TS転生者によるハーレムエンド物語 作:8000年ユーザー
8月30日。
世間では夏休みが終わろうとしている今日、仮想空間『ツクヨミ』にて多くの者が待ちに待った
私も当然、席を取ってある。
それも最前列。どうやって取ったか? それはまあ……力技だよ。
ライブの開始は午後8時なので、あと一時間といったところだ。
会場近くの隠れ家的カフェの個室にて、私は一緒にライブを観る約束をしていた真実と芦花の二人と共に時間を潰していた。
現実世界での彼女達も可愛いが、アバター姿の彼女達もまた愛おしい。
モモンガの耳をした
それなりの知名度を持つ美少女インフルエンサー二人を侍らせながら飲むコーラが美味いこと美味いこと。……まあ、味覚が実装されていないから味なんて感じ取れないんだけどね。雰囲気で楽しんでるから良いのですよ。
「――ええ〜っ、私と付き合ってるって彩葉に言っちゃったの〜? ……だから最近、私と話す時に彩葉が気不味そうだったのかぁ」
「……確かに、なんか様子がおかしいなとは思ってたけど」
雑談ついでに彩葉に暴露したことを話してみると、真実と芦花は心配そうな表情を浮かべながら私との距離を詰めてきた。
温度を感じることが出来たなら間違いなく温かいんだろうなぁ。早く彩葉と一緒にツクヨミをアップデートしなければ。
「私と付き合ってることだけ〜? 芦花のことは話してないの?」
「ああ、流石にいきなり二股してるなんて言えないよ。それに、芦花も嫌がると思ったから黙ってたんだけど……話した方が良かったか?」
「ぜ、全然っ。……彩葉には、まだ言いたくないかな」
「でも、近い内にちゃんと言うからな? 芦花は俺の……大切な人だって」
「……うん。……ありがと、章吾くん」
可愛い。個室なのでリアルネームで呼ばれても問題無しだ。
この中で本名とアバターネームが同じなのは芦花だけだもんね。やっぱりプライベートが守られる個室は神。これからもこのカフェはご贔屓にさせてもらうとしよう。
「でもさぁ、ライブ前にそんなこと言われて……彩葉、大丈夫? ライブに影響とか、あると思うんだけど」
「そ、そうだよね。……だって彩葉、章吾くんのこと……」
「――大丈夫だよ」
真実と芦花の肩を抱き寄せながら、浮き上がった不安を一刀両断。
「彩葉はちゃんとやるさ。だって……
幼い頃から我慢し、不幸に襲われ、自分を追い詰めてきたのが彩葉だ。
気になっていた異性が自分の友達と付き合っていたぐらいでパフォーマンスを落とすとは思えない。何事もなかったかのように振る舞い、胸の奥に感情を押し込めるぐらいのことは容易くこなすだろう。
だからこそ、酒寄彩葉の仮面の強度を信じたからこそ、私は賭けに出たのだ。
ライブ前に爆弾を落とし、これから彩葉に襲いかかるであろう『不幸』の威力を
「……章ちゃんはさ、彩葉にも手を出すつもり……なんだよね?」
「やっぱりバレてたか」
「そりゃわかるよ〜。彩葉かわいいし、私と出会う前から友達だったって聞いた時からわかってた。芦花も気付いてたでしょ〜?」
「私は……彩葉が章吾くんのことを好きなんだろうなってことはわかってた」
やっぱりそう見える? 彩葉からの矢印は私に向いているって確信してもいいよね?
