間の10分前だけど、小走りでこちらに向かっている。可愛い。30分前ぐらいからスタンバイしていた甲斐があった。流した汗も報われるというものだ。
「ごっ、ごめんっ! 待たせた……?」
「全然。俺も今来たところだから」
「そ、そっか……良かった」
膝に手を当てながら息を整える少女――酒寄彩葉は私の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた。
髪型はいつも通り、後ろでまとめるお団子スタイル。でも少しだけ毛先を遊ばせてるのかな? 普段よりも可愛らしい印象を受けた。
服も見慣れている制服姿じゃなくて、白色と薄いグレーのワンピース。首元から肩にかけて付いているフリルがチャームポイントだね。かぐやがカフェで初めて真実と芦花に会った時に着ていた服だと一目で分かった。
「その服、久しぶりに見たな。やっぱり可愛い。よく似合ってるよ」
「っ……!! あ、ありがと……」
うーむ、可愛いなぁ。私と会うためだけにしてきてくれた彩葉のオシャレ、効くわぁ。
おっと、いかんいかん。時間を無駄には出来ない。今日は一日、文字通り彩葉を貸し切りなのだ。少しでも長く楽しまなければ。
「じゃあ行くか。外は暑いし、早く建物の中に入ろ」
「そ、そうだね。……行きますか」
若干ぎこちない様子の彩葉。
私をちゃんと意識してくれてるってことだよね?
ふははっ、良い気分だ。
これはちゃんと、
5日前の話だ。
彩葉とかぐやは原作通り、帝アキラが率いるブラックオニキスと『KASSEN』でコラボして勝利。そのままの勢いでヤチヨカップを優勝した。
特に介入していたわけでもないので、原作通りの流れになったことへの驚きはない。なるようになった、それだけの話だ。
まあ、私が『リンネ』としてヤチヨカップに参加していたらまた話が変わっていただろうし、大人しくしていて正解だったとは思う。原作通りになったからって、何も油断は出来ないけどね。
そして優勝した『かぐや・いろP』には、ヤチヨとのコラボライブをする権利が与えられた。
ライブ開催日は8月の30日、今日から数えて2週間弱と言ったところだ。その間に歌とダンスを覚えなければならないので、ヤチヨと並んで歌って踊る予定のかぐやはレッスンに追われる日々となるだろう。
あのコラボライブを生で見ることが出来る日も近い。ファンとして、一番良い席のチケットは確保済みだ。私が使える力を全て使ってゲットした。いやぁ、楽しみだ。
かぐやが人気ライバーの仲間入りを果たしたり、彩葉が体調不良で寝込んだり、ブラックオニキスとのコラボがあったり、ヤチヨカップで優勝したり、ここ3週間は特に濃い時間が流れた。
彩葉からの好感度を更に引き上げるため、体調不良の時に看病を手伝ったぐらいだからそんなに関わったという実感はないんだけどさ。でも、母親との軋轢をかぐやと一緒に聞くことが出来たのは大きい。それぐらい、彩葉から心を許されているってことだもんね。
彩葉とのいよいよ仲も深まってきた。
そう感じたからこそ、私は今日、彩葉を
建前はヤチヨカップの優勝祝い。
そして、かぐやの面倒を見た者同士でのお疲れ様会だ。
大きなイベントを終えて肩の力が抜けたのか、私のこの提案に彩葉もすんなりと頷いてくれた。
かぐやは真実と芦花とのコラボ配信で朝から出かけているし、今日は本当に2人っきりだ。
寝ずに考えて来たデートプランが火を吹くぜ。必ず達成してみせる目標は一つ。
彩葉のことを――これ以上ないぐらいに甘やかすことだ。
「ん〜っ、似合ってる。思った通りだ」
「……そ、そうかな? ……こういう感じの服、初めてかも」
場所は変わって、大型ショッピングモール内にある服屋。
更衣室の中で戸惑っている彩葉を見ながら、私は頬を緩ませていた。
