「なんだか久しぶりですね。まだ少し疲れていそうですが、休めてますか?」
「みっともない所を見せたわね。もうすっかり元気よ」
九条先生は笑顔で答える。
いつも通りなんだけど、なんだか目が寂しそうな気がする。
「始めていいかな?」
「あ、はい」
目の前にはもう一人、濃紺スーツの女性が座っている。
国家保安委員の草加部さんが、何故かまた訪れて来たのだ。
あとは指示出しだけで、もう二度と合わないと思っていたんだけど。
案外暇なのか?いや、まさかな。
「結論から言うと、天内輝は死亡として扱う。また、天内光琉の戸籍登録を行なった。こちらが戸籍謄本だ」
「ぁ…、ありがとうございます」
戸惑いながら、差し出された書類に手を伸ばす。
まさかの希望が通ってしまった。
結構無茶を言った自覚があったので、本当に良いのか逆に不安になる。
「…天内家?…の、次男?
なぜ?」
家族構成
母 葵衣(33歳)
相母 クリスティナ(36歳)
長女 アリス(18歳)
長男 輝(14歳) 死亡
次男 光琉(14歳)
次女 美雪(11歳)
母、天内葵衣は14年前に一卵性双生児を妊娠、出産した。
長男が天内輝、そして次男は出産後にそのまま死亡、除籍されていた。
そこを利用したのだという。
出産当時、次男は産後直後に新生児集中治療室に入り、そのまま重度の意識障害で死亡していた。
「意識障害って…」
「植物状態、君と同じだ」
天内輝は救出された。
しかし、あまりに酷い全身衰弱の姿、加えて次男と同じ植物状態と診断されて、母の心は耐えられなかった。
今は、同じ帝都医療大学の精神科病棟に入院している。
「君の意見にも一定の合理性はあるが、天内葵衣に君の存在を隠匿したまま天内輝の死亡勧告を行なう形は受け入れられない」
「…はい」
その結果、厚生健康省で作ったシナリオは以下の通り。
遷延性意識障害の男子の取り扱いとして、国家体系維持法 4条3項 を適用し、戸籍除外後も治験対象として継続治療にあたっていた(治験体)。
3歳 治験の一環で睡眠学習を開始。
10歳 植物状態のまま精通を確認。国家体系維持法 5条5項 を適用し、直接吸引を開始。
11歳 覚醒。肉体の回復とケア、言語学習を開始。
13歳 情緒の不安定、てんかん等の障害が見られる。
14歳 奇跡的な回復、一般生活への復帰可能と診断。
現在 受け入れ準備中。
「…流石に無理があるのでは?奇跡が過ぎると言いますか」
「現状の君も奇跡だ。大差はない」
「そうですか?」
「ああ」
草加部さんが真顔で即答する。
…いや、確かにおかしいよな。
なんせ異世界転生者だし、今の方がおかしいかも。
「僕には政府が随分と鬼畜に思えるのですが。僕の家族から恨まれませんか?」
「その程度で命が救われるなら構わない」
僕には新たに守秘義務が課された。
ただ、状況を踏まえると落とし所としては最適に思える。
「天内輝の死亡、天内光琉の覚醒、この2点については、相母のクリスティナ氏と長女アリス氏にしかまだ伝えていない。君にはまずこの2人に会ってもらう」
「わかりました」
つまり血縁関係のない赤の他人なのだが、母が入院中で妹は11歳だしそれは仕方がない。
「では九条先生、後はお任せします」
「畏まりました」
草加部さんは役目を終えて退出した。
退院後に派遣される警護官2名については、治験体とされた僕への公的賠償の一部として派遣される形式となる。
身分も保安の実働部隊ではなく、民間の私設護衛に偽装されるそうだ。
「もう来られているから、さっそく呼んで来ていいかしら?」
「どんな顔で、どんな話をするべきでしょう」
「不安なまま、ありのままでいいのよ」
九条先生は言いながら、颯爽と行ってしまった。
僕はポツンと一人、ソファーに取り残される。
葵衣さんは通院ではなく入院中と言っていた。
相母とその姉がいるとはいえ、美雪ちゃんはずっと一人ぼっちなのか…。
何を感じて、どんな気持ちで過ごしているんだろう。
お兄ちゃん、輝君の事は覚えているんだろうか。
あの姿を見たんだろうか。
『もう4人で楽しく過ごしている家族の元に、今更被害者の僕が戻ってきた方が辛くなりませんか』
『君は思い違いをしている』
『君の家族の想い、愛情の大きさだ』
………
「あーもー、くそっ!クソクソクソ!」
自分の言葉を思い出して、自己嫌悪に陥る。
頭をガシガシしていると、室内にブザー音が響いた。
もう来てしまった。
早すぎて全然心の整理ができていない、むしろ乱れてしまった。
立ち上がってドアに向かうと、女性が二人、先生に促されて入室して来た。
母親が、嫌がる娘の手を引いているように見える。
二人とも金髪だけど、顔立ちからするとハーフかクォーターだろうか、結構日本人っぽい。
当たり前だけど、僕と似ている部分はない。
話さずとも心が通じるDNAの神秘も感じない。
化粧のせいか肌は綺麗だが、二人とも憔悴しているのがわかる。
二人は僕を見て目を丸くして固まってしまい、そのまま動かなくなった。
どうしよう。
いや、まずは僕が話さないと。
「あ、んんっ。初めまして。天内光琉と言います。えと、突然なんですけど、えっと、僕は天内葵衣さんの息子らしくて…。その、僕もさっき聞いたばかりで、まだどうしたらいいのか分からないんですけど、えと…」
僕はしどろもどろで自己紹介をした。
緊張しすぎて、全然できていない。酷すぎる。
せめて笑おうとして顔がヒクつくし、余りの駄目さに冷や汗をかいてきた。
「ぁ…あぁ…。そんな…こんなことって…」
すると、ふらふらとした足取りで相母と思われる女性が近づいて来た。
彼女は僕の目の前に立ち、堪え切れないように、ツーと涙を流した。
「あの、クリスティナ…さん?」
戸惑う僕の表情でクリスティナさんははっとした表情をして、流れる涙を必死に拭いながら笑顔を作る。
「ぐず、ごめんなさい……何でかしら、私ったら、おかしいわね……いやだわ……」
そうか、僕に幼少期の輝君の面影を見てるんだ。
僕は前に出て、彼女をそっと抱き締めて、背中をさすってあげる。
気の済むまで泣いていいよと伝わるように。
クリスティナさんは僕を抱き返して、堰が切れたように号泣した。
「う゛ぅぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
背を撫でながら、もう一人の女性に顔を向けると、彼女もまた目を真っ赤にしてボロボロと涙を流していた。