「真実の言う通り、俺は彩葉のことも二人と同じように愛したい。幸せにしたいんだ」
「ふふっ、ほんとに酷い人だよね〜。二股どころか三股かけるって堂々と宣言しちゃうんだから。……でも、そんな章ちゃんを好きになっちゃった私にも問題はあるよね。私はもう、章ちゃん以外じゃ満足できない体にされちゃったからさぁ〜」
そんな可愛いことを言いながら、真実はぐりぐりと私の腕に顔を押し付けてきた。流石は私への依存度が一番高い彼女、話が早くて助かる。
「芦花。彩葉に手を出しても……良いか?」
「……私の意見なんて意味ないでしょ? ……それに、彩葉も一緒にって考えると……嬉しくなっちゃう。私、もう手遅れみたい」
「俺は女の子同士の絡みとかは興味ないけど、芦花と彩葉がいやらしく交わるなら話は別だ。そういう意味じゃ、芦花にとっても嬉しいことになるのかな?」
「……っ! ……い、彩葉と……」
自分で言った通り、本当に手遅れみたいだ。
映画じゃ一歩踏み出せなかったようだけど、この世界線では欲望に正直になれたな。それで良い。基本的に一度きりの人生なんだ。後悔のないように生きなきゃね。
「――俺は酒寄彩葉を手に入れる。真実と芦花に続いて、三人目のお姫様としてな」
「やんっ♡」
「ひゃっ……♡」
真実と芦花の尻を撫でながら、そのままキスをした。
ツクヨミ内でのR18行為は禁止されているが、キスはその対象外だ。そもそもアバターの服を脱がせるようなこともできないし、セックスなんて論外。そういう部分も今後アップデートとしてやろうかなって密かに計画している。まあ、そのプログラムを使えるのは身内だけにするつもりではあるけども。
「も〜、手付きがいやらしいよぉ♡」
「触られてるって感触はあるから……ひんっ♡」
「これで体温と匂いが伝わってくれば、文句無しなんだけどな。それはまた、少し遠い未来に託すとするよ」
ライブ開始直前になるまで、私は真実と芦花の二人と甘ったるくなるぐらいのイチャイチャを楽しんだ。
これから始まる
ライブが終わった後でも、一悶着あるだろうからね。
私は今朝届いていた一通のメッセージを思い返しながら、気合を入れ直した。
かぐや・いろPとヤチヨによるコラボライブが終わった。
多くのファン達の期待に応える最高のライブだったと言える。恥ずかしながら私も感動で瞳を潤ませたものだ。映画館で観たあのライブを現実として目の当たりにすることができたのだから、この感動を言葉にすることはできそうにない。
ライブ仕様のアバター姿は言うまでもなく可愛くて、三人お揃いのサイドテールがぴょこぴょこ揺れる度に私の心もぴょんぴょんしてしまった。
かぐやは元気一杯のやりたい放題だったし、ヤチヨは貫禄すら感じてしまうほどの落ち着きぶりだった。
気になっていた彩葉はと言うと……やはりスパダリ、私が思った通り何の問題もなくライブをやり遂げた。ヘイベイビーもちゃんとあってドチャクソ可愛かった。
素直に心を震わせながら真実と芦花の二人と感動を共有していたところで……
赤い灯籠のような頭。
白の全身タイツみたいな体。
不気味な電子音を響かせる――『月人』達が。
そして原作通り、かぐやが
彩葉は取り乱し、ヤチヨが上手い具合に混乱を収める。
全て私が知っている光景だった。
何一つ、イレギュラーはない。
観客達もヤチヨの言葉を聞いて、ライブの余興か何かだと信じて疑わなかった。
真実と芦花も、少し驚いた様子ではあったけど、概ね他の観客達と似たような反応を見せている。
それも当然だろう。この時点でとんでもない事件が幕を開けているなんて気付ける奴は当事者であるかぐやと彩葉、そして……転生者である私ぐらいのものだ。
――いよいよだ。
ここからが私にとっての正念場。
ライブが終わり、真実と芦花へ先にログアウトするように伝えた。
明日は夏休み最後の日だ。ゆっくり休んで欲しいという私の言葉に頷いた二人を見送った後で、SNSのメッセージ欄を開く。
届いているメッセージが一通。
送って来たのは……彩葉だった。
『かぐやの様子がおかしいの。
私、どうすればいいのかな』
文面を見ただけで、彩葉の不安が伝わってくるようだ。
彩葉とかぐやはタワマンの部屋でライブに臨んだはずだし、時間的にかぐやはもう寝た頃かな?