全身を包む薄い水色のシャツワンピースに、その上から着る黒色のベストがよく映えている。ベストはカッチリしたタイプではなく、長めの紐で結ぶ形なのもゆったり感を出していてグッドだ。
なんか分からないけど、今日起きた瞬間にこのコーデを彩葉にさせなければっていう天啓が降りて来たんだよね。クソ可愛い。流石神、一生信仰いたしまする。
「着心地はどう? 見た感じは涼しそうなんだけど」
「うんっ、涼しいよ。肌触りも良いし、動きやすい。ボタンも小さすぎないから止めやすいし」
「気に入ってくれたってことで良い?」
「それは……まあ、気に入ったけど」
歯切れの悪い様子で値札を持ち上げた彩葉。
記されている値段を見た途端、面白いぐらいに顔を引き攣らせた。
「合計……24,000円」
「すみませーんっ。これくださーいっ!」
「章吾っ!?」
店員さんを呼び、会計をお願いする。
丁寧に紙袋へと入れてもらい、満足しながら店を出た。
「はい、プレゼント。ヤチヨカップの優勝祝いってことで」
「い、いやいやっ! 貰えないからっ! こんな高い服!」
「でも俺じゃ着れないし、彩葉が貰ってくれないと困るんだけど?」
「ぐっ……で、でも……」
「彩葉に貰って欲しいんだ。……ダメか?」
私の顔面偏差値はこの世界でもトップクラス。
わざとらしく首を傾げて瞳をうるうるさせてやれば、多少強引でも意見は通る。案の定、彩葉は悔しそうに唇を締めながらこくりと頷いた。
「荷物になるから、今は俺が持っておくよ。貰ってくれて嬉しい」
「……あ、ありがと。……どうせなら、さっきの店でそのまま着てくれば良かったかな」
彩葉は少しだけ耳を赤く染めながら、とても可愛いことを言ってくる。
デレ期か? デレ期が到来したのか?
これはもう勝ち確ぅ〜っとかぐやのようにイキっても許されるのではなかろうか。……やめとこう。地雷を踏んで逆転負けなんて御免だ。
「いやいや、俺と出かけるために選んでくれた服だろ? そのままが良いよ。それに……買った服を着てもらうのはまた次の楽しみにしたいからさ」
「……だっ、だから、そういう……恥ずかしいことは言わないでって……」
「んーっ、やっぱり似合うな。お嬢様って感じがして、めっちゃ良い」
「〜〜〜っ!? ほ、褒めるの禁止っ!!」
つい本音が溢れた、怒られた。
褒めるの禁止は流石に無理なので、すぐに謝っておく。
でも可愛すぎる彩葉も悪いと思うんだよね。母親が厳しい分、彩葉は所作もしっかりしているし、本当にお嬢様にしか見えないのだ。
怒らせてしまったお姫様のご機嫌を取るため、私は予約しておいたとっておきの場所へと彩葉を案内した。
本日の目玉イベント。
支払いは全て私持ち。
普段なら絶対に断られるであろうもてなしだけど……予約が取れないことで有名なこのヤチヨカフェを前にして、彩葉は笑えるぐらい呆気なく堕ちた。
時刻は午後7時。
ヤチヨカフェを出た私達は夕食時ということもあり、レストランへ来ていた。
個室を予約していたので、それなりにくつろげる空間だ。
値段も高すぎないところを選んだので、彩葉もそこまで奢られることに抵抗は見せなかった。服とカフェ代のこともあるし、今更拒否する気にもなれなかったんだろう。
「絶対、絶対……今度、私からも奢るからね? ……ご馳走様でした」
ぐぬぬという顔をしながら、彩葉がため息を吐いた。
こういうこと言ってくれるから奢りたくなるんだよね。もっと甘やかさなきゃ(使命感)。
「ああ、期待して待ってるよ。……今日は楽しかった?」
「……めっちゃ、幸せでした」
「そりゃ良かった。俺もヤチヨカフェで子供みたいにはしゃいでる彩葉が見られて幸せだったよ。頑張って予約取るからさ、また一緒に行ってくれる?」
「っ! ……お、奢り無しなら、行きたいです」
