目覚め
体が鉛のように重い。
瞼も開かない。
ピ、ピ、ピ…
静寂の中で静かになり続ける機械音。
これは知ってる。
重い瞼を震わせながら目を開けると、瞳に映ったのは真っ白な天井と蛍光灯。
見慣れた模様も染みも見当たらない。
眼球を動かすと、目端の先に点滴らしきものが幾つか映った。
…どうやらまだ死んでいなかったらしい。
だけど、最後の記憶とは違う部屋だ。
ここの部屋には、僕以外の患者も並べられているのか。
辺りに目を向けようとするが、体はおろか、首も動かない。
「ふぅ…」
と自分で聞き取ることも出来ないほどの小さなため息を吐く。
膵臓癌の末期。
薬を投与しても消えなかった痛みはもう全く感じない。
ガタッ!ガタガタガタガタガタッ!
右奥から何やら激しい物音がする。
何か器具とか外れてませんか?
大丈夫ですかと思っても、僕にはナースコールすら押せない。
慌てた声と共に、誰かが駆け寄ってくる。
恐らく看護師さんだろう。
2つの足音は振動音の方には向かわず、僕を覗き込む。
なんで?
向こうで、何か起きてるから、見に行ってよ。
「天内さん!天内さん!」
「天内輝さん!聞こえますか!?分かりますか!?」
テル?
ははは、読み間違いだよ。
ヒカル。
僕の名前は甘内光琉だよ。
担当だった水無月さんはお休みだろうか。
見た事がない看護師さん達だ。
なら、読み間違えても仕方がない。
僕は笑みを向けたが、伝わっていないようだ。
彼女は僕の行動には何の反応も示さずに声をかけ続ける。
表情筋が動いている気がしない。
訂正の声も出ない。
まあ、仕方がない。
「九条先生を呼んで、急いで!」
「は、はい!」
声が遠ざかる。
知り合いでは無いが、美人に看取って貰えるなんて、幸せな最後だ。
もういいんだ、薬は、もう嫌だ。
痛いのも、もう嫌だ。
どうかこのまま、逝かせて欲しい。
「天内さん!」
…あぁ、とっても眠い。
僕の瞼は再び落ちて、意識は沈んだ。
──────
体が鉛のように重い。
瞼も開かない。
ピ、ピ、ピ…
静寂の中で静かになり続ける機械音。
これは、知っている。
重い瞼を震わせながら目を開けると、瞳に映ったのはお洒落な照明とトラバーチン模様の天井。
眼球を動かすと、目端の先に点滴らしきもの。
…やはり、まだ死んでいなかったらしい。
だけど、最後の記憶とは、また違う部屋だ。
「天内輝さん!聞こえますか!」
最後に見た美人さんだ。
嬉しいのか悲しいのか分からない、何とも言えないクシャクシャな顔が僕を覗き込む。
僕はアマナイヒカルだよ。
今度は目をぱちぱちと2回閉じて合図を送る。
「っ!…聞こえるんですね!?分かるんですね!?」
泣きながら問いかけてくる彼女に、もう一度目をぱちぱちと2回閉じて合図を送る。
「…よかった!よがった!」
今度は分かった。
これは笑顔だ。
彼女はとても嬉しそうに携帯で応援を呼んでいる。
死にかけの病人なんてもう看取るだけなのに、彼女はまだ僕が生きてる事を喜んでくれる。
ポニーテールで絹のようにふわりと揺れる黒髪。
まるで天使のようだ。
胸の名札には「水無月栗華」と書かれていた。
…あれ、前任の水無月さんと同じ名前だ。
なのに、別人だ。
記憶が混濁しているのか、視力がおかしくなっているのか。
水無月さんが電動ベッドを少しだけ傾けてくれたので、部屋全体が見渡せるようになった。
僕が寝ていた部屋は、見た事がないほど豪華な個室だった。
重厚感のある入り口、大きな窓にカーテン、壁掛けテレビ。
足の先には、誰用だとツッコミたくなるような、立派なソファーとテーブルが見える。
トイレか収納部屋だろうか、部屋の中には別部屋の扉も見える。
ベッド自体も謎に大きい。
セミダブル、いやダブルか?
…この個室、一体誰が払うんだろうか。
何日寝ていたのか分からないが、治療費で飛んでいった僕の貯金では足りないと思う。
代わりに支払ってくれる家族も僕にはいない。
…まあ、気にする必要もないか。
僕が部屋を見渡し感慨に耽り、水無月さんが声かけをしながら記録を付けている間に、新たに二人が入室してきた。
先輩と呼ばれているのが御堂さん、先生と呼ばれているのが九条さんか。
二人からも幾つか質問されて瞬きで応える。
だが直ぐに眠くなってしまう。
話の途中なのに、ごめん。
瞼がとても、重いんだ。
死に際にバタバタと騒がしい。
だけど、賑やかな状況が何だかとても可笑しくて、心の中で笑いながら、僕の意識は再び沈んだ。
使い方がよくわからないので、多分後から色々直すと思います。