『大丈夫、すぐそっちに行く。
だから少しだけ待っててくれ』
これで安心してくれると良いけど、今の俺に対する彩葉からの好感度が読めないんだよなぁ。いつの間にか真実と付き合ってたわけだしさ。
でもこうして頼ってくれてるから、問題はないと思いたい。ここから彩葉を手に入れられるかは私の腕にかかっているのだ。
すぐにでもログアウトして彩葉のいるタワマンに向かいたいところだけど、その前に話をしておかなきゃならない相手がいる。
今朝、果し状のようなメッセージを送ってくれた人物だ。ご丁寧に『白くて小さい案内人』まで寄越してくれたみたいだし、さっさと会いに行くとしよう。
地面をスイスイッと這うようにして移動する案内人を追っていくと、到着したのは人目なんてあるはずがない路地裏だった。
光源は月明かりのみ。中心街から大分離れているので、他のアバター達の声も耳を澄まさなければ聞こえない程だ。
私は軽く息を吐いた。
こんなに緊張するのは久しぶりだ。
案内を果たしてくれた白いウミウシである『
そんなツクヨミのマスコットを手で肩に乗せながら、私の目の前に現れた女性は冷たい瞳のまま妖艶に笑った。
この世界の管理人にして、世界で最も有名なライバー。
――
「ヤオヨロー! ……なんて、君に挨拶は必要ないか。お互い、知らない仲じゃないもんね。――リンネ」
誰にでも等しく向ける、あの輝くような笑顔は欠片もない。
ただただ冷静に、ヤチヨは私を見ていた。
トレードマークの傘を手でクルクルとゆっくり回しながら、路地裏に似合わない美しさで月光に照らされている。
「コラボしたことはないけどな。流石に、俺のことは知ってるか」
「そりゃもちろん。君はヤッチョに次いで個人チャンネルのファン数が二番目に多い有名人だからね〜。商売敵ぐらいは知っておかないと」
「……商売敵、ね。だから路地裏に誘い込んでボコろうと? その傘、ライブ用のやつじゃなくて『KASSEN』用の武器だろ? 随分と暴力的な用意が良いことで。送られたメッセージもどこか喧嘩腰に感じたしな」
ヤチヨが持っていたのはいつもの赤色の傘ではなく、戦闘時に使用する水色の透明な傘だった。
その事実だけで、私に対して彼女が友好的でないとわかる。
「念の為だよ〜? ――油断できない相手に会うんだから当然でしょ?」
空気が張り詰める。
油断すればすぐにでも傘が振るわれそうだ。見た目からは想像もできない攻撃力なんだよな、あれ。
思わず得物である鎌を取り出しそうになった。
「話があるって内容のメッセージで呼び出されたと思うんだけど?」
「……そうだね。ヤッチョは君と戦いに来たわけじゃない。言いたいことがあるんだよ」
ヤチヨは傘を畳むと、殺意と呼んでも差し支えない敵意を少しだけ鎮めた。
これでようやく話ができそうだ。時間もないし、手短に済ませたい。
「――
「無理だ。諦めてくれ」
「ッ!!」
即答されるとは思ってなかったのか、ヤチヨの表情が大きく崩れた。
なんか面白いな。
動揺させられるとでも思ってたの? 想像力が足りないよ。
「彩葉は俺の大切な存在だ。これからも、俺は彩葉の側にいる」
「……だったらなんで……なんで彩葉を傷付けるのっ!!」
路地裏にヤチヨの怒声が響いた。
超人気ライバーとしてでも、ツクヨミの管理人としてでも、電子の海の歌姫としてでもない。そういった外付けの要素を排除した、
「貴方、彩葉のこと好きなんだよね? 最近まで同じアパートに住んでて部屋も隣同士、ほとんど毎日一緒にご飯を食べてたんでしょ? 好きにならないわけないよねっ!」
「覗き見なんて趣味が悪いな。チート性能だからって何やっても良いわけじゃないぞ?」
「そうだね、わかってる。でも今は、そんな話はどうでも良い」
「だろうな。実際、どうでも良いか」
やはりヤチヨは知っている。
私が彩葉と過ごした時間を。
私が彩葉と深めた関係を。
私が彩葉と築き上げた信頼を。
私達以外の誰よりも、
「どういうつもり? 彩葉に言ったよね? 彩葉の友達と付き合ってることを」
「話の流れだよ。一緒に住んでも良かったのにって言われたから、住めない理由を話しただけだ。盗み聞きしてたんなら説明しなくてもわかるだろ?」
「そんな表面的なことは聞いてないよ。いくらでも他の理由は付けられたでしょ? ……でも君はわざわざ言わなくても良いことを言った。彩葉が君をどう思っているかを分かった上で、
わかってはいたけど、かなり怒ってるな。
呼び出された瞬間から覚悟していたとはいえ、プレッシャーが半端じゃない。伊達に8000年生きてはいないってことかな。
でもまあ、その程度で私が怯むとは思わないでもらいたい。私にだって覚悟がある。生半可な思いで二度目の人生を生きていないのだ。
「そうだな、ヤチヨの言う通りだ。俺は『わざと』彩葉を傷付けた。言わなくてもいいタイミングで伝えて、動揺させた。その通りだよ、認める。これで満足か?」
「ッ……! なんでっ!? どうしてそんなことするのっ!? 彩葉がどれだけショックを受けたか……!」
「好きな男が友達と付き合ってたなんて知ったらキツいよな。もっと言えば彩葉は恋愛経験皆無だ。俺に対する感情が『恋』かどうかもハッキリとは理解していない可能性がある。どれだけのショックを受けたかなんて俺にわかるはずもない」
我ながらクソみたいなこと言ってるな。
でもこれは必要なことだ。ここでヤチヨに面と向かって言い返せないようじゃ、私のハーレムエンド計画は絶対に達成できない。
今はただ、心を鬼にしてヤチヨを言い負かさなければいけないのだ。
「君は……最低だよ。最低の、嘘吐き」
「ああ、よく知ってる」
ヤチヨに最低って言われるのキッツイな。私は別にドMじゃないから喜びも湧いてこない。
でも、これは良い言葉を貰った。カウンターを決めやすい、良い言葉だ。
「けど……嘘吐きか。それはヤチヨも同じだろ? さっきライブに乱入してきた侵入者達、ヤチヨの仕込みじゃないよな?」
「…………」
「沈黙は肯定と取るよ。かぐやの様子もおかしくなったし、彩葉は心底取り乱してた。そしてお前はそんな状況を――嘘で誤魔化した」
「……なんのことかな? あれはヤチヨが用意したイベントで……」
「彩葉をあんな顔にさせるイベントを用意したのか? 今、ここで、
「ッ……!」
ヤチヨの顔から、完全に余裕が消える。
肩に乗っているFUSHIも、私を威嚇するように全身の毛を逆立てた。
それで良い。敵意には敵意を。後戻りできなくなって初めて、相手の心に踏み込むことができるのだから。
「仮にあれがヤチヨの仕込みだとしたら、俺はお前にこう言わなきゃならなくなる。――よくも彩葉を傷付けたな……ってな」
「……だから、それは」
「何か事情があることはわかってる。でも、それは俺も同じだ。俺と同じく彩葉に嘘を吐いて、彩葉を傷付けたお前にとやかく言われる筋合いはない」
「わ、私はっ!」
「そもそも、彩葉はただのコラボ相手だろ? あの
流れは完全に私だった。
それも当然だ。向こうは世界最大の仮想空間を管理する立場に加えて、世界で最も人気なライバーなのだ。塩を塗り込む傷の数なら、私と比べるのも烏滸がましい。
「……それでも、彩葉は大切な友達なの」
「
「…………」
「断言できる。――しないね」
「ッ!!」
瞬間、ヤチヨが弾かれたように動いた。
畳んだ傘を振り下ろし、無駄のない動きで私に斬り掛かってきたのだ。正面からの袈裟斬り。優雅な戦い方をするいつものスタイルとは違って、効率的に相手を仕留める一撃だった。
しかし、私も伊達に鍛えてきてはいない。
磨いてきた反射神経で得物を取り出し、寸前のところで
漆黒の鎌が傘と交わり、私の目の前に激しい火花が飛んだ。
「……ここは街中だ。戦闘エリアじゃない。こんなことしてもHPは削れないし、何も意味はないよ。お前が一番わかってるだろ」
「うるさいっ! 何が断言できるのっ! 君に私の何がわかるって言うの!!」
鍔迫り合いのまま、ヤチヨが今までに見せたことのない怒りを露わにした。
顔の良い女がキレるとそれはそれで魅力的だな。……なんて、呑気なことを言っている場合じゃない。今の私には時間がないんだ。
ヤチヨが叫んだ隙を突いて、鎌を大きく振る。ガキィンッという金属音を響かせながら、ヤチヨを傘ごと吹き飛ばした。
「……なんなの、貴方は一体なんなのっ!?」
「……俺はただ、俺の手で彩葉を幸せにしたいだけだ。そのために彩葉の心を傷付ける必要があった。それだけの話さ」
「幸せにするために傷付ける……? 意味がわからないよっ! そんなの……矛盾してる」
「確かにな。――でも、俺が彩葉を大切に思っていることは本当だ。そして……俺が彩葉を支えてきたのも事実なんだよ」
「……ッ!!」
ここだ。ここで畳み掛ける。
ヤチヨとの格付けを、終わらせる。
「京都にいた頃の彩葉を支えたのは間違いなくお前だ、ヤチヨ。お前がいなかったら、彩葉の心は間違いなく壊れていた。それは、彩葉本人からも聞いてる」
「……彩葉」
「そして、
ヤチヨの目が、大きく見開かれた。
握り締めていた傘を地面に落とし、手を震わせている。何かに怯えるように、一歩後ずさった。
「一人暮らしを始めた彩葉に、お前は何をしてやれた?」
「……は、配信で、元気を届けたり……」
「それで腹が膨れるのか? ストレスで味を感じることもできなかった彩葉が?」
「……それは……!」
「彩葉に飯を作ったのは俺だ。彩葉が熱を出した時に看病したのは俺だ。彩葉が寝落ちした時に毛布をかけたのは……俺だ」
残酷なことを言っている自覚はある。
この言葉がヤチヨにとってどれだけ刃物になるのかも理解している。
だからこそ、私は言わなければならない。彩葉と同じで、目の前の歌姫を攻略するためには、
「俺をツクヨミから排除したいならすればいい。管理者権限を使えば可能だろ? お前が指先一つ動かすだけで、俺は『リンネ』としての存在を失う。築き上げてきた立場も、収入も、名声も、全て綺麗さっぱり消えるんだ」
ヤチヨとの距離を詰める。
ゆっくりと、足音を聞かせるように。
「――それでも、
「…………ぁ」
遂に膝から崩れ落ちたヤチヨ。
主人の危機に動いたFUSHIが噛みつきにくるが、優しくキャッチして地面に降ろした。
「これがいい証拠だよ。見てみな」
トドメだ。私はメッセージ画面を開き、ヤチヨの目の前に出した。
そこに見えるのはさっき彩葉から送られてきたSOSメッセージ。今のヤチヨが最も見たくなかったであろう必殺の言葉だ。
「彩葉が助けを求めるのは俺だ。ヤチヨ、
「……ぅ、あぁ……」
ヤチヨの目から大粒の涙が溢れ、地面へと落ちた。
心が痛いけど、自分の意思でやったことなので後悔はしない。彩葉といいヤチヨといい、なんで追い詰めないと堕とせないんだよ。これでスタートラインって攻略難易度バグりすぎ。運営は調整しろ、ボケ。
「悪いけど、俺も譲れないんでね。……じゃあ、俺は行くから。これ以上、彩葉を待たせられない」
「……わ、私は……ただ、彩葉に……」
「幸せになって欲しいなら、まずは自分のやるべきことをやれ。
ヤチヨに背中を向けて、ログアウトボタンを押す。
向かい合っていた時間は十五分ってところか。彩葉のいるタワマンまで走って二十分ぐらいだから、急がないとな。
「……君は、本当に何者なの?」
少し喋りすぎたかな。
ヤチヨの迫力が凄すぎて、私も本気になったみたいだ。反省。
「――敵じゃないけど味方でもない。今のヤチヨからすれば、そんな感じかな」
その言葉を最後に、私はツクヨミをログアウト。
さて、ここからやることも山積みだ。
私はスマコンを外して家を飛び出し、彩葉のもとへ向かうために月明かりが照らす夜道を走った。
様子の可笑しいかぐやが「もう寝まーす」と言って自室へ戻ってから一時間。
彩葉はソファーに座ったまま、言葉では表せない不安に囚われていた。
わからないことが多すぎる。
ライブに乱入してきた正体不明の侵入者。
その侵入者に触られてからのかぐやの様子。
嘘を吐いていると本能的にわかったヤチヨの行動。
そのどれもが、彩葉の心を揺さぶっていた。
手の震えが止まらない。優秀な脳は矛盾のない答えを心に突きつけてくるのだ。
――かぐやのお迎えが、来たのではないかと。
「……っ!!」
耳に届くインターホンに、彩葉の肩がビクッと揺れた。
しかし、すぐに表情は明るいものへと切り替わる。待ち人がやって来たのだとわかったからだ。
「……章吾っ!」
「おおっ、彩葉。待たせてごめん」
風呂上がりのパジャマ姿であることもお構いなしに、彩葉はドアを開けて入って来た章吾に抱き付いた。
不安と孤独に戦っていた彩葉にとって、今はただ自分以外の存在に寄りかかりたかったのだ。
「しょ、章吾。かぐやが……かぐやが……!」
「大丈夫だ。落ち着け」
「……うんっ」
章吾に手を引かれ、彩葉は再びソファーに座った。
先程までと同じ場所だというのに、随分と息がしやすい。
「……あっ、ご、ごめんねっ。私、急にメッセージなんて送って。……でも、章吾にしか、頼れなくて」
「嬉しかったよ。彩葉が頼ってくれて。本当に、遅くなってごめんな」
「……ありがとうっ」
涙目になっている彩葉に、章吾は優しく微笑んだ。
震えが止まらず、冷たくなってしまっている彩葉の手に自分の手を重ねながら、穏やかな声音で安心させるような言葉を選ぶ。
追い詰められている彩葉の心を、優しく癒すように。
「取り敢えず、今日はもう寝よう。そんで、明日一緒に考えよう。いいな?」
「……うんっ。わかった」
「そんな顔するなって。ほら、これ。お泊まりセット持って来た。風呂貸してもらっていいか? さっとシャワーで済ませてくるからさ」
「……うんっ。……えっ?」
そこからの章吾の行動は早かった。
宣言通りに風呂を手早く済ませ、ジャージ姿で再登場。もう外に出る気など微塵も感じさせない様子で彩葉の隣に座り込んだ。
「ふぃー、サッパリした。やっぱ広い風呂は良いよな」
「あ、あの、章吾? 泊まるって……うちに?」
「そうだよ? かぐやは寝てるみたいだし、今の彩葉を一人にはしておけないだろ?」
「で、でも……真実が……」
「ちゃんと許可は取ってあるよ。彩葉も真実と同じぐらい、俺にとっては大切な人だからさ」
「〜〜〜っ!! ……だから、そういう恥ずかしいことは、言わないでって言ってるじゃん」
「じゃあ、帰った方が良いか? 彩葉が言うなら、すぐに帰るよ」
「だっ、だめっ! ……あっ」
ソファーから立ち上がろうとした章吾の服を、彩葉は反射的に掴んだ。
自らの行動に驚きながらも、彩葉は掴んだ服を離そうとはしない。
「……ご、ごめ――」
「謝らなくていい。甘えてくれていいんだから。……ほら、布団行こう?」
「……うんっ」
彩葉の手を引いて寝室へと移動。
床に敷いてある布団に彩葉を座らせると、章吾は彩葉の目を真っ直ぐに捉えながら口を開いた。
「今日は一緒にいる。彩葉が眠れるまで、ここにいるよ」
「……っ!? い、いや……流石にそれは……」
「甘えて良いって言ったろ? ――おいで、彩葉」
「…………」
頭ではダメだとわかっている。
それでも、今の彩葉にこの誘いを断る力はなかった。
布団に寝かされ、毛布を掛けられる。
異性の同級生に添い寝されているというのに、彩葉の心はこれ以上ない程に安いらいでいた。
「おやすみ。彩葉」
「……おやすみ。……章吾」
部屋の灯りを消せば、何も見えない。
しかし、鼻に感じる匂いは確かに相手の存在を裏付けている。
とてもよく、眠れそうだった。