「ははっ、了解。じゃあ、また今度行こうな」
「……うんっ」
いやぁ、満足した。
今日は本当に良い日だったと思う。彩葉とデート出来たってだけで二度目の人生の中でもトップ10に入るぐらいの良い日だ。
こんな風に出かけられるようになるまで、どれだけの時間を使ったことか。
酒寄彩葉の攻略難易度がバグってるんだよなぁ。ギャルゲーだったら炎上不可避だよ。今ですら告白しても多分フラれるしね。
真っ当なやり方じゃ多分、彩葉を堕とすことは出来ない。その辺で言えば方向性は多少違うけど、芦花と似ている部分があると思う。
「章吾。今日は……ありがとね。本当に楽しかった」
「俺もだ。付き合ってくれてありがとな。彩葉」
文句無しの達成感に心を躍らせながら、私は彩葉と共に帰路へ着いた。
帰る場所はボロアパート――ではなく、高収入な者しか立ち入ることを許されないタワーマンションだ。駅からも近いので、月々の家賃も相応に高い。
「来るのは二度目だけど、やっぱり綺麗だな」
「だよね。仕方ないとはいえ、慣れるまで時間がかかりそう」
「ふふっ、かぐやのためだもんな?」
「……うっさい」
ヤチヨカップを優勝したことで、かぐやは大きく名前と顔が知られるようになった。
そこで発生した問題がかぐやを住まわせておくのにあのボロアパートではセキュリティ面での不安が大きすぎるというものだ。解決策として引越しを決めるのは自然な流れだった。
ライバーとしての収入で資金に問題もなかったため、彩葉とかぐやはタワマンの一室を借りることとなったのだ。
「ただいま。かぐや〜? 帰ったよ〜」
「お邪魔しまーすっ」
「おっかえりーっ!! 彩葉! 章吾!」
私たちが部屋に入ると、かぐやが勢いよく出迎えてくれた。
バタバタと騒がしく突撃して来たので抱き締めて受け止める。
「章吾〜、彩葉とのデート楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ。イチャイチャしてきた」
「ちょっ、ちょっと! デートじゃないでしょっ!? それにイチャイチャなんて……してないしっ!」
「彩葉照れてる〜。てれ葉だ〜っ! ……ふぎゃっ! い、いろはぁっ、ほっぺたつままないれぇっ!」
私が抱っこしているかぐやの頬を彩葉がジト目になりながら引っ張った。
楽しそう。この2人の絡みは何回見ても飽きないな。
「……よっと。彩葉、荷物この辺に置いとくからな」
「ありがとう。……うわぁ、こんなに奢ってもらっちゃった」
床に並べた紙袋の数は5つ。
その内の1つは服の入った紙袋だけど、他の4つは全部ヤチヨカフェでの戦利品だ。大きい物から小さい物まで、幅広いジャンルのグッズを買い揃えてきた。彩葉もヤチヨに関しては欲望を全開にしてくれるので奢り甲斐があるというものだ。
「ひゃー、すごい量だね。全部ヤチヨのグッズだぁ。……あっ、そうだ。章吾、はいこれ。ウチの合鍵ね」
「おっ、サンキュー。確かに受け取った」
かぐやから手渡されたのは一枚の
これで私はいつでもこの部屋に入ることが可能となった。
「本当は章吾にも一緒に住んで欲しかったのになぁ〜。かぐやと彩葉と章吾の3人で暮らしたら絶対楽しいのに〜!」
かぐやはそう言って少し不満そうに唇を尖らせた。
引越しの話が出た際、かぐやは当然のように私も一緒に住むものだと考えていた。流石に保証人である彩葉の兄・酒寄朝日への配慮もあるので、合鍵を貰うという話に落ち着いたのだ。余計な邪魔はされたくないからね。
このことから、私に対するかぐやの親愛度は彩葉にも負けてないレベルだなと再確認した。まあ、私がそうなるように色々と世話を焼いた結果なんだけどさ。
「こうして合鍵も貰ったし、いつでも遊びに来るよ。だから、かぐやはコラボライブのための練習を頑張るんだぞ?」
「……はーいっ。てか、ライブの曲とダンスくそむじぃんだが? 今日も真実と芦花に付き合ってもらって練習してたけどちょー大変だった!」
「そうかそうか、頑張って偉いな」
「うへへっ、かぐや偉い?」
「偉いぞ〜、よしよし」
頭を撫でてやると、小型犬のように擦り寄ってきた。
可愛い。ただひたすらに可愛かった。
「章吾の匂いすき〜っ。……もーっ、章吾と結婚しようかなぁっ」
「はぁっ!? ちょっ、かぐや! いきなり何言って……!」
「だってぇっ、章吾優しいし〜? カッコいいし〜? かぐやのこと大事にしてくれるんだもん〜! ……あっ、でも、かぐやは彩葉とも一緒にいたいから……彩葉も章吾と結婚しない?」
「――ッ!! け、結婚……?」
かぐやの言葉に、彩葉は分かりやすく取り乱した。
この立ち位置、ハーレム主人公みたいで悪くないな。
顔には出さないけど、内心では小踊りしてしまっている。これこれ、私はこの二度目の人生でこういう扱いをされたかったんだよ。
「ねぇ……章吾は嫌? かぐやと彩葉と……ずっと一緒にいよ?」
思わず、唾を飲み込んだ。
生まれてから3ヶ月も経っていないのに、なんだこの色気は。
これがギャップというやつか。かぐや、恐ろしい子。
「ありがとう、嬉しいよ。……でも、今はコラボライブに集中しなきゃだろ? せっかくヤチヨと一緒にライブ出来るんだ。かぐやの楽しそうな姿、ちゃんと俺に見せてくれよ?」
「……それもそっか。うんっ、わかった! じゃあライブが終わったらプロポーズするから!」
プロポーズなんて言葉、どこで覚えてくるんだろう?
随分とイケメンに育ったものだ。私の教育、少しズレてたかな?
その後、はしゃぎまくるかぐやを寝かしつけるのに3時間。
こういうところは赤ちゃんだった頃からあまり変わっていない。寝相が悪いところもね。
「やっと寝たか……」
「だね……お疲れ様。……もう随分遅いけど、その、良かったら泊まっていく? 布団ならあるし」
「タクシー呼ぶから大丈夫だよ。ありがとな」
彩葉たちが引っ越してから、私もボロアパートには帰っていない。
これからはヤリ部屋として使っていたタワマンの部屋を住居にするつもりなので、近い内に解約する予定だ。2年以上住んだから愛着自体はあるけど、やっぱり比べるまでもなくタワマンの方が良いよね。
「……そっか。うん、なら……安心だね」
玄関で靴を履き、見送りに立っている彩葉へと向き直る。
彼女の表情を少しだけ残念そうというか、寂しさを感じさせるものだった。
「なんか、変な感じだな」
「えっ……?」
「彩葉とはずっとお隣さんだったからさ。もう違うんだって思うと、なんか寂しい。彩葉と一緒にご飯を食べることも、少なくなるだろうしさ」
「……うんっ、そうだね。……私も、寂しいよ」
「ははっ。さっきも言ったけど、いつでも遊びにくるから」
あー、頭撫でたい。しゅんってしてる彩葉の頭を超撫でたい。
でもダメだ。今はまだダメだ。
鎮まれ、私の右手。我慢だ、我慢しろ……!
「……私は、良かったよ? ……章吾と一緒に、住んでもさ」
「……彩葉」
――あれ? 今、告られた?
なんでそんな表情でそんな魅力的なこと言うの?
私を堕としにきてる? ほいほい堕とされにいっちゃうからやめて欲しいんだけど。
でも、ここでひらめきが起こった。
計画していなかった『アドリブ』だ。
どのタイミングで口にするか迷っていた『爆弾』を、今ここで落とすべきだと直感した。
酒寄彩葉を堕とすためには、ただ好感度を稼ぐだけじゃダメだ。
必ず――
そうでなければ、このスパダリは堕とせないのだ。
「そうだな。3人で住むのは楽しいだろうな。……でも、それは無理だ」
「そ、そうなの……?」
「ああ、だって俺――」
首を傾げる彩葉に、私は爆弾を落とした。